ミラージュ
転
「あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛!!!早く!!!早く早く早くぅぅぅぅ!!!!!」
「姐さん!!!今ウチすっごい頑張ってるから!!!めっちゃくっちゃ頑張ってる最中なんだからこれ以上頑張らせないでぇ!!」
「燈和ちゃん!!!落ち着いて!!!とりあえずその牙と角と髪の色は何とか収まらんのぉ!?!?」
姐さんがこんな状態で急に家に来たかと思えばお頭が東浪見に狙われてるとか言って、ウチと廻を焚きつけて今に至る。てか、よくうちらの家に来るまでに人目に付かなかったよなぁ…。それも姐さんの『力』のおかげなのか?
それにしても、全く…この人はどうやってそういう情報を持ってくるのやら…。野生の勘てやつか?それとも、お頭のスマホを何かしらの方法で遠隔で覗き込んだり??まぁ恐らくは後者だろうな。普段は機械に疎い姐さんでもお頭が絡めばそんなものは関係ないだろうし。
と、ウチらの母校が見えてきたな。だけどこの時間だ。案の定、正門は閉まっている。
「姐さん!!門閉まってるからここでバイク止めないと…!!!!」
とんっ…
ウチに返事をする前に、姐さんはバイクの上から飛び、正門を飛び越えた。
とんっ…とんっ…とんっ…とんっ…。
そして姐さんは歩くのではなく、まるで月面を宇宙飛行士が跳ねるかのように軽やかに飛びながら校舎に近づき、やがて同じ動きで壁を伝い、屋上まで行き姿が見えなくなった。
「燈和ちゃん…頼むから人間に戻ってきておくれよ…」
なんかもう、戻れない領域にまで行ってしまっている気がする。いや、それは流石に失礼か。
取り敢えず、残ったウチらはバイクを止め、門を乗り越えて敷地内に入りこんだ。すると突如、屋上からすさまじい何かの音が聞こえた。
ごぁぁぁぁぁあああああぁぁぁっっっ!!!
なんだあの音。何かドンパチが始まったみてぇだな。ま、あの状態の姐さんと組んだお頭が東浪見の奴に負けるなんて万が一にもねーとは思うけど。
「で?転、どうすんの!?」
「どうするも何も、ウチらも行くっきゃねぇだろ。ま、行ったところで何ができるってわけでもねぇんだろうけどさ。取り敢えず、お頭が校舎に入ったところがあるだろうし、そこから…」
と、その時。
カァッッッ!!!
「きゃぁあ!!!」
「な、なんだぁ!?」
一瞬、目も開けていられないような激しい閃光が走ったこと思えば、一瞬にして辺りは再び暗くなった。そして目を校舎のほうに戻すと、屋上から落ちてくる二つの影が目に入った。
一つは明らかに落ちているって感じで、頭を下にしているのがシルエットでも分かる。もう一つは、着地する気満々て感じに直立に近い状態で落ちている。
辺りは暗く、はっきりと顔は見えないが、さっきまでいた鬼の化身が発していたような光をまとっていないことから、その二つの影は東浪見とお頭だということが分った。
そして…お頭だったら、東浪見のことを抱えながら降りてくるくらいのことは平気でやってのけるだろう。それをやっていないということは、頭から落ちているのは…お頭?ということは、お頭は東浪見に負けたのか!?!?!?それに、姐さんは!?!?
「お頭ぁぁぁああああっっっ!!!!」
「鉄兄ぃぃぃいいいいっっっ!!!!」
廻も同じことを思ったのか、ウチらが声を出したのは同時だった。
と、その時、後を追うようにしてもう一つ、影が落ちてきた。…いや、影じゃない。光だ。怪し気な光を放つそれは一目見て姐さんだということが遠目でも分かった。
「鉄志君!!!目を覚まして!!!」
さすがの東浪見でも姐さんは倒せなかったのか。それでも、姐さんの隙を作ってお頭をさらって戦線離脱できるくらいには勝負はできていたってことか。恐ろしい奴だな…。
「ど、どうすんのっ!?転!!!このままじゃあ鉄兄ぃが頭パッカーンだよぉ!!!」
「ぶ、ぶつかれ!!!ぶつかるんだ!!!全力で走ってウチらがお頭にぶつかれば少なくともそのまま頭から落ちるってことは避けられる!!」
「ま、間に合うのぉっ!?」
「んなもんやってみなきゃあ分からねえだろ!!!いいから走れ!!!」
くっそぉ~~~!!!こういう時に限ってバイク無いなんてぇ~~~!!!無理にでも正門こじ開けてバイクを中に入れとくんだったぁっ~~~!!!
あぁ、もう早く!!早く早く早く~~~!!!間に合え!!間に合えぇぇ!!!!さすがのお頭でもあの高さから地面に頭からはまずい!!!ていうか気ぃ失ってるっぽいしぃ!!
と、その時、お頭の体が二階と一階の間くらいに来た時、何かが現れた。それを一言で言うなら、穴だ。それも地面や校舎にではなく、空中に空いた穴。いびつな形をした黒い平面の中にお頭は入り込み、そのまま消えてしまった。
「「!?!?!?」」
ウチと廻は何が起こったか分からず、そのまま、本来だったらお頭にぶつかっていたであろう地点に佇んだ。
そして今度は東浪見がその黒い平面の中に入った。その頭まで入ってしまう直前、東浪見はこっちを見た。暗い中、はっきりと見えないはずなのに、確かに東浪見と目が合ったんだ。
そして、ウチと廻に向かって言った。
「じゃあね…」
東浪見も消えた。東浪見が消えた瞬間に、その黒い歪な形をした平面は消えた。消える瞬間の、あの顔。いつものあの眠たそうな目つきに違いは無いのだが、心なしか、嬉しそうだった。
とん…。
一瞬遅れて姐さんが降り立ってきた。かなりの高さがあるはずなのに、その着地音はやけに軽そうだったが、今はそんなことが気になる心境ではない。
「鉄志君は!?鉄志君はどこに行ったんですかっ!?!?!?」
呆然と立ち尽くすウチと廻を揺さぶり続けながら、姐さんの声は虚しく、夏の入り口の夜空へと消えていった。




