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 教会に初めてルディが訪れた日から、毎日のようにブルーノは海に向かい浜辺で棒立ちになっているルディを誘って教会に連れて行った。

 一度目で道を覚えたルディはブルーノから差し出された手に自分の手を重ねようとはしなかったが、ブルーノは決まってルディと手を繋いだ。


 そうでもしなければいなくなってしまいそうだと、ブルーノは本気で思っていた。



 少しずつ会話が成り立つようになってもルディは自身のことは何一つ話そうとしない。話せない理由はブルーノにもわかってはいる。なにせ黒鎧の英雄エスメラルダは死んだのだから。


 それでもルディ自身のことを知りたいブルーノは世間話や子どもたちが起こした珍事件などを話しつつルディの言葉を待っていた。


 そんな時間を三か月ほど過ごした頃、ブルーノがそろそろ浜辺へ行こうとしたとき教会の窓からルディの魔力が見えた。驚いて外に飛び出すと敷地内にある慰霊碑の前でルディが膝をついて祈っている。


 三か月の間ルディは礼拝堂でも慰霊碑にも全く祈ろうとはしなかった。教会に訪れたからと言って祈ることは義務ではない。特にルディは来たくて来ているわけではなくブルーノが引っ張ってやってきているだけだった。

 ルディの見た目はハヴァフレア王国ではあまり見ない色や体つきをしているので異国の血が混じっているのだろうと予測はついていた。そちらの国では神に祈るという行為をしないのだろうかと思い特に言及することもなかったのだが、祈る彼女の姿があまりにも神々しく、ブルーノはただ彼女の姿を見ているしかなかった。


 永遠にも感じたその時間を現実に引き戻したのは子どもたちだった。


「おねーさんこんにちは!」

「ルディさんって言うんだよね、一緒に遊ぼ!」

「ルディおっきいから抱っこしてほしいーー」


 一人が声をかければそれにつられぞろぞろとやってきて、あっという間に孤児院にいる八人が勢ぞろいしていた。子どもたちは口々にルディを遊びに誘ったり、代わる代わる抱っこをねだった。


 ルディはわかった、と頷いて一人一人抱き上げた。ブルーノより背が高く力もあるルディが抱き上げると子どもたちは喜んだ。孤児院にいる子どもたちは三歳から八歳までの男女八人で、特に上の八歳の女の子二人がルディに抱き上げられて喜んでいるのを見て、ブルーノに頼むのは気が引けていたんだろうと感じた。


「ルディさん」

「・・・ブルーノさん、ごめんなさい、迷惑でしたか」


 子どもたちが二周目の抱っこをねだっているところに声をかけるとルディは申し訳なさそうに眉を下げた。そのような表情の変化はここ最近になってようやく見られるようになったもので、少しは気を許してくれたのだろうかとブルーノは嬉しくなった。


「いえ、迷惑なんてことは絶対にありません」

「私のようなものが子どもたちと触れ合っても大丈夫ですか」

「子どもたちの顔を見たらわかりますよ」


 ルディに群がっている子どもたちは皆嬉しそうにしている。どこからどう見ても喜んでいる。ルディは一人一人の顔をしっかりと確認し、ほんの少しだけ微笑んだ。


 その微笑みがあまりにも美しく、ブルーノの心は射抜かれたような痛みを感じた。

 今にも膝をついて彼女を自分のものにしたい、以前にも抱いたそんな考えが再び頭をよぎり震えた。ルディが傍にいると、いつもブルーノの心は平静ではいられない。


 動揺を隠しつつルディと一緒に孤児院側にある小さな庭に移動する。慰霊碑の前で遊んでもいいのだが、たくさんの花が供えられているのを子どもが踏むかもしれないとルディがひやひやしているのをブルーノは気付いていた。


 さり気なく移動する言葉をくれたブルーノの細やかな心遣いをルディも気が付いていて、それがルディの心を妙に掻き立てている。何にどう掻き立てられているのかはわからない、ただそわそわ、ぞわぞわ、もぞもぞと何かが蠢く。走り出したいような感覚もある。


 ルディが初めて抱いた感情をどうしたらいいのかわからないまま子どもたちと触れ合っていると、ブルーノがいかに慕われているのかということがありありと感じられた。

 子どもたちは戦争で辛い経験をしている。下の年齢の子どもたちはあまり覚えていないようだが、上の子たちは大事な両親が訳もなく奪われたことを知っているし、心をたくさん傷つけられている。

 それでも今無邪気な顔で笑っているのは、ブルーノがいたからに違いない。献身的で優しく子どもたち全員を等しく大事にしているが、無理をしている感じがない。自然体のまま子どもたちと触れ合い、悲しみに寄り添える人。


 そんなブルーノがルディの手を取る時、ルディはいつも自分の中に何とも言葉に出来ない感情が湧いてくる。指を絡めたい、腕を組みたい、もっと近くを歩きたい。止めようと思ってもいくらでも湧いてしまうのが嫌だった。

 そんなことを思ったのは人生で初めてだった。養父に抱きしめてもらいたいと思うのとは別物の感情だということはルディにもわかっていた。


(これほど心の綺麗な人に対して私は何と愚かか・・・罪人の癖に、烏滸がましい)


 今にも消えたいと思いながらも、ブルーノの近くの心地よさに抗えない。


 そうしてこの日から海ではなく教会へ行くのがルディの日課になった。そしてそうなってすぐにルディは教会近くに新しく作られたアパートの一室を借りた。そこは他所から出稼ぎにきた船乗りたちのためのもので、港から離れているので安値で簡素な作りとなっていて、女性が一人暮らしするのには全く向いていなかった。しかしほかに借りられる家は家族で住むような大き目の一軒家くらいしかないことはブルーノも知っていたので止めることは出来なかった。教会の近くにあるので何かあればいつでも駆けつけるつもりだ。


 ルディがバオに来て一年ほど経った頃にマルコが雑用係として雇われてた。元々バオで働いていたマルコは形がずいぶん変わったとしても町のことをよく知っているし、知り合いも多い。怪我は治ったものの後遺症のせいで職がなく困っていたところをブルーノが声をかけたのだ。

 マルコのおかげで少しだけ時間に余裕が出来たブルーノは子どもたちに最低限の教育を施すことにした。読み書きと簡単な計算だけでも知っていれば将来の選択肢が広がる。勉強に抵抗を示した子どもたちは最初のうちは逃げ回っていたが、ルディが一緒に受けようと一人一人誘った。大人と一緒に学ぶという経験が面白かったのか子どもたちは自主的に参加するように変わり、ブルーノはルディの優しさに感謝した。それを本人に伝えても

「私が学びたかったんだ」

 の一言で片づけられてしまう。そんなところも好ましいと、ブルーノはもう自分の恋心を自覚していた。


 ルディはブルーノのために子どもたちに声をかけたわけではなく本気で学びたいと思っていた。アイスリドラ国とハヴァフレア王国では殆ど同じ言葉を使っているが文字や表現が微妙に異なることがあり、その差異を知りたいと前々から思っていたのだ。日常生活に支障はないが、違いを知っていればもう少しハヴァフレア王国に馴染めるかもしれないと。

 ルディもまた、ブルーノに惹かれている自分のことをわかっていた。どこまで行っても自分は罪人であることに変わりがないが、少しでもブルーノの役に立ちたい、そう思っていた。


 一年半ほど過ぎたころには町の人たちはルディとブルーノはすでに婚約状態だと思っていた。戦場となった町が復興し、少しずつ人も増えてきた中で復興の立役者ともいえる神父が美しい伴侶を得るのも時間の問題だ、と明るいニュースとして広まっていて、事実関係の確認はされなかった。ただ、誰の目から見ても二人が思い合っているように見えていた。マルコに至ってはまだ短い期間しかルディと過ごしていないのにも関わらず娘が嫁に行くようだと言って毎晩飲んでは泣いていた。

 揶揄う人も少しはいたが、そういう人たちは以前ルディに声をかけ撃沈していたので、体つきが小さく男として少し見下していたブルーノがルディを射止めたことに嫉妬してのことだった。



 ブルーノはそんな声があることをもちろん知っていたが、ルディとの関係をすぐに変えるつもりはなかった。ルディからのわずかな好意を感じていないわけではなかったし、この頃にはもう胸を張ってルディのことを愛していると言えるくらいになっていた。まだそれを言ったことは無いけれど、いずれルディに気持ちを打ち明けるつもりはあった。

 ただ、ルディが時々悲しそうに海を見ていることを知っていた。バオに来た時と同じように、寂しそうに。その悲しみを打ち明けてもらうまでは、今の関係のままでと考えていた。




 そうして時間が過ぎていった今日、日が暮れてすぐのこと。


「ブルーノさん、ルディさんはいるかい?」


 マルコが珍しく飲みにもいかずに教会にやってきた。雑用の仕事は日が出ている間だけと決めていたので夜はいつも自由にしてもらっていた。熱がある子どもがいるときなどはほかの子の世話を頼むことはあったが、今日はみんな元気だった。


「ルディさんなら帰られましたよ」


 いつも夕飯を一緒に食べ、片づけをした後ルディは帰る。時折寝かしつけを手伝い遅くなることもあるが今日はいつも通りだった。家まで送ることもあるが、子どもたちの傍にいたほうがいいと言われて大体の場合ルディは一人で帰路につく。と言っても一分少々のことで途中までは裏口から見える道を歩くので、子どもたちとルディの姿が見えなくなるまで見送る。今日も同じように少し前に彼女を見送っていた。


「ああ、じゃあやっぱりあれはルディさんか」

「彼女が何か?」

「いや・・・その、男と浜辺で会ってるんじゃないかって酒場の爺さんが言っててな」

「男!?」

「今日の昼頃にやってきた旅のやつらしいが、どうも訳ありのような感じらしい。昼間ルディさんを見つけてじーっと見てたんだと。爺さんが声を掛けたら無視されて怪しい奴かと気にしてたらしい。さっきも見かけて浜のところで誰かと会っているみたいだって言っててな」


 それを聞いて気になって戻ってきたというマルコの言葉を聞いて、ルディは居ても立っても居られなくなり、マルコに留守番を頼むと浜へと駆け出して行った。



 見覚えのある魔力が暗がりでもはっきりと見えた。確かに浜辺に二人いて、そのうちの一人はルディだった。何か言い争っているらしい。相手はルディよりも大きい、もちろんブルーノよりも。殴られたら死んでしまう可能性もあると思ったが、男がルディさんに触れようとしているのを見て足をもつれさせながらもルディと男の間に割って入った。



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