第145話 意図しなかった訪問者
役所長代理二日目・午後――
アルトレリアの壁門のところに意図しないお客さんが来ていた。
どうやら、珍しく村の外からヒトが来たらしい。
「こちらにアルトラ殿はご在籍か?」
◇
その人物はすぐに門衛を任せているトーマスが連れて来てくれた。
「アルトラ様にお会いしたいという方が来たのでお連れしました」
偉そうなヒトがお付きを二人従えている。
と言うか……
「フレハルのお父さんですよね?」
「フレハル? 誰ですかそれは?」
すっとぼけてるのか本当に分からないのか、どっちなのか判断付かないな……
どう見てもレッドドラゴンの族長さんなのだが……以前会った時にはあった髭が無い。変装でもしてるのか?
「…………ちょっとこちらへ」
みんなに聞こえないようにして、フレアハルトがフレハルと呼ばれるようになった事の顛末を説明する。
「そうでしたか、そのような理由が」
どうやら本当に分からなかったらしい。フレハルと呼ばれていることは知らなかったようだ。
「そういうわけで、この村で『フレアハルト』と呼ぶのはお控えください」
「分かりました」
「それから族長さんも何か偽名を考えてもらいたいと思います」
「偽名……ですか……では、ワシも『フレアハルト七世』ですので、フレハルで」
「それだと息子さんとどちらを呼んだか分からないじゃないですか」
「亜人の世界は面倒ですなぁ……」
レッドドラゴンの世界では、同じ名前でも気にしないのかしら?
「では、ナナセで」
「分かりました」
それだと、弟が来た時には『キュウセ』になっちゃうのかな……フレアハルトは『ハッセ』ね。
「しかし我が正体に気付くとは流石ですな」
「髭はどうしたんですか?」
「髭? ああその程度のものなら変身で何とでもなりますのでな」
髭が一瞬で生えた。そしてすぐ消した。
私は一目で気付いたけど、一応変装しているつもりらしい。
「じゃあ、ちょっとフレハル連れて来るので、少々お待ちを」
「いや! 待たれよ! 今回はそのことについて折り入って相談が」
「相談? フレハルに秘密で?」
「はい、どのような生活をしているのか近くで見てみたいと思いましてな」
「正体を隠してですか?」
「そう、そこで貴殿は変異系統の魔法が使えると、小耳に挟みましたので」
変異系統か……私が使ったのはリッチをカエルにしたのと、リディアに使った縮小魔法くらいだけど。
リッチの時に回りにヒトがいたからな……あの時にそういう魔法があるってことを知られたのかもしれない。
「そこでワシの顔を一時的に別人に変えてもらいたい。出来ますかな?」
「出来ますけど……その髭のように、変身で変えられるならご自分で出来ないんですか?」
「まあ身体の周りを変化させるのとは違い、顔の周りを変化させるのは限度がありますので……恐らく、顔を変えてしまうと個別認識が出来なくなるからなのでしょう。そういう風な進化をしたのでしょうな」
鱗で服を再現することはできるけど、顔を変えて別人になることはできないってことか。
「私が別人に変身させたところで、フレハルには魔力の波長で気付かれるのでは?」
「うむ……確かに……ヤツは優秀だからな……」
優秀?
……う~ん……私から見ると……優秀と言うにはちょっと……それなら側近二人の方が有能……
親バカかな?
「魔力ごと変質させることはできませぬか?」
「魔力の流れを隠すことくらいなら出来ますけど……変質は無理ですね」
魔力の変質は、私が手を出せない『命』の領分に当たるらしい。
自然に変質することもあるが、そのヒト本人に何らかの強い出来事が起こらなければ変質することはまず起きない。一昨日成仏させた子供のゴーストはその変質例の一つだろう。
そこを変質させられるなら、貴重な樹魔法や物質魔法を使えるヒトをもっと増やして、この村の生産性を上げている。
例えば匂いのように別の魔力要素を足して誤魔化すくらいはできるかもしれないが、根本的な変質は不可能と考えられる。それと、まだ自分でも試してないので他人を実験台にするのは気が咎める。
「では魔力を隠してもらいたい」
そんなことしても、多分すぐバレそうではあるけど……
本人が良いならそのようにするか。
「【魔力遮断】。これで魔力は隠せました」
「顔も変えてもらえますかな?」
「【人物変化】」
お付きの二人にも同じ魔法をかける。
「これで顔が変わっているのですか?」
「はい、私が解除しなければ6時間ほどはその状態です」
「そなたらから見てどうだ?」
お付きの二人に意見を求める。
「別人でございます」
「これならフレアハル……フレハル殿も気付かないでしょう」
「それから、どうするんですか?」
「では、フレアハ……おっと、フレハルを呼んでもらえますかな? ヤツに村の案内を頼みたい」
フレアハルトを呼びに行こうとすると、お付きの方々が話しかけてきた。
「あの、アルトラ様……ちょっとよろしいですか?」
「アリシェ……アリサと、ヴァ……レイアも一緒に連れて来てもらえますか?」
彼が言おうとしたのは『アリシェール』と『ヴァレイア』、アリサとレイアの本当の名だ。その名が出たということは彼女らの関係者かな?
「フレハルを連れて来ると自動的にくっ付いてくると思いますけど、あなた方はもしかして?」
「はい、父親です。ヴァアグナと申します」
「ランジールと申します」
「ってことは……彼女らにも」
「はい、内密にお願いします」
「じゃあ、彼女たちにバレないように偽名を考えておいてください」
何だ何だ……何なんだこれは、父親総出で押しかけて来て……父兄参観か?
「わ、分かりました、何とか全員内密に連れてきます」
◇
「なに? 我に村を案内してもらいたい人物がいる? そんなのお主がやれば良いではないか。どう考えても適任はお主だろ」
昨日の今日で二度目の依頼だからな……昨日の幽霊騒動でちょっと機嫌が悪そうだし……
何か良い言い訳を考えないと……
「あなたもこの村の一員になったからには、他から訪れた人物を案内できるくらいのことができるようにならないと困るでしょ?」
よし! 強気に行こう!
「別に困らんが」
「私が困るのよ! ひいては村が!」
「ふむ……ではレイア、お前がしてやれ」
「わかりましたぁ」
「いや、あなたに頼んでるんだけど……」
「我は王子だぞ!」
「元・王子でしょ。肉体労働は率先してやってくれるのに、案内は何でダメなの?」
「何を話したら良いかわからん」
あれ~? こんなに自信無いやつだったかなぁ……初めて会った時は物怖じせずに話しかけてきた気がするけど……
この村で生活するにあたって、怒られることが増えたのかな……特に肉体労働系は体育会系が多いし。
いや、それよりもドラゴンの王族だって言うなら、世界中のドラゴンが集まる会議とか無いのかしら? 人の世界で言うところの社交界的なやつ。
「大丈夫、今回のお客さんは普段通りに話せば良いから」
「う、うむ……仕方ない……」
渋々ながら了承。
「あと、アリサとレイアにも案内をお願いしたい」
三人をフレアハルトのお父さん達のところへ連れて行く。
◇
フレアハルトを族長さんに会わせると、フレアハルトの表情が一瞬強張った。一瞬だが眉間にシワが寄るのが見えた。
まさか……もう気付かれたか?
「そなたがこの村の案内人ですかな?」
「あ、ああ……そうだが……」
「この村の案内をお願いしたい、ナナセと申す」
お父さん……その一人称や話し方だとすぐバレますよ……
「ナグアーヴと申します」
「ルージンラと申します、よろしくお願いします」
名前逆にしただけじゃないか? 聞く人が聞いたら即バレるような偽名だ……
「じゃあ、アリサはルージンラさんを、レイアはナグアーヴさんの案内をお願いね」
「それぞれご案内するのですか?」
「そう希望されてるから」
「何か怪しいですね……三人で訪れたのに、三人別々に案内とは……あの――」
アリサが小声に切り替えた。
「――あの方々、どこかからのスパイとかではないですよね?」
「な、何でそう思うの?」
「魔力が全く感じられません。あれは……意図的に隠されてるとしか……」
鋭い……
「フレハル様なんて警戒心MAXですよ。レイアも表情が強張ってますし。あの方々の素性は分かっているのですか?」
フレアハルトの強張りはそういう意味だったのか……
「う、うん、大丈夫、私の関係者だから、訳あって今は正体を明かせないけど……」
ホントはあなたたちの身近過ぎる関係者だけど……
「それにこの村にスパイ送り込んだところで、まだ有益となる情報なんか無いし」
いや、ところどころおかしい技術や存在はあるか、『疑似太陽』とか『ゼロ距離ドア』とか。まあ奪おうとして奪える物でもないしね。
「あのヒトたちは全く魔力を持たない種族だから、あなたたちにも感じられないんじゃない?」
「そのような種族がいるのですか!?」
「うん、危険は全く無いことを保証するから案内をお願い。フレハルとレイアにも私の知り合いだから警戒しなくても良いって伝えておいて」
「かしこまりました」
一応気付かれないように全員引き合わせられたので、族長さんに声をかける。
「じゃ、じゃあ私は役所長代理の業務がありますので、失礼しますね」
あ、そうだ、ここを離れる前に、これはちゃんと言っておかないとな。
「ナナセ殿、ナグアーヴ殿、ルージンラ殿」
「「 はい 」」
「どうしましたかな?」
小声で話す。
「……くれぐれも村の者にレッドドラゴンとは気付かれませんようにお願いしますね」
笑顔で『バレたら怒りますよ』という無言のプレッシャーをかける。
「……う、うむ、大丈夫だバレぬよう行動しましょう……」
う~ん……フレハルたちに任せて良いだろうか? ちょっとばかり不安だ。
こういう時のスキル【分身体】だ。
分身体を生み出す。
「じゃあ、私は役所業務をするから、フレハルの追跡をお願い」
「わかった、じゃあ行ってくるね。【不可視化】&【魔力遮断】」
あの分身体は私の思考とそっくりそのまま動くから、どんなことがあったか後で回収して確認しよう。
これの不満なところは、今のところ一体しか出せないところね。この中で一番心配なのは……やっぱりフレアハルトかな。女の子二人も父親とどういうやり取りをするのか興味があるけど……
分身体も私と同じことを思ったのか、フレアハルトに張り付いたみたいだ。認識阻害の魔法をかける前にそちらへ進んで行くのが見えた。
本体は本体で役所の業務を遂行するか。
なにせ今の私は役所長代理だから!
「次の方どうぞ~」




