第105話 お盆
今日になって、地獄の門周辺に異変が起こっている。何かおかしい……
奇妙なものがどこからか飛んでくる。
その形がどう見ても――
キュウリ
でっかいキュウリだ。
「………………」
「なぁ~、アルトラ~、アレなんダ?」
「…………わかんない……」
予想外過ぎてホントにわからない。
何あれ? でっかいキュウリって……
しかも次々やって来るし……
「アレってアレだロ? 青臭くテ、水分が多くテ、味がしないヤツ」
「そうなんだけど……何で空からあんなものが?」
よく見たら、ゼッケン? 名札かな? そんな感じのものがキュウリの背にかかってる。
かかっている文字を読んでみると――
『山田億郎』
人の名前か? 他のも名前が書いてある。
『鈴木兆郎』
『佐藤京郎』
『田中垓郎』
・
・
・
『高橋恒河沙郎』
『伊藤阿僧祇郎』
・
・
『渡辺無量大数郎』
………………最後の方の名前の人……ホントに存在するの?
その他にも多数の名前。外国人っぽい名前まである。
『スミス・山本・ビリオン郎』
でも、名字が漢字だからハーフかな?
いや、しかし『ビリオン郎』って……
「キュウリの背にゼッケン、そして名前……なんじゃありゃ?」
空を眺めていたら、地獄の門の方が騒がしい。
亡者が次々に溢れ出てきた!
「ちょ、これ地獄大丈夫なの? ケルベロス仕事しろ!!」
そう思ってケルベロスの方を見ると、こんな緊急事態にも関わらず、何もせずにお座りしている。
その近くを悠然と通り過ぎて行く亡者たち。
「何で!? 見てるだけで良いの!? 亡者を捕まえて食べるのがあなたの役目だったでしょう!?」
ケルベロスが何もしないので、出てきた亡者の行動をよく見ていると――
キュウリを見てる。何か探してるっぽいな。
「あ、跨ったわ!」
大勢の亡者がキュウリに跨り、そのまま空へ向かって飛んで行った。
何だこのシュールな光景……キュウリに乗った亡者が空を飛ぶって……意味がわからん……カオス過ぎる……
呆気に取られていると、カイベルがこの光景の答えを教えてくれた。
「今日から現世では迎え盆 (お盆の入りのこと)ですので、亡者たちも一時現世に帰省するのでしょう」
あ、そうか日本のお盆だから日本人の名前が多いのね。じゃあ外国のお盆に当たるハロウィンの日はここから出て行くのが外国人だらけになるわけか。
よく見れば、でかいキュウリに、綺麗に削って整えられた木で足が作ってある。
ああ、このキュウリ、確かに見覚えあるわ。
昔実家でお盆に見たキュウリ馬だ!
『渡辺無量大数郎』がホントにいるかどうか気になって仕方なかったので、そのキュウリ馬を注視していると、それに近付く一人の亡者が――
あ、乗り込んだ! あの人が (私の中で)噂の渡辺無量大数郎か!
ホントにいるんだ……冗談みたいな名前だけど……
まあ……自分の子供に『奇妙丸』なんて名前を付けた歴史上の偉人もいるわけだし、無量大数郎がいてもおかしくは……ない……のか……?
これ以上考えると、メビウスの輪状態に陥りそうなので考えるのを止めた。
「そっか、今現世はお盆の時期なのね」
「お盆って何ダ?」
「お盆というのは――」
カイベルに聞いて知ったのだが、お盆の期間中は地獄もお休みになるらしい。そういえば人間時代にもそんな説話聞いた覚えがある。
日々行われている拷問も四日間のお休みだそうだ。
お盆になったからキュウリの馬が迎えに来たのだとか。
沢山の亡者が地獄の門から出て、あのキュウリの馬、正確には『精霊馬』というらしいが、あれに乗って現世へ一時帰省するらしい。
地獄の刑罰を喰らっている亡者たちも、僅かな休息の時間を与えられる。一年でこの期間だけは安心できることだろう。
ケルベロスは今日に限っては見送りだけで、亡者が門を出ても食べようとはしない。亡者一人一人に頭を下げて挨拶している。
よく躾けられているものだ。
「地獄の門前に住んでなければキュウリの馬がホントに来るところを目撃することなんて無かったな……じゃあ、お盆が終わる時は、今度はナスの牛で帰ってくるのかな?」
「アルトラ、アルトラ! もっと変なの来たゾ!」
そっちを見てみると――
車?
「キュウリの車が来た! あっちにはキュウリのF1カーがいる! 飛行機まで!?」
「羽の生えた馬みたいなのもいるゾ!」
キュウリで作られたペガサスか……
「最近はSNSが流行っていて、凝った形はSNS映えするので、みなさん思い思いに速そうな『精霊馬』を作るのでしょう」
魔界で生み出されたカイベルが、SNSなんか知るはずがないのに『SNS』とか言ってるよ……
ホントにほとんどのことが分かるんだな。
「キュウリで車やら飛行機やら作るって、器用ね~」
私は生きている頃SNSやってなくてあんなの見たことなかったから、キュウリの車は流石に驚いた。
「迎え盆は、『早馬で素早く実家に帰って来れるようにキュウリで馬を作ってあげる』って聞いてたけど、F1や飛行機なんかで作ってもらえたら最速で帰れて、実家でゆっくりできる時間が沢山できるから嬉しいだろうね」
亡者を迎えに来たってことは――
「私を迎えに来てくれたキュウリ馬はいるのかしら?」
沢山のキュウリ馬の中から、私宛てのキュウリ馬を探す。
「あ、あったあった! 私のキュウリ馬!! 地野 改って書いてある!」
じゃあ数日とは言え、現世に帰れるのね!
でも私、両親いないけど誰が作ってくれたのかしら? おじいちゃんとおばあちゃんかな?
そういえば、両親らしき亡者は見てない。きっと天国の方へ行けたんだろう。
「こっちで会ったら地獄に送られたってことになるから、それはそれで問題なんだけど……」
私を迎えに来てくれたキュウリ馬もあるし、リディアをカイベルに任せて、せっかくだから一時帰省したいところね。
「カイベル、今日から四日間地球に帰省したいんだけど、リディアを頼める?」
「帰省……ですか……? まあ止めはしませんが……」
なに、この歯切れの悪い返答の仕方……?
私が地球に帰るのに何か問題があるのかしら?
「どこかへ行くのカ?」
「ちょっと私が生まれたところへ行ってくる」
「リディアも行ク! アルトラが生まれたところ興味あル!」
「リディアは多分あそこを通れないと思う。良い子にお留守番してて」
「ムー……しょうがないナ……お土産頼ム!」
早速キュウリ馬に跨る。
「ハイヨー! シルビア!」
『シルビア』が何を指してるかわからないし、『ハイヨー』の意味もわからないが、子供の頃に旅行で父親が馬に乗る機会があった時にこの掛け声をかけてるのを聞いたことがある。
『シルビア』は多分元ネタの馬の名前なんだろうが、詳しくは聞いていないから知らない。
お! こいつ……動くぞ!
「では、出発!! 行ってくるね!」
空へ向かって飛んで行く。
「あの次元の裂け目が魔界の出口なのかな?」
進行方向を見ると空間に開いた穴がある。さっき多くの亡者が飛んで行った方向。
多分地球へのゲートだろう。
その空間に開いた穴を通過しようとした瞬間……
ジャラジャラジャラジャラッ!
「何だこの鎖みたいな音?」
直後、首枷と鎖が出現し、後ろに引っ張られる。
私の身体は穴を通過できず真っ逆さまに地面に落下。
シルビア……もとい、キュウリ馬だけが現世に帰って行った……
空中へ投げ出され、地面へと落下。
「ああ……ある程度予想はしてたけど、お盆時期でも魔界からは出られないのね……カイベルはこれを予想して歯切れの悪い返答をしたわけか……これが『冥獄の枷』か……初めて体験したけど、本当に魔界から出られないのね……」
そう、スキル『冥獄の枷』の効果で、私は魔界や地獄などの死者の国から出られないのだ。 (第7話参照)
そのまま真っ逆さまに地面に落下した。
ドオオォォォン!!
「ああ~~! こんな時くらい出してくれたって良いじゃんっっ!! 何で迎えのキュウリ馬寄越した!! キュウリだけ現世に帰ってどうするのよっ!!」
もしかしたら一時的でも現世に帰れるんじゃないかという、淡い期待は打ち砕かれた……
『冥獄の枷』の呪いを解かない限り、私にはお盆休みすら無いってことか……
じゃあ、せめてこちらの世界で楽しくお盆を祝うとしよう……ん? お盆って祝うものなのかな?
◇
ガチャ
「ただいま……」
「おかえりなさいませ。お早いお帰りですね」
カイベル……分かってて言ってんでしょ?
「お! もう帰ってきたのカ? 地球は楽しかったカ? お土産ハ?」
「………………」
結局のところ、地球に帰省することはできず、我が家へとんぼ返り。
あ、そうだ、この日を機会にカレンダーを作ろう!
今日がお盆ってことは、多分八月十三日だから、これで今日から何日なのか把握できる。私が死んだ年が二〇二一年だから閏年は三年後になるのかな?
「カレンダー作ったら、年のイベント事ができるようになるかも!」
今までは私の周りにはカレンダーが無かったから今が何月何日なのかわからなかった。
地球に帰ることは叶わなかったけど、このお盆は日にちがわからなかった私には、『今日からは日にちが分かるようになる』という嬉しい誤算だったかもしれない。
「カイベル! 冥球の公転周期は?」
「十五日ですね」
大分早い間隔ね。
空の闇でどういう風に公転してるかわからないけど、およそ三、四日くらいは地球の影にいるってことなのかな?
今は空に闇があるからそんなことは考えなくても大丈夫か。闇が晴れた後に考えよう。
「自転周期は?」
「およそ二十四時間です」
なんて都合の良い自転周期なの! 地球と同じに考えて大丈夫じゃないの!
しかもこの星、地球の衛星だから日にちも一年三百六十五日と考えられる!
つまり、カレンダー作るなら、地球と同じく三百六十五日で作ることができるということだ!
よしよし、手の空いた時にでもカレンダーを作ることにしよう!
◇
八月十六日。送り盆の日――
先日キュウリ馬で帰省していった亡者たちが、ナス牛で帰ってくる日になった。
「あ、あれナスの車だ……」
最初に帰って来たナス牛は、車の形をしたナスだった。
SNSの影響って凄いなぁ……
わざわざ『地獄』に車に乗って早く帰ってこなくても良いのに……その家にゆっくり帰れる別のナスは無かったの?
「しかし、よくもまあ地獄にちゃんと帰ってくるもんだ。どうせ帰ってきても地獄の痛苦を味あわされるだけなんだから、私なら絶対帰って来たくないけど……」
まあそういう枷みたいな縛りがかけられてて一時帰省が許されているんだろう。
そうでなければ地獄は脱走し放題ということになってしまう。
だったら私に付けられた『冥獄の枷』もそちらに交換して欲しいもんだけど……
色んなキュウリやナスがあって楽しいお盆だった。
今話題のリニアモーターカーをキュウリで作る人とかいないのかな?
来年のお盆はどんな乗り物がやってくるか楽しみにしておこう。




