第213話 通貨制度の開始
年明け、一月半ば――
町の名前が決定されておよそ三ヶ月、いよいよ通貨制度が開始された。
みんな、通貨制度は初めてのことだから、一週間の売買の練習期間があったとは言え、やはりかなりの混乱が起きている。
店舗に関しては、役所への申請が必須ということにした。そうしないと、どこで何をしているか判断できなくなるためだ。
それに伴って、便宜的に第一地区を更に八区域に、第二地区を四区域に分けた。分かりやすく「第〇地区の〇区域のこの辺りで商売している」ということを示してもらうためだ。
通貨制度開始前から何か職業としていた亜人たちにも申請はしてもらった。
仮通貨制度開始期間と日にちが重なっているが、ここ何日かで移行に合わせて準備が進められていた。
具体的には店舗が増えた。畑組改め農林部から作物を買い付け、店を出して販売しようとする人たちが何人も出て来た。
今までは配給と物々交換だけだったが、これからは自分で稼ぐことをしないといけないからだ。
また、農林部の売買を見てなのか、農家が儲かると考えた人たちが、農業を始めたいと言い出し、短い期間で畑の数が激増した。ただし、増えた畑で作物が取れるのはしばらく先になる。彼ら・彼女らは作物が育つ場に関わったことがないが、その期間辛抱強く育てられるだろうか?とも思う。
更にこれに関連してなのか、農業細分化の兆しが表れた。メイフィーが一手に引き受けている間は、雑多に色んなものを栽培していたが、今回増えた農家たちはやりたいとか食べたいと考える作物がそれぞれ違っているため、ある者はトマト農家をやりたい、ある者はじゃがいも農家をやりたいなど、それぞれで一点特化した農家が増えそうな状況になってきた。
また、少し前にワインに必要なブドウが収穫され、少量ではあるが酒が店頭に並ぶ事態になった。
店舗の数は三倍ほどに急増。自分の特性を生かして稼ごうとする者、他人の真似をしてみる者、それまでに行っていたことを引き続きやり続ける者など様々出て来た。
以前は雑貨工房で物々交換していたお茶碗などの焼き物も、工房と販売が切り離されて経営されるようになった。鍛冶工房も同様。ただ、これはまだ店舗が分かれただけでどこか別のところへ行ったわけではなく工房付近で経営されることになった。それに伴って町民の中に隠れていた物質魔術師にスポットが当たり、スカウトされるような事態に。
花屋、剪定屋 (いわゆる庭師に近いのかな?)、植木屋、林業などなど植物関係が増えた。そして物質魔法同様、樹魔術師にスポットが当たり、各店舗で引く手数多になっている。
経営を考える上では、この希少な二種類の属性を扱える人物はかなり重要なポジションとなりそうだ。
看板屋なんてものに目を付けるものも出て来た。
張り紙、店舗の価格表示、広告を打ちたいなどの依頼まで増え、紙の需要が増えたため、生産数も多くなった。また、役所の回覧板については委託業者が出来、そちらへ委託されるようになった。この時点では知る由も無いがこれが後々この町で初めての新聞社になる。
工夫したのか今まで存在しなかった冊子のような書物めいたものまで登場するようになった。多分、クリスティンが旅行先のアクアリヴィアで自分用に買って来た参考書などを見て、真似て作ったものだろう。
拝読してみたところ――
「書籍と呼ぶにはまだまだね……字数が全く満足行く量じゃない……」
まあ、これはこれで新しい文化が出来たってことで、喜ばしいことなのだろう。特に咎めたり文句を言うことはしない。字数が少なくてもこういった読み物が好きな人もいる。
また、絵や漫画染みたイラストを描くものも現れた。少し前から私が描いたものを真似してた者がいたが、彼らかもしれない。
それらを作った作家と取引したのか、それに伴って小さいながら書店や文具店が出来た。まだ店と言うよりは数冊、数個ほどの書物や文具を家の軒先に設置して販売するような形式。所謂一畳書店、一畳文具店といった感じのもの。
文具については木を燃やして炭にする者、植物や鉱物から染料を作る研究をする者、私が以前アクアリヴィアで購入してきた文具の数々からヒントを得て、再現に挑む者などが登場。
日本人が一般的にイメージする書店や文具店にはまだまだ程遠いが……
ちなみに昔テレビでやっていたが、多くのおもちゃや漫画、アニメ関連を取り扱うマニア御用達のかの有名な『まんまみれ』は、一畳ほどの土地で漫画を販売するところから開始して、現在あの巨大店舗にまで成長したそうだ。
そういう意味で、最初に一畳店舗で始めるのは理に適っているのかもしれない。
私は本を読むのは割と好きな方なので、いずれは巨大書店を打ち立てられることを期待する。
そして多く出来たのは食料品店……と言うか主に八百屋ね。町のあちこちに店が出来た。数日前にメイフィーら畑組改め農林部と値段交渉をしているのを見た。もちろんカイベルを同行させ、取引が高くなりすぎないように、低くなりすぎないように介入し、適正と判断した上で流通。ここでめちゃくちゃ高い値段にされたら、そこ以降の業種が一気にに立ち行かなくなる。
あと、少ないながら飲食店が出来始めた。食堂やレストランめいたものを始める者、甘い物に目を付けスイーツに特化した店を開く者、出店で団子やたい焼きじみたものを売る者など、形態は様々。
一週間前の疑似通貨制度期間にお菓子作りをお願いしたゴトスは「スイーツ専門店始めようかな」などと漏らしていたという。
以前かき氷機を持って行った彼は、引き続きかき氷店を経営している。が、もう冬の気候であるため、現在は物好きしか食べに行かない。彼も転職を考えざるを得ないだろうな……
ただ、食材が増えたとは言え、これ以上飲食店を大量に増やすと生産が追い付かないということで、飲食店に限り最初に申請された十数店舗以外の許可は、現在のところ停止している。今後食べ物がもっと増えて、安定した供給が出来るようになった時に申請再開という運びになりそうだ。
飲食店が出来たことで、今までは役所の食堂ほぼ一択だったのが、これからは別の選択肢が増えた。
ただし……作る人は玉石混交、美味しく作る人がいる一方で、あまり美味しいと思えない亜人も存在する。こういう亜人が淘汰されるのはもう仕方がない。それが世の常だ。そういう亜人もまた自分にあった何かを見つけるのだろう。
意外なことに服飾店や縫製店はほとんど増えていない。
また、同じく工房や鍛冶屋、建築業も増えていない。これらは高度な技術が要求されるため、やりたいからと言って突然増えるものではないらしい。
ただし、少し前にレッドトロルが移住してきたため、従業員が大分増えた。また、どの業種も需要がかなり増えた。服飾店については、売るだけでなく貸し衣装も始めたようだ。
「服飾店や縫製店はほとんど増えていない」とは言ったが、独立を考えている者は少ないものの存在するらしい。
競合他社が出現すれば、クオリティも上がっていくため、いつかアルトレリア発祥のブランドが出来ることには期待している。
そして、色々なことに造詣の深いアドバイザーのドワーフたちが、過労死するんじゃないかって勢いで働いている。これは流石に休ませるべきかしら?
ドワーフと言えば、彼らの手により、機械業がまた少し増えた。紙はもうほとんど機械で作っているし、寒い気候向けの暖房器具も複数の自家発電機フル稼働で作られている。もう既に発電所を作る必要に駆られている状況になっている。
魔力動力式で作られた機械の利点は、誰もが燃料を自分で補充可能な分、電力式よりも持続力が無い。なぜなら魔力が無くなったらその都度補充しなければならないため。
その点電力式であれば、発電施設さえあれば連続して稼働が可能。故に発電施設を作りたいのである。
そんなことを考えながら歩いていると――
一つの置物に目が留まった。
「あれは……ガルムの置物?」
木彫りのガルムの置物が売られている、隣にはピビッグ。北海道の木彫りの熊よろしく、この土地の名物にでもしようとしているのかしら?
北海道の木彫りの熊を知っているためか、こういった木彫りの像に目が行くことがたまにある。
このように、中には実用的ではないものを売る者も現れた。民芸品とかカラクリ箱とかそんな感じのものを独自に作って売っている。これは自分の特性を生かした上で考え出されたものだろう。
しかし……まだお金が出来て間もない時に、これらが売れるかどうかと言うと…………ちょっと疑問な感じがする。
ただ、手先の器用さを見出されて、オーダーメイドで何かを作ってもらうという形態にも進展しそうな気はするが……
また、町の急激な進歩に伴い、ゴミが多くなってきたため、今までは役所で行っていたゴミ処理業で商売をやろうという委託業者が出て来た。今後はゴミ処理を彼らにお願いすることになりそうだ。
ゴミは町の壁の外にゴミ処理場が作られ、ほとんどのものはそこで焼却され、畑の肥料として使われる。現在のところプラスチックのような燃やすと毒ガスを出すようなものは存在しないのでその対応で問題無い。
日本では“夢の島”のゴミ問題のようなものを見ているので、ゴミ問題についてはなるべくなら出ないようにしたいところだが……さて、知的生物が生きてる上でそれが可能なのかどうか……
ただ、ここには私が居るから最終手段が可能。増え過ぎたら空間魔法でゴミを圧縮して、異空間で焼却処分してしまえば良い。
遂に通貨制度開始しました。
今回は、職業形態が増えたという話ですね。
大分町らしくなってきましたね。
次回は6月8日の20時から21時頃の投稿を予定しています。
第214話【通貨制度開始直後はトラブルだらけ】




