第284話 外の寒さを体験してみて……
しばらくすると、町民がゾロゾロと集まってきた。
「王子、今度は何ですか?」
「今からお主たちに外がどれくらい寒いのか、その気温を体験してもらおうと思う」
「わざわざ外へ出ないといけないんですか?」
「王子の仰ることでも……面倒だねぇ……」
「生きてく上でここに居る限りは寒いのなんか関係無いですしねぇ……」
「俺はその寒さというものに興味がある!」
「私も実はちょっとだけ興味が……」
どうやら、全員が全員全く興味無いというわけではないらしい。
「あ、私は最近外行ったことあるので、寒さも経験してます! この子も一緒に」
女性のレッドドラゴン二人が手を挙げる。
「ここ最近は少し前よりまだマシですよ! 一ヶ月くらい前は寒すぎて、火口から一歩外に出ただけで動けなくなるくらいでしたから。その時はたった数歩でしたけど命からがら火口まで戻ってきました」
「あの寒さだと震えてしまって飛ぶことなんてできそうもないですね」
フレアハルトたちもこの状態になってたことがあった。多分気温が十度以下の時の活動限界。
それを聞いた別のレッドドラゴンが二人に質問する。
「そもそも何で外に出たんだ?」
「ここには無いものを見に……というところですよ。例えばお花畑なんてこの火山内部には全く存在しませんし」
「ここはホント何も無くて楽しくないんですよね~。フレアハルト様が外へ行きたがるのも分かりますよ~」
「終末の神水前は、この辺りも乾いた荒れ地ばかりで火山の中に居ても、外に居ても同じような風景でどこに居ても同じ感じでしたけど、終末の神水後は草木も花も生えるようになって、動物たちが増えて、目で見て楽しめるようになってきたんですよ!」
「みなさんもここにばかり居るのは勿体ないですよ!」
フレアハルト以外の『外』の経験者が登場したことで、風向きが少し変わった。
「二人の話を聞いてると外は楽しそうだな!」
「さっき王子は『寒さを体験してもらう』って言ってましたね? 外へ行くんですか?」
「いや、この場で体験してもらう。このアルトラにはそれが出来るそうだ」
「この灼熱の地でどうやって!?」
再びざわざわし出した。
「あの~、それでどうやって体験させてもらえるんですか?」
「魔法で一時的に空間ごと変化させます」
「空間ごと変化させるだって?」
「アルトラ殿は何を言ってるんだ?」
「俺たちには訳が分からんな」
レッドドラゴンの中には空間魔法を使える者がいないのか、“空間をすり替える”の意味が伝わらないみたいだ。
「ま、まあ要するにこの場を『寒くする』というだけですよ。今の外の気温と同じくらいの寒さを再現するつもりです」
「そんなこと出来るんですか!?」
フレアハルトと同じ驚き方をしている……
寒さを再現するという話を聞いて、さっきの外へ行ったことがあるという二人が提案してくれた。
「じゃ、じゃあ、今の気温より最も寒かった時の気温を再現した方が良いんじゃないですか?」
「その方が、寒さ耐性付与がどれくらいありがたいことか分かると思います。今の時期の外より寒いところなんて他にもあるんですよね?」
確かに一理ある。
多分、中立地帯より余程寒い『氷の国』という場所もある。どれほど寒いかは知らないが、そんな場所がある以上、中立地帯の最も寒かった時の気温くらいは体験しておいた方が良いかもしれない。
「じゃあ、この場にアルトレリアが一番寒かった時の気温を再現します。それによって、寒さ耐性が必要か必要じゃないかを判断してください。必要無ければ断っていただいて構いません。では――『気温変換』」
空間魔法と氷魔法と風魔法で、アルトレリアが最も寒かった時期、雪が降った日の夜の気温を小規模な範囲で再現する。
「何だ? 暗いぞ?」
「おお!? 何だかここだけ青白い景色に」
「急に冷えて来てたな……」
「この白いのは何?」
「それは触らない方が良い! 冷たいの通り越してなんだか痛いから!」
灼熱地から寒冷地への瞬時の気温変換だったため、まだ灼熱の時に蓄えられた熱が身体に残っているのか、そこまで寒いと感じていない様子。
雪を見てそれが何かと疑問に思うくらいの余裕はあるようだ。どうやらレッドドラゴンにとって雪は、触ると痛いらしい。
しかし、そこから寒くなるのが急速だった。
「寒っ!! 急に寒くなったぞ!?」
「ダ、ダメだ……もう立っていられない」
「寒いと言うより、痛い!?」
「これ以上寒くなったら動けなくなる!!」
急激に寒さを感じ、全員が危機感を覚える状態に。
「あ、言い忘れてましたが、この変換した空間から出れば元の火山内部の温度です。再現空間内に居られないと判断したらすぐに出てください」
空間魔法で気温を再現しているため、効果範囲以外は寒くない。そのため範囲外に出てしまえば苦手な寒さからすぐに逃げられる。
「は、早くここから出ろ!」
「動けなくなったら終わりだぞ!」
みんな一斉に動き出し、次々と再現空間から脱出する。
残ったのは私とやせ我慢しているフレアハルトだけ。
「皆の者! どうだ! これがアルトレリアで最も寒かった時の気温だぁ!!」
と、ブルブル震えながら声を張り上げるフレアハルト。
「お、王子は再現空間に居て大丈夫なんですか?」
「なぁに、我はもう寒さ耐性を獲得しておるから全然平気だ!」
嘘である。
どう見たってやせ我慢。震えも徐々に大きくなってきてるし……
「フレハル、嘘はダメよ。みんな、火山の外がどれほどの寒さなのか少しは分かってもらえたかしら?」
「これは……我々では耐えられませんね」
「でも、寒さ耐性を獲得しているフレアハルトは寒がりながらも耐えることは出来ている。完全に寒くないってわけではないけど、レッドドラゴンでも寒いところで耐えられるくらいの身体にはなってるってことかな」
「パチンッ」と指を鳴らして再現空間を消し去る。
その直後にフレアハルトがみんなに問いかける。
「まあ、寒くないと言えば嘘になるが、少なくとも寒さで動けなくなるという事態にはならなくなった。皆の者! こういう身体になりたくはないかー?」
何か……昔のテレビ番組を特集してる番組で見た「アメリカに行きたいかー!?」みたいなノリに聞こえるわ。
「す…………凄い!! 凄いですね!! 王子!!」
「我々も寒さに強くなれれば、どこへでも行けますね!」
「よーし、私世界巡るわ!」
「水浴びってのを一回やってみたかったのよね~」
さっきまで寒さ耐性なんていらないって言ってたのに……
みんな見事な手のひら返しである……
『百聞は一見に如かず』って言葉があるけど、聞くのと一回体験するのとでは説得力に雲泥の差があるのね。
「さあ! 父上はどう致しますか?」
「うむ……寒さとは我らにとってこうまでも弱点となり得るのだな…………これからのことを考えればここで寒さ耐性を獲得しておくのが得策のようだ」
空間魔法で再現するという提案は上手く行き、フレアハルトの完全勝利となった。
◇
「では、町の住民を老若男女子供、赤ん坊問わず一人残らずこの広場に連れて来てください」
と言ういつもの下りの後、集まったレッドドラゴン族全員にフレアハルトたちにかけたものと同じ『全体的永久的遺伝的氷防御 (中)』をかけて、全員が寒さに耐性を持つに至った。
余談だが、このレッドドラゴン族の寒さ耐性獲得によって、アルトレリアの危機が救われることになるが、それはまた別のお話。
レッドドラゴン族も一同が右へ倣えというわけではないので、フレアハルトのように外へ出てるものも少数存在しています。
今回彼女らの後押しが無ければ、「寒さ怖い! 外には出ない!」となっていた可能性も……
次回は10月29日の20時から21時頃の投稿を予定しています。
第285話【田んぼ計画始動】
次話は土曜日投稿予定です。