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きんたつ。短編集  作者: きんたつ。
8/11

おことわり

腰がい亭 きんたつ。と申します。

 世の中にはいろんな人が居ますが、皆さんの周りにこんな人は居ませんかね?口がうまい人。例えばそうですね、ナンパをしてくる人とか。ねぇ、口がうまくてこの人ならってついて行っちゃうとか。あと一番身近なのは営業の方ですよね。口がうまくないとやっていけないくらいですからね。まあ、そんな口がうまい人ってのが昔にも居まして、それの代表的なの例が時そばっていう落語なんです。少し説明いたしますと、

 夜に屋台でそばを食べた主人公が、店主からそばから箸まで至る所を褒めまくるんです。そしてお会計になるのですが、昔のそば一杯は16文。もちろんカードもQRコード決済も無いですから、1文、2文と銭を出していくんです。その時に主人公が1(ひい)2(ふう)と出していき8(やあ)のところで店主に今何時だい?と聞くんです。そして店主が9(ここのつ)だよと言った瞬間に、10(とお)と銭を出し、1文少なくそばを食べたというお話です。これを現代でやろうとした人が居たんですね。


「よし、今日こそ時そばをやるぞ!そば、店主、店内を褒めて会計と。おっけい!」


 男は勢いよく店の扉を開けた。


「いらっしゃいませー、お好きなお席へどうぞ」


 入ったそば屋は、店主と奥さんと娘さんでやっているようだ。店内も埃一つ落ちておらず、ピカピカに磨かれている。男は店主と話せそうな席へ座る。


「お決まりになりましたらお声がけください」


 そう言うと娘さんは水を置いて厨房に向かった。男はメニューを開くと何にするか悩んでいた。普通の人はどのそばを食べるか悩むのだが、この男は違った。どうやって1000円丁度にしようか悩んでいたのだ。なぜなら、男は時そばをしに来ている。小銭で100円を10枚、計1000円を出そうとしているのだ。メニューが決まったらしく、店内を見渡しながら男は奥さんを呼んだ。


「すみません、ざる1枚と天ぷらお願いします」


「かしこまりました、少々お待ちください」


 紙に頼まれたものを書き、奥さんは厨房に向かった。男は改めてこれからの内容を確認した。そばを褒めて、天ぷらも褒めて、店主も褒めて会計。これしか頭にない。脳内で何度もシュミレーションしていると、そばが来たようだ。


「お待たせしました、ざるそばと天ぷらになります!」


 娘さんが元気よく料理を運んできた。見た目はすごくおいしそうだ。男はそばをつゆにつけ勢いよく口に運んだ。


「う~ん、食べた瞬間にそばの香りが口の中に…広がらない?全然そばの風味しないぞ?」


 男は不思議に思ってもう一口食べてみた。やはりあまりそばの香りがせずおいしくない。


「そうか、天ぷらが自慢のお店なんだ、たまにあるよな、そばより天ぷらがおいしい店」


 そう言うと今度は天ぷらを口へ運んだ。


「うん、ぬるい!そして全然サクサクじゃない!どうなってんだこれは」


 天ぷらもおいしくないとなると非常にまずい。もう全部食べて嘘でもいいから褒めて帰ろうと、そばと天ぷらを秒で片付け、店主を呼んだ。


「あー、すみません」


「はい」


 店主は野太い声で返事をした。男は少しビビった様子だがひるまず話を続けた。


「このそばおいしかったです、これ二八そばですよね?」


 精一杯の知識で話している。


「そうです、お客さんよくお分かりで」


「食べた瞬間分かりましたよ、あれでしょ、そば粉8の小麦粉2で」


「いえ、うちは小麦粉8のそば粉2でやってます」


「そっちの二八ですか!?」


「ええ、そば粉にこだわると高くつくんですよ」


 どうりでそばの風味が全然しないわけだ。男はそう思いながら褒め続けた。


「あーと、この天ぷら!サクサクでおいしかったです、何かこだわっているんですか?」


「それは近くの商店街のお惣菜屋で買った天ぷらをそのまま出してます」


「何でですか!てかそんなの出していいんですか!?」


「許可はいただいているので大丈夫です」


 そりゃあ揚げたてでもサクサクでもないわけだ。


「このおそばのつゆ!これがそばと絡んでおいしかったです、これは手作りで?」


「キッコーマンです」


「なんで!」


「業務用の2ℓ使ってます」


「楽すんなよ!」


「親父は作ってたんですけどね、私の代から業務用です」


「がんばれよ!」


 このお店はそばも天ぷらもつゆもおいしくない。もう褒める所が無いと思った時、男性は何かを閃いていた。


「そうだ!このお店!埃一つ無くてピカピカですね!毎日家族で掃除してるんですか?」


 男にとっては会心の一手だった。これ以上はもう出て来ない。店主は褒めてもらったことがうれしいのか笑顔で答えてきた。


「週2のダスキンです」


「楽すんなよ!」


 男はあきれて席を立った。


「お会計お願いします」


「会計はあちらになります」


 手の方を向くと娘さんがレジにいた。レジの前に立つと、男は忘れていたことを思い出す。


「お会計、1000円になります!」


「1000円ね、あー、ここってカードとか使えないよね?」


「使えますよ!」


「使えるの!?あっ、カード忘れてきたんだった。そうだ、QRコード決済とかは使えないよね?」


「使えますよ!」


「使えるの!?」


「Pay Pay」


「Pay Pay…そうだ、登録してないんだった。ごめん、現金でいいかな?」


「かしこまりました!」


「あー!ちょうどお札切らしてて、100円玉10枚になっちゃうんだけどいいかな?」


「かまいませんよ?」


「ごめんね、じゃあ一緒に数えて」


 この瞬間、男に緊張が走る。うまくやらなければ。バレたら今の時代はやばい、そう思いながら小銭を出し始めた。


「1・2・3・4・5・6…あれ、今って何時だっけ?」


「今は19時ですね」


「19時ね、20・21…ってあれぇ???」


「どうしましたお客さん」


「いや、おかしくさせないでよ」


「お客さんが今何時って聞いてきたんじゃないですか!

 あれ?もしかしてお客さん時そばやろうとしました?」


 やろうと思っていたことがバレて、赤っ恥をかいてしまった。男は必死に抵抗する。


「いやっ、別に?」


「そのくらい分かりますよ、そば屋の娘ですから」


「すみません」


 結局謝ることになった。この店のそばはおいしくないし、時そばはミスるし大失敗だ。レジの前で落ち込みながらちゃんとお金を払う。もう絶対やらないでおこう。そう固く誓い店を出ようとしたとき、娘さんに呼び止められた。


「お客さん!もう絶対やっちゃだめですよ、今はすぐ警察とか呼ばれますから」


「はい」


「あと、入れなくなっちゃいます」


「入れなくなる?」


「はい、そば屋だけに、お断り(十割)って」


 お後がよろしいようで。



時そばを現代な感じで、オチも落語風に。最後まで見てくださりありがとうございます。

きんたつ。

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