プロローグ2
ミアが目を覚ますと、白い天井が目に入る。視線を巡らすと天井だけではなく、空間全てが白い場所だった。どこまで続いているのか果てのない白い空間に、ミアは一人体を横たえていたのだが、不思議と不安はない。
上体のみ起こして自分に何が起きたのか、ゆっくりと思い返す。
(私……トシさんと別れて……空き缶拾おうとしたら、溺れて……あれ?そこから、どうしたんだっけ?)
一定以上の記憶を探ろうとすると、他の記憶までぼんやりしてしまい、なんだか考えがうまく纏まらない。一人でウンウン唸っていると、どこから来たのか目の前にいきなり光の玉が現れ、ミアの目の前をブンブンと蠅の様に飛び回る。
蝿にしては大きく、暫く呆然と飛び回る様子を眺めていたが、一向に止まる気配がない。
(……なんか、鬱陶しいな)
ミアはパンッと両手で光の玉を叩いた。
『あ、あの……や、やめてください……』
玉からかすれる様な小さな声が聞こえ、ミアは焦る。
「あっ!ごめんなさい!」
『いえ、いいんです……ぼくが目の前をいつまでも飛んでいたのが悪いので』
光の玉は弱々しい声で、男とも女とも言えない声で話しだす。その光は不思議な色で、眺めていると落ち着く気持ちにさせられる。
『精神変化が上手くいっている様なので、このままお話を進めても大丈夫そうですね』
光の玉は安堵した様に、聴き馴染みのない言葉を話す。
「はぁ……?」
『単刀直入なのですが、貴女は死にました』
「えっ?!」
ミアは驚き声をあげた。驚いているはずなのに、とても凪いだ気持ちになるのは一体、なんなのだろう。
『ぼくは、貴女を新たな容れ物へと導く役目を担っています』
光の玉によるとミアの前世、つまり川で溺れる前の人生で、かなりの徳を積んで死んでいたらしく、この次から生物としての生命の輪廻から外れた存在となるらしい。
「ちなみに前は…….どんな死に方を?」
ミアは恐る恐る聞いてみた。
「貴女の前世は名のある僧侶でして、寺を構える農村が度重なる飢饉と疫病により長年苦しんでいた事に心痛め、即身仏としてその身を」
「あ、ごめんなさい。もういいです……」
今回ボランティアとして河川掃除した事で、更に微々たる加点を得て魂のレベルが上がり、一つ上の精神体に転生出来るようだ。
(マジか……)
「あの、生き返る事って出来ないんですよね?」
光の玉は、ミアのこの質問に申し訳なさそうにしながら、弱々しい光をチカチカと放つ。
『生き返る事は、出来かねます。元々人間だった貴女の感情を含む精神は、すでにすべて昇華されております。そうする事で、一つ上の精神体へと生まれ変わるのです』
確かに割と感情豊かな自分だったはずなのに、光の球から声が出ていようが自分が死んだと言われようが、あまり感情が動かない。先程から薄々感じていた違和感に納得する。
ミアは、それがすごく寂しく感じた。
気落ちしている様子のミアを見て、玉は気遣わしげな光を放つ。
『こちらで叶えられる事はそう多くありませんが、上位種になるお祝いとして希望などあれば確認し、精査させて戴いて、可能な限り添いたいと思いますが……』
ミアは自分が死んだ後の世界について、思いを巡らす。
家族は、ミアの頓死に対して嘆き悲しむだろう。母が早い内に亡くなり、父は男手一つで一生懸命自分と兄姉を育ててくれた。実家にいた頃はよく、家族麻雀に付き合わされて辟易したものだ。しかし、それも今思うと楽しい家族の笑い話だった。
あと、別れてすぐに溺れ死んだと聞いたら、トシさんもきっと責任を感じてしまう。面倒見の良い彼女の事だ、一生の傷になってしまうかもしれない。
会社も激務ではあったものの、決して悪い会社ではなかった。休日出勤により社員が死亡してしまった責任を、誰かが取ることになるかもしれない。
そうなるよりは……
「あの……前世の残った皆の記憶から、私の存在を丸ごと消す事は可能ですか?代わりに、私が生まれ変わっても、前世の記憶は残しておきたいです」
光の玉は一瞬驚いた様にチカッと光り、また弱々しい光に戻った。
「貴女が、"存在していた"という痕跡を残す事は可能です。記憶は片方は必ず消すのが原則で、大抵は前世に残した方々に記憶を残すのですが……」
ミアは光の玉からの最終確認に、首を横に振った。
「……わかりました。しかしそうなると、貴女のこれから川から揚がる元々の体は身元不明の遺体として処理され、誰からも悲しんで貰えず、思い出しても貰えなくなりますが」
「いいんです。私が……皆の事を忘れたくないから」
これはミアの最後の我が儘だ。
『わかりました。この様に上位種への転生は、地球ではなかなか例がないもので……貴女がいなくなった後の処理も全てぼくにお任せください』
穏やかな光を放つ玉を見て、ミアは少し安心した。こうなると気になってくるのが自分の転生先だ。
『因みに、上級種族として次はエルフとしての転生となります』
エルフの言葉にミアは激しく反応する。
(え、エルフ?!素敵!!)
ミアは光の玉からの情報を聞いて、すぐに趣味であったゲームキャラや漫画でのエルフを姿を思い浮かべる。自分でキャラクターを選択出来るものであれば、必ずエルフにする位に好きだった。
『エルフは生まれる前に、自分で自分の体を創造力と魔力によって形造ります。エルフの本能の声に従えば、おかしな姿になる事はないと思いますので……』
そう言い始めた辺りで、光の玉が眩い光を放ちだす。
『……そろそろ時間が来ましたので、ぼくはこれで失礼致します。貴女の新たな人生に、幸多からん事を』
光の玉はそのまま辺り一面を光で包み、ミアの意識もそこで一旦途切れ、次に覚醒した時にはエルフの女性の幼体として生まれ落ちる直前だった。
光の玉に、あんなに次の生での幸せを願われたのにも関わらず、まさか生まれてすぐエルフの両親に捨てられてしまうとは、ミアはこの時夢にも思わないのである。