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ミアの家

 

 ミア達の自宅は、白い石造りの赤い屋根の小さな家である。家の外壁には庭から伸びるヘデラに似た蔦科の魔法植物が、日差しの暑さと外から来る害虫からこの家を守っている。

 まるで、物語に出てくる北欧の古民家の様な可愛らしいこの家を、ミアは大変気に入っていた。


 前庭は玄関扉までの道に石畳を敷いてあり、その両脇には鮮やかな花や草が生い茂っている。これはミアがトビコに教わりながら、始めは何度も育成に失敗し試行錯誤を繰り返しながら作った見事なハーブ園であり、魔法薬に使う貴重な薬草も一緒に植えてある。

 石畳を歩いているとふわりとハーブの香りが鼻を擽り、気分が落ち着くのを感じる。

 この家の裏には家畜を飼い、そばに小さな農園を作り、日々の糧に役立てていた。


 玄関の扉を開け内装を見渡せば、ミアのこだわりが随所に見られる。元日本人らしく玄関先で靴を脱ぎ、薬草などを干してあるリビングを抜けると、廊下の突き当たりにミアの部屋がある。家は小さめで客室もない為、少年にはミアと同室でいいかを提案して、了承を得なければならない。

 トビコに自分の部屋まで少年を運んでもらい、ドルイド君に頼んで作って貰った頑丈な木のベッドへと寝かせた。


 ミアは彼がいつ起きてもいい様に、体の消化にいいウサギ肉入りのリゾットの作る。冷蔵庫の中から必要な材料を取り出し、他にもスープやサラダも用意した。

 この冷蔵庫は、魔獣から取れる魔石を媒体にして、ミアの創造力で作った自慢の一品だ。他にも前世の記憶を元に、様々な家電を作り活用している。


 普段から開けっぱなしの窓からは、もうすぐ日も暮れる時間だというのに、この家に客人がある事に興味を惹かれた小鳥が出入りしていて、ピチュピチュと囁き合っている。

 鳥は皆お喋りで気分屋で忘れっぽい。エルフは鳥の言葉が解る為、非常に煩い。彼等に見られていると、プライバシーも何もないが、鳥頭故にすぐに忘れてしまうから別に何を言われても問題はない。


 リゾットを作り終わり、少年が起きた時に一人ぼっちだと心細いだろうと思って、手を握って彼の寝顔を延々と眺めていた。


『おい、ミア。近づきすぎじゃないか?もっと離れろ』


 トビコが嗜めてくるが、こんな子供相手に何を警戒しているのか、ミアには理解が出来ない。


「もう、トビコは心配性だなぁ。ちょっとこの子の体調確認しなきゃいけないから、黙っててよー」


 ミアはそう言うや否や少年の額に手を置き、少年の体に微量の魔力を流した。体の状態を調べるには、これが一番手っ取り早い。


『あっ、ばか!……あ〜あ、まったくお前って奴は……どうなっても我は知らんぞ』


 トビコが何かブツブツと独りごちているのを遠くに聞きながら、少年の体の中に魔力を巡らし異常がないかを確認する。少し足を怪我している様だが、概ね健康体の様だ。魔力を使って体調を確認する事はトビコから習って、怪我をした動物相手にしか使ったことがなかった為、自信がなかったが我ながらよく出来たとミアは自画自賛していた。


 見た所、本当にただの人間だ。しかも、多分日本人。永く忘れていた望郷の念が一瞬湧き上がり、残してきた遠い家族の記憶を呼び覚ます。

 エルフという種族は本当に上位種なのだと実感するが、一度覚えた事などなかなか忘れる事はない。

 向こうの世界でミアの事を思い出す者はいないのだろうが、ミアはまるで昨日のことの様に思い出せる。


(やっぱり、私側に記憶を残して貰って正解だったな……)


 ミアがきちんと本能の声を聞いて、前世の記憶ベースでエルフの体を作ってしまわなければ、両親から疎まれる事なく新たなエルフ生を歩めていたのかもしれない。

 しかし、ミアは今の生活に十分に満足していた。ミアにはこの世界の家族と呼べる、トビコとドルイド君がいる。


 そこまで考えて、ミアは少年を見下ろした。目は今は閉じられている為よくわからないが、黒くさっぱりとした短い髪に、華奢な体躯をしている。

 寝顔のあどけなさから見るに、まだまだ成長期を終えていないだろう。しかし、何かスポーツをしているのか、年の割に筋肉があるようにも見える。

 人間にしては整った顔をしており、少年から青年になりかけの面立ちだった。


 彼は服装を見る限り自分の前世の同郷の人間だし、出来る事なら元の場所に無事に帰してあげたい。拾ったからには、きちんと最後まで面倒を見る所存だ。


(……ていうか私、トビコとドルイド君以外と初めてまともに会話するな)


 ミアはトビコからこの世界について学び、いかにエルフが排他的な種族であり外見至上主義なのかを聞いてから、遠巻きから同族を眺める事はあっても話した事などなかった。ミアは禁猟区から出た事がなく、久々過ぎる他人との適正な距離感が掴めない。


(手をずっと握ってあげているのは、ありなのか?でもなんか握り返してくるし、大丈夫か……)


 程なくして、少年はゆっくりと瞳を開いた。暫く天井をぼうっと見てから、手に他者の熱を感じてか、ゆっくりと視線を私に移す。

 思った通り、綺麗な黒い瞳をしている。しかしその瞳の奥に、一瞬虹色の虹彩が浮かんだ気がしたが、気のせいだろうか。

 ミアが瞳を確認しようとまじまじと少年の目を眺め、お互いの顔を暫しの間見つめ合っていた。


 少年の目線がそのままミアの顔の横へと移動した。恐らく耳を見たんであろう瞬間、飛び上がったかという程速い行動で、ベッドの端まで行ってしまった。


「あ、よかった。元気そう」


「……?」


 少年は私が何を言っているのか、理解できていなさそうだ。


(おかしいな?日本語で話したはずなのに……)


 そこで合点がいく。エルフは話す時に、声に魔力を乗せて話す。詠唱がすぐに出てこないと、普段使う時に面倒臭いからだ。


「……あー、あー。よし!この声で、どう?君と話せるかな?」


「!!」


 ミアが突然話し出した為か、少年はより一層警戒を強めた様だ。


「君の名前はなんていうの?日本から来たんでしょ?帰り方はわかる?」


「……」


 少年は強い警戒心からか、ミアから目線を外さない様にして部屋の中にいる鳥を見ていた。鳥達はピチュピチュと騒がしい。


「鳥が、どうかした?……まぁ、うるさいよね」


 ミアは言葉に魔法を乗せ、鳥達を外へと追いやる。噂好きの鳥達の囀りが遠ざかり、部屋に静寂が広がる。

 トビコは先程と変わらず、厳しい顔付きでこちらを見ていた。


 少年は私の部屋を見回しながら、ふと自分の手を繁々と眺めだす。


(なんか……変わった少年だな。意思の疎通が出来るといいけど)


 ミアが久々の他者との交流に、もうすでに疲れはじめてきた頃に、漸く少年が口を開いた。


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