第9話 “アレ”を分解するバクテリアの研究
日本人の住居を決める基準は、トイレが綺麗なことが第一位、順に『冷暖房完備 ≧ ネット環境完備 > 駅からの距離 > 部屋の快適さ > 周辺の利便さ』と続く(私調べ&偏見)。
快適生活を求めるのに、トイレの改善は必要不可欠なのだ!
と言うわけで、トイレを作るためにバクテリアの研究に着手することにした。
我が家の近くに土魔法で五階建ての塔を建て、失敗してもバクテリアが地面に到達する前に空間魔法で消滅させられる状態にしてから、塔の頂上で“アレ”を分解してくれるバクテリアの研究を始めた。
しかしこの研究が過酷だった。
土を食われるのはヤバイが、生物を食い荒らされる方がもっとヤバイ。
明らかな優先順位は、
『生物を食われる >>>>>>>>>>>>>>>> 土を食われる』だ。
私の場合、土は魔法でいくらでも生成できるから、優先順位にもっと差が出るかもしれない。
第一目標は生物を“絶対に”食べないバクテリアを作らなければならない。
自分の体の一部を与えてみて食べるかどうかを研究したかったところだが、私の体は頑丈に出来てはいるものの切断したら再生される保証はどこにもない。
私のイメージの中の悪魔とか天使は、体が欠損しても再生するようなイメージがあるが、もし自分の腕を切断して研究材料にして、それでもし再生してこなかったら目も当てられない。
と言うか……私は物理にも毒にも完全耐性を持っているっぽいので、下手したら切断した腕を与えてみたところで、食べるどころか寄り付かない可能性すらある。
それに……腕を切断したことはないが、きっと我慢出来ないくらい痛いだろうから、実行するには相当勇気が要る。
たまにアニメとかで平気で自分の腕を切り落とすキャラが出てきたりするが、そのシーンが出る度に『その後の生活どうするの?』と毎回のように心配に思う。
仕方ないので、食料として狩ってきた狼の一部をバクテリアに与えてみることにする。
まずは土の前に、生物を食べないバクテリアを先に作り出すことにする。
そのためにまず鉄の器を作った。この鉄の器の中で生物を食べなくなるバクテリアを完成させ、それが出来てから土を食べないバクテリアを作る段階へ移行する計画。
研究の準備が整ったので、鉄の器の中に創成魔法でバクテリアを生成する。
「………………」
器には、見た目上は何の変化も起こっていない。
これ、生成できてるの?
「見えていないけど、本当にこの中にバクテリアがいるのかしら?」
バクテリアなんて裸眼で見えないから、生成できてるかどうかすら分からない。
試しにさっき狩ってきた狼の一部をバクテリアに与えてみると――
一瞬で骨まで消え去ってしまった! 体毛一本すら残っていない!
「恐っ!! これがもし現世に居たら一瞬で周囲一帯地獄に変わるわ……私、かなりヤバイ研究してるんじゃ……」
どうやら見えないながらも、この中にバクテリアはちゃんと存在しているらしい。
これでこの狼の肉を分解しなくなれば生き物の部分だけは成功なんだけど……
何回か『人食いバクテリアを作っては、火魔法で焼尽、氷魔法で冷却、人食いバクテリアを作っては、火魔法で焼尽、氷魔法で冷却』を繰り返し、ようやく生物の肉を食わないバクテリアに到達した。
「よっし、これで第一目標達成ね!」
ん? ちょっと待てよ? これって狼を食べなくなっただけで、生物全体を食べなくなったことと同義ではないのでは……?
これはかなり難しい問題を抱えている気がする……
とりあえず狼を食べなくなったのが出来たので、バクテリアを二つに分けて、保管用と実験用に分ける。これからは実験用を使い、危険なものが出来たらそちらを消滅させて、保管用から新たに実験用のものを取り出すことにする。
「やっぱり自分の身体を使わないとダメかな……」
いきなり切断は流石にキツイので、試しに自分の手首に傷を付けて流れ出る血をバクテリアに与えてみた。
不思議な話だが、私の身体は棍棒でタコ殴りにされても、巨大な牙に本気噛みされても傷一つつかなかったのに、自傷する際はちゃんと傷が付くらしい。
それは私が実験と割り切って、死ぬ心配が無いから身体がそういう風に反応してくれたのか、それとも本気で自殺を考えた時も傷が付いてしまうのかはわからないが……
しかし、血はそのままの形でその場に血だまりとして残った。
「う~ん……これどっちなんだろう?」
私の血に寄り付かないのか、それとも生物自体を食べなくなったのか。
そのままの形で残られると判断に困る……
やっぱり私の身体は実験するのに適さないらしい。私の身体を実験材料にしても何もわかることがないな。
とは言え、この近くには赤い狼とケルベロスとトロルくらいしか大き目の生物がいない。
虫とかについては、大地が熱すぎるためか見たことがない。多分ここでは一瞬で焼き尽くされて生きていられないのだろう。灼熱に適応できた赤い狼やケルベロスが特殊なのだと思う。
「裏を返せば、この三種類が食われなければ、とりあえずこの地の生物は食べられることがないってことかな。やっと狼食わないのが出来たし、ここからはこれをベースに徐々に改良していこう」
今後の研究に支障が出ないように、今の私の血は焼尽して水魔法で器を綺麗にしておく。
血を焼尽して……焼尽……
血が火で蒸発しない! こんなとこまで火に完全耐性持たなくても良いのに……
と思ったら少し経ったら蒸発した。
「どゆこと……? あっ! もしかして! 生き血はまだ完全耐性を持ってるってことかもしれない。少し経って“死んだ血”とみなされたから完全耐性が消えて蒸発したのかも!」
そう考えれば何となく納得できる。
「じゃあ次はケルベロスの身体の一部を採取だ!」
というわけでケルベロスの身体の一部を採取しに庭に出た。でも肉を削り取るわけにはいかないから、体毛くらいにしておこう。
背中に乗り、ブラッシングして毛を集める。
結構もっさり取れた。
塔に戻ってこれをバクテリアの中へ。
……
…………
………………
全く変化無いな……あんなにもっさり取ってきたのに。
これはケルベロスは食べないと考えて良いのかな? 狼と遺伝的に似ているから食べないのかな?
ケルベロスの体毛も焼尽して器をリセット。
こうなるとトロルの身体でも検証したい。
確か初日に手違いで殺っちゃったやつの死体があそこにあるはず、申し訳ないけどあれを使わせてもらおう。
◇
先日トロルを吹き飛ばしたところに来た。
けど……
「おかしい、この辺りのはずだったんだけど……どこにも死体が無い……」
血痕は残ってるから、ここで間違いない。狼に食われてしまったのだろうか?
肉片でも残っていれば良いと思ったのだけど……
血痕だけでも持って行こうか。
土壌に染み込んでいる血痕を土魔法で分離させ、血液だけ抽出した。
早速、塔に戻ってバクテリアの中に血を垂らしてみる。
……
…………
………………
変化が無い……
これは生物を食べなくなったと見て良いかもしれない。
たった一種類の生物で、生物自体の肉が嫌いになるって、奇跡的な確率なんじゃないかしら?
◇
念のためオルシンジテンに鑑定してもらう。
「はい、このバクテリアは動物を食べません」
「マジ!? たった一種類の実験で当たりを引いたの!?」
でも、良かった、これからどれほど途方もない時間をかけないといけないのかと思ってたから。
これは早いとこ大事に保管しておこう。多分この奇跡的な確率は今後二度と訪れない。それこそ地球に人類が生まれる確率に近いくらいの幸運かもしれない。
大分ご都合展開感があることは否めないが、今の私のリアルラックはカンスト状態なんだろう。そう考えよう!
◇
次の段階のため、保管用から実験用のバクテリアを取り出す。
次は“アレ”とトイレットペーパー以外を食べなくなるように、嗜好範囲をどんどん狭めていく。
トイレットペーパーはすぐに問題無く分解してくれた。
一応後々木の家を作るのを見越して、樹魔法で作った木材を突っ込んでみた。
あっという間に分解された……
「これは木材で作った家のトイレには使えないな……」
そこで、オルシンジテンでトイレットペーパーに何の木が使われているかを調べる。
松、杉、ユーカリ、ブナなどらしい。この中で杉とブナは建築によく使われるらしいので、松とユーカリだけを食べるように調整する。
今後トイレットペーパー作る時も、松とユーカリだけにしよう。
家を作る時は……まあ魔界に生えた木を使えば良いから、多分問題無いだろう。
でも……そもそも松とユーカリがこの世界にもあるのかしら? まあ、似た性質のものはあると思うから、後々バクテリアの性質を調整すれば良いか。
そして最終段階。
次は鉄の器を排除して、土の器を作って実験だ。
土の塔と同じ素材の器なので、この器が食べられた場合は塔まで食べられることになる。
いよいよ、“アレ”を使って実験する。
しかし、土と“アレ”の親和性が思ったより高いらしく、土を食わないようにするのが難航した。
時には塔の半分以上を瞬く間に喰らってしまうのが生まれて、肝を冷やしたが、塔が全部喰われる前に空間魔法で消滅させて事なきを得た。塔はすぐさま再建。念を入れて倍の十階建てにグレードアップした。
膨大な魔力が無ければ出来ない研究だった。
こうして、見事“アレ”だけを食べるバクテリアが完成!
その日一日をトイレのバクテリアの生成に費やし、何とかトイレは完成した。
これで快適生活に一歩近づいた!
研究に使った塔は場所を取るので、実験が終わった後、周囲に被害が及ばないように結界で塔を囲んだ後、特大の火魔法で派手に処分した。
音の大きさにケルベロスが超ビビっていた。
え? 実験材料の“アレ”はどこで調達したかって? 時にはその辺に転がってるのを、時には…………まあ、それはお察しください。