第22話 トロル集落水没
我が家に帰って来た。
今日はきっとトロル集落の歴史が動いた日に違いない。
雨の降らないこの土地で雨を降らせ、真っ暗の土地に疑似太陽という光を作り、トロルの知性を進化させ、停滞していた時間を進めた。
「でも、たった四日であんなに集落が様変わりしてるとはビックリね」
水の補給源は出来た、獲物も彼ら自身で持続的に狩ることができるようになっている。大地が冷えたことにより、これまでにいなかった食材……もとい生物が流入してくるようになった。
もう彼らが栄養失調になることは恐らくないだろう。
私が何もしなくても、衣食住全てで改善が図られている。
「じゃあ、次は私が食べたいものを作る番だ」
水も出来たし、水田を作りたい。
そして……年貢の取り立てだ!
まあ、ここからはそれほど急いでやる必要も無くなった。
プランをのんびり考えていこうか。
今日はもう休もう。
◇
しかし、次の日の明け方。
ドンドンドンドン!!!
「うわっ!! なに!?」
地獄の門前に住み始めて、初めて家のドアをノックされている。しかもかなり荒々しく激しく。
借金取りに来られるのってこんな感覚かな?
「アルトラ様はここに居られますか?」
誰だこんな時間に……
ガチャ
「はい、どなた?」
眠い目をこすりつつ玄関先に出ると二人のトロルが立っていた。
「あなたたちは、集落の塩作り三兄弟の内のえーと……」
名前と顔がまだ一致してないが、筋肉三兄弟として印象深かったから覚えてる。
「はぁ……ニートスです……」
「……ハァ……サントス……です……」
「どうかしたの?」
汗だくだ、よほど息せき切って走ってきたのか。
「ああ……本当に居た……ハァ……良かった……ハァ……」
「……はぁ……大きい方の……家かと思いましたが……でかい狼が寝ていたので……はぁ……焦りました……」
ごめんね、前に初めて来た人もそっち見て騙されてたのよ……
「それで何があったの?」
「村が水没しております!!」
……
…………
………………
「は?」
◇
急いで集落へ飛ぶ、トロル二人は空を飛べないので後から来させる。
二人から聞いた話によると、潤いの木の湧水量が多過ぎて、集落全体が水没してきているらしい。
二人は急いで走ってきたけど、相当の時間を有したとのこと。
私が歩いて十二時間かかった距離だから、この二人が急いで走ってきたとしても、推算でしかないけど多分五時間くらいはかかってると予想される。集落を出発してから五時間……
出発時にはもう既に家の一階部分が沈みかけている状態だったらしい。つまり、今はもう二階に迫っててもおかしくない。
しかも、あの村まだ二階建てがほとんど無い。村人たちは大丈夫だろうか……
「しまった……そこまで想定してなかった……側溝を作って水を逃がす場所を作らないといけなかったわけか。潤いの木の湧水量を舐めてた……」
思えば、私は潤いの木の試運転を碌にしていない。作った時にはすぐに霧と化してしまったので、ここまで湧水量があるとは考えなかったのだ! (第12話参照)
「あの集落、ただでさえ壁に囲まれてるのに……そのままにしておいたら集落が沈んだダム湖みたいになっちゃう!」
以前は飛んで一時間だったが、かなり飛ばして三十分で着いた。
この集落は山を下った先にあるから、飛んでくる途中から既に水没しているのが見えていた。
疑似太陽を作っていて良かった。これが無ければ松明が水没してしまった今、どこに村があるかすら分からなかったかもしれない。
「アルトラ様~!!」
下の方から声がかかるも、まだ明け方であるためこちらからは暗くて薄っすらとしか見えない。しかし私は飛ぶ時に光を発するようなので、向こうからは私が来たことが分かるらしい。
光魔法で光球を空に浮かべ、疑似太陽より小規模な村を照らせるくらいの光源を作った。これは後でことが終わったら消しておこう。
強い光で辺りが照らされ、状況が明るみになった。
予想通り、もう一階部分は水没、二階がある新しく建てている最中の家くらいしか水没していないところが無いくらい。
多くの家は既に水の下。
作りかけだった家々も、ほとんどが流されてしまっている。
流れた家の部品がぶつかったのか、壁の穴が昨日昼間訪れた時より少し広がってしまったようだ。
平屋の家の屋根に上ってる人がいる。多分、今私を呼んだ人だ。
もう平屋の屋根も水没している、今にも流されそうだ、あれは助けておかないと危険だな。
「私に掴まって!」
とりあえず、二階のある建物へ連れて行く。
他の者がどうしたかと周囲を見回すと、山の斜面や高くなった土地へと避難しているらしいことが分かった。
「キャァ!!」
女性と女の子が流された!
あっちは壁の穴の方向! 壁の外へ流れ出たら、どこまで流れて行くかわからない。
急いで水流に突入し、二人を捕まえる。
「プハッ! 大丈夫!?」
「はぁはぁ……た、助かりました……」
「うえぇぇ~~ん……」
二人をさっきと同じ二階のある建物へ連れて行く。
この後、数分で十人ほど、緊急性のあるトロルを救出。
周囲を見回してみる。
今見える範囲には、緊急で助けないといけない人はいないようだ。
村の周囲の壁は、ところどころボロボロになっていたにも関わらず、まだまだ耐久性があるらしい。村が水没するほどの水圧がかかっているにも関わずまだ壁が全壊しないなんて、よほど腕の良い職人が作ったものなのだろう。
さて、これをどうやって処理するか。
正直言って、我が家出るまでは、ここまでヤバイ状況とは思ってなかった……
……
…………
………………
そうだ、先日洪水になった時に使った結界術を応用しよう。
【防御魔法:水吸収】の結界を球体状にしたものを作り出した。これを集落の五十か所程度、それと潤いの木周辺に八つ放つ。
これで放っておけば、水を吸収して減らしてくれるはずだ。
◇
水は潤いの木から絶えず供給されるため、中々水かさが減らなかったが、四時間程でほぼ無くなった。
村人の人数確認も終わった。どうやらこの洪水で死んだ者はいないらしい。その点だけは幸いだったか……
日本とは違って、避難アラートとか避難マニュアルとかがあるわけではないから、全員が無事だったのは奇跡に近い。
これはみんな怒ってるだろう……
私は見通しが甘くて、いつも失敗する……
村人が全員集まった。
「ごめんなさい!! 私の見通しが甘すぎて、こんな事態に発展してしまいました!! この失態の責任を取って、領主は返上します、それでも足りなければすぐにここを出ようと思います」
これはもう領主としては失格だろう。就任してからたった一日……いや半日の超スピード辞任だな……
集落全体を水没させるなんて、被害が大きすぎる。千人に近い人数が家を失ってしまった……
「何言ってるんですか!」
えっ!?
「出ていく必要なんてどこにもないさね!」
「アンタはよくやってくれてるよ! ちょっとだけ失敗しただけだ!」
村人の言葉を受け、リーヴァントが前に出て話す。
「アルトラ様が来なければ、今の我々の生活はありません。あなたが来なければ今でもほぼ裸で、腹を空かせ、栄養失調で、水に困り、知性も無く知的好奇心も無い、ボロ切れのような生活をしていたと思います。この地に住んで、先祖から数百年、数千年、まあ何年になるかは我々にすらわかりませんが、我々種族がこれほど知性的な生活をしたのは歴史上初めてのことでしょう。全て、あなたがここに来なければ無かったことです。幸い今回の水害で死んだ者はおりません。作りかけの家がダメになったくらいです。そんなものは作り直せば良いだけの話です。あなたに出て行かれると困るのは、むしろ我々の方です。今後ともよろしくお願いいたします」
リーヴァントが私に向かって礼をする。
「リーヴァントはああ言っていますが、みんなは本当に私で良いのでしょうか?」
「普通に考えりゃ、あんたに出て行かれる方が損失だろう」
「また失敗するかもしれませんけど?」
「そうしたら、また失敗を補ってもらえれば良いさ!」
「まだ俺たちの文明的生活は始まったばかりだ! 今後を思えば、どれだけ発展していくか今から楽しみだよ!」
「頭が良くなった所為か、物事を論理的に考える能力まで備わったしな」
ここまで大失敗しても許してくれるのか!?
「みんな……分かりました! 今後も失敗が多いかもしれませんが、よろしくお願いします」
「失敗はなるべく無いようにしてくれよな!」
「ははは」と少しの笑いが漏れる。
空元気なのだろう、きっと言いたいこともあるだろうに、批判もせずありがたい……
何とか、首の皮一枚繋がったみたいだ。今後は気の良いこの村の住人のために尽力しよう。




