プロローグ3
学ランを着た少年をトビコの背中に乗せて、とりあえず世界樹の麓を抜ける。この辺は魔獣もそうだが、普通の肉食獣も彷徨いている為、ここにそのままおいておく訳にはいかない。
少年が倒れていた場所は貴重な世界樹の花が咲いている"聖域"と呼ばれている場所である。
トビコは、素性の知れない人間の子供を背中に載せているのが不満なのか、眉間の皺が目立つ。そして先程からなにやらチラチラと世界樹の麓を気にして歩いているようだ。
『ミア……コイツを、本当に家に連れて行くのか?元の場所に戻しておいた方が……』
トビコの無責任な発言に、今度はミアが眉間に深い皺を寄せた。
「何言ってんの!トビコがこの場所は危険な生物がいっぱいって教えてくれたんじゃない。置いていけるわけないでしょー。ねー?ドルイド君もそう思うよねぇ?」
ミアの肩から下げられているポーチの中からは、小さな木人形が顔を覗かせており、ミアに向かってコクコクと頷いている。その二人の様子を呆れた様にトビコは眺め、ため息をついた。
『まったく、いつも二人して年寄りを虐めおって……』
トビコは憤然としながら、のしのし歩いていく。見た目だけ見るとトビコはただの可愛い大きい黒柴犬なのだが、発言の要所要所が年寄り臭い。
元々、ここへは一週間分の食料を狩りに訪れていた。ミア達三人が住む、守護獣の森一帯は『禁猟区』と呼ばれ、他のエルフは"限られた時と場所"以外に立ち入りが許されていない。
唯一エルフの王族は禁猟区へと入れるらしいが詳しくはトビコが話さない為、ミアはよくわからないままこの150年生きてきた。
それだけ長い時を生きていても、この森の中で野生動物と魔獣以外に会う事はなかった為、重要性は感じなかったのだ。
今回のこの突然訪れた非日常な出来事にミアは少しワクワクしていた。
◆◆◆
エルフは人間と同じく男女の番いにより、子供が生まれる。しかし人間の出産とは異なり、受精した卵を聖域の世界樹の花に託し、代わりに育ててもらう。
時が来れば花が開き、聖域へ迎えにきた両親にエルフの常識を学び、狩りを教わったり、生活に必要な知識を身につけてゆくのだ。
ミアが生まれる直前、光の玉の言う通りに本能の声に従って、自分の体を形作っていた。しかし、ミアは前世でやっていたゲームのチュートリアルを適当に飛ばす性格であり、今も最初に簡単にやり方を大体聞いた後は、自分の好きな様に体を作っていた。
幼体で過ごす100年分の体と、残りを過ごす成体の体を強くイメージしながら作っていく。
(エルフといえば長い手足に金髪だよね……目の色は、何色がいいかな?)
ミアは自身の本能に問いかける。
《瞳の色は紫が一般的に多いです、王家の色は選べませんのでご了承下さい》
(紫眼とか、凄い素敵!)
《あの……耳は、本当にこれでよろしいのですか?少し、長すぎる様な》
本能の不安がる声を一笑に付し、ミアはケラケラ笑った。前世の自分はもう少し思慮深い性格だったはずなのだが、今回の性格はかなり楽天思考の様だ。
エルフという種族が全体的にそうなのかもしれない。
(なーに言ってんの!エルフといえば長い耳でしょ!)
いまいち納得していない空気を本能から感じたが、折角自分的に完璧にしたのだ。水を差す様な発言はやめて欲しい。
《はぁ……では、これで宜しければそろそろ誕生の刻ですので、ご準備を》
(はーい)
ミアはバッチコイという気持ちで、花開く時を待ったのだった。