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 ルディが生まれたのはアイスリドラ国の山間部だった、と思われる。山道の奥まった場所に捨てられていたのでどこの誰の子かわからない。

 その山にはアイスリドラ国軍の練習場があった。殆ど使われることがなかったその場所を久しぶりに活用するため、アイスリドラ国軍元帥が一人で馬を走らせ山を見回っている時に偶然発見し拾われた。元帥はルディを引き取り、エスメラルダと名付けた。



 その当時アイスリドラ国には不穏な空気が漂っていた。それは国外に対してではなく、国内に。圧政を敷いている国王への反発が強まり、それを感じた国王は国軍に自分を守らせるように指示をした。

 近衛兵がいるにもかかわらず国軍まで王宮に詰めるとなると近衛兵のプライドも下手に刺激してしまうし、砦などの警備も手薄になる。しかし国王は全軍を王宮にと言って聞かなかった。


「国軍は国のための軍であり王のものではないことに気づいておられないんだろうな・・・」

「王様は馬鹿なの?」


 思わずつぶやいた一言に対する養女の疑問があまりにも鋭利で元帥は思い切り笑った。


「あはは、エスメラルダ、面白いがそれは外で言っちゃいけないよ。いや、家の中でもダメだな」

「そういうもの?」

「そういうものだよ」


 六十に近い元帥は孫よりも小さいエスメラルダを可愛がりながらも、厳しく鍛えた。生き抜くためには力が必要。アイスリドラはそういう国だった。

 エスメラルダは自分を育ててくれている養父を尊敬し、剣だけでなく体術なども積極気に取り組んだ。アイスリドラ人の中でも雪深い地域の民たちに多く見られる筋力がつきやすく体ががっしりとしている特徴が年を重ねるごとに出てきて、十歳になる頃には国軍の新人を負かすことも増えていた。


 女性でも入軍できるため十五になったら国軍に入り養父の手足となろうと決めていたエスメラルダの夢が断たれたのは、十歳を半年ほど過ぎた時だった。


 いきなりやってきた近衛兵たちに養父は捕らえられた。王の命を狙った逆賊としてあっという間に処刑が決まった。

 国軍はそれに反発したが、反発するほど逆賊として捕まる人間が増えるだけだった。それだけでなく家族が攻撃されることも増え、元帥を助けるのは難しいだろう、という結論に至った。国軍をまとめ上げていた人物の突然の捕縛に処刑まで決まったことで軍は割れていた。国王のやり方に反対するものも多かったが、これ以上騒いで余計な被害に遭いたくないと思うものもいた。



 エスメラルダは元帥の右腕と呼ばれた男に逃げるように言われた。以前から何かあればエスメラルダを逃がすようにと頼まれていたという。年の割にがっしりとしているだけでなく見目麗しく育っているエスメラルダを国王が見つければ利用されるに決まっていると元帥は考えていた。まだ十歳を超えたばかりの少女を国の道具にさせたくはなかった。


 元帥の公開処刑が行われたその日、エスメラルダは国を出た。元帥の伝を使っていくつかの国を経由して、ハヴァフレア王国に入った時には十五歳になっていた。


 どこからどう見ても二十歳を超えているような見た目のエスメラルダは私兵として貴族に雇われ、その時に知り合ったのがロターリオだった。


 力を買われロターリオが所属する傭兵ギルドに登録しないかと誘われた頃、アイスリドラ国がハヴァフレア王国に攻め入ってくるという噂が流れだした。


 養父の仇を討つのなら今しかない。そう思ったエスメラルダはアイスリドラ国軍に自分の身元がばれないよう鎧を着こみ、ロターリオを通じて傭兵ギルドに登録し、ギルドから軍へと派遣された。


 エスメラルダの予想に反してアイスリドラから来た敵兵たちは知らない顔の人物ばかりで、国軍と名乗ってはいたがエスメラルダが養父と共に過ごしていた頃の軍とは全く別物になっているのを知った。自分を助けた養父の右腕も存在しないようだった。




 戦争が激しくなったころ、最前線のバオにやってきたエスメラルダはそこで奮闘し、英雄と呼ばれるまでになった。かつて暮らした国の人々を殺すのは辛かったが、アイスリドラ国への恨みのほうが勝っていた。


 謂われない罪で大好きな養父を殺し、養父が大事にしていた国軍を壊した。捕らえた敵兵から今回の戦争はアイスリドラ国の技術をハヴァフレア王国が盗んでいることへの報復だ、と聞かされたがそんな事実はない。同時期に建国されたハヴァフレア王国が力をつけていることが単に気に食わないのだろう。


 養父を殺したのも国王よりも国民に支持されているからだと右腕の男は言っていた。恐らく今回も、自分の国より上にいるこのハヴァフレア王国が邪魔だっただけだろう。そんな愚行に付き合わされるのは国民だ。


 しかし今回の戦争に負ければさすがにアイスリドラ国王も責任をとり処刑となるだろう。

 エスメラルダは目の前の敵兵をアイスリドラ国王と見立て、次々に屠っていった。

 黒い鎧が血でさらに黒さを増していくのを両軍の兵士たちは恐れた。


 だからこそ王太子はエスメラルダの首を取りに来た。恐れられ称えられる黒鎧を打ち取ればアイスリドラ国の勝利が決まると信じて。だがあっという間に王太子の首は体から離れた。



 開戦から二年半経ち終戦を迎えた時にはエスメラルダの心は疲れ切っていた。迫りくる罪悪感と人を殺す感触に毎夜魘された。常に鎧を着こみ中身を見られていないため脱いでしまえばこっそりと生活することが可能だと気づき、ハヴァフレア王に自分を死んだことにしてほしいと願い出ていた。

 褒美としてそれを願い、王は受け入れた。ハヴァフレア王国の被害が少なく済んだのは明らかにエスメラルダのおかげだったが、鎧を脱いだ英雄の姿はどうみてもアイスリドラ国の一部の民の特徴を持っていて、見る人が見ればアイスリドラ人だとすぐにわかった。この人物を表立って讃えるのは得策ではないと判断し、王はエスメラルダの提案を受け入れた。

 そうしてエスメラルダは大事な養父からつけられた名前を葬ることにした。




 小さなころに養父が呼んでくれたルディという愛称を名乗り、向かった先は自分が最後まで戦ったバオだった。

 墓を作るつもりだった。ここで殺した人たちのために祈りを捧げるつもりだった。


 しかし向かった先にはすでに小さな慰霊碑が作られていた。終戦から一年経過している間にバオは町を縮小していたが、もともとあった教会が立て直されていてその場所に慰霊碑があり、神父が熱心に祈っていた。積み上げられていた亡骸の山はどこにもなく、燃やされ慰霊碑の下に眠っているのだろうと思われた。


 自分がやろうとしていたことをすでに行っている人がいる。

 ルディは目標を失い、バオの海をただ眺めていた。



「旅の方ですか?」


 海を見ては宿に戻るだけの生活を初めて一か月ほどが経った頃、熱心に祈っていたあの神父が声をかけてきた。


 その頃のルディは顔に生気が全くなく、自殺志願者なのではと町では噂になっていた。金払いはいいし女にしては上背があるが美しい顔立ちをしているルディはとにかく目を引いた。

 男たちが声をかけても反応はなく、力づくで組み敷こうとしては失敗し、いったい何者なんだという声もあったが、特に何かするわけでもなくただ海を眺めるだけで町に危険をもたらすことはなく、あまりにも悲しそうに海を見ていたので放置されつつも心配されていた。


 神父の耳にも当然その噂は入っていた。心配はしていたもののあまり声をかけるのもどうだろうと迷っていたある日、今日も女性の姿が浜辺にあったという噂話が耳に飛び込んできた。その日は風が強く年中通して温暖なバオでは珍しく寒い一日だったので、さすがにと思ってブルーノは浜辺にやってきた。


「・・・違います」


 ルディからの返答は何ともか細く、風にかき消えそうなくらい小さかった。


「よかったら教会に来ませんか?今日は冷えます。潮風にあたっていると風邪をひいてしまいますよ」

「・・・」

「女性は体を冷やしてはいけないと言われています。女性でなくてもだめですけどね。教会で温かいお茶をお出ししますから、行きましょう」

「・・・」

「ああ、申し遅れました。私はこのバオの教会で神父を務めておりますブルーノと申します。家名はありません。気軽にブルーノとお呼びください」

「・・・」

「あなたのような綺麗な女性に声をかけるのは不届き者のように思われるかもしれませんが・・・あなたを害そうという気持ちはないと神に誓います」

「・・・」

「私は料理はあまり得意ではないのですが、お茶を淹れるのだけは上手いと子どもたちにも評判なんです。さあ、手を」


 最初に違うと言った以降一言も発しないルディを全く気にしないようにブルーノは話し続けた。ルディは今まで海だけを見ていた目をゆっくり動かしてブルーノに合わせた。


 黒いキャソックを着たブルーノは小柄で華奢な男性だった。こげ茶色の巻き毛が潮風に揺れていて、優しそうな表情を浮かべた同じ色の瞳がルディを映している。会話にならなかったのにちっとも気分を害している様子もなく、ルディの前に手を差し出していた。


 ルディはエスコートされたことがない。女性扱いをされたこともあまりない。少なくとも鎧を着こんで戦った間は男として生活していた。エスコートという文化があることは知っていたが、それが何なのかを経験する機会も、実際にやることも目にする機会もないままだった。


 そのせいで差し出された手の意味が分からず、手とブルーノの顔を交互に見る。ブルーノはその視線の動きの意味はわからなかったが、自分から優しくルディの手を握った。


「教会まで案内しますから、行きましょう」


 軽く手を引いて、棒立ちのままのルディを歩くように促す。誘われるままブルーノの後をついていくと、あの慰霊碑がある教会にたどり着いた。


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