第264話 ミルクの川を作った牛の伝説
ゲートで王城に帰って来た。
「……お帰りベルゼ、疑似太陽作ってくれてありがとう……」
「うん、今回は何事も無くて安心したよ」
「……それともう一つお願いがある……ベルゼに会いたいって亜人がいるんだけど、会ってもらえる……?」
「会いたい?」
この遠くの地で、私を名指しして会いたい亜人がいるのか? 誰だろう?
「アスモがそう言うなら会わないこともないけど……」
「……ありがとう……雷の国の外交の関係上、会ってもらえると助かる……」
「じゃあリディアとカイベルにそのことを伝えに行くから、後で迎えに来てもらえる?」
「……わかった……三十分後に迎えに行く……」
◇
応接室――
「あ、お帰リ、アルトラ」
「ただいまリディア。カイベル、言われた通りゲートを繰り返して撹乱してみたけど、どうだったかしら?」
「撹乱は出来ていたようですが……相手の方が一枚上手でした。写真を撮られてしまったようです」
「え!? 太陽作ってるところを!? まあ、でも私透明なんだから写ってないんでしょ? なら問題無いんじゃない?」
その監視者が撮影したという写真と同じものを印刷しておいたらしく、写真を手渡された。
「えっ!? 何これ!? 何で透明化の魔法をかけてたはずなのに姿が見えてるの!? それに服装も変えてあったはずなのに……まさか写真にはいつもの姿で写し出されてしまうとか!?」
「いえ……どうやら向こうも余程“疑似太陽作成者としての証拠”が欲しかったのか、カメラに補助魔法を解除する高レベルの細工がされていたようです。もっとも……短時間で作られたもののようで、付与されている解除魔法があまりに高度過ぎて短い時間しか使用できなかったようですが……」
「私の魔法を解除できるヤツがいるの!?」
「あの時、時間が差し迫っているとアルトラ様は説明を聞かずに出て行ってしまったので……」
時間的余裕が無かったから聞けなかったけど、魔法を解除してしまう魔道具があるとは……
「各能力を専門的に伸ばした者なら可能性はゼロではありません。アルトラ様の身体は戦闘分野は全てを高レベルで操れるように出来ていますが、それでも特化した能力というわけではないので、フレアハルト様やリディア様のようにそれ専門に使っている者には時として負けることはあり得ます。ご自身でも体験されているはずですが……?」
「それはそうなんだけど……」
改めて写真に目を落とす。
透明になっているはずの姿が見えていてかなり焦ったが、疑似太陽作成直後でほぼ真正面から光を浴びているから顔は全くと言って良いほど判別が付かない。
服にもかなりの光が当たっているから色の判別も難しそうではある。ただ……影になっている部分の服の色がちょっと気になるけど……
「う~ん、わずかだけどピンボケしてる上、光まで当たってるし、これは私だって分からないんじゃない? 心配するほどのことでもないかも」
「だと良いのですが……」
どうしても私が作ったという証拠を捉えたかったってわけね。
知らぬ存ぜぬを貫いていたから、証拠を揃えて太陽を作ってもらおうってわけか。
正式に依頼してきたら、作りに行ってあげようかな。まあ……『傲慢』の大罪って言うくらいだから、絶対に頭下げて来ないだろうけど。
それにしても、魔法を解除できるような技術があるとは……そうなると今後は注意していてもバレるのは時間の問題かもしれないな……
最大の疑問は、どうやって透明の私を追跡したんだろう? カメラで写した時点で魔法解除されたなら、追跡してる時には姿も見えず、魔力感知にもかからなかったはず……
追跡自体はゲート転移した時の空間の揺らぎを追えば可能かもしれないけど、透明の私をどうやって見つけた?
「カイベル、疑問があるんだけど、どうやって透明の私を見つけられたの?」
「どうやら監視者の中に『ヴァルーシア』が混ざっていたようです」
ヴァルーシア? 聞いたことないな……
「ヴァルーシアって何?」
「蛇から進化した亜人です」
「ヘビ人ってこと? 蛇……あっ! もしかしてピット器官?」
「はい、蛇はピット器官によって体温を見ることができるのでアルトラ様が透明であっても、体温を見てそこに居ることに気付いたようですね。偶然疑似太陽作成ポイント付近に居たのもこちらとしては都合が悪かったようです」
「でもあの時、分身体で木の裏や木の上部分まで探し回ったけど、誰もいなかったよ?」
「十二時に差し迫ってましたので、時間の関係で分身体様がまだ探さなかった木の上部分に長くなって張り付いていたようです」
マジか……
「じゃあその木から探してれば見つけられた可能性があるってことかなの?」
「残り一分を切っていては見つけられたかどうかも分からないですね。体色の関係でかなり見えづらいようでしたから」
「怪しい魔力反応も無かったけど……?」
「どうやら魔力を分散するローブを着ていたようで、魔力が感知できないほど微弱だったのでしょう」
「そっか……」
フレアハルトたちなら気付けたかもしれないけど、私では気付けなかったか……
ヘビの亜人にはまだ会ったことが無かったから体温のことまでは失念してた……と言うか体温をどう操作すれば見つからなかったか、今考えても分からないし……外部体温を外気温とほぼ同じにすれば良かったってことなのかな?
でも仮に外部体温と外気温が同じ三十六度だとしてもヘビの目に映らなくなるのかしら?
体温隠すには相当高度な魔力操作を求められるのでは……?
そして偶然そこに、よりによってヘビ人が居たってのも運が悪かった……探す木の順番が違ってればもしかしたら見つけられたかもしれないってところも運が無かったな……
幸いだったのは撮影された写真の顔がほぼ見えなかったことくらいか。
まあ顔も見えてないし、多分大丈夫でしょう。
◇
コンコンコン
「……ベルゼ、準備は良い……?」
連れて行かれたのは、私たちが通された応接室とは別の部屋。
そこに居たのは――
あ、さっき街頭モニターに映ってた人だ。
「あなたがアルトラさん、ですか?」
「あなたは……フレデリックさん、ですか?」
「そう、そうです! あなたに命を救っていただいたエルフ族のフレデリックと申します! お礼が遅れてしまい申し訳ありません」
「いえいえ、何も告げずに帰ったのは私ですから」
「名前も何もわからなかったので、見つけるのに苦労しました」
「どうやって私に行き着いたんですか?」
「病院訪問時に女王印の付いた書状を持っていたという話を思い出したので、女王陛下にお目通り願ったところ、近々雷の国に招待するとのお話を聞けたため、その日に何とか会うことはできないかと女王陛下にお願いしました」
あ、そっか、女王印の付いた書状を持ってれば、私が女王様から遣わされたと言ってるようなものだ。 (第134話参照)
「でもさっきのテレビ番組では『どこの誰かもわかりません』って言ってましたよね?」
「嘘も方便です。マスコミの方々に集まられては迷惑だろうと思い、あの場は嘘を吐きました」
その嘘はありがたい。確かにここに集まられては堪らない。
「ただ……番組内で使われていた映像については、演出上止めることは出来ませんでした、すみません」
「ああ、いいですよそんなの! ただ、今日の放送って私がこの国に居るタイミングで流れましたけど、それは偶然ですか?」
「それは偶然です! 最近リハビリも終わってやっと退院することができたため、その番組の出演依頼を受けたら、たまたま同じ日に重なってしまったようです」
そうなのか……あまりに偶然が重なっているから、これも演出の一部で、実は私のことは既にバレてて、今まさに隠し撮りが行われているのかと……
ただ、アレのお蔭で一時とは言え、スター感を味わうことができた。
「あなたには大恩があります。今後とも良いお付き合いをさせていただければと思います。私は樹の国から来た行商人ですが、ご入用のものがあれば何なりとお申し付けください」
「エルフはドワーフ同様気難しいって聞いてましたけど、随分気さくな方なんですね」
「ハハハ、私の場合は職業柄、無愛想にしているわけにはいきませんからね」
商人という職業柄、相手の懐に入っていけなければならないのだから、無愛想にしているわけにはいかないか。
「行商って……生物も扱ったりしてるんですか?」
「ご入用とあらば」
「じゃあ……乳牛と鶏って揃えられます?」
「用途は肉とか牛乳とか卵ですか?」
「そうです! やっぱり美味しい食べ物にはこれらは付き物ですから!」
「とすると大人しい方が良さそうですね。アウズンブラという種類の雌牛とニワトリスというコカトリスの変異種が適していると思います」
ニワトリスはついこのあいだ食べたから聞いたことあるけど、アウズンブラ?
えーと確か私が読んだ話では……北欧神話で最初に生まれた牛とされていて、その名は『豊かなるツノの無い牛』を意味し、ミルクの川が出来るほどの大量の牛乳を排出したって記述されてたはず……
ミルクの川……?
そんなのうちに来たらヤバイ!
「あああ、あの……アウズンブラって物凄い量の牛乳を出すんですよね?」
「はい、そうですね。小規模集落なら一頭居れば牛乳には困らなくなると思います」
「わ、私の出身地ではミルクの川が出来るほど垂れ流されたって神話に残ってるんですけど……」
ミルクで出来た川が腐ったら……どれほどの悪臭と細菌が出るか……地獄絵図しか思い浮かばない……
そんなことになったら、牛乳雑巾なんか比較にならないぞ!
「そんな神話があるのですか? ご安心ください、そこまで大量の牛乳は出ませんので」
「町へ連れて来たら、町が水没ならぬ、乳没したりしませんか?」
「ハハハ、大丈夫ですよ。とは言え大量に出るのは確かですので、頭数を抑えてお届けします。町の人口はどの程度ですか?」
「現在は千七百人くらいです」
「では二頭いれば十分でしょう」
千七百を二頭で!?
普通の乳牛だどれくらい乳を出すか知らないけど、これってかなり多いよね?
それに子供産まなきゃ乳は出ないはずだから……増えたらとんでもないことになるんじゃ……?
「あの、増え過ぎたらどうしているんですか?」
「加工して保存食にしてますよ。あともちろん妊娠しなければ乳は出ないので、そこは上手く調整するというところでしょうか」
余分になったら加工したりすれば良いか。
それでも捌ききれなくなったら、私には空間魔法で消し去ってしまうという最終手段がある!
とは言え……
よっしゃーーー! これで念願の卵と牛乳の安定的な確保が可能になる!
もしかして、別の物頼んでも揃えてもらえるかしら?
神話でミルクの川が出来たところは、どう処理していたのでしょうね? 惨事しか思い浮かばないです(笑)
次回は8月26日の20時から21時頃の投稿を予定しています。
第265話【カレーとチョコレートと発電施設】
次話は明日投稿予定です。




