少年とのやりとり
「ねぇ、君の名前は?どこから来たの?」
「……」
先程まであんなに喚いていた癖に、今度はダンマリを決め込む少年に、ミアは少し焦れてきたが、これもきっと思春期が為せるわざなのだ。
トビコは、静かに事の成り行きを見守っている。ドルイド君はいつも彼が寝起きしている定位置に戻り、寝る姿勢だ。ミアの魔力を溶かした緑色の栄養素が土に刺さっている大きな植木鉢に、ドルイド君は自らモゾモゾと潜って行った。
ミアは焦燥に駆られ続けている少年を暫く見ていたが、段々と飽きてきた。仕方なく彼を置いて台所へと向かい、兎肉のリゾットをよそって少年の前に出した。
「……どういうつもりだ」
彼の瞳は行き場のない憤怒の炎が宿り、今にも八つ当たりされそうだ。今からこれでは先が思いやられる。
「どういうつもりも何も……君、食べなきゃ死ぬんじゃないの?」
人間はエルフと違い、ひどく脆い。エルフは多少食べなくても生きられるし、多少の切り傷であればすぐに再生し、四肢が捥がれても時間はかかるが元通りに再生出来る。
少年は唇を皮肉げに歪めて、蔑んだ様な強い眼差しで睨んでくる。
「……ふん。俺を愛玩奴隷にでもするつもりか」
かっちーーん!
私は拳を握り締め、はぁーっと温め、少年の頭に拳骨をゴチンと叩き落とした。
「いっってーーーっ!!」
少年は、ゴロゴロと床を転げ回っている。自業自得だ。
「ぬぁーんで私が、まだ下の毛も生え揃っていない様な無礼で小生意気な人間のガキを、愛玩奴隷にしなきゃなんないのよ!どうせするなら、私より年上のテクニシャンイケメンエルフにするわいっ!」
少年は顔を真っ赤にしながら怒っている。
「な……っ下品な女め!恥を知れ!!」
自分から愛玩奴隷がどうのと言っておいて、何を言っているのか。ミアはギロッと最大限の睨みをきかせて、少年に凄んだ。
「……くだらん事を言ってないで、いいから早よ食え!!」
ミアは腰に手をやりながら、もう片方の手でビシリッと人差し指を少年に突き付た。彼は私の気迫に圧倒されたのか渋々と、ブツブツ文句を言いながらリゾットに手を付け始めた。
少年の食べ方はとても綺麗で、やはりキチンと教育を受けられる環境で育ったのが見て取れる。丁寧に掬っては口に運びいれる。その忙しない動きに、思わず目が奪われていた。
「……おい、こっち見るな。食い辛い」
「え……?ああ、ごめん」
(いかん、いかん。久々に話が出来る人間が来たから、ついつい距離感を読み違えてしまった)
「で、君の名前は?年齢は?どうしてあそこにいたの?」
少年は、顔を苦悶の表情で歪ませながら一生懸命言葉を紡ごうとしているが、口をパクパクさせているだけだ。どうやら言葉が出せない様だ。
もしかしたら、何かトラウマになる出来事があったのかもしれない。
「あ……辛かったら、無理して今言わなくても大丈夫だよ」
少年は言葉を出す事を諦めた様で、短く嘆息した。
「……何も、わからない」
悔しそうにそう言葉を発した彼は、布団をギュッと握りしめている。先程の尊大な態度とうって変わり、とても弱々しく映った。
(わからないって……もしかして、記憶喪失?!)
ミアはチラリとトビコを見た。トビコは目を眇めてミアと少年を見ていたが、短く息を吐いた後に、瞳を閉じる。
『もしかしたら、其奴はこちらの世界へ来る時に、精神に何らかの干渉があったのかもしれない』
少年は今初めてトビコを認識した様で、驚きに目を見開いた。大きさは違えど、日本の柴犬に似ているトビコを見て、何か思い出す事を期待したのだが、少年は眉間に皺を寄せ警戒心剥き出しでトビコを睨み付けている。
(ええーー!まさかの、犬嫌い?!)
「えーと……少年は犬が嫌いなの、かな?そこに座っているのはトビコって言ってね、凄い賢いんだよ。私の育ての親なんだ」
「育ての……親?アイツが?」
とても信じられないという風に、少年はミアとトビコを見比べた。