表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亢龍、悔いあり(バイオ・サイボーグより改題)  作者: 詩歴せちる
凶暴な純愛
60/64

未知との遭遇

               紫     慧     羅



 ようやく来た。この時が。

 僕とてっくんだけ…。あとは全部、真っ白。何もない、他に何もない二人だけの世界。この素晴らしい世界を、僕は作った。てっくん。これから、僕とてっくんだけの最高の時間が始まる。ずっと、ずっと…一緒。

 「う、うぅ…~ん」

 てっくんが起きた。もう少しだけ、寝顔を見ていたかったけど。ま、いっか。これからはいつまででも見ることができる。てっくんの寝顔は、もう僕だけのもの。

 「てっくん、おはよう。」

 「んん…おう…おぉ…なんもねぇ。お前以外真っ白だな。シエラ。」

 治したとはいえ心臓を貫かれたのに、てっくんは普通に朝起きるように目を覚ました。さすが、てっちゃん。他のつまんない人間とはやっぱり違う。この全てが真っ白な空間にいても、全く動揺しないなんて。

 「おっ?左手がくっついてる。それに、胸の傷も無ぇ」

 「てっくん、ここはね…、僕とてっくんの新世界だよ。望むものは何でも手に入る、素晴らしい世界…」

 「知ってるよ。お前ん中の精霊どもが作った『疑似空間』だろ?ま、話に聞いてただけで来るのは初めてだがな」

 「疑似?違う。ここが本当の世界になる。ボクとてっくんの、二人きりの」

 「はっ!ならねぇよ。俺は誰のものにもならねぇ。今はな」

 そう言うとてっくんは立ち上がり軽く伸びをして、肩を回してほぐした後、話を続けた。

 「さて、どこから話すかな。シエラがこの空間についてどれだけのことを把握しているのかは分からないが、まぁここに関する知識については俺のほうが確実に上だ」

 「…」

 「この空間はな、入った者の望んだものが手に入るという、俺の前世の世界の者であれば誰もが手にしたくなるものだ。精霊の『力』を手に入れたものは必ず、その歴史に名を残すといわれる理由の一つだな。」

 そう言うと、てっくんの目の前にバイクが現れた。これは確か、てっくんが乗ってる、イントルーダークラシック。てっくんは現れたバイクにそのまま跨るとエンジンをかけ、バイクを発進させて、僕の周りをぐるぐると回り始めた。

 そして僕の目の前で止まり、エンジンを切った。

 「ま、こんなところだ。どうだ?完璧だろ。エンジン音、排気量からなにまで。それにこれはただのバイクじゃない。俺が向こうの世界で乗ってたものと同じさ。ほら、ここ。ステッカーが貼ってある。ステッカーの汚れから何まで完璧な再現だ。」

 言い終えると、てっくんはバイクを降りた。その瞬間、バイクは空気中に消えるかのようにスゥっと消えてなくなった。

 「こうやって頭の中の記憶を元にして、忠実にコピーしてくれるんだ。しかし、ここで出現させたものを現実世界に持ち込むことはできず、あくまでこの空間内でかんけつさせなければならない。てなわけで、ここの本来の使い方は修行や自己研鑽だな。ある者は現実世界で戦いたい相手のコピーを出し、ここで戦ってから現実世界で改めて挑む。ある者は書物のコピーを作り出し、延々と読みふけ、膨大な量の知識を身に着ける」

 「てっくん…」

 「ものの細部や原理までを把握してなくていい。頭の中にある断片的な記憶から、完璧に再現をしてくれるからな。そしてそれはなぁ、実在している『もの』でなくてもいいんだ。技術や力、そういったものでも完璧に再現をしてくれるんだよ。例えば、よぼよぼのおじいさんが全盛期の『力』、知識、容姿を望めばその通りに再現してくれる。忘れていたものや失われたものをも完璧な形で再現してくれるのさ」

 「…何が言いたいの?」

 「この空間で俺にまで望むものを与えるようにした。シエラ、お前は与えてはいけないものを俺に与えてしまったんだよ」

 その時、感じた。てっくんの周りに、目には見えない何か、大きな力が渦巻いた。

 『!?こ、この『力』は!!!』

 『まずい!!シエラ、今すぐてっくんを…!!!』

 「遅い」

 そう言うと、てっくんの体は真っ黒な霧となった。そうとしか言いようがなかった。

 その黒い霧は僕から少し離れた位置にまで移動すると、その大きさは膨れ上がり、やがて青い二つの点が現れた。そしてその青い二つの光は目となり、僕の方に向いた。そしてそこから、あっという間にその体が形作られていった。それについて言えることは、人間の姿ではないこと。

その全身はごつごつとした岩の断片のような鋭く尖った鱗に覆われ、その鱗は、まるで研磨された金属のような光沢を放っている。

 頭は蛇の頭部を思わせる流形で、後頭部からはそれぞれ二対の鉤爪のような形をした角が後方に向かって伸びている。

 角の少し下にまで裂けている大きな口からは、下顎からは両側に二対、計四本の大きな牙が上に向かって突き出ていて、また、上顎からは皮膚の鱗が両側に一つずつ、大きく下に鋭く伸びており、まるで肉食動物の犬歯のような形をしていた。また時折のぞかせるその口の中には、前の方には剣山のような鋭い歯が、また突き出ている4本の牙の内側にはっ草食動物が持つような臼歯がちらりと見えた。

 肩から伸びるその腕は、地面にまで届きそうなほどに長く、肘と思われる箇所からは日本刀のような金属的な鋭い何かが飛び出ている。一つ一つの指もその日本刀のような鋭い何かになっており、その長さも腕との比を考えると異常に長い。その指と指の間と、腕と体との間にはモモンガや蝙蝠を思わせる生物的な、薄紫色の膜が張られている。翼だ。

 その翼の少し下、胸のあたりに一定の間隔で動く、黒い大きな塊がある。その塊の中心が時折、シャッターが開くように縦に開いて中が見えるようになり、その中身はマグマのような光を発している。そしてその塊の端からは太い機械のチューブのような管が上から2つ、下から2つの計4つ出ていて、上の二本は首の両側に、下二本はそのまま胴体へと繋がっている。あれは…心臓だ。心臓がむき出しになっている。そしてその心臓の両側には小さな腕が生えているのが見えた。でもそれは人間のものではなく、まるで昆虫の脚のようにパーツを組み合わせたような形をしていて、ところどころにカブトムシの腕にあるような尖った突起があった。指は上に二つ、下に一つの計三つ。上二つの指は手の甲と一体化していて、その先端は鋭く尖っており、その見た目がより一層昆虫を連想させる。

 さらに視線を下に見ると、折りたたまれた二つの脚が見えた。途中までは人間の足に先ほどの鱗が生えたような感じ。でもその先は、哺乳類を連想させる趾行性の構造になっていて、その踵に当たる部分からは猛禽類の持つような鉤爪が生えている。けれどもさらにその先、地面についている足の部分はちゃんと足底があり、そこから長い指が伸びている。その指の間にはカエルのような水かきがあって、先端は踵(?)と同じような鉤爪が生え出ていた。

 首と胴体の境目付近からは機械のコード線のようなもの数本が生え、それが背中の上部へと繋がっている。また、頭頂部から背中、そしてお尻のところに至るまで一定の間隔で細長い棘が生え、その棘と棘の間には魚類を連想させる背びれのような膜が貼られている。そして背中には、正面から見て右に二本、左に三本の長く鋭い突起があり、時折その先端が縦に割れ、白い蒸気を噴出していた。

 お尻から先にはしっぽが生えているけれど、なんというか、背骨だけがそのまま伸びている感じで、先端には槍の穂先を思わせるような鋭い突起が付いている。

 そのいろいろな生物や機械を組み合わせたような見た目から、やがて僕はある結論に行きつき、それが口に出た。



 「龍だ…」

 「ウゥーーーーーー………ーーーーーーンンンッッッ!!!!」



 僕の結論に応えるかのように、目の前のそれは、まるで警告をするサイレンのような音をその口から発した。そしてそれは立ち上がり、ゆっくりと歩き始めた。

 ギャリン…!!!ギャリン…!!!ギャリン…!!!

歩くたびに、鱗と鱗がこすれあい、鋭い金属音のようなものが放ち、やがて唖然とする僕のすぐ目の前まで来て向かい合った。

 てっくんは?てっくんはどこに行っちゃった?

 『お前の目の前にいるではないか。何を言っておるのだ、シエラ』

 耳から聞こえたわけじゃない。妖精たちと同じように、頭の中に直接流れ込んできたんだ。

 これが…てっくん?

 『間違いなく、どちらも私だよ。どちらかが偽りの姿というわけではない。村井鉄志は現世での姿、そして今は前世の姿だ。』

 てっくん…。これがてっくんだなんて…。

 素晴らしい…。

 『そうか…てっくんは黒龍だったのか』

 『違和感があったんだ。あの僕たちのことに関する知識量やシエラと遮断させるための発想力。並大抵の者の生まれ変わりではないと思っていただが…』

 『紫慧羅!距離を取って!これまでのようにはいかない!!』

 『奴は僕たちの世界で最も神に近い生物なんだ!』

 あまりの圧力に思わず後ずさると、そこには無かったはずの壁に背中が当たった。その感触はごつごつとしていると同時に、ぬるっとした感触も背中と腕に走った。

 振り返ってみてみると、そこには洞窟の壁があった。でも普通の岩の壁ではなく、ところどころにあるヒビからは色が変わっていく光が漏れ出ている。そしてどろっとした何かの液体に覆われていて、僕の手には生卵の白身のような粘性の高い何かが付着し、壁との間に糸を引いている。そしてそのあらゆる箇所には手足のないカエルのような生き物が這っていた。

 「なにこれ…」

 理解不能な目の前の事象に後ずさると…。

 じゃり…。

 下に目を向けると、いつの間にか地面となっていて、黒っぽい砂が僕のスニーカーについていた。

 続いて上を見ると、そこにはもう先ほどの白い空間は無く、あるのは先ほど見た壁と同じような洞窟の天井だった。

 これは…地下空洞?でも一体、どこの?これがてっくんの記憶?

 もう一度振り返っててっくんの方を見てみると、そこは洞窟の中にある大きな湖になっていた。その湖の水は澄んだ紫色で、その中を鰭のついた芋虫のような生物が体をうねらせながら何匹も泳いでいる。そして湖の中央にはてっくんが佇んでいた。そこで何をするでもなく、じぃっと僕の方を見ていた。

 『あいつ、この空間の使い方を分かっている…』

 『奴は自身の戦いやすい環境を構築しているんだ!』

 『シエラ!ここから脱出するんだ!』

 脱出って…。出口がどこか分からない…。

 『探すんじゃない!作るんだ!シエラならできる!!』

 そっか。ありがとう。おかげで冷静さを取り戻せた。

 地の『力』を使い、天井を裂き亀裂を作ると、そこに真っ白な光が現れた。

 そして風の『力』を使い、一気に上昇してその亀裂に入った。しばらく狭い岩の隙間を上昇していくと、やがて出口にたどり着いた。そこは一番最初に僕とてっちゃんがいた、何もない真っ白な空間になっていた。

 『やった。奴の構築範囲から脱出できたんだ!』

構築範囲?

 『あぁ!この空間に二人以上いると、先に思い描いた方の記憶を元に空間が構築されていく。でもそれは無限に広がっているわけではなく、あくまで記憶にある部分だけなんだ』

 つまり、てっくんのテリトリーから逃れられたということ?

 『簡単に言えばそう言うことだ』

 すると、さっきのは、やっぱりてっくんが前世に住んでいた場所?

 『多分ね。少なくとも、シエラの住む世界とは別の世界だよ』

 …また一つ、てっくんのことを知れた。嬉しい。

 『そんなことより、シエラ。今のうちに自分の記憶から空間構築を…』

 その時、僕が先ほど出てきた亀裂がなくなり、再び何もない真っ白な空間となった。

 何が起こっているの?

 『てっくんが、自分が構築した空間を無くしたんだ』

 てっくんはどこに?

 『この空間のどこか。でも、どこにいるかまでは』

 その時、僕の足元に一つの黒い点が現れた。

 その点はどんどん大きくなり、僕の足元全体が黒くなってからようやく、それが羽搏きながら上昇している何かだと気が付いた。

 『シエラ、てっくんだ!!』

 『避けて!!』

 精霊の言われるままに全力で走り、その場から離れると、てっくんがとてつもないスピードで上昇し、あっという間に僕のいる高さを通り過ぎると、さらに上昇し、そしてそれ以上のスピードで着地した。

 かなりの大きさと重量と速度があるはずなのに、その龍は無音で着地した。それがこの空間の力なのか、てっくんの力なのか僕には分からない。

 『どうした?シエラ。私を手に入れるのだろう?逃げてばかりではお前が欲しいものは手に入らんぞ?』

 『シエラ!挑発に乗るな!今すぐ空間の構築を!』

 ど、どの記憶を辿ればいい?

 『なんでもいいんだ!!とにかく、奴に空間を構築させるな!思う壺だぞ!早く!』

 妖精たちに言われるままに僕は自分の記憶から、空間を構築した。

 僕とてっくんの足元にはグラウンドが広がり両側にサッカーゴール、隅には鉄棒と遊具、そして僕の後ろには校舎。

 構築できたのは、先ほどまで僕たちがいた小学校。今の僕にはそれが限界だった。

 てっくんは何も言わず、僕の後ろ側にある校舎の方をじぃっと見ている。

 『大丈夫だ!シエラ!』

 『学校の中の教室まで正確に再現されている!一旦、校舎の中へ…』

 その時、てっくんが口を大きく開いたかと思うと、その中に赤紫色の光が灯った。

 『攻撃だ!!シエラ、そな…』

 妖精の言葉が終わる前に、てっくんの口からは赤紫色の光の球が放たれた。それは僕の上を通り越し、校舎の方へ向かって行った。僕は反射的にその球を目で追った。そして…。


 ドオオオオオォォォォォ……ォォォォォォオオオオオンンンンンッッッッッ!!!!!


 その赤紫の光の球が校舎に着弾すると、凄まじい轟音とともに見たこともない赤紫色のとてつもない大きさの火柱を生じ、目の前の校舎は跡形もなく消し飛び、後に残ったのは瓦礫とそれを覆う赤紫色の炎だ。

 「ウゥーーーーーー………ーーーーーーンンンッッッ!!!!」

 呆気に取られている僕を挑発するかのように、てっちゃんは雄叫びを上げ、翼を目一杯広げると、そのまま翼の、刃のような指を全て地面に突き刺し、その膜でドームのような形を作り出した。そして尾を高々と上げると、再びそのサイレンのような雄叫びを上げた。

 「ウゥーーーーーー………ーーーーーーンンンッッッ!!!!」

 その雄叫びに反応するかのように空には突然黒い雲が現れ、そしてその尾に向かって何度も雷が落ちた。

 ドォッ!!!!ドォンッ!!!ドォッドォッドォッ!!!!ドォォンッッ!!!

 尾に雷が落ちる度、その翼に青白い稲妻が走り、それが地面にまで伝っててっくんを中心に何度も木の根のような形を作り出した。

 そして雷が鳴りやむと、てっくんは翼を地面から離し、立ち上がり、今度は鋭利な尾を地面に突き付けた。

 『な、何をしようとしているんだ?』

 …地中で何か、動いている?大きな動きではなくて、何かこう、小さなものがたくさん動いているような…。

 そして次の瞬間。

 ドォォォォォォォンンッッッ!!!!!

 僕のいる場所の少し前のところで突然地面が爆発し、僕の体は爆風で少し離れた位置に飛ばされた。急いで体を起こして見てみると、そこには大きなクレーターができていた。

 ドォォォォンッッ!!!!!ドォォォォンッッ!!!!!ドォォォォンッッ!!!!!

 何度も何度も爆発が起き、そのたびに僕の体は爆風に飛ばされた。でもてっくん、ちゃんと僕がいる位置より少しずらして爆発させている…。ほんと、優しいなぁ…。

 『自分の『力』だけではない。シエラの世界にある物質や法則をも使っている!』

 なんのために?はじめから、その不可思議な『力』を使えばいいじゃない。

 『理由はあの龍に聞いてみなきゃわからないけど、もしかしたらこの空間に来たついでに自分の『力』を生かしてどんなことができるのかを実験しているのかも。』

 随分と余裕をもって戦っているんだね…。

 『悔しいが、前世の『力』を取り戻したてっくんは神に最も近い存在と言ってもいい。今の彼の潜在能力は僕たち四体の力合わせても匹敵できるかわからない…』

 その不安げな言い方だと、匹敵できるか分からないんじゃなくて、匹敵できないことが分っているんでしょ?

 ドォォォォォォォンンッッッ!!!!!

 一際大きな爆発が起こると、僕の体は飛ばされ、てっくんから一番近い位置のクレーターへと入った。

 「痛た…」

 直接受けてないとはいえ、何度もあの爆風にさらされては流石に体には応えた。耳も聞こえずらくなっているし、頭も少しぼぉっとする。

 と、その時、僕のいるクレーターの底から水が染み出てきたかと思うと、ごぼごぼと音を立てながら溢れ出し、やがて僕の体は全て水に包まれた。

 そして急激な寒さを感じ、体の自由があまり効かなくなってきたところで、ようやく僕はその水が凍り始めていることに気付いた。

 クレーターの底から見上げると、てっくんはこっちを覗き込んでいて、目が合った。

 『シエラ、さっきのお返しだ。だが安心するがいい。私もお前を殺しはしない。今はただゆっくりと眠りにつけ。次に目覚めたときは、私たちの生きる世界で、精霊の呪縛からは解放されているだろう』

 てっくんの声が頭の中に入り込んでくるけど、そんなものは目覚まし代わりにはならず、僕の意識は確実に薄れていった。

 だめだ。眠い。これ以上は意識が…。

 『このままではまずい!』

 『シエラ、体を借りるよ!』

 あぁ、またこの感覚。いつまでたっても慣れない。

 僕の意識はそのままに…いや、意識が体を支配しなくなったことでより一層はっきりし出した。そして僕の体は別の意識が支配する。まるで、FPSのゲームの主人公になった感じ。僕の視点はそのままに、別の誰かに操られている。うぅ…、酔いそう…。

 最初に僕の体を支配したのは、火の妖精。その瞬間、僕を覆っていた氷は解け、クレーターは大きな水たまりとなり、さらにその水面を覆うように深紅の炎が現れた。

 そしてその炎は、まるで蛇のように一本の形となって壁面を這い、クレーターの外へと出て行き、その直後、クレーターを覗き込んでいたてっくんの体は深紅の炎に包まれた。

 でも、てっくんは特に動揺することもなく、自分の体を一瞥すると。

 「ウゥーーーーーー………ーーーーーーンンンッッッ!!!!」

 じゅううううううぅぅぅぅぅ…。

 雄叫びを上げると同時にてっくんを包んでいた炎は消え、代わりに白い煙が体中から沸き上がった。そして僕の方を見ると、挑発するように、胸の小さな腕で肩をすくめた。

 『まったく効いていない…』

 『なめやがって…!!!』

 『なら次は僕だ』

 風の妖精に体を支配された瞬間、上昇気流が発生し、それに乗り、僕の体は宙を舞い、あっという間に、逆にてっくんを見下ろす形になった。

 さらに、僕の後ろで炎に包まれている校舎の瓦礫が、妖精が発生させた風によって浮き上がり、やがて、瓦礫と炎の混ざる巨大な竜巻へと成長した。

 「クライヤガレ…」

 僕の声帯を使って言っているはずなのに、僕のものではないような声が口から出た。何度も経験したことだけれど、やはり違和感はすごい。そして不快感も。

 ごあああああぁぁぁぁぁあああああっっっっっ!!!!!!

すさまじい轟音とともに、巨大な竜巻はてっくんに向かい、その姿は飲み込まれてしまった。

大きなコンクリート片とかガラス片とか炎とかいろいろなものが混ざっているけど、てっくん、流石に死んでないよね?

 と、僕の心配をよそに、急に竜巻がふっと消えてなくなり、宙を舞っていた瓦礫は地面に次々に落ちていった。

 そして再び姿を現したてっくんには傷一つついてはおらず、その鱗の表面は一切の汚れもなく、きれいな光沢を放っている。

 『これでも効かないか…』

 『交代だ』

 続いて水の妖精が僕の体を支配すると、するりと地面に降り立った。

 シャアアアアアアアァァァァァァァアアアアアアアッッッッッッッ!!!!!

その直後、目の前のクレーターから水が噴き出すと一本の細い形を成し、それがてっくんの右手の肘関節に直撃した。

 ふぉん…。

 聞こえたのは、水が空を切る音だけ。そしてその直後、てっくんの胸にある、小さな右腕の肘から先が音も無く地面に落ちた。

 『やった!ようやく奴に一撃を加えられた!』

 だけど、てっくんには動揺は見られない。自分の腕の切断面を興味深そうに見ているだけ。

 てっくんの腕の切断面からは血とか体液とか、そういったものは一切出ていない。その代わりに、何かキラキラとした光を放つ粒子が無数に出てきた。さらに、切り落とされた方の腕の切断面からも同じものが出てきて、それらが交じり合い、一本の線となった。

 その瞬間、切断された腕が突然動き出し、地面から離れ、まるで先端に何かが付いている鞭のような形となった。

 その瞬間、切断された方の腕が動きだし、指をカッと最大限にまで開いた。そして一本の長い腕になったそれは、一切の迷いなく僕の方に向かってきた。

結果的に今の攻撃で、てっくんの腕を長くしてしまったみたい。まずい、捕まる。

 『代わるよ!』

 僕の体の支配が土の妖精に切り替わった瞬間。

 どどどどどどどどどどどどどどっっっっっ!!!!!!

 見上げるような高さの岩の壁が目の前に現れ、僕とてっくんを隔てた。

だけど。

 どがあああああぁぁぁぁぁあああああんんんんんっっっっっ!!!!!

 伸びてきていたてっくんの手は勢いよく岩の壁を突き破った。そしてそこから土煙や岩の破片が襲い、能力を最大限に使うことはできても、僕の体を使いこなせていない妖精は挙動が遅れ、視界を奪われてしまった。そして。

 ガシィッッ!!!

 「くぅっ…!!!」

 繋がった手がこちらに向かってくると、僕の体はあっという間に掴まれ、全く身動きが取れなくなった。

 そして、腕の間の粒子がてっくんの本体側の手の方に吸い込まれていくと同時に僕を掴んでいる手もてっくんに引き寄せられ、あっという間にすぐ目の前まで連れてこられてしまった。そして切断された腕はくっつき、傷跡すらもなく元通りとなった。

 苦しさは無い。なのに身動きは一切取れない。そのことが、てっくんが絶妙な力加減で僕を捕えているのが伝わってきた。

 目の前には、てっくんの心臓がある。鼓動に合わせてシャッターのようなものが開閉を繰り返し、開くたび、マグマのような光を放つ。

 そして何度目か、心臓が開き、そのマグマのような光を放った瞬間。

 ぶしゅぅぅ…。

 その心臓から、何かぬめぬめした液体が放たれ、僕の体は全身がそれに濡らされた。

 てっくんの手から放たれ、僕の体は地面に落ちた。でも、勢いはなく、まるで、羽毛が地面に落ちるかのような静かな着地だった。これも、てっくんの力なの?

 いや、それよりも。今はてっくんを…。

 がくっ…。

 立ち上がった瞬間に膝に力が入らなくなり、僕は再び倒れ込んだ。

 なに?何が起きてる?

 震える手を見てみると、爪の隙間や関節、手首の血管とありとあらゆる箇所から皮膚を突き破って植物の芽のようなものが生え伸びているのが目に入った。

 首に手を当ててみると…。

 しゅるり…。

 微細な毛の生えた植物の茎のようなものが生えている…。

 な、なにこれは…。てっくんは何をしたの?

 『シエラ、雌雄は決した。安心して眠るがいい。起きたときには、お前は本来いるべき場所に、本来の姿でいることだろう。これからは、精霊たちとは決別して生きていくのだ。だが安心しろ。孤独ではない。私や燈和とうわまわりころびがいる。決して寂しい思いはさせん。あの三人も分かって…。』

 段々と意識がもうろうとしていき、頭の中に直接流れ込んでいるはずのてっくんの声さえも分からない。視界もぼやけ、周りの音も聞こえにくい。

 孤独じゃない…か。それはそれでいかも。でも、それって…。

 『シエラ!それじゃあてっくんは本当の意味で手に入らないよ!!』

 『シエラ、僕たちが消えてしまったら、もう絶対に手に入らない!』

 『今のてっくんの言うことは真に受けるな!自分の目的だけを考えろ!!』

 『シエラ、大丈夫だ。まだ負けじゃない!むしろ、てっくんは僕たちにチャンスを与えてくれたんだ。これでてっくんを手に入れられる!!完全に!!』

 どういうこと?

 『説明している暇はない!!今は僕たちに任せて!』

 そう。そうだね。そうした方がいいみたい。信じる。

 『…どういうことだ?』

 てっくんの声が聞こえた。はっきりと。妖精たちのおかげで意識がはっきりしてきた。そして、失い始めていた僕の目的も。

 てっくん、僕は何が何でも、どんな手を使ってでも、たとえ人間を捨ててでも、君を手に入れる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ