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置物聖女

置物聖女は出来れば動きたくないです

作者: 環 エン

前作『置物聖女は元引きこもりの転職です』から半年後の話です。

「おはようございます、セレティア様」

「おはようございまーす」

「……」


 どうも、おはようございます。私ことセレティアです。いやあ、光陰矢の如し。月日の流れは早いですね。前世は引きこもりだった私にとって、一日は長いが一年は短く一生を過ごすことはまるで地獄でも天国でもあったけれど、それはまあ、あっさり次の人生始めて聖女をやっている今も似たようなもので、気付けば半年が過ぎていたとかは普通にあるわけです。


 そんでもって、半年も経てば私が望まなかろうと世界は色々と変わる。そう、多分色々とあったんだと思う。私はいつも通り引きこもって置物聖女やってたから知らないけれど、なんか多分世間では色々あったんだよ。知らないけど。


 あ、でも実感できる変化といえば目の前にいる護衛騎士の二人だろうか。私が聖女になった5歳の時から護衛騎士をしてくれているアレンさんと、今の国境にある祈りの塔に来る前に護衛騎士に加わったジュライさん。この二人以外と関わることが少ないから他の変化に気づかないというのもあるけど、アハ体験にもならないくらいにわかりやすく二人は私に対する接し方を変えてきたから気づいたことだ。


「セレティア様、本日は特に面会を希望している者などはおりませんので、日中はいつものように祈りの間にてお過ごし頂いて大丈夫ですよ」

「……」

「じゃあ、俺も国境騎士団のところで鍛錬してきていいですか?」

「ジュライは鍛錬ばかりでなくもう少し王家の狗らしく過ごしてはどうだ」

「狗らしくしていいなら、今日から俺がセレティア様の近くに居ていいんです?」

「俺から一本でも取れたら俺の離席中のみ許可してもいいんだがな」

「いやー、それはまだ無理っすね。つかアレンさんが護衛してない時なんて存在するんですか?」

「ないな。俺はセレティア様だけの護衛騎士だから常にお守りするのが仕事だ」

「……流石ですね」

「ジュライにどう思われようと俺には関係ないが、当たり前のことだぞ。お前にもそうなれとは言わないが少しは勤めを果たせ」

「はーい。じゃあセレティア様と一緒にいていいですか?」

「俺から三本取れたらな」

「増えてるし!」


 このように。なぜか朝になると、わざわざ一階の食堂から朝食を持って私の居住区に二人で挨拶しに来るようになったかと思えば漫才をするようになったのだ。別に漫才ではないけども私を介さずに二人がポンポンと会話してるのを聞いていると、なんだかテレビを見てる気分になる。適度に自分に干渉することのない会話って嫌いじゃないよ。いい感じのBGMです。


 自分のことは自分でやる精神で生活している私の居住区には基本誰も入ってはこなかった。アレンさんはちょいちょいやってきては世話をしてくれてたみたいだけど、ジュライさんはまず上がってこなかったはず。それが何故かこの半年で毎朝アレンさんと一緒にやってくるようにまでなったんだよね。正直ご飯を自分の部屋で食べられるのは嬉しいから有り難く頂戴して食べているし、ながら食べなんてお行儀が悪いなんて怒られることもなくテレビの如く楽しんでますけど。


 しかし私がテーブルについて朝食を食べている間、アレンさんがテキパキと何かしてくれてるのを手伝うこともなくジュライさんは扉の近くで元気に喋っているだけなので、未だになんでいるのかはわからない。やはりテレビ要員なのか。


「ジュライが此処に来るようになったのは王族の狗として仕事することを思い出したからですよ。この国境の祈りの塔に来てからは国境騎士団のところにばかり通っていて護衛騎士としてねじ込まれた王命を返上でもしたのかと思いましたけどね、ああ本当に自分に与えられた仕事も出来ない駄犬だなと」

「あ、ひでぇ!アレンさんが鍛錬しろって言ったんじゃないですか。それに国境騎士団と仲良くしておくのは悪くないでしょ。近所付き合いですよ」

「王族の狗らしく飼い主からの指示ならいいが、お前の場合は好きに遊びに行っているだけだろうが。誰にでも尻尾を振る駄犬を遠方に置いている王族どもには同情しかないな」

「アレンさん言い過ぎ!一応俺だって仕事はしてますもん、多分信頼だってされてるはずなんですからね」

「ほぉ、キャンキャンと吠える以外に出来ることがあるとは感心だな」

「……」


 相変わらずの有能ぶりを発揮するアレンさん。エスパーの如く私の声にならない疑問に答えてくれてありがとう。そして後輩のジュライさんと話してるときのアレンさんって生き生きしてて面白いですね。学生間にあるという先輩後輩って感じでいいと思う。私学校行ってないから実物を見たことがないので、あくまで想像の生き物たちだけど。


 生き物といえばさっきからイヌ、イヌ言うから何だか二人が大型犬に見えてきたな。ということはお笑い番組ではなく、これは動物番組だったのか。先輩の大型犬に戯れつく子犬の面影が残る大型犬。うん、ほっこりする。


「ジュライが間抜けな駄犬なのはいいですが、俺はカッコいい猟犬で想像して欲しいですね」

「それなら俺だってカッコいい犬がいいです!シュッとした感じでお願いします」

「……」


 アレンさんが私の脳内を読み取るのはいつものことだから別にいいけど、それに乗っかってくるジュライさんには正直まだ慣れない。テレビは参加型番組でも無い限り視聴者に話しかけてはいけないのだ。こちとらコミュ障なのだぞ、陽キャが構ってくれるでない。


 ああ、陰の者である私のビビった態度を察して戻ってきたアレンさんがジュライさんに教育的指導をするものだから、大型犬が潰されてしょんぼりしてしまった。犬というか動物全般苦手だけど無性に慰めてあげたくなる。すまん、ワンコ。これが画面越しでなければ撫でてあげたかった。いや、実際目の前にいるのは先輩に背中を踏まれて凹んでる青年なんだけどね、だがどっちにしろ私にはハードルの高い接触なので近づけないし撫でません。ごめんなさい、ジュライさん。


「セレティア様がジュライなどにお心を砕く必要はありませんよ」

「え?セレティア様心配してくれてたんですか。さすが聖女さま!王太子殿下に報告しておきます」

「……」


 え、別にしないでいいからね。王命とはいえ何でもかんでも報告する必要はないと思うよ。そして経緯も書くのだろうけど書いたら怒られるのは多分ジュライさんだから。まあ別にいいけどさ。しかし、少し疑問に思ったけどいつも私の何を報告しているんだろうか。半年ほど前まではジュライさんのことを見かけた覚えがないけど、最初から王命で私の護衛騎士になったってことは、その間も報告していたんだよね。何か書くことあったのかな。


 仮にそばにいたとしても普段の私の生活って祈りの間にいるだけで、もし私がジュライさんの立場だったとしたら、今日は何もない素晴らしい一日だった的な、三行すら長いと感じるくらいの活動報告しか書けない自信があるよ。


「俺だったら毎日三十枚余裕ですけどね」

「え?突然何の話ですか」

「……」


 うん。普通に他人の心の中の声に返事してくれるアレンさんになら出来るかもしれないね。でもそれもう報告書じゃなくて日誌だから。いや観察記録でもそこまで長くならないでしょ。護衛騎士兼執事兼オカンなアレンさんは前世にいたという初めての子供が可愛くて写真撮りまくる親に似ているね。ウチの親は違ったからこれも想像の生き物だけど。大きくなった子供に呆れられるところまでそっくりだよ。うん、呆れてますよ私。そんでジュライさんの反応が正しいことに気づきなさい。


「最近の遠慮の無いセレティア様の態度も俺は可愛らしくて好きですよ」

「ほんと何言ってるんすか。うわー、報告したくねぇ」

「……」


 本当何言ってるんすか。それとジュライさんは報告はしないでいいです。つか、遠慮が無いといえばアレンさんの方がよっぽどな気もするんですけど。確かに半年前までは人見知りを通り越した人間不信で懐かないようにしてたけども、最近のジュライさんと毎朝やる掛け合いをテレビ見ている感覚で眺めてて、つい脳内でツッコミ入れたりするくらいに勝手に身近に感じてきたのは認めよう。今も表情筋は動いてなかったと思うけど気持ちはジト目したからね。それも察して喜んでしまうアレンさんは子煩悩なオカンですかね。そんな経験ないから、なんだか嬉しくて恥ずかしいな。


「うーん、もう少しなハズなのに遠くなっている気がする」

「セレティア様に何かあったら本当に国が動きますから気をつけてくださいよ」

「国如きで俺のセレティア様への想いは止められないけどな」

「……」


 母性本能が強すぎるよアレンさん。確かに私が聖女になった時からの付き合いでずっと面倒見てくれてたもんね。なるべく自分のことは自分でしてきたけど、その他に対外的な対応は動けない私を見かねたアレンさんが色々と率先してやってくれるようになったんだよな。そこからアレンさんの執事街道が始まって今では完璧執事とオカンという称号を得てしまったのか。


「セレティア様、俺は護衛騎士ですからね。身の回りのお世話もさせていただきますが、それはセレティア様の生活をお守りするためで護衛の一環ですから」

「よくわからないけど、アレンさんどんまいです」

「よし。ジュライは俺と打ち込み稽古をしようか」

「嫌ですよ!絶対に神速でやり返してくるやつじゃないですか!!」

「……」


 よくわからないけれど、いつも国境騎士団というところで鍛錬をしているジュライさんがビビるくらいに、自称護衛騎士で私認定有能執事兼世話焼きオカンのアレンさんは強いのか。そういえば私アレンさんが戦ってるところ見たことないな。


 基本安全な祈りの塔の更に不審者なんかやってこない奥の個室に引きこもってて危ないことなんてないから、アレンさんが護衛騎士として活躍するところって見たことがないんだよね。護衛騎士っぽいところといえば、扉の側で立ってる姿しか知らないな。あとは執事かオカンなところしか見てないかも。けどジュライさんは一応部下なんだしアレンさんの騎士としての実力を知っているということなのか。


 アレンさんっていつも穏やかな印象だけど、確かに身のこなしは只者ではない感じはするよね。鎧を着ていても静かに動くし、何より私の考えていることがわかるエスパーだし、私が気づかないレベルで私の周りの世話をしてくれていると思う。あれ、自分のことは自分でやっているつもりだったけど実はアレンさんが色々やってくれたんじゃないのこれ。だめだ、気づいてはいけないことには目を瞑って忘れるに限る。


 ふー、よし落ち着いてきた。気づきたくなかった問題は横に置いて、気になったのはアレンさんの強さだ。というかアレンさんとはもう結構長い付き合いで、私の前世と今世を合わせても一番関わっている人なのに、私ってアレンさんのことよく知らないかも。名前くらいしか自信を持って答えられないな。


 特に今まで興味なかったから知ろうとも思っていなかったけれど、ここ最近毎朝ジュライさんとのやりとりを見ていると知らなかった部分をみつけたり、気になることが増えた気がする。テレビでお気に入りの番組が出来たら出演者を知りたくなるのと同じ現象かな。もしかして私ってミーハーだったのか。


 テレビの中の人ではなくて、目の前で動いている触れようと思えば掴める生身の人に興味を持つことなんて本当いつぶりなんだろうか。そういえば、私はいつから他人と関わるのをやめたんだっけ。なんであんなに他人を怖がるようになったんだっけ。あーまずい、これ以上は考えちゃいけないやつだ。色々と溢れるからそういうのは見てはいけない、気づいてはいけない、触れてはいけない。落ち着け自分。


「セレティア様?」

「!?」


 気づけばアレンさんが側にいた。といっても、アレンさんは私との適正距離を知っているからテーブルを間にして近づいただけ。私がちゃんと構えている時はもう少し近くにいても平気なんだけど、突然近くに来られるのは前世の時から怖くて駄目だった。アレンさんには勿論話したことはないのに勘がいいのか最初からこの距離感を保ってくれる有難い存在だ。私が変に怖がらないように目線を少しずらしてくれるし、なるべく姿勢を低くしてくれる配慮まである。本当にアレンさんが私の護衛騎士でよかった。


 正直、もし最初からジュライさんだけが護衛騎士だったら私はこんなにも自由に生きていないだろうな。いや、もう少しまともになろうと無理にでも他人と関わろうと思ったか。んー、どうなんだろう。少なくとも今より私はずっと不自由だったはずで、こんなに聖女の力が強くなることはなかったと思う。


 今世の私は引きこもりの生活ができる聖女という仕事を知ってから、すぐに試験を受けて聖女として祈りの塔に籠る生活を始めることができた。おかげさまで期待の聖女とか言われて他の聖女様よりも色々汲んでもらった生活をしていることにも自覚がないわけじゃない。それを有り難く思っているし、こんな生活が続けばいいと毎秒想っているから私の聖女としての力はまだまだ伸びているくらいだ。


 前世から引きこもりの私が自分勝手に生きているだけで他人様の役に立てる今世の聖女という仕事は、私が私らしく生きることを否定しないでくれている。周りの人たちがどこまで本心私の生き方を認めてくれているかはわからない。現に可哀想な子だとみてきた人もいるし、理解できないと思われているのもわかる。それでも聖女としてこの力がある限りはこの世界に認められて、必要とされていると感じることができる。


 人間の暮らしに馴染めなくても、世界の理には受け入れられている。だから私は今もこの世界の安寧を祈れる。祈るために生きることを許されていると実感できる。まあ、今世は積極的に引きこもりになることを選んでいるし、人と関わらないことを選んでいるんだから、自業自得そのままの生活をしているわけでそれも構わないと思ってもいるけれど。


 そんな現状に甘えて引きこもっている私を、私は許せずに失望しているのも事実だったりするわけで。前世とは違ってこんなにも世界は私を受け入れているのに未だ動けないままでいることにたまには何やってるんだろうなとも考えるわけです。いや、別に動きたいわけでもないんだけどね。前世の記憶を使ってチートっぽいことをしてみたいとか思わないわけでもない。引きこもりには時間があるからねそういう妄想はするよ、そして引きこもりやすくそれはそれで面倒くさいなという答えに落ち着くんだけども。うん、どうにか切り替えできてきたかな。メンタルコントロールは引きこもりが生き抜くには必要なスキルなので前世で習得済みだ。コツは鈍感になること、自分を取るに足らない小物と考えること、なんてね。


 落ち着いて周りを見れば、アレンさんが今も私を心配そうに見ていてくれた。憐れむでもなく呆れるでもなく、私が自分で立ち直るのをただ待っていてくれる。本当に有難い存在だよ。前世でもアレンさんみたいな親や教師がいたらもう少しまともに生きることが出来たのかな。


「俺はセレティア様が自分らしく過ごせることが何より大切だと思っています」

「……」

「セレティア様が動きたいタイミングで行動なさるのが一番です。そして、もし何か動く必要ができたときにはどうか俺が側にいることを許してください。俺はセレティア様だけの護衛騎士ですから、いつでもどんな時でも貴女を守りたい」

「……」

「アレンさんが告白まがいなこと言ってますけど、一応俺もいるんですからね!セレティア様、俺はアレンさんに王族の狗のとか言われるけどその王命でなった貴女の護衛騎士で、セレティア様が聖女としてお力を発揮するために存在しています。そのためのサポートは惜しまないので是非とも頼ってください、なんといっても俺のバックには王太子殿下がいますから、大丈夫です」

「その王族がセレティア様に害を為すかもしれんだろうが」

「うっ。王族というか国はそうかもしれませんが、アイツならそんなことしませんよ。俺は殿下を小さい頃から知ってますから」

「所詮は王太子だ。セレティア様よりも国を優先するだろう」

「国の繁栄を考えればセレティア様を守ることが大切だと殿下は知っていますよ。そのために俺がここにいるんですから」

「狗の言葉を飼い主は聞き入れるとでも?」

「アイツはそうしますよ」

「……」


 なんだか私がグダグダ考えてメンタル落ち着かせていたら、二人がちょっといい感じの雰囲気になっていた。あ、言い方が悪かった。二人が私を慰めようとしてくれていたみたいだ。あまり詳しく聞いていないけれど、要するに引きこもっていても良いし何かしたかったら好きに動いていいぜってことだろう。


 あとジュライさんは王太子様のことを友達として信頼しているんだね。アレンさんは国に恨みでもあるんだろうか。私的には国とか王族とかにはなるべく関わりたくはないかな。絶対に面倒なことになるやつだもん。実際王都の祈りの塔にいた時はめんどくさいことが度々起こったもんね。まあ、私がいる祈りの塔は国境にあるから滅多なことでは国の中央となんて関わることもないだろうけどさ。あ、これ以上考えるとフラグが立ちそうで怖いな。


 うん、やっぱり私は出来れば動きたくないな。こうやって引きこもってるだけで世界の安寧に貢献できる生活が送れることに感謝して毎日をダラダラと過ごすのが1番だよ。うんうん。このことが今後のフラグになるのかならないのか現在の私には知る由もないわけで、こうして未だ目の前で戯れあっているアレンさんとジュライさんを眺めつつ、食後のお茶を飲むためにコップを握るのだった。

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[良い点] セレティア様が少し動いた アレンさんとジュライさんのせいかな? ここまでくるとセレティア様はじっとしてる方がいい
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