プロローグ4
人一人が包まれている白く美しい巨大な花が、淡い光を放ちながら徐々に花開いてゆく。その様子は生命の誕生そのものであり、神秘的で美しい。
中から出てきたミアの体は大体十歳ほどの大きさで、花から姿を現す。エルフの幼体としてこの姿で100年過ごすのだ。
ミアが最初に聞いた声は、母親と思わしきエルフの耳を劈く様な悲鳴と、倒れそうになっている彼女を支える、複数の男のエルフ達の慌てた声だった。
「……なんて事っ!私の卵から、異形のものが……いやっ!!汚らわしい」
女は、見事な金色の絹の様な美しい髪を振り乱しながら、半狂乱になりミアを睥睨している。彼女の美しい紫の瞳からは涙が溢れ、普段美しかろう顔は今は見る影もなく、嫌悪と憎悪の色に染めている。
(え。異形って、まさか私の事じゃないよね)
ミアは彼らの言っている言葉はわかるが、話すタイミングを完全に逸してしまっていた。
「落ち着け!おい、頼む。彼女を向こうへ連れ出してあげてくれ……くそっ!どうしてこんな事に」
恐慌状態の女性を支えていた一人の男エルフが、他の者へと指示を飛ばす。彼が一番のリーダー格なのだろう。ミアの側に残ったのは、リーダー格の男を含め、三人の男のエルフ達となった。
「おい……この異形の幼体をどうする?男なら始末していたが、見た所一応女のエルフだ。殺せば重罪だぞ」
「生意気に精霊石も持っているな……ああ、忌々しい……この耳さえなければ、名誉ある美しい女の幼体なのに」
ミアはギョッとした。言われてみれば周りのエルフは皆、普通の人間の様な耳をしている。
「しかし、この精霊石の大きさは……」
嫌悪の表情で耳を見た後に、心臓近くに目線を落としたリーダーの男は感心した様に声をあげたが、すぐに首を横に振った。
「……いや、こんな醜い姿の者と番いたいと思うエルフなど、いるはずがないな」
これは完全に出鼻を挫かれたパターンだ。年齢不詳な美麗な男のエルフ達はミアをどうするかを真剣に話し合っている。
「なぁ、提案なんだが……ここに、コレを置いて行ってはどうだろうか。どうせ、俺達が出て行って、聖域の扉が閉まればヤツがここを見回りにくる。ヤツによってコレが殺されれば、精霊石の反応もでないし、禁猟区で殺す罪にも問われない」
暫く考えを逡巡させ、リーダー格のエルフの男が決心を固めた様に顔を上げた。
「それが、一番良さそうだな……」
なんだかミアを置き去りにする事で、話が纏まりそうだ。
「ふん、ヤツも古の文献では天空界が遣わせた"聖獣"などと呼ばれて調子に乗っているのだろうが、所詮は獣。早く我ら尊き種族にくだり、尻尾でも振れば可愛いものを」
ここで下手に発言して、また殺される方へシフトされては堪らないので沈黙を貫く。折角なりたい自分を作れたのだから、存分に謳歌しないと損である。
これから来ると思われる聖獣とやらをなんとかしなければ。
結局彼らは、ミアを聖域と呼ばれる花畑の中へ置き去りにし、去っていった。
◆◆◆
先程自分の生まれた場所を見たせいか、もう150年も経つ昔の事をミアは自宅に足を進めつつ、ボーッと思い出していた。
『どうした?ミア、珍しく考え事か』
トビコは揶揄う様にこちらを見てくる。
「んー、私が生まれたてだった時の事、思い出してた。私が捨てられた後にトビコがあそこに来てくれて、その後ずっと育ててくれてたなんて、不思議だなって」
『ふん。気が向いただけだ』
確かにそうだったのかもしれない。でもそのおかげで、今ミアは生きている。
『ミアの前世の知識は面白いからな。長い生に飽いていたが、存外悪くない』
珍しくトビコが饒舌に語る。いつになく元気がなく見えるミアを、一生懸命慰めようとしているのかもしれない。自分の育ての親の不器用な優しさに触れて、ミアは心がほわっと暖かくなった。
そうこうしているうちに、自宅が見えてきたので心なしか足取りが軽くなる。
「えへ、ありがとうね!……さて、帰ったらこの子のお世話しなくちゃ」
自分がトビコから受けた恩を、今度は自分がこの子に返してあげられるかもしれないと、ミアは一人気合いを入れた。