第28話 ケルベロスの口内バクテリア殲滅作戦
村人が簡単に地獄の門前広場に来れるようになったってことを考えると、かなりまずい問題が出来てしまった……
それは……
『ケルベロス』の存在。
『門をくぐりさえしなければ食べない』って躾けられてるから一見危険は無さそうに見えるけど、問題はアイツの唾液だ。
今まではこの場所に私しか生活していなかったからあの特性を放置していたけど、普通の生物なら、多分一舐めされただけで即死してもおかしくない猛毒だ。何せあの唾液からトリカブトが出来た伝説があるくらいだから。
何とかしてあれを無毒化しないと、いくら適応力が高いトロルと言えど、下手したら死人が出るかもしれない。
特に子供は大人しいと分かればすぐに近寄るだろうから、ケルベロスに舐められる前に早めの対策を打たないと。
と言うわけで、ケルベロスの口内バクテリア殲滅作戦を決行しようと思う。
方法は、アイツの唾液を採取し、この毒が中和されるようなバクテリアを作り出す。
アイツ自身は弱体化してしまうかもしれないが、まあ脱走を図った亡者を食べるだけの簡単なお仕事を与えられてるだけだし、あのでっかい牙での攻撃もあるし、火炎放射もあるから毒の部分は無くなったところでそれほど問題じゃないだろう。
毒が無くても、あの巨大な犬に勝てる人間 (の亡者)なんて、多分存在しない。
早速、太めの木の棒を噛ませて唾液を採取――
――しようとしたところ、木の棒のかなりの部分が溶けて無くなった。
「………………私……この唾液の中で転がされてよく溶けなかったね…………うわ臭っ!!」
相変わらずの悪臭だ。
まあ溶けた部分が残ってれば問題無いから、これを使って研究をしよう。
「唾液からトリカブトができたって言うから神経毒かと思ったけど……」
どう見ても神経毒とは思えない……
物質魔法で厚めの鉄の器を作った。
その中に唾液を落としてみる。落とした直後からずっとジュワジュワ言ってる。気のせいかもしれないけど、器の唾液落とした周りが少し凹んできたように見える。
これがジュワジュワ言わなくなれば、多分中和できたことになる。
私が知ってる毒の種類は、神経毒、溶血毒、壊死毒と、血液に入った時の名称くらいの知識しかないけど、この現象はどの毒なんだろう?
鉄を溶かす毒って……これ毒だけじゃなくて強い酸も含まれてるんじゃない? 本来、唾液は中性に近いらしいけど、これはかなり酸性に傾いてる。ケルベロスってもしかしたら虫歯だらけなんじゃないの? むしろなぜアイツはこれが口の中に充満してて大丈夫なんだろう?
そう考えてはみたが…………それはもう『そういう生態だから』で片付けた方が悩まなくて済むような気がした。
手始めに毒を無毒化してくれるバクテリアを創成魔法で作る。
無毒化……正確には毒を餌として食べてくれるバクテリアを作る。
鉄の器内の唾液へ投入。
………………投入した瞬間に、湯気だけ出してその後なんの変化も無し。鉄の器は相変わらずジュワジュワ言ってる。
多分投入したバクテリアは、強酸の海で一瞬で消滅したんじゃないかと思う。
うっ、湯気に混じって臭いが昇って来た……
「まず、この酸性の部分を何とかしないといけないのかな?」
じゃあ、この酸性を中和できるアルカリ性のものを作らないといけない。
「………………で、どうやって作るの? 理系のことなんて全くわからない!!」
こんな時に頼りになるのがオルシンジテン。
オルシンジテンが示してくれる手順でこの強酸と同じ濃度の強アルカリを作る。
◇
なんやかんやあって何とかアルカリができた。
作成途中、正直言ってオルシンジテンが何言ってるかわからんかった……
わ、私どちらかと言ったら文系だから…… (震え声)
オルシンジテン曰く、「生物の皮膚に付くと徐々に溶けだしてしまうほど強力なので注意してください」と言われた。ケルベロスの強酸に対抗するものなのでそれくらい強いアルカリ性らしい。
早速できたアルカリ性の液体を、鉄の器に入った唾液の中にぶっこむ。
鉄の器のジュワジュワ音が無くなった。強酸部分は中和できたみたいだ。流石オルシンジテン通りに作っただけある。私の頭ではここに到達するまでに十年かかるかもしれない。
じゃあ、改めてこの中に無毒化してくれるバクテリアを放つ。
………………何も変化無い。
無毒化されたのだろうか?
そして今更気付いた、この毒が中和されてるかどうかを、“誰で”検証するのか。
「まさか……こんな重大なことを研究の最終段階に気付くとは……」
自分の身体で実験するのが良いんだろうけど私にこの毒が効かないのは実証済み。
かと言ってトロルたちで人体実験するわけにはいかないし……ここは生きた食材……もとい、ガルムに犠牲になってもらうしかないか……
何か実験するって言うと頻繁にガルム使うから、人間界だったら動物愛護団体に文句言われそうだ……
と言うわけで、ガルムを一匹捕らえて、この中和した毒を舐めさせてみる。
しかし中々舐めてはくれないから、仕方なく口の周りに塗り付けた。ごめん! 死んだらスタッフ(私)が美味しくいただくから!
通常なら一舐めで即死する猛毒だ。中和できてないならガルムの態度に何かしら変化があるだろう。
◇
しばらく見ていたけど、体調が悪くなる様子はない。恐らく中和されていると見て良いと思う。
餌をあげてガルムは解放した。
よし、あとはオルシンジテンで、ケルベロスに与える最適な量を計算してもらえば、アイツの毒を中和できるはずだ!
最終段階。
伝説によるとお菓子が好物らしいので、創成魔法で私の地元の銘菓『大砂岳』を作る。チーズの少し入ったクリームが絶品で甘党は絶対好きなやつだ。
加工食品そのものを作るという行為、これはスローライフを送る上であまりやりたくなかったが、早いとここの課題をクリアしておかないと村人の命が危ない。
ケルベロスに食べさせるのが急務ということで、今回だけ特別に解禁。
ちなみに、この大砂岳、ハンバーガーのような円柱型で実に投げやすい。口に放り込むには最適なお菓子だ。ちょっとケルベロスには贅沢過ぎるかもしれないが。
一応自分で生み出したから試食しておく。
た、ただ食べたかったからってわけじゃないんだからね!
というわけで一口試食。
「うん、美味しい♡ 久しぶりの人間界の味だ」
でも……味は大体再現出来てるけど、オリジナルには及ばないな。私のイメージ力不足かな。まあ十分美味しいし、ケルベロスも食べてくれるでしょう。
ただ……オリジナルに失礼だから大という名前にちなんで小砂岳としておこう。
これに、オルシンジテンに計算してもらった酸中和剤と毒中和剤を混ぜる。
早速ケルベロスのところへ。
遠くから『小砂岳』を見せたら匂いに釣られて寄って来た。
こんなお菓子はここでは食べたことがあるまい。
「お座り!」
「ワォン!」
「アォン!」
「ウォン!」
相変わらず一声で三重の返事がくる。
尻尾の振り幅が尋常じゃない! 匂いだけでこれの美味しさに気付いたか。
それぞれの口に対して、小砂岳を投げ込む。
それぞれ美味そうに食べた。
これで毒が中和されるはずだ。
少ししたら様子を見に来よう。
アニメでも見ながら時間を潰すか。
◇
少しうたた寝してしまったみたいだ。
時計を見ると、あれから三時間経っている。
中和にどれくらいの時間がかかるか知りもしないけど、そろそろ中和されたかしら?
というわけで、ケルベロスの様子を見に来た。
見た目は元気そうだ。中和したことによって体調に変化があるんじゃないかと、少しだけ不安に思っていたけど、何も無かったみたいだ。
心なしか、毛並みがツヤツヤしている……ように見えなくもない。
いつもより表情が柔らかい……ような気がしなくもない。
顔の険が消えてるように見えるけど、アイツ自分自身の唾液が臭かったんじゃない?
もしかしたら毒が無くなってちょっと健康になったんじゃないかしら?
木の棒を用意して噛ませてみる。
おぉ……? 溶けないぞ! と言うかもう唾液の色からして全然別物だ! さっきまでちょっと黄味がかってて不潔だったのに、無色透明になっている。
さっき同様、ガルムを捕らえてこの木の棒を舐めさせてみるも、体調が悪くなることもなかった。
ケルベロスの唾液は完全に中和されてると思ってまず間違いない。
しかし、亡者を食べる簡単なお仕事はずっと続くので、そのまま食べ続ければ多分また毒は蓄積する。
定期的に中和剤を作って与える必要がある。
何だか……狂犬病の予防接種みたいだ……
とりあえず今日のところはトロルたちの命が危険に晒される可能性は無くなったと考えていいでしょう。これで集落の人がいつ我が家を訪問しても大丈夫だ。
さて、じゃあ今日はもう寝るとするか。
頭使って疲れた、頭使う部分はほとんどオルシンジテンがやってくれたけど……
一つ誤算だったことがある……
私の作った『小砂岳』が、ケルベロスにとっては美味し過ぎたのか、今まで摂っていた普通の食事をしなくなってしまった。
まあ、それもわずか一日だけだったから特に健康に影響が無くて良かったが……