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 見覚えのない天井を見てルディはまだ夢を見ているのだと思った。

 窓から降り注ぐ光が部屋中を明るく照らし、外からは鳥の声も聞こえている。


 まどろみながらぼんやりしているうちにこれが夢ではなく現実だということに気が付いた。


 妙に目が重たくうまく開かないような感覚を覚えながら起き上がろうとしてベッドに手をつくと、布団ではなくもっと固いような、でも柔らかいような感触があった。


「・・・ルディさん、ちょっと痛いです」


 聞き覚えのある声がして驚いて横を見ると、そこにいたのはブルーノだった。


「ぶ、ブルーノさん!?」

「おはようございますルディさん」


 ふわぁ、とあくびをしながらブルーノが起き上がる。いつも通りキャソックを着たまま寝ていたらしく裾が皺だらけになっていた。


「目が腫れてしまいましたね。すぐ水桶を持ってきますから」


 そう言って呆けたままのルディの頭をポンポンと撫でるとブルーノは部屋を出ていった。


 顔に熱が集まってくるのがわかった。ルディは自分の頬にまず触れて、その後恐る恐る自分の服装を確認した。


 靴は脱いでいたが昨日着ていた襟のないブラウスとスカートはそのままだった。襟元のボタンは元々一つ開けていたのだが今も変わらない。

 下腹部に痛みもない。男女の行為を行ったことがないルディは自分がそれをしたのかしていないのかの判断がイマイチつかなかったが、最初は痛く翌日は辛いものだと聞いていた。それがないのならただ隣で寝ただけなのだろう。でもなぜ?


 夜のことを思い出そうとして記憶をたどると、ブルーノにしがみついて泣いたことを思い出した。恥ずかしい。恐らくそのまま寝てしまったのだろう。自分の重たい体を運ぶのはブルーノには大変だっただろうとルディは思う。ベッドから降りて靴を履き、窓の外を見ると教会の二階部分にあたる部屋の様だ。確か客室があると言っていたのでそこに泊まったんだろう。


 まだ子どもたちの声は聞こえず早朝らしい外の様子をみてほっとした。二人で寝坊するなどとなったら男の子たちはまだしも女の子たちには何をしていたのかわかってしまうだろう。彼女たちはすでにそういう知識を付けているらしく、時々話を振られることがあった。ルディが答えられるのは知識として頭に入れていた部分だけなのを目ざとく見抜かれたため、もし今日のことが気づかれたら根掘り葉掘り聞かれてしまうだろう。


 狼狽えながらベッドの脇にあった椅子に座っていると部屋がノックされた。


「入りますよ」


 着替えた様子のブルーノが桶を片手に戻ってきた。


「ありがとう」

「だいぶ腫れていますからね、顔を洗ったらゆっくり冷やしてください」


 そう言って出ていくのかと思えばブルーノはベッドに腰掛けた。どうやら顔を洗っているところも目を冷やすところも見ていくつもりのようだ。

 傭兵時代男と並んで身支度を整えることもあったのに、その時には感じなかった妙な気恥ずかしさがあった。


「・・・見られていると恥ずかしいですか?」

「わかっているなら聞かないでくれると助かります」


 耳まで真っ赤になったルディがあまりにも可愛らしく、ブルーノは立ち上がりルディの傍に立つと耳にちゅっと大き目の音をわざと立てながらキスをした。


 ぞわり、と感じたことのないものが体中に広がり、ひゃぁ!とおかしな声を上げてしまったルディはブルーノの顔を見上げることもできずただ固まっていた。


「すぐ戻りますからゆっくりしていてください」

「わかりました・・・」


 すぐ戻ってくるのにどうゆっくりするというのか、という妙な疑問を抱きつつも、ルディは言われるがまま頷くことしか出来なかった。




 扉を閉めて数歩歩いたところでブルーノは蹲った。

 余りにもルディが可愛くておかしくなりそうだと思った。同衾したが結果的にそうなっただけであり何もなかった。それなのにもかかわらずルディに対して欲求のタガが外れてしまったような気がする。どろどろに甘やかしたいと思う。自分を責めてばかりで苦しく身動きが取れない美しい人を、際限なく甘やかしてみたい。

 先ほどももっと赤くなる彼女を見てみたい、という欲に負けて思わず耳にキスをしてしまった。ほんのり熱い耳に顔を近づけると潮の匂いに交じってルディの甘い香りがした。許されるならルディの身支度も全てやってあげたい。隅々まで磨き上げ、愛されているのだと身体中に染み込ませたい。


 そんな風に想像するとブルーノは自分の顔がとてつもなく赤くなってることに鏡を見なくてもよくわかった。尋常ではなく熱が顔に集まって入る。

 熱が引き顔が元の色を取り戻すまでブルーノはそこに座り込んでいた。





 少しして部屋に戻ってきたブルーノになされるがまま、濡れたハンカチを目の上に乗せた状態でベッドに横たわることになったルディは、どうしてこうなったのか全く分からず戸惑っていた。

 目を覚ましてからブルーノの言うことを妙に素直に聞いてしまう自分がいる。おかしい、こんなこと一度もなかった、と思うけれど理由がわからない。


(目の前で泣いてしまったから、弱みを握られたように感じているのだろうか・・・)


 そう思っても答えは出ない。考えるだけの余裕がルディには存在していない。


 ブルーノは横たわるルディの傍に腰掛け、頭を撫でている。その手があまりにも気持ちよく、やめてほしいとも言えないルディはただただなされるがままにされている。


「・・・昨夜のこと、聞かないんですか?」


 ブルーノの声は今までと同じはずなのにどことなく甘く、優しい気がしてルディはもどかしくなる。足の指をもぞもぞと動かしていると、小さくふふっと笑い声が頭上から降ってきた。


「照れているんです?」

「・・・からかわれているのはわかりました」

「ルディさんがあまりにも可愛いから仕方ありません。こんな風になったのは生まれて初めてなもので、私もどうしていいかわからないんですよ」


(なんて恥ずかしいことを言うんだこの人は!!!)


 叫びそうになるのをぐっとこらえようとルディは下唇を噛む。

 すると熱い指先が唇に触れた。


「ダメですよ、あまり強く噛んだら血が出ます」

「・・・・・・・・・・・・はい」


 成されるがまま唇を撫でられ続けるルディはピクリとも動けなくなった。ハンカチで視界がふさがれ、なんとなくブルーノの体の影だけは見えているが、次に何をされるのかわからずただ身を固くする。

 ブルーノはそんなルディを見て英雄とも呼ばれた人の何ともかわいいらしい姿に独占欲を感じていた。誰にも見せたくない、そんな気持ちが沸々とわき出す。


「昨日のことですが、ルディさんは疲れてしまったので、こちらの客室に案内しました。そのまま眠ってしまったので何もしていませんから安心してくださいね」


 ルディは自分が歩いてここに来たことにほっとした。筋肉質で見た目以上に重量のあるルディの体を運ぶにはブルーノは華奢すぎると思っていたので負担をかけなかったことは良かったと素直に思う。


「ただ、部屋に入るなりルディさんが私を抱きしめたまま離さず眠ってしまったので、私もここで寝るしかなかったんです」

「うっ・・・そうですか。本当に申し訳ない」

「いえ、嬉しかったんです。あなたに頼られたいとずっと思っていましたから」


 ルディの頭を撫でていたブルーノの指が今度はルディの頬に触れた。ぴくっと体を震わせるルディはブルーノを止めることはせず、そのまま次の動きを待つ。ルディがあまりにもなされるがまま過ぎてブルーノは自分に歯止めが利かなくなる気がしたけれど、そのまま頬を撫でる。ルディの頬は少しだけ冷たく、柔らかくて心地がいいものだった。


「昨日の夜私が言ったことは覚えていますか?」

「・・・はい」

「では、私があなたを想っていることはわかってくださいましたか?」


 そう言いながらブルーノはベッドに座り直し、ルディの上に覆いかぶさるように手をつく。

 視界が暗くなり、ブルーノがどういう体勢をしているのかはっきりわかったルディは目の上のハンカチを取ろうと手を動かす。


 その手がブルーノの体に触れて、思った以上に距離がないことがわかるとルディは混乱した。

 ブルーノがこういうことでふざけるような人ではなく、真剣に迫られていると理解しているからこそ、ルディはどうしていいのかわからない。


「愛しています。黒鎧の英雄エスメラルダであったルディという一人の女性を心から」


 ブルーノの体はルディにどんどん近づいていき、ちゅっという小さなリップ音が鳴った。ルディは自分の唇のほんのすぐ脇に感じたしっとりと柔らかい感触に気が遠くなりそうになる。


「子どもたちが起きてくる時間ですのでそろそろ行かなくてはいけません。お腹がすいたらルディさんも食堂にいらしてくださいね」


 ブルーノのはそう言ってもう一度ルディの頭を撫でた後、立ち上がって部屋を出ていった。

 残されたルディはただ悶えるしかできない。


(こ、こんな、こんな事どうしたらいいんだ!?恥ずかしい!)


 間違いなくルディもブルーノのことを好いている。それはルディもちゃんと自覚していた。でももう、今は昨日までの感覚と全く違う思いが自分の中にあふれているとルディは認めざるを得ない。

 たくさん泣いたせいかもしれない。自分がエスメラルダということを知られていたからかもしれない。あの頃のルディの行いを知った上で、英雄としてではなく一人の人間として見ていてくれたことに気づいてしまった。そしてすべてを含めて愛していると、ブルーノはそう言った。


 胸が痛い。ルディは自分の胸をぐっと押さえ、横向きになり体を丸めた。ぞわりと体が震える。まるで裸にされてしまったかのような心細さもあった。心の奥底の大事な部分をそっと触れられてしまったような怖さ。



 復讐のために戦いに身を投じ、先頭を切って敵兵を屠った罪悪感が、意図せず勝手に軽くなってしまった気がする。いや、勝手にではない。ルディは自分が楽になりたいと願っていたことをわかっていて、それを押し殺しながらもこの場所に居残り続けたのだ。


 ブルーノの隣は温かい。優しくなれる。毎朝目を覚ますたび、その日一日を楽しみにできた。慰霊碑の前で祈る時も、最初の頃は謝罪ばかり並べていたのに、この頃は彼らの冥福を穏やかな気持ちで祈っている。ルディはそんな自分を諫めるためにロターリオがやってきたのだとさえ思った。


 ルディがやってきたことを忘れるな、と神は言っていると。





いちゃいちゃしているシーンを書くのがこんなに恥ずかしいとは思いませんでした。

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