第121話 カイベルのハイパースペック
ゴロゴロゴロゴロ…………
ゴゴォォォン!! ゴゴォォォン!!
雷の音がうるさくて眠れんな……
アスモを見ると寝息を立てている。他の護衛の方々は見張りの一人を除いて起きている者はいない。
何でこの方々は普通に眠れてるの? 慣れ?
「アルトラ様、眠れないのですか?」
「う~ん、こううるさくちゃね……ラッセルさんは大丈夫なんですか?」
「ええ、まあある程度慣れてますから、生活音の一つとして聞こえています」
「まさか、首都もこんなにうるさいんですか?」
「いえいえまさか! 首都はきちんと防音対策がされていますよ」
それは良かった……首都に着いてまでこの巨大な落雷音を聞かにゃならんのかと……
全員寝てるかと思ったらリディアは起きてた。
「雷うるさくて眠れなイ……」
地獄の門前広場組の私とリディアだけ眠れず、護衛のラッセルさん以外の他のヒトたちはぐっすり。
カイベルは私が寝ている間は機能停止しておくように組み込んだ命令の所為か、私が目を覚ます度に再起動を繰り返している。
「アルトラ様、何度も目が覚めるようですが、眠れないのですか?」
そのセリフはさっきラッセルさんからも聞いた……
何とか音を小さくする方法は無いものか……
音は空気の振動で伝わるから、空気の振動を遮断すれば良いのかな?
空気の振動っていうと……大気と考えれば風魔法の領分?
以前洪水起こした時にやった二重の防御結界を試してみようか。
コテージの外に出て、まずはコテージの周囲に雷吸収の防御結界を施す。
このままだとまだ落雷の時に出る音までは届いてくる。
この雷結界の下に風吸収の防御結界を施す。
これで空気の振動を吸収してくれるはず。
「リディア、音はどう?」
「ぱったりと聞こえなくなったゾ! おやすミ!」
これ以降、音に悩まされることも無くなった。
◇
朝 (と思われる時間)までぐっすり眠れた。
「アルトラ様、朝食ができております」
「ああ……カイベルおはよう」
起きてすぐ目だけで周囲を見回す。
あ、そうか、今日は出先のコテージの中だったんだっけ。
「お! 美味しそうね」
朝食はほぼ全てアクアリヴィアで購入した食材で出来ている。
食パンに昨日のイクシオンの肉をベーコン加工した物の上に目玉焼きとチーズをトッピングした『ベーコンエッグチーズトースト』。
ウインナーにスクランブルエッグ。
あと馬肉をセルフで焼肉にするものと……ん? この肉とあっちの肉、色も肉質も違うような……? 部位の違いかな? まあ良いか。
野菜は村で採れたもの。
コーヒーと牛乳を取り揃え、お好みでブレンド可能。砂糖も完備。
ラッセルさんと交代で起きていた護衛の一人、アレックスさんが小声で話しかけてきた。
「……アルトラ様、少々よろしいですか?」
「はい? どうかしましたか?」
「……カイベルさんとは一体どんな方なんですか?」
「アクアリヴィアで雇った使用人ですけど……それが何か?」
「さきほど早朝に、コテージを出て行かれようとしたのでお声がけしたところ――」
◆
「どちらへ行かれるのですか?」
「少し散歩をしてきます」
「雷対策の魔法をかけているとは言え、周囲に危険な生物が多いですが……護衛致しましょうか?」
「いえ、問題ありません、少々席を外しますので、アルトラ様とリディア様をよろしくお願いします」
◇
「そう言って出ていきまして、少ししたら小さめのデンキヒツジを担いで帰って来て、凄い手際の良さであっという間に解体、洗浄していました。それも全く服を汚さずに……」
何怪しまれることやってんのカイベル……
「その後、羊から抽出した腸に、馬と羊のひき肉を合い挽きで詰めてウィンナーを作っていました。更にその後、凄い勢いで牛乳からバターを分離させたり、羊から何か取り出して牛乳に入れたと思ったらチーズが出来てたり、コーヒー豆を凄い早さですり潰したりしていました……それも全て素手で……」
あ! さっき馬肉とは別の肉があると思ってたけど、あれって羊の肉だったのか!
羊から取り出したって、何を? 何を入れたら牛乳がチーズになるのかしら?
「その後、土魔法と火魔法と物質魔法でコテージ内にテーブルと食器、焼肉用の鉄板を自作していました。テーブルと食器程度ならまだしも、厚い鉄板を作るなど並み大抵の魔力操作では出来ないと思います。彼女は一体どんな亜人なのですか?」
何も言えねぇ……ホント何やってんの……?
「デンキヒツジは我々アスモデウス様の側近ですら単身で捕獲するのは中々骨が折れるのに……しかも仔羊を狩ってくるなんて……仔羊を攻撃すると周りの親羊が狂暴化するので狩るのはより大変なんですよ。それをあの女性の細腕で、短時間で狩りから食事、テーブルから食器まで作ってしまうなんて……」
「あ、ええっと……その……彼女は地球から異世界転移に巻き込まれてしまった日本人で……」
「異世界の方ですか!? だからあれほど精密なのですね!」
いや、違いますけど……?
日本人でもそこまでスペック高い人は稀です……と言うか、コーヒー豆を素手ですり潰せる地球人は多分いません。
「異世界の方なら納得ですね」
そうか? 納得早くない? 私がこう思うのもなんですが、もうちょっと疑った方が良いと思います!
「ああ、あああの、でもあれだけのスペックの人は滅多にいないので、もし異世界転移者を見つけても過度な期待はしないであげてください。普通の! 『普通の』亜人と変わらない人が大多数なので! いえ! 九九.九九九九九九九パーセントは魔法すら使えない『普通の』人間ですので!!」
一応『普通の』ということを強調して訂正しておかないと、次に雷の国に異世界転移されてきた人が大変な苦労をしそうだ……
「そうなんですね。あんな凄い方を使用人にされるなんて、アルトラ様は強運の持ち主ですね」
「え、ええ……そうですね……私のところに来てくれた彼女には感謝してます」
事実、オルシンジテンからカイベルにモデルチェンジしてから、生活がワンランク上がったしね。食に関してはワンランクどころかファイブランクくらい上がったかもしれない。ホント感謝だわ。
あらゆることが「もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな」状態。
そんな話をしていたら、カイベルから声がかかる。
「さあ、皆様もどうぞ、お召し上がりください」
◇
「アルトラ様、この二つも【亜空間収納ポケット】に入れておいてもらえますか?」
渡されたのはさっきの羊の肉の余ったものと、羊毛。
凄い羊毛! これはエルフィーレへのお土産にしてあげよう。
あと、これも一応聞いておくか。
「何で羊獲りに行ったの?」
「相手は女王様ですので、馬一種類だけでは足りないかと思いまして」
「それなら言ってくれればカトブレパス肉出したのに」
「まだ就寝中でしたし、昨夜は音の大きさで寝られないということでしたので、もうしばし寝かせておこうかと思いまして」
うん、まあ一応アレックスさんへは誤魔化せたと思うし、いっか。
それと、何か羊毛多い気がする。
「カイベル、この羊毛って一頭分?」
「いえ、近くにいた十頭ほどの羊毛を刈り取ってきました。今後使うと思いまして」
超危険生物を殺さずに? どうやってるの?
「電気を発するだけで、他は普通の羊とそれほど変わりませんので」
これが出来た理由は、どうやらカイベルを作った時にこれでもかとかけたバリアの影響らしい。雷も無効化しているので、カイベルにとってはただの羊と変わらないようだ。
もっとも……彼女ならバリアが無くても何とかしてしまいそうではあるが……
それでも十頭分刈ってくるなんて信じられない速さだけど……
「ところで……牛乳に羊の何を入れたの?」
「あれは、哺乳期間中の仔羊の胃から採れるレンネットと呼ばれるミルクを固める酵素です」
チーズを固めるのってそんなのが必要なんだ……
「カビからも取れますが、今回は羊を狩って来たのでそれを利用しました」
カイベルのやることは知らないことだらけだ……
「あ、そうだ、中々タイミングが無くて聞きそびれてることがあったんだ」
小声でカイベルに訊ねる。
「……ねえ、この空間転移歪曲の原因って分かってる?」
「……はい」
「ホント!? ……じゃあ何で転移魔法の出現地点がズラされるの!? 何が起こってるの?」
「……雷の国の首都トールズの上空に住む鳥が関係しているようです」
「……上空って……さっき言ってたサンダラバードのこと?」
「……はい」
「……じゃあ教えてあげた方が良いかな?」
「……いえ……サンダラバードはこの国の国鳥にもなっている珍しくもない鳥ですので、部外者の私たちが言ったところで信じてはもらえないと思います。今すぐ危険がどうこうというわけでもありませんので、少しの間静観しましょう。アルトラ様に意見を求められることでもあれば頃合いを見て誘導してみてはどうでしょうか?」
「……分かった、そうしてみるよ」
朝食後、コテージを壊して出発。
あと、残り三十キロほどだから、何も無ければ今日中には着けるだろう。




