第27話 意図しなかった我が家の内覧会
ドアを開くと、向こう側に見えるのは私の家の庭、もとい、地獄の門前広場。
「「「おおーー!?」」」
「岩の中に庭が!?」
「どうなってるんだ!?」
村人から驚きの声が上がる。
どよめきが大きく、誰もドアに近付こうとはしない。
私が先にドアをくぐり、地獄の門前広場側から通過を促す。
「さ、どうぞ」
地獄の門前広場側のドアの前で待っていると、おっかなびっくりだが、村人がぞろぞろとドアを通り抜けてくる。
「ここがアルトラ様の住んでる場所か~」
「長く住んでるが、こっちの方は初めて来たぞ」
「こっちは熱すぎて来れなかったからな」
「あ、でかいドアがある!」
早速『ドア』という単語を覚えたらしい。
『でかいドア』と表現したのは地獄の門のこと。
「あのドアは何ですか? 随分とゴテゴテと装飾されていますけど……」
「あれは地獄の門だね。あの先が地獄」
「地獄……あの先が伝説に聞く……どんなところなんですか?」
「さあ? それは分からないわ。あの地獄の門から先には私も行ったことないから」
行ったら地獄行きだしね……
それは御免被る。
「あ、でっかい狼 (※)がいるよ!」
「顔が三つある! 恐いよー!!」
(※でっかい狼:この辺りには犬がいないので彼らは狼しか知りません)
ケルベロスを前に泣き出す子供がいる。
しまった、泣き出すのは想定してなかった、そりゃあんな大きい犬が居たら大人だって恐いものね……
「あの地獄の門から先に行くとでっかい狼に食べられるから、絶対に行かないようにしてね」
当のケルベロスは、いきなり大勢押し寄せたもんだから困惑気味だ。萎縮して縮こまっている。まあ、コイツに関しては地獄の門を通りさえしなければ生物を襲うことは無いから大丈夫だろう。
一応注意はしたものの、それを無視して行ってしまう者もきっと出てくるだろうから、『地獄の門を通り抜けた後に門を出ようとすると食われます。絶対に門を通り抜けようとしないでください』みたいな看板は付けておいた方が良いかな?
ああ……そういえばまだ文字読めないんだった……看板立ててもダメだな……別の方法を考えないと……
「え~と、私の住処はあっちの家なので、連絡がある場合はあっちに来てください」
なぜかみんなキョトンとしている。
そしてまた騒然とし出す。
「こっちの家の方が大きいのですが、こっちではないのですか?」
みんながケルベロスの犬小屋の方を見る。
やっぱりそう思うよね……
「そちらは犬小屋です。ケルベロスが夜に寝床として使っています」
「犬……と言うとあの巨大な狼のことですか?」
「あれは狼ではなく犬と言うのですね」
赤い狼は見たことがあっても、犬を見たことないから『犬』という言葉を知らないらしい。
「…………えっ!? 狼の家の方が大きいんですか!?」
「……狼が寝ている小屋の方が大きいっておかしくないか……?」
「……まさか、狼の方が立場が上ってことはないよな……?」
「えーー! 領主様が狼以下!? そんなわけないでしょ!?」
更にザワつきが増した。
「ええ、まあ、ケルベロスの方が身体が大きいのでどうしても大きめに作らざるを得ませんでした」
……
…………
………………
静寂…………がっかりされたか?
「うおぉぉ! なんと慈悲深い!!」
は?
「感激いたしました! 自分よりも先に他人 (犬)を気遣うその心意気! このリーヴァント、更に感動しました!」
うん、まあ好感触なのかな?
「あのー……」
大勢の村人の中から女の子が手を上げる。
「領主様のおうちの中を見てみたいのですが……」
「おお! それは良い!」
「家作る時の参考にさせてもらおう!」
え!? 今から!? こんなに大勢で!?
日本人は人を呼ぶ時は外面を気にして、事前にかなり掃除をする。
突然の訪問でいきなり家に上げるのは抵抗があるなぁ……
「ダメ……ですか?」
う~ん……まあ、散らかってはいないし、むしろまだ何も無いし、あるのは布団ぐらいだし別に良いか。
ああ、でもこの村の人にとっては、布団もパジャマも未知の物なんだよなぁ……現時点では見つからない方が良いかもしれない。集落水没時にニートスとサントスには既にパジャマ姿を見られてるけど、あの時慌ててたからしっかりは見られてないだろ、きっと。
あと、オルシンジテンは絶対に隠しておいた方が良いかな。
ほとんどのことが答えられるから、あれが見つかると村中の人が頻繁にあれを頼りに訪れそうだ。
そうなると、私の唯一の安息の場所が無くなってしまう。
それにこの村は本どころか、まだ紙すら存在しないからアレが発見されるとかなり面倒だ。
「ちょ、ちょっと待っててね、準備してくるから」
家の中に入って、オルシンジテンに光魔法で透明化の魔法をかけ、とりあえず屋根の上に追いやった。
あとで、私以外が来た時に透明になる機能と、屋根の上に逃げる機能と、あと雨風を弾く機能を付けておこう。
布団とパジャマもとりあえず屋根の上に追いやる。
「お待たせ。どうぞ」
ゼロ距離ドアの試験運転だったはずが、なぜか我が家の内覧会みたいになってしまった。
ただ単に木と土と、あと畳とフローリングと布団と風呂とトイレがあるだけの殺風景な家見て面白いだろうか?
「じゃあ、お邪魔しま~す」
あ、土足で入らないで!
って言おうとしたけど、まだトロルたちは常に裸足だった!
仕方ない……畳が汚れることも覚悟しておこう……
「わぁ~広~い!」
えっ? 広くないでしょ!
ほぼワンルームよ? まあそれでもトロル集落の家に比べれば広いのかな?
「おお! こういう骨組みにしたら良いのか」
あ、いや、あまり参考にしないで!
建築関係に明るくないからきっと耐久性はかなり悪いから!
「この藁の床なんて言うの?」
「畳って言うのよ」
「何か気持ち良いね!」
畳を気持ち良いと言うなんて……この子らは違いが分かる子だ。このまま育ってもらいたい。
「あ、あれは何ですか?」
天井付近の壁を見る。そこには以前作った時計がかかっている。
あ、しまった時計を隠すの忘れてた……
あの時計、本当は機械の体を成していないからあまりバレたくなかったんだよね……
魔法で作った、ただの板がデジタル時計を表示してるだけの魔道具だから。
「ああ……あれは時計と言って、今が何時なのかを示してくれるものです」
今は午後三時二十二分を示している。
別の子から質問が飛んでくる。
「何時かわかって何の意味があるの?」
何の意味がある? ……確かにここで生活するのに何の意味があるんだろ?
人間界で生活している時には欠かせないものだったけど……魔界の生活に果たしてこれが存在する意味があるのだろうか?
そう考えるとある意味、前世からの夢であったスローライフが送れていると言えなくはないのかも?
まあ、でも今後文明が進むに連れて、時間を知らなければならない事態が増えるはずだし、あっても困ることはないよね……
「う~ん……時間がわかると、その時間に何をやれるかっていう計画が立てられるようになるのよ。例えば明るい時に出来ることと暗くなってから出来ることじゃ違うでしょ?」
「そうか! 暗くなったら寝なきゃいけないもんね!」
一応納得してもらえたようだ。
疑似太陽で常闇の村に昼が出来たお蔭か、『明るい時にしか出来ないことがある』ということが認識されつつある。
その後も村人がぞろぞろと入っては出て入っては出てを繰り返す。
家の中を見ると……泥だらけだ……畳も泥だらけ……まあ予想した通りだね……
後で掃除して畳を作り直しておこう……
一応玄関も作ってあるんだけど、みんな常に裸足で生活しているから何の意味も成していない……
これから家に上げる時は、足洗ってもらうようにしよ。いや、それより履物を作って普及させる方が良いか。
私は外国の土足文化は馴染みが無いから、この際日本の土禁 (土足禁止)文化を定着させたい!
「え~と……ご満足いただけましたか?」
「はい! 家というものを堪能させていただきました!」
「参考にして作ってみたいと思います!」
「それは良かった……」
我が家を汚した甲斐がありました……
「さあさあ、長く居るのもアルトラ様にご迷惑がかかるので、この辺りでお暇しましょう!」
リーヴァントがみんなに帰宅を促す。
遅い! 内覧会する前に促せ! リーヴァントを睨みつける。
向こうからは笑顔が返って来た。どうやら彼も満足されたようだ……
まあ、どの程度参考になるかはわからないけど、これで住宅事情が改善されるなら良いか。出来れば参考程度に留めてもらって、真似するまでに至るのは遠慮願いたい。




