悲しみをこえて
Death is not the greatest loss in life. The greatest loss is what dies inside us while we live.
by Norman Cousins
〜序章 今〜
真っ白な中にいま僕はいる。周りは虚無とカオスが広がり、何もできない。ただ、いま自分が出来る最大限の努力は呼吸をし命をつなぎとめることだ。ゆっくり途方も無い道のりを重たい足で歩き続ける。歩き続けることがいつか、きっと僕にとって何か、良いことをもたらすのではないかと思いきかせた。白く、一点の濁りもない中をただひたすら飽きることなく足を動かすことを続けた。
不意にある人の事想う。ああ、あの人と結ばれたらな。いや、もうあれは過去だ。過ちだ。何を僕は引きずっているのだろう。幾度となく、偽りの意見を反芻させた。目を閉じ、呼吸を整えた。
漆黒の闇から急に現れた、たった1人の人間に狂い戸惑った。気づけば周りにはなにもかも手放していた。自分の、判断だし、決断でもあった。おかけで今なにも関わってくれる人も、動物もいない。そして、今僕は虚無にいる。全ては自業自得なのだ。
〜第2章 過ち〜
目が覚めた。どこか重たく、身体全体に痛みを生じた。目もなかなか、開けることができない。いつもの朝とは違い、日の光りを感じられない。そのせいか、起き上がるのに、10分以上はかかった。僕にとってはかなり遅い方だし、他の人と比べて寝起きはいい方だ。その日は休みだった。飲み過ぎても仕事に支障が出ないようにと、希望休をとっていた。変なところ真面目だよねと大衆に言われる所以がこのことなのかもしれない。
その日そんなに早く起きる必要はなかったがなぜか起きた。どこか気持ちが、心がいつもより落ち着かなかった。目を開けることにためらい、もう一度寝ることを考えた。しかし、いつもとはちがう、違和感を覚えた。僕の部屋はお世辞にいっても綺麗じゃない。ただ、今自分の嗅覚から感じるのはフローラルでとこか愛したくなる香りだった。当時、コーヒーを勉強していた僕は香りに敏感だった。今まで嗅いだことのない、落ち着いていて、どこか派手な綺麗で美しい香りだった。まるでアジア太平洋産のコーヒーを思わせる、どこかどっしりとし荒々しいコクとハーブを感じるような繊細さを僕は感じた。
その香りは、確かに、自分の部屋から香ることのできない香りなのは明確だった。だからこそ、目を開ける勇気がなかった。あの繊細で、どこか悲しい香りは僕は感じたことない。多分、目を開けて現実を見てしまったら後悔することもわかっていた。しかし、僕はゆっくり目を開けた。どんな現実も受け入れることを僕は覚悟した。そこは真っ白でなんの変哲も無い白い天井だった。また、予想通り日光はカーテンから少し漏れるだけの光しかベッドには届いていなかった。そして僕は裸だった。スタイルがお世辞にもよくない身体がベットに放り込まれている。身体は重く、ベッドに根を生えているようにも思えた。この時点で少し飲み過ぎたことを、後悔した。気分と身体の両方の違和感に耐えきれず、少し寝返りをうった。その時何かを触った。柔かく、どこかハリがあり、触るといまにも跳ね返されそうな弾力だった。指先から伝わるシナプスが脳みそに達したが何かは特定できなかった。もう少し触りたかったが勇気がなかった。そして、一度そこで寝返りを止めた。正体を知ってしまったら、真実に追いつけず、自分の偽りの世界を作り逃避する気がしてならなかった。それが楽なのはわかっていたがどうしてもしたくなかった。向き合うことが僕の数少ない良い点の一つだと理解していたからだ。そしてそれを永遠に自分に自分の武器として、自分の存在を誇示するために持ち続けていたかった。
重たい体をゆっくりと左45度に傾け、現実を見ることを決意した。ぼんやりと映る姿にかすかに見覚えがある。どこかでみたことあり、僕の小さな脳で思い当たる節を探した。学生時代のそんなに多くない友人、ゴルフで出会った仲間、バンドなどで交流を持った人たちなどを当てはめたがどれもちがった。誰かはわからないが、確実にそこにあるものは女体だった。お世辞にも白とは言えない肌ではあるがハリときめ細かさはある。お尻もそれほどありかつひきしまっており、くびれがとても特徴的だ。乳房は少しお椀型でハリもあり乳首は程よく黒がかり僕の好みな形、色だった。髪色は明るめな茶色では、あるものの落ち着きがあり、ショートとロングの間、つまりミドルほどの長さだった。カーテンがなびいている下で、少し日に当たるその姿はどこか幻想的で魅力的で現実に存在する人間には思えないほどの美しさであった。まだ、誰かもわからないが見ていると落ち着くし、このまま時が止まってくれないかとおもった。もちろん、止めることなどできない。
気づいた時には深い眠りについていた。身体の重さは幾分なくなり悪酔いが冷めてきたのが、明らかに実感できた。さっきとは違い外界の光がもろにあたり、風も感じることができた。カーテンが顔なで今にも部屋全体の小物たちが起きなよ、と言わんばかりだ。今時間は何時だろう、ふと思い、また誰かわからない女体の隣でよく寝れたなと自分に驚く。
「おはよ」
聞いたことのある声が僕の背中を包んだ。どこか、優しくも冷徹な声が特徴的だ。恐ろしく、顔を見ることも、もちろん振り返ることもできない。畳み掛けるように女体は話す。
「昨日飲みすぎたようだけど大丈夫?」
やはりかと思った。今までにない酔いが朝遅い、違和感が心を包んだ。僕は平静を装いどこか洒落臭く返事をした。
「あんなんじゃ、酔わないよ」
僕は女体の顔見なくても笑っていることに気づいた。
「へぇー、毎日晩酌してるだけあるわね」
この時、いくつか女体の候補を絞ることができた。晩酌をしていることは少数人にしか告げてないし、なんなら幾分恥ずかしいことではあるから、大々的に自分から発信はしていない。かなり仲の良い、あるいは直近で会話をしている人に絞られる。
「最近そんなに飲んでないよ」
少しかまをかけて、発言した。最近の飲酒量は軒並み右課題上がりをし、来月の健康診断はもう絶望的だ。直近で会話している友人にはその話を何度も話をしている。
「最近飲むのふえてるじゃない。この前も電話した時酔いつぶれてたわよ」
ここで確信をついた。最近ある1人とよく通話をする。同じ職場の人だ。衝動を抑えきれず体の向きを変えて顔を見た。
女体はニヤっと笑った
「椿、、、」
「おはよ」
ドス
頭の中で何かが落ちた。
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僕はそこそこ名前の知れている商社に勤務している。商社ではあるが、ほぼサービス業であるため平日やすみが基本だ。平日休みでの特権をまだ実感していない。強いてゆうのであれば、ふとした時にドライブなど外出するとき弊害があまりない。人混み、交通規制、こどもの泣き噦る声などストレスを与える要素がない。もちろんデメリットもある。友人関係が、がらっとかわった。だいたいの友人は土日休みであるため休みが合わず、交流する時間がなく連絡する頻度もすくなくなり疎遠気味になってしまった。また、ある友人は遊べる回数などがすぐなくなったからか、付き合いが悪いなどと吐き捨てられたこともあった。こうして、休日に過ごし方は狭い自宅で引きこもるか、職場仲間と軽くご飯に行くことしかできなかった。時々コミニュティーの狭さに驚愕し、過去自分の思い描いた誇らしき人生の理想との乖離に不安と絶望に日々打ちひしがれるのであった。
僕は時々死をも考えたこともある。富士の樹海で首を吊るいくつもの死体に憧れたこともあった。自分もそのうちの一つにどのようになれるか、考えたこともあった。でも、後一歩のところで勇気が出ずにいた。死ぬ勇気さえ僕には持てれなかった。僕が愚かであることは明確だった。
ただ、仕事での悩みは無いと言ったら嘘ではあるが、さほど気になるほどではなかった。横山と稲村の紛争を常に仲裁して、チームの空気が悪くならないようにいつも注意をしていた。仲間とのコミニケーションを常に積極的にとり、チームの不満やいわゆる膿を出す役割を僕はしていた。人からはそれらは重みでストレスのかかるものであると言うが、僕は気にならなかった。むしろチームが良い方向に前進していることを日々実感し、達成感に浸れた。それが仕事の一つのやりがいであることは否めないし、自分の一つの居場所であったことも確かだ。ただ、その居場所や仲裁に入るのもなかなか至難の技であった。
横山はチームリーダーとして、1年前に配属された。彼は、スタイルがよくイケメンと言う部類にはいり見た目はどこかアグレシッブで仕事に対して強いこだわりがありそうだった。ただ、その見た目とは相反するような過去を持っていた。
19XX年、横山はファッション系の仕事についていた。彼は現場に強くこだわった。彼が配属されたのは西山駅の正面にある、お店も売り上げもかなりボリュームのある店舗だった。店の正面には街のメインストリートがあり、土日には車両の通行が禁止される、謂わば歩行者天国になる。また、道の向かいには最大級のデパートがあり、平日土日関係なくいつも人でごった返している。店の周りにも競合店揃いのファッション系ブランドのお店が軒を連ねる。そこでその店は勝ち取っていかなければならなく、横山自身かなりのプレッシャーであった。前任のマネージャーは成果を出すことができなく半年で別の店舗に異動をした。左遷とも噂された。
横山は客の求めているものを的確に会話を通じて探し出し提案することを目標としていた。そのことを認められたか、前年よりも売り上げを伸ばし上層部にはかなり高い評価で認められた。会社にも評価され次期エリアマネージャー候補とも囁かれていた。横山は仕事にやりがいを感じ、通勤にも片道2時間という長いものであったが文句どころか、毎日が充実していた。
忘れもしない10月20日。いつもどおり横山は出勤した。大通りに群がるスーツをみにまとったサラリーマンをかき分け、店の正面まで歩く。あまりの人の多さで、後ろへ押し流されながら歩き続けるのは一苦労だ。店の鍵は全部で5つある。正面の扉が2枚あり、一枚の扉に上と下1つずつ鍵がある。鍵を開けると30秒以内に店の事務所のセキュリティの機械に鍵を取り付けないとアラームがなる仕組みだ。
この日もアラームを解き、オープン作業を一緒に行うパートの人を待った。作業が始まる9時30分にも来なかった。ここのお店に着任してからはじめての経験であった。パートの携帯に着信を入れたが冷酷な自動音声が聞こえる。
「ただいま電話に出ることはできません」
が横山の耳に響く。まるで暗く深い洞窟の中で聞こえるように。
几帳面で真面目で無断欠勤などするタイプではないため、怒りよりも心配がかった。事故か事件か、最悪の状況が頭をよぎる。とりあえず何事もないことを祈った。電話が早くかかってこないか、気にしながら開店作業を黙々と進めた。本社から送られてきた服や小物の納品物を片付け、陳列。店内の掃き掃除、また陳列されている服の整理、などいつもよりも同じ時間で2人分の作業をしなければならないため、時間の体感速度はかなりのものであった。店内に開店まであと5分のチャイムが鳴り響く。当然間に合うはずもなく、開店してから残った作業をすることにした。急いで、事務所に戻りレジの開局作業に取り掛かった。両替準備金を数え、パソコンに入力し、開局させた。もう、幾度となく行った作業のため、手慣れたものだ。毎日同じことの繰り返しであったが毎日同じモチベーションで仕事をすることができた。人はそれを、嘲笑い鼻でわらい社畜だと罵った。横山はそのことを何も感じもしないし、馬鹿にする方が馬鹿だと感じた。
そんなことを頭で回想をしていると気づくと1分前のチャイムが鳴る。横山は店の自動ドアの正面に背筋をのばして、客を迎い入れる準備をした。静寂の中を切り裂くように、店内アナウンスが入る。開店だ。深呼吸で心拍数を安定させる。今日も始まる。
横山は客に向かってしっかりと大きな挨拶をした。
「いらっしゃいませ」
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10月20日夜、街中の有名な居酒屋で団体グループのせいで予約がいっぱいだった。店もてんやわんやで、少ない人数で営業していた。キッチンには洗い物が山積みになり、ドリンクをテーブルまで提供するのに精一杯であった。従業員がベルトコンベアーで流されているかのように機械的にキッチンからドリンクがかなり乗ったトレイを持ち、テーブルまで運んだ。なぜか従業員には顔がない。じっくり見てもそこには何もなく、カオスで色も特徴もない。まるでロボットが店舗を運営しているように感じた。何も面白みも、魅力も感じないお店だ。多くの人が二度と行くことはないというだろう。実際その半年後お店は潰れたという。詳しくはわからない。
その日の団体の客は横山の働くお店の集まりだった。幹事の伊藤は重たい口を開け、淡々と話を始めた。
「ボイコットに参加してくれてありがとう」
参加者は息を飲む。この言葉は絶対に聞くことは覚悟していたし、ボイコットしたことも事実だ。しかし、改めて耳からその情報を聞くと様々な考えが頭をめぐり実感と責任感が心臓からゆっくりと湧き上がるのがわかった。まるで血液のようにその感情が身体中をめぐり次第に身体が硬直していくのがわかった。参加者のうち華奢な男の1人が口を開いた。
「これで横山も終わりだな。」
伊藤はその言葉をきき深く項垂れ、自分の今の行動がどの程度影響し波及していくのか想像するのができなかった。想像したくないのではなく伊藤の脳みそではキャパオーバーでこれからのことがわからなかった。どのようにこれから自分の立場が変わっていくのかも先を見越した行動ではなく瞬間的で能動的であったことは間違いない。そして、伊藤はこれにきづくことはなかった。
伊藤は何かを決心したかのようにまた鉄の扉のような唇を開けた。
「そうだな。祝おう。皆で。」
重苦しくどこか窮屈な空気の中冷やかしのようにグラス同士の冷たく乾いた音が部屋中に響き渡る。乾杯のこともそこに明るさはなく海の奥深く光の届かない場所にいるかと錯覚するぐらい暗く意味深なものであった。主婦がお酒を飲みながら現実を受け止めたかのように話をした。
「私、本当にボイコットしたのね」
伊藤がゆっくりと口を開いた。
「そうだよ。俺らはやったんだ。でもこれも全て横山がわるい」
「そうわよね。自業自得だわ。」
主婦はそう言い放ちグラスを空にした。無理やり流し込んだせいか咳こんだ。その音さえ虚しく聞こえる。
伊藤が息を吐き思いつめながら鍋をつついた。
鍋には色も何もないカオスが広がっていた。なぜだろう、食欲も湧かないしそこには何もない。物理的ではなく精神的に。
「明日からどうなるかな」
空虚な世界にその声だけ響いた。周りは静かに息を飲んだ。
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枯葉が落ちある種のイルミネーションが広がっていた。自然が作り出すトンネルはどこかに吸い込まれ迷走しいずれ消えていくことを実感した。皆口を開け小さな頭の中で回想する。出口はどこなんだろう。
横山は会社に解雇された。ボイコットの日から次の日でだった。次の日も従業員は誰もこず、たった一人静かに営業した。現実、一人で営業することもできず、閉店を余儀なくされた。会社からボイコットについて、ヒアリングを幾度と無く横山に行なったが、何もわからなかった。事実、横山自身アルバイトたちによって遂行されたボイコットがなぜ行なわれたのか甚だ理解できなかったからである。横山は小さくか細い声で何度も連呼した。
「わからないです。すみません。」会議室はため息に包まれた。
彼が転職するのは、季節が幾度と無く変わった後だった。あのボイコットから仕事に対する熱意がまったくもてず、故郷である横浜に身を隠した。実家での居心地はよくはなかった。口うるさい親父と心配性な母親が彼に対して異常なまでに面倒を見ていたがそれが逆に狭く感じた。早く仕事をしないのかと部屋の扉をノックする音を毎日聞き、親父が酔った勢いで母親との馴れ初めを永遠と語るが興味がなかった。両親との生活は約2年だったがなぜ実家に戻ってきたか聞いてこなかったし知らない。彼らにそのことに興味が無かった。
そんな実家であったが一人で住むよりましであった。あのボイコットから人間不信になってしまった。外を出歩くといくつもの白と黒の目が彼自身を凝視し監視されているように思えた。また、このころ横山は人間の顔の表情が素直に受け入れることができず人間の後ろに何も無いカオスの顔が見えるようになっていた。そいつは口も鼻も目も耳も何もかも無い。しゃべることさえしず、ただ黙って横山をみていた。横山はそいつを見始め外に対しての絶望感と虚無さから外に出なくなった。少しでも安心した場所に行きたく実家へと移った。
横山の部屋は2階の角にあり風通しはかなりいい。部屋には小さな窓がある。埃がかぶっていて、窓のふちは錆付き重い。あるとき外界を覗いた。
家のしたに広がる商店街がにぎわっていた。