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亢龍、悔いあり(バイオ・サイボーグより改題)  作者: 詩歴せちる
凶暴な純愛
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フィフス・エレメント

                 紫     慧     羅



 「ぐぅぅ…」

 目に入り込んだ砂や泥を、妖精の水の『力』で洗い流して目を開けると、目の前からてっくんの姿が消えていた。さっき聞こえてきた音からすると、てっくんは窓を割って校舎の中へと入ったに違いない。

 『シエラ、てっくんは校舎の中だよ』

 『きっと奴は罠を仕掛けてくる。気を付けろ。』

 『シエラが倒れたら、私たちは単独では『力』を使えないよ。』

 『焦ってはいけない。確実に、彼を捕まえるんだ。』

 …分かってる。

 てっくんの後を追いかけるように、僕は校舎の中へと急ぎ、そして吸い込まれるように入っていった。てっくん、待っててね。

 懐かしい校舎の中はシンと静まり返り、人の気配は感じさせない。てっくんが中に入ってからまだそんなに時間は経っていないけれど、もうそんなに遠くまで行っちゃったの?

 『てっくんが行きそうなところは?』

 『今の力では正面からぶつかっても勝てないことは分かっているはず』

 『だから勝てそうな環境が整っているところ?』

 『武器があるところ?』

 となると…家庭科室か工作室か…理科室。ここから一番近いのは一階にある理科室。でも、てっくんのことだ。罠を張っているに違いない。どうしようか。

 『いっそのこと理科室ごと壊しちゃう?』

 『だめだよ。そんな事すればてっくんもただでは済まない』

 …どっちにしても理科室に行かなきゃてっくんには会えない。てっくんはボクが理科室に来るまでずっと待っているよ。焦れて自ら姿を現すとも思えない。

 理科室の前にたどり着くとまず初めに気が付いたのは、理科室の扉の鍵が壊されていること。そしてその扉は少し開いていて、その隙間から風が吹いている。

 理科室の窓を開けて、外に行った?いや、てっくんがわざわざそんなことをするとは思えない。てっくんの性格を考えれば、いつまでもだらだら追いかけっこなんてせず、短期決戦を仕掛けてくるはず。

 扉を開け、理科室に入った瞬間、まず最初に僕は足元に違和感を感じた。床を見てみると、暗くてよくは分からないけど、月明かりが反射する何かの液体があるのが分かった。そして視線を戻し目に入ったのは、一本の長い影。それは実験台の上にあるガス栓に繋がっていて、天井まで続いている。

 『シエラ!!上だ!!』

 天井に目を向けると、ヤモリのように天井に張り付くてっくんの姿があった。ボクと同じく、人間を捨てている。やっぱりてっくんは、僕の理想そのもの。

 そしててっくんはその体制のまま、右腕を僕に向けた。でもその右腕は異常だった。明らかに細い上に、その先端に指は無く、穴が空いている。そしてさっき見た一本の長い影はてっくんの右腕の肘あたりに繋がっていた。

 ごぉぉぉぉぉおぉぉぉっっっ!!!!!

 「うわぁっ!!!」

 てっくんの腕から放たれたのは、一本の大きな火柱だった。その火柱の放つ熱気に押され、僕は思わず後ずさりした。

 じゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅう…。

 急いで『力』を使って水の壁を出現させ、炎を相殺した。けれど。

 ぬるぅっ…!!!

 床の液体に足を取られ、そのまま大きく転んでしまった。

 『しまった!!炎の目的は威嚇だけか!!』

 『攻撃が来るぞ!!シエラ!!』

 「くぅぅ…」

 分かっている。分かっているけど。今の転倒で頭を打った。ダメだ、意識が…。

 がしぃ…!!!

 急に顔に何かが覆われて目の前が真っ暗になり、次の瞬間には僕の体は宙に浮いていた。何かが僕の頭を覆っている。それもすごい力で。ダメだ。外そうにも、固くて全然剥がれない。

 抵抗を試みていると、今度は僕の口の中に何かが入り込み、さらにそこから何らかの気体が僕の体の中へ入り込んできた。その気体を吸い込むと、猛烈な吐き気に襲われた後、段々と意識が薄くなっていくのを感じた。

 『シエラ!!このままではまずい!!風で切れ!!』

 ざしゅっ…!!!

 妖精の言葉に少し意識を取り戻し、言われて通りに風の『力』で僕の顔を掴んでいるものを切断した。

 「ぬぉっ!!!」

 どさぁ…!!!

 てっくんの声が聞こえると同時に、僕の体は解放され、床へと落ちた。

 「ちぃいっ…!!!」

 舌打ちと同時に天井の方からバタバタと音が聞こえると、すぐにてっくんの気配は消えた。天井の点検口に逃げ込んだみたい。

 「ぶっはぁっ!!!げほっ…!!!ゲホゲホっ!!!おえぇぇ…!!!はぁっ…はぁっ…!!!」

 顔に貼りついてたものを引っぺがすと、猛烈な咳と吐き気、倦怠感に襲われ、僕はその場に座り込んでしまい、てっくんをすぐに追いかけることは叶わなかった。それがなくても天井裏に入り込んだてっくんを追いかけられるかは分からないけれども。

 『シエラ、水の力を使って汗を出すんだ。そうすれば体の中に入り込んだものが出ていく!』

 言われた通りにすると、僕の体から大量の汗が滝のように噴き出し、すぅっと吐き気と倦怠感は僕の体から消えていった。

 意識がはっきりしてきて、床に撒かれている液体を指で掬ってみると、指の先端からはぬるぬるとした感触が伝わってきた。

 そして次に顔から引っぺがしたものを見てみると、そこにあったのは手首から先だけになったてっくんの左手だった。切断面からは赤黒い血液が流れ出ていて、よく見ると僕の体にも同じ血液が服にべっとりと付着していた。

 そしてその手の形は普通のものとはかけ離れたものだった。各指の長さは普通の二倍くらいはあって、その先端はカエルの吸盤のような形になっている。手の平には太く短い突起が付いていて、その先端には穴が空いている。あそこから気体が出てきたんだ。でも一体、何の気体だったんだろう?

 『シエラ、てっくんの手の甲から何か生えている』

 えっ?

 てっくんの左手を持って見てみると、細長いチューブが繋がっていた。厳密に言うと生えているのではなく、埋め込まれているといった感じ。そしてそのチューブの切断面からは透明な液体がポタポタと垂れている。

 …なにこれ?

 『僕たちはこの世界にある物質の名前はよく分からないから何とも…』

 『ただ一瞬、天井にいるてっくんの腰に、何かの瓶が2つ、括りつけられているのは見えた。恐らくこのチューブはその瓶に繋がっていたんだろうね』

 2つの瓶…。多分、この理科室の薬品だ。それらを自分の体内に入れて…。

 分かった。てっくんは自分の体の中で薬品を組み合わせて、麻酔を作ったんだ。それを僕に吸わせて気絶させようとしたんだ。

 『なるほど。僕たちはシエラの意識を介してこの世界に介入している。すなわち、シエラの意識を消失させれば…』

 『てっくんの勝利ということか』

 『でも、消失させた後はどうするんだ?シエラが目覚めればまた同じことだろう?』

 『あいつのことだ。その後のことも当然考えてあるだろうさ。シエラと僕たちの意識を引き離すことができたんだ。それをアプリなんか介さずに永久的に持続させる方法くらいもうすでに思いついていても何一つ不思議ではない。』

 『なんて恐ろしい男だ…。』

 『そして何より、シエラの意識を消失させるまでの作戦をこの短時間で考え付いたうえ、後一歩のところまで追いつめたんだ。簡単にてっくんを手に入れられると思ったが、これは中々手ごわいね。』

 『あぁ。こっちも作戦を考えないと…』

 …これ、てっくんに返してあげないと。

 僕は切断されたてっくんの手を拾い上げ、ついている埃を払った。そして顔に近づけ、大きく息を吸い込みその匂いを嗅ぐと、僕の細胞はてっくんの香りで満たされた。

 『そのままだとくっつかなくなってしまうね。シエラ、僕の言う通りにして。まずは水道から水を出して。そしてそれをてっくんの手の方に移動させるイメージで…』

 言われた通りに蛇口を捻って水を出すと、それが蛇のような動きをし始めて、僕が持っているてっくんの腕を包み込んだ。

 『それで、今度は火をイメージした後、その温度を極端に下げる感じで…』

言われた通りイメージすると、次の瞬間にはてっくんの手は氷漬けとなってしまった。

 …氷も扱うことができるの?

 『火の『力』は、実際には温度をコントロールするということ。水と組み合わせればこういうこともできる』

 …もっと早く教えてよ。

 『ご、ごめんよ。で、でもこれでシエラが使えるようになっただろう?』

 『とにかくこれでてっくんの腕は保存された状態だ。あとはてっくんがどこにいるかだが…』

 『天井の穴に逃げ込んだね。』

 そうなると厄介。二階にも三階にも行ける。てっくんはまだ薬品を持ったまま。今度はどこかの点検口から飛び出してくるか。

 『よし。まずはてっくんの現在地を割り出そう』

 できるの?

 『できるとも。シエラ、あの穴の中に向かって風を発生させて』

 分かった。

 言われた通りに風を発生させると、それを天井の点検口に向け、中に入り込ませた。

 『この風はいわばシエラの手足。風が当たったものは手に取るようにその形状や位置が分かるんだ。』

 …そんな感じ全くないんだけどなぁ…。

 僕の中に伝わってくるのは恐らく天井内にある何かの設備の感覚だけ。てっくんの温もりのようなものは微塵も感じられない。

 『となると既に天井裏から出たのか。それじゃあ、この校舎の中全体に霧を発生させてみて。』

 分かった。

 言われた通り、今度は水の『力』を使い霧を発生させた。すぐに目の前は真っ白な霧に覆われ、手前3メートルほど先までしか見えなくなった。

 『視界は悪くなるが、この霧はいわばセンサーだ。霧の中を動くものはシエラには手の取るように分かるはずだ。』

 言われて少し待ってみると、何かこう、もぞもぞと動くような感触が伝わってきた。これがてっくんの感触なのかと思うと、なんか嬉しい。

 『シエラ!!悦んでいるところ悪いけど、てっくんの場所が分かったんだね!?』

 うん。あっ!?

 『どうした?』

 消えた。てっくんの温もり。あぁ…。

 『シエラ、落ち込んでいるところ悪いが、てっくんが最後にいたのはどの辺り?』

 …多分、校舎の三階。すぐに感覚がなくなった辺り、多分てっくんは屋上に行ったんだと思う。

 『屋上?なんでまたそんな何もないところに』

 『けど油断はできない。きっとまた何か罠を仕掛けてくるかも』

 『あぁ、持ち込んだ薬品もあの二つだけとも思えない。』

 …屋上に向かう。みんな、それまでにてっくんを捕まえるのに必要な『力』の使い方、教えてね。

 『もちろん』

 『頑張っててっくんを捕まえようね』

 『捕まえたらその先にあるのは、素晴らしい世界だよ』

 『僕たちも全力で応援するよ!』

 待っててね。てっくん。楽しい追いかけっこはもうすぐ終わり。もうあと少しで、てっくんは僕のもの。


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