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亢龍、悔いあり(バイオ・サイボーグより改題)  作者: 詩歴せちる
Heart Of A Dragon
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2 Minutes To Midnight

              鉄     志



 出口を降り、なるべく人目の付かない場所を通り、自然公園を見つけるとその駐車場に単車を停めた。もう深夜帯ということもあり車は一台も停まっていない。恐らくは公園内にも人はいないだろうから、取り敢えず休憩くらいはできそうだな。

 「いやぁ酷い…。フロントカバ―がバッキバキに割れてるし、リアウインカーも取れてやがる…。修理費嵩むぜぇ…」

 「鉄志君…。何がどうなっているの、ちゃんと説明してください。お願いします。」

 …ま、もう流石にごまかしは効かないよな。

さて、どう説明するか。馬鹿正直に「俺の前世は数百年を生きた龍でその時に持っていた力をこの世界でも使えるんだよ」と言ったところで、燈和は冷めた表情と声で「鉄志君、真面目に答えてください」と返してくるのは目に見えている。

 この世の中は本当のことほどありのまま伝えるのは難しい。取り敢えずは少しずつ小出しにしていって最終的に全てを伝えられるように話を持っていくか。

 「う~ん、どこから話せばいいか…。ま、俺という存在はだな…」

 私が言いかけた、その時だった。

 「ん?」

 燈和が顔を顰め、辺りをキョロキョロと伺いつつ鼻をスンスンと鳴らし始めた。

 「どうした?」

 「くさい…。何でしょう、この不快な臭いは…。鼻が捥げそう…。」

 燈和に言われ、辺りの臭いを嗅ぐと、かすかではではあるが、気分を害するような悪臭が漂っているのが分かった。

 何というか、何かの肉が腐ったような臭いと、動物の排泄物の臭いを足して2で割ったような吐き気を催す悪臭だ。それが段々と濃くなっており、私の嘔吐中枢を容赦なく刺激している。

 「おぇっ…吐きそう…」

 どうやら燈和も同じであり、口元を抑え少し前かがみになった。頼むから、そのまま吐かないでくれよ?今ここで吐かれたら悪臭はさらに増し、私ももらってしまうかもしれない。

 しかしこの臭い、以前どこかで嗅いだことがあった気が…。どこだったかな…。

 記憶を巡らせながら辺りを伺っていると突如、私たちの周りにある樹木の枝がしなり始め、葉は水分を失ってカラカラに乾いて茶色に変色し、幹は白くなっていった。

 木が枯れている…。そうだ。思い出した。これは、あいつが近づいてきた時に起こる現象だ。

 「燈和!!伏せろ!!」

 「えっ!!??」

 混乱している燈和に急いで近づき、体に手を回すと無理やりに地面に伏せさせた。その直後のことだった。


 「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛!!!!!!」


 この世界の野生動物のものでは決してない、人間が苦痛に耐え忍ぶ際に腹の底から絞り出すような声が上方から聞こえ、私たちのすぐ上を通り過ぎたかと思うと1メートルほど手前にそれが降り立った。

 顔は人間の、この世界で言えば白人女性のそれである。髪はブロンドで艶はなくぼさぼさで乱れがひどい。瞳の色はどんよりと濁ったモスグリーンで、白目は血走り、眉間には多数の皺が寄せられている。肌はガサガサで高い鼻とその周りには無数のそばかすがあり、頬や額にはいくつか吹き出物ができている。

顔だけを見れば、年齢は恐らく30から40といったところか。ここで異様なのは、その顔の大きさが軽く1メートルは超えているということだ。また、首から下は猛禽類を思わせる胴体が付いており、焦げ茶色の羽毛に覆われ、その所々から灰色の粘液を垂れ流している。胴体の下部から生えている二本の足の指には鋭い鉤爪が5本付いており、そしてその巨大な体の全体からは吐き気を催す悪臭を放っていた。

 「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛!!!!!!」

 目の前のそれが再び叫び声を上げ睨んできた。そして大口を開け、勢いをつけ私たちに迫ってきた。

 「くっ!!!!」

 燈和を右側に突き飛ばし、その噛みつきをバックステップですんでのところで交わした。

 ガチィン!!!!

 歯と歯がぶつかる鋭い音がすぐ目の前で鳴り響いた。

 「汚ねぇ歯ぁ見せんじゃねぇ!!!」

 頭部を後ろにのけ反らせ、勢いをつけ奴の眉間に頭突きを食らわせた。

 ゴズッ!!!!

 耳と頭蓋骨両方から鈍い音が直接脳内に響き渡ると同時に、奴を取り巻く悪臭も体内に入ってきた。間違いない。今日は私が生まれて以来の最悪の日だ。しばらく飯が喉を通りそうにない。

 「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛!!!!!!」

 奴は叫び声を上げ、翼をバタバタと動かし、痛みに悶え混乱している。よし。今がチャンスだ。

 地面に倒れた燈和の手を引き、無理やり立たせると駐車場を後にし、自然公園の順路から外れた森の中へと急いで入っていった。

 森とはいっても人工的なものである。一つ一つの木はかなりの高さがあるものの、木々の間は空いており、そこからはっきり夜空が見える。

身を屈め、腰の鞄を開けると、今私が持っている道具の内容の確認を始めた。

 「くそ。持ってきた火炎瓶は全部割れちまったか。燈和、俺が渡したナイフは?」

 「ご、ごめんなさい。多分、高速道路で…」

 まぁそうだろうな。あんなに激しく放り出されればそりゃあ持っているものは手放してしまうだろう。それを責めるつもりはないが、しかしどうするか。

 「そうか…。そうだよな。ダイナマイトもビルで使った分しかなかったしなぁ。後残ってるのは…」

 「だ、ダイナマイトって…どうやって作ったんですか?」

 「別に話してもいいけど、今の燈和には多分理解できないと思うぜ?さっきのあれみたいに」

 「?鉄志君はあの鳥の正体を知っているんですか?」

 「あ?あぁ。知ってるよ。鳥かどうかは分からねぇけどな。」

 「何なんですか?あれは」

 「ハルピュイアと呼ばれてる。餓死した人間の雌の死体を鳥が啄むと稀にあれになるんだよ。常に空腹で目に入るものなんでも食っちまうが、食っても食ってもそれが栄養にならず体のあらゆる箇所からどろどろとした液体になって出て行っちまう。その液体から発せられる悪臭は空気を毒して草木を枯らし、川や大地を汚す。端的に言えば非常に質の悪い害鳥といったところだな。」

 「????そんな生き物、この世に…」

 「その通り。存在するはずがねぇ。少なくとも、この世界ではな。」

 「じゃああの鳥は…異世界から来たってことですか!?」

 「ん~、半分正解かな。」

 「半分?それってどういう…」

 「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛!!!!!!」

奴の叫び声が私と燈和の会話を遮った。声の方に目を向けると、上空から奴が迫ってきている。正確に私たちのいる位置を把握している。燈和をかっさらうつもりか。

 「くっ!!」

 「痛ぁっ!?」

 燈和の足を薙ぎ払い、地面へと転ばせ奴の攻撃を回避させると、代わりにハルピュイアは私の左腕を引っ掴み、少しの間地面に引きづると、そのまま上昇し私を上空へと連れ去った。

 「鉄志君!!!!!!!!」

 下方で燈和の声がかすかに聞こえた。が、もうこちらの声は届かないだろう。ハルピュイアはそのまま上昇を続け、木々の上にまで私を連れて行った。

 上空から落として地面に叩きつけるつもりか。ふんっ。奴と体が密着しているこの状態であれば、先ほど考え付いた策を実行できる。お前が私を落とすのが先か、私の策によってお前がやられるか。ここは一つ、勝負と行こうか。

 連れ去られる過程で鞄の中身は全て出てしまったが、鞄そのものは残っている。鞄は一部の部品を除いては布製、さらに中で割れた火炎瓶の中身、ガソリンが全体に染みわたっている。そして奴の体から垂れ出る灰色の粘液は可燃性であったと記憶している。

 右手の指先を使って奴の下腹部に鞄を押し当て、その指先の先端の細胞内のミトコンドリアを総動員しATPを産生させる。膨大な量はいらない。要は着火ができればいいのだ。

 産生させたATPを使い、指先を発火させるとガソリンをふんだんに染み込んだ鞄は一気に燃え上がり、その炎が奴の体にまで広がった。

 「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛!!!!!!」

 奴が叫び声を上げた。余程熱いようだな。それにしてもすごい熱波だ。ここまでとはな。早くしないとこっちも丸焦げになってしまう。

 当然、今の発火で私も右手の指の先端から炎が侵食を始めたが、焦りはしない。指の第2関節に裂け目を作り自切して分離させた。

 右手の指先は燃えながら落ちていったが、この高さだ。落下中に燃え尽き、木々に燃え移るようなことはないだろう。そして失った指先も後で再生させることは可能だ。

 さてと、私も脱出しなくてはならないが…ま、この高さなら、大丈夫だろう。

 両頬を耳まで裂けさせると、歯を鋭くし、私の左腕を掴む奴の左足を噛み千切った。その瞬間、口内に奴の体液と体臭が広がっていった。

 うっ…、吐きそうだ。この吐き気は恐らくは1週間は消えることはないだろう。その間は何を食っても吐き出してしまいそうな予感がするが、燈和が自分の作った料理を私が吐き出したら一体どんな顔をするのだろうな。

 そんな余計なことを考えながら、私の体は燃え上がる奴から離れ、地面に向かって下降していった。

 上空へと向かって伸びている木々の内の一つを目指す。その途中で左手に鉤爪を作り、それを引っ掻けさえすれば速度を減退させ、安全に着地することができる。コンクリートのビルの外壁に引っ掻けるよりも簡単だ。

 目の前に生い茂る葉が近づき、左手を伸ばした。が、思ったより速度が出ていたようだ。鉤爪は木の枝をいくつかへし折っただけ。私の体は少しは速度が落ちたものの、そのまま背を下に向け下降し続けた。

 「くそっ、木の幹に…!!!」

 だが左手を伸ばしてみても、あと少しのところで届かず、鉤爪は空を切った。

 こうなったら賭けだ。両手足をネコ科の哺乳類の構造に変質し、着地の衝撃を分散させれば…。実際に試したことはないものの、頭の中でのシミュレーションはできてはいる。後はもう一か八かだな。

 地面に到達する直前に体を反転させ着地するつもりだったが、その前に私の体を何かが受け止めた。

 「大丈夫ですか?鉄志君」

 「あ?あ、あぁ…」

 目の前に燈和の顔が現れた。少しの間自分の置かれている状況が飲めなかったが私の背と膝の裏から伝わる温もりからようやく理解することができた。

 信じがたいことに、燈和が落ちてくる私の体を受け止めたのだ。私の体重は80㎏を越えている。下手すれば押し潰されてもおかしくはないはずだが…。それでなくとも通常の人間であれば腰の骨くらいは砕けそうな気がするが…。

 「えーっと…燈和。ひとまず礼を言っとく。ありがとう。」

 「いえいえ♪どういたしまして♪」

 とてもうれしそうな顔で燈和が返してきた。さっきまでの不安いっぱいの表情はどこへ消えたのやら。色々な意味で恐ろしいな。この女は。

 「俺がこの状況で聞くのもなんだが、怪我してないか?」

 「鉄志君に比べれば私が負った怪我なんて微々たるものですよ。」

 「いや、これまでのっていうよりかは今まさに俺を受け止めた時にだよ。普通の人間だったら致命傷を負っていてもおかしくはないくらいの衝撃を受けていると思うんだが…」

 「んー、特に何もないですね。それに鉄志君が地面に叩きつけられるくらいなら私が鉄志君に押し潰されますよ?」

 「燈和…自分の命は大切にしろ?せっかく助けた俺が虚しくなる…。」

 「それじゃあ鉄志君も無茶はしないでくださいね?逆に言えば鉄志君が無茶をし続ける限り私も無茶をし続けなければなりませんから。」

なぜそうなる、と突っ込む気も最早起こらない。この女は私のことになると途端に常識が通用しなくなるからな。そしてそれが身体能力にまで及ぶとは…。恐れ入ったよ。

そう言えば、私がハルピュイアに連れ去られた地点からここまでは結構距離があるはずだが、なぜこいつは私が落ちてく場所を正確に把握できているのだ。

やはり恐ろしい。ある意味ではあれよりも強い存在かもしれない。私にとっては最大の味方であると同時に最大の天敵ともなりうる可能性も同時に秘めているな。

 「ところでだ、燈和。」

 「何ですか?」

 「そろそろ降ろしてくれるとありがたい。」

 燈和にお姫様抱っこをされているこの状況は今この瞬間も私のプライドに容赦なく攻撃を与え続ける。

 「それじゃあ、今度鉄志君も私を『お姫様だっこ』してくださいよ?」

 「さっきしただろ…。ま、そんなのいつでもお安い御用だよ。お姫さん。」

 ゆっくりと地面に降ろされた後、自分の右手を確認した。

 自切であったため切断面はきれいではあるが、少しばかり焦げ目がついている。やはりあの密着した状態で完全に炎を避けることはできなかったか。まぁこのくらいで済んでよかった。下手をすれば、私の体全体が真っ黒になっていたわけだからな。

 「鉄志君…その指…」

 っと、燈和に見られてしまった。だが、今更もう見られたくらいで焦りはしない。とっくにもっと非現実的なものを見せているのだからな。

 「このくらいすぐ生えるよ。見てろ。」

 指の切断面付近の細胞を増殖させ指を元の形に作り、さらに内部の骨、神経を伸長し、最後に先端に爪を形成した。これで元通りだ。

 試しに二進法の指の動きをしてみたが、自切前と何ら変わりない動きが可能である。

 しかし、今日の戦いで体内の素材をそこそこ消費してしまったな。しばらくは食事量を増やさねば。

 「鉄志君…」

 燈和が神妙な面持ちで話しかけてきた。そりゃあこんなことができる人間などこの世界に存在しえないのだから、何度見ても慣れはしないだろうな。少しは私に対する恐ろしさが身についたかな?

 「鉄志君、今すっごい臭いです。早くお風呂入った方がいいと思いますよ。」

 そっちか…。私の体の異常さよりも臭いの方が問題だというのか。

 「分かってるよ。風呂入るだけじゃなくて消毒もきちっとしとかねぇとな…」

 「でしたら今日は私の家に泊まっていってくださいね?」

 何故か笑顔で燈和は提案してきた。何が「でしたら」なのだろうか。

 ま、普段だったら謹んで遠慮するところだが、今日は燈和の提案を受け入れるとするか。話さなければならないことも山ほどあるし、また奴がやってくる可能性が高い今の状況ではなるべく燈和の近くにいた方がいいだろうな。

 …そうだ!奴はどこへ消えた?先ほどのあれだけで倒せたとは思えない。まだ近くに潜んでいる可能性がある。

 暗い森の中ならこっちが有利だと思ったが、先ほどの状況から察するに、どうやらあいつは夜目が利くらしい。時間から考えれば駐車場から迷いなく私たちの方へ向かって飛んできたのだろう。だとすれば、このまま森の中にいるよりも、広くて多少明かりもある駐車場で迎え撃った方がいいか。もう道具も残っていないしな。

 「分かった。今日は燈和の家に泊まるよ。取り敢えず、駐車場に戻ろう。」

 「えっ!!??」

 「何だよ。」

 「え、いや、まさかOKされるとは思ってなくて…」

 自分から言い出しておいて何を言っているんだ。今に始まったことではないが、やはり面倒くさい性格をしているな。

 「あっそ。じゃあ自分家に帰るよ。」

 「あぁ!!違うんです!!そうじゃないんです!!待ってぇ!!」

 これまで以上に焦る燈和とともに森を出、私たちは駐車場へと向かっていった。


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