人間なんて
廻
「鉄志君はっ!?鉄志君はどこに行ったんですかっ!?」
「ね、姐さん落ち着いて!頼むから落ち着いてぇぇぇっっっ!!!」
「わ、分からない!アタシたちも分からないんだよぉ!!燈和ちゃん!!!」
燈和ちゃんに揺さぶられること数十回。アタシと転はようやく我に返り、パニックに陥っている燈和ちゃんを落ち着かせるのに必死だった。
う、うぅ…。すごい力…。意識トリップしそう…。鉄兄ぃはこれを毎回耐えてるなんてやっぱり人間やめちゃってる。早く落ち着かせないと、アタシと転もどこか別の世界に行っちゃうかも…。
と、次の瞬間。ほんの少し前まであった、あの空間の穴がアタシたちの上、1メートルくらいのところに現れた。
「ま、またあれだぁ!!」
「こ、今度はなに!?なんなのぉっ!?」
その平面からまず出てきたのは、東浪見だった。服は一切身に着けてなくて、すっぽんぽん。そのまま地面に叩きつけられ、倒れ込んだまま動かない。
息はしているから生きてはいるみたいだけど、どうやら鉄兄ぃにこてんぱんにやられたっぽいね。ま、鉄兄ぃのことだし手加減はしてあげたんだろーけど。
と、続いて平面からもう一つ、何かが出てきた。それは某SF映画に登場する殺人ロボットのようなポーズで着地して、ゆっくりと立ち上がった。それと同時に、アタシたちの頭の上にあった穴は消滅して、そこにはまた静かな夜空が広がった。
「ふぅ…、戻ってこれたか」
「ちょっと鉄兄ぃ!!!ちんぽ丸出しじゃん!!!」
「十代の乙女がちんぽとか丸出しとか軽々しく口に出すんじゃない。しょーがねーだろ。服は無くなっちまったし、向こうで作ったものはこっちに持ってこれねーんだからよぉ。」
「なんの話すか…。ていうかお頭、なんで裸なんすか…」
「まぁなんやかんやあって服無くなっちまったんだよ」
「そのなんやかんやが知りたいんすけど…。つーかお頭の言う乙女が三人も目の前にいるんですから少しは隠す努力しましょうよぉ…」
「今更何言ってんだ。ガキのころに一緒に風呂入った時にさんざん俺のもん見てんだろ」
「そういうのってなんかこう、ラブコメとかだと女の子の方から言わん?その年齢の全裸の男が言ったらただの変態じゃん」
「つーか丸出しの状態で腕組んで偉そうなこと言われても全然説得力ないっすよ!!何言っても『でもあんた全裸じゃん』で一蹴できちゃいますよぉっ!?」
「それは流石に暴論だろ…」
「…で?鉄志君。向こうで東浪見さんとお互い裸で何をなさっていたんですかぁ?それと廻ちゃんと転ちゃんとのお風呂のお話も詳しくお聞かせ願いたいですねぇ…」
あ、あかん。燈和ちゃん、笑っているのに笑ってない。日本語として破綻しているのは百も承知だけど、そうとしか言いようがない。
「う…、うぅ…」
と、燈和ちゃんの言葉を遮るようにして、うめき声を上げながら東浪見が目を覚ました。
そうだった!!!この女ぁ!!!
「東浪見ぃっ!!!てめぇよくもっ…!!!」
アタシより先に転が動いた。顔は怒りで皺が刻まれ、東浪見に跨り、拳を高く上げた。や、やばい!!あの状態になったら転は…!!!
「転っ!!やめろっ!!!」
アタシと同じことを思ったのか、先に鉄兄ぃが大きな声を上げた。
「だけど…お頭ぁ!!!」
「勝負はついた。俺が勝った。その俺がやめろって言ってんだ。手ぇ放せ」
「…くぅっ!!!」
転は悔しそうな顔をしながら拳をゆっくりと降ろし、東浪見から離れた。目には少し涙が滲んでいる。
ここで『でもあんた全裸じゃん』て言わないのかと思ったアタシはかなり不謹慎なんだろうけど、でもそう言ってくれた方がこの空気はまだ、少しはマシにはなっていたのかな。経緯はどうあれ、やっぱり妹が怒鳴られて泣いているのを見るのは心苦しい。
「…鉄兄ぃ、転の気持ちも分かったげて。アタシたち、マジで鉄兄ぃのことが心配だったんだから…」
「鉄志君、私からもお願いします。転ちゃんを責めないでください」
燈和ちゃんがアタシに続けていうのと同時に、生え出ていた角や歯は元通りになり、髪も元の艶のある黒色に戻った。どうやら燈和ちゃんも、落ち着いたみたい。
アタシたちがそう言うと、鉄兄ぃは表情を緩めて、ふっと笑った。
「大丈夫、分かってるよ。俺のために本気で怒ってくれたのは素直に嬉しいが、もう全部終わったんだ。シエラも理解している。怒鳴って悪かったな、転」
そう言うと鉄兄ぃは転の頭をポンと置き、優しく撫でた。すると、転の表情は少しだけ和らいで、涙も止まった。
そして鉄兄ぃは転の頭から手を離すと、今度は東浪見の方に顔を向け、話しかけた。
「シエラ、目ぇ覚めたか。」
「…」
東浪見は上半身を起こした。けど、項垂れたまま、顔は上げようとせず、何も言わない。構わず、鉄兄ぃは続けた。
「シエラ。これで分かったろ。俺らには勝てん。少なくとも、力だけでどうにかしようとしているうちはな」
東浪見は少しも動かず、何も言わない。今回のことは自業自得だとは思うけど、いたたまれない気持ちになった。
東浪見はずっと孤独に耐えてきた。いくら妖精たちが味方とはいえ、人間社会からは切り離されたに等しい。アタシや転だって、やっぱり怖くて距離を置いてしまっていたわけだし。その中で出会った鉄兄ぃが、東浪見の中でどれだけ大きい存在だったのかなんて、アタシには知る由もないんだ。きっと燈和ちゃんや、落ち着きを取り戻した転も同じことを思っている。もちろん、鉄兄ぃも。
少しの間沈黙が続くと、突然、鉄兄ぃは明るい声を出した。
「さてと!解決したし!腹減ったし!何か食いに行くか!」
「…すっぽんぽんでですかぁ?まぁ私は別にいいですけど」
燈和ちゃん、さらっと何言ってくれちゃってんの???
「なわけねーだろ。あほか。おい、廻か転。ダッシュで家行って俺の服と財布とスマホ取ってきてくれ。そうそう、俺の学校のジャージも一緒にな」
「なんでジャージもなんすか?」
「シエラにすっぽんぽんでラーメン食わす気か」
「どんなプレイだよ。つーかラーメン決定なんだ」
「もっとこう、お腹に優しいものにしません?最近、鉄志君にラーメン付き合わされてばかりで胃がもたれ気味なんですよぉ…」
「え、えっと…」
ようやく東浪見が顔を上げ、アタシたちに声をかけた。やっぱり表情は乏しいけど、明らかに困惑している。
「あの…ボクも?」
「あん?断んのか?別に金の心配はしなくていい。俺の奢りだ」
「い、いや…そうじゃなくて…。その…ボクは…てっちゃんやみんなに…」
「…シエラ。映画はあまり観ないか?」
「えっ?」
鉄兄ぃはゆっくり東浪見に近づくと、その場に座り込み、顔を東浪見の高さに合わせて向き合った。
「昔の西部映画のお決まりのパターンだよ。お互い全力でぶつかり合って、終わった後は笑いあう。人間なんてそんなもんだろ」
「そんなもんかな…」
「そうだ。それに俺らはまだガキんちょだ。難しいことなんて考えなくていいんだよ。喧嘩して仲直りして、飯食って笑って寝る。それだけでいいんだよ」
「…そう」
東浪見は再び、項垂れた。そしてその目からは一筋の涙が流れ、頬を伝って落ちると、地面に染み込み、やがて消えていった。