第315話 神樹ユグドラシル
「ここまで歩いて来て疑問に思ったんですけど、何で樹の国の首都って大森林の外に移さないんですか? 行くのに一週間もかかるって不便じゃないですか」
「この国にはユグドラシルという大樹がありますので、それを守護するのも樹の国の役目なんです。初代の樹の国魔王が、樹の精霊王ユグド様と契約を交わし、ここの守護を命じられてできた国なので、首都をここから移動させるわけにはいかないんですよ」
そういう理由で離れられないのか。
「ユグドラシルって言うと、時折森の木々の間から見える、あの大きい樹ですよね?」
大き過ぎて、上の方は暗くて全く見えず、下の方の木の幹と枝が薄っすらと光を咲かせる花の光に照らされて見える程度だけど……
「古代エルフ族であった初代マモンの時代は強い精霊信仰があったため、大樹の精霊ユグド様はエルフの長であった初代マモンにユグドラシルの守護を命じ、その結果ユグドマンモンという国が興ったそうです」
「なぜユグドラシルが大事なんですか?」
「ユグドラシルはわたくしたちが精霊界と魔界を行き来するための門なのですが、それ以外にもこの世界には無くてはならない役割があります。魔力の供給口としての役割です。この世界に充ちる魔力は元々精霊界や神界にあるもので、ユグドラシルが存在することによって、魔界へと供給されています。ですので、あれが無くなると自然バランスが崩壊して、冥球は生物が住めない死の星になるのではないかと考えています」
あの樹一本無くなるだけで?
大袈裟な気もするが……精霊が自然を司っているということと、ユグドラシルが精霊界への門になっていると云われていることを考えると、その可能性が無いとは言えないか。
「この世界は魔力無くしては成り立ちません。冥球ではおよそ一万年前に太陽が無くなったという伝説が語り継がれていますが、太陽が無いとどうなるとお思いですか?」
「私の住んでいた地球では何万年もの間氷河期が訪れたそうです。その間は多くの生物が死に絶え、元々居た恐竜などの大型の生物はほぼいなくなってしまったとか」
「冥球でもおよそ一万年前、太陽が無くなった頃に短い期間氷河期が訪れたそうです。では、現在なぜこの魔界は平均的な気温に保たれているのでしょうか?」
「確か……レヴィ……レヴィアタンの話では。温度を一定に保つ職業があるとかなんとか……」
現在はどうか知らないが、私の疑似太陽を奪われ……もとい、譲渡するまではそんな職業があると聞いている。
「そう、魔法を用いて気温の維持を図り、それは一万年経った現在でも続いています。その気温を維持する職業も魔法によって成り立っています。そのためユグドラシルが無くなるということは、=魔法が無くなり=星自体が寒冷化、氷や寒さに強くなるように特化進化した生物以外は生きられなくなるという図式になります。そういう意味でもユグドラシルが自然を司っているのは間違いないかと」
「そう聞くとかなりの大ごとに聞こえますね!」
「最近はアルトラ様のお力により疑似太陽が作られ、気温が一定に保たれる地域もありますが、それとて魔力で出来たものですのでユグドラシルが無くなれば消えてしまうことでしょう」
確かに……魔法の根源となる魔力が無くなれば、いくら創成魔法とて使えるとは思えない。
「それに、わたくしたち精霊の身体は魔法に依った性質を持つので、ユグドラシルが無くなると共にわたくしたちも魔界では姿を保てなくなり消えてしまうことでしょう」
「それって……死んじゃうってことですか?」
「さあ? それは無くなったことが無いので分かりませんが、魔力の供給が断たれるということは、精霊界に還るのではなく、死ぬという可能性の方が高いような気がします。なのでユグドラシルは世代を跨いで守り続けなければならない樹なのです」
「なるほど~」
魔法で熱を維持してるのに、魔法が使えなくなったら本当の終わりが来るってわけか。
「もしかしてさっきの銃の話で、“樹の国ではほとんど戦争が起こったことがない”って言ってましたけど、ユグドラシルが存在しているからということですか?」
「そうですね。ユグドラシルの重要性が知られる前は多少の大きな争いもあったという痕跡がありますが、長い年月の間に全世界的にそれが周知されているため、首都近辺では大きな争いはありません」
「争いのあった痕跡とは?」
「ユグドラシルの一部に大きく抉れたものを再生したらしき部分があります。きっとその時に世界に何らかの異変があって、ユグドラシルの重要性に気付いたのでしょう」
「大樹の精霊ユグドは、初代マモンにユグドラシルの重要性について教えてはくれなかったんですか?」
「なにぶん一万年前の話ですので、わたくしには分かりませんが、教えなかったとは思えないですね。教えても尚、重要性に気付けなかったのではないかと考えています」
みんながユグドラシルが無くなったら困るということを知ってからは戦地になっていないってわけね。
「現在ではエルフと精霊の関係性もかなり近くなったため、古代ほど強い信仰対象では無くなりましたけど。今以上に科学の波が訪れれば、物が手に入りにくい首都は不便ですし、現時点ですら第二首都の方が人口が多いため、今後ますます過疎化が進行すれば、必要最低限の守り人を置く程度にまでなっていくかもしれませんね……」
う~ん、何だか寂しい話を聞いてしまったな……地球もこれと似たようなことが起こってて、あちこちで過疎地になってるところが多いって聞く。
過去に“原住民”とか“先住民”と呼ばれていた人たちはもうかなり少なくなっていて、近い将来絶滅するんじゃないかって言われてるし。
「余談ですけど、あのユグドラシル、実は幹ではありません」
「え……? どういうことですか? あんなに大きいのに?」
ここからの目測でも、幹の太さは一キロや二キロじゃない。下手したら富士山の火口の直径より大きい。あれが幹じゃない……だと……?
「あれは枝の一つで、精霊界から伸びています。原木はあの大きさの比ではありません。あれらは様々な世界に枝を伸ばし、魔力の源となっています」
「す、凄いですね……もしかして地球にも精霊信仰があるのは……?」
「地球にも伸びてるかもしれません」
「でも地球に魔力は無いみたいですけど……魔法を使える人なんていませんよ?」
「魔力の供給も微弱で、魔法を使えるところまでの供給がされていないのかもしれませんね。地球では精霊も見えたことはないのではないですか?」
「ありません! た、確かに! 魔界ではくっきり見えてる精霊がいるのに地球で見たことはありません」
「それも顕現するほどの魔力が足りていないからでしょう」
そうか……じゃあもっと枝を伸ばしてくれれば魔法を使えるようにもなるのかな?
いや……争いの種になりそうだしならない方が良いか。
しかし、どれがユグドラシルの枝の一部なんだろう? 縄文杉とか?
地球に魔力が無い設定でしたが、少し変更をしたいと思います。
ストーリーに大きな変更や矛盾は無いと思うので、そのまま読み進めていただいて大丈夫です。
次回は2月13日の20時から21時頃の投稿を予定しています。
第316話【エルフと紋章術学】
次回は来週の月曜日投稿予定です。




