月光
鉄 志
前世で過ごしてきた年月を考えれば、小学校を卒業してからの期間など瞬きをする間のような一瞬の月日であるはずだが、少しばかり懐かしく、また全てが小さく見えてしまうのはやはり私が人間としてこの世界で齢を重ねているからなのだろう。
約束の時間10分前。閉ざされている門を飛び越え、校庭に入ると中央に、月明かりに照らされた一つの人影が見えた。それが紫慧羅だということはすぐに分かった。
『力』を使い、夜間でもはっきりと見れるようにしておくのは、こういった呼び出しというものが大概はお礼参りで、隠れている者どもを探し出すのが癖になってしまっているからだ。もっとも、紫慧羅に限ってそんなことは無いに決まっているのではあるが、わざわざこのようなところに呼び出すくらいだ。私の予感が的中しているなら、もっと問題のあることとなるだろう。
「…てっくん。」
紫慧羅もこちらに気付くとゆっくりと歩き始め近づいてきた。普段と変わりない無表情に近い顔つきであるが、その足元はやや震えている。
…緊張しているな。少し距離は取っておきたいところではあるが、ここで『待て』と声をかけようものなら紫慧羅と精霊たちに却って警戒されるのは目に見えている。さて、どうしたものかな。
やがて紫慧羅との距離が3メートル程となったところで歩みを止め、真正面から向かい合った。
「よう、紫慧羅。こんなところに呼び出して、愛の告白か?」
「…てっくんも、ボクの頭の中が読めるの?」
「こういうのは男の願望ってもんだ。ていうか否定しねぇんだな。」
「…」
紫慧羅は黙って私の顔をじぃっと見つめている。受け答えに困っている…というよりかは何か別のことに意識を持って行っているといったところか。紫慧羅め、設定をいじって精霊たちの声が再び聞こえるようにしたのだな。恐らくは、私への対策のアドバイザーとして。
「てっくん、ボクはもう、失うだけの人生は嫌」
「俺に言わせりゃあ紫慧羅はそれだけの対価に見合うもんを手に入れてんだけどなぁ。そんな『力』、古今東西異世界を探したったそうそう手に入るもんじゃあねぇぞ?」
「ボクはこんな『力』に固執しない。てっくんを手に入れるためだけの手段に過ぎない」
「…世の男子高校生どもが言われたい言葉ランキングを作ったら間違いなく上位に入る言葉だな。もっとも、俺には応えんがな」
「…っ!!」
「紫慧羅。俺は誰のものにもなるつもりも無い。それは燈和でもなければ紫慧羅でもない。俺の魂は俺だけのものだ。誰にも屈することは無い。ずっとそうだった。この世界に生まれる前から、ずっとな。俺を手中に収めようとするよう奴らはみんな痛い目を見てきたぜ?」
「…逆に言わせてもらうけど、てっくんこそ、痛い目見るよ?おとなしく従わないと」
「どんな手を使ってでも手に入れてやるというその心意気は尊敬に値するねぇ。だけどよぉ、俺をそうやって手に入れても嬉しいか?」
「手に入れたときにボクのことをどう思っているかなんて、いい。大事なのはその後。いくらでも好きになってもらえればいい。今のボクにはそれができる。」
…精霊どもめ。紫慧羅に色々と入れ知恵をしたのだな。この言い方、精霊どもに体を支配されずとも、その『力』を使うことができるということか。
さて、燈和は自身の『力』を私を守るために使ってくれたが、紫慧羅はどうかな。ま、その逆であろうな。
そよ風が頬をなでるのを感じた。が、校庭に生える木々の葉からは風でこすれる音など全く聞こえない。この風、私の周りにだけ吹いている。来るか。
トンっ…!!!
後方に跳躍し、紫慧羅との距離が開いた。
ごぉぉぉぉぉぉぉおおおおっっっ!!!!!
直後、私がさっきまでいたところに、小さな竜巻が発生した。小さくはあるが、強力だ。捕えられれば抜け出すのはやや困難だろう。ま、さすがに殺しはしないとは思うが、やはり精霊の『力』は厄介だな。
「おいおい、しょっぱなから飛ばしすぎじゃあねぇのかぁ?あんなもんの中に入ったら目が回っちまうじゃねぇか」
「『目が回っちまう』で済むあたり、流石」
「褒め言葉として受け取っておくぜ」
「…もちろん褒めてる。でも、次はどう?」
残念だったな、紫慧羅。次の手はもう分かっている。
トンっ…!!!
さらに後方へと跳躍。直後。
ぐぼぉぉ…!!!!
私の場所に大きな穴が開いた。地の精霊の『力』か。完全…とは言い難いが精霊の『力』をある程度は使いこなしているな。だがこの程度ならば避けるのは容易い。
しかし、攻撃を避けられはするが、このままでは反撃を行うことが不可能に近い。何せ、こちらは生身の体。物理攻撃しか出せない。障害物がない校庭での戦いは特殊攻撃を出せないこちらが圧倒的に不利だ。ならば。
一瞬にして右腕の筋肉量を増幅させ、拳の表面を高質化し、地面に向けてシャベルで土をえぐるかのように、フックを叩きつけた。
ドオオオオオォォォォォオオオオオッッッッッ!!!!!
「くぅぅ…!!!」
紫慧羅が私がいたところの土を崩してくれたおかげでより行いやすくなった。叩き飛ばされた土や泥、小石は紫慧羅に直撃し、彼女は顔を手で覆い、大きく怯んだ。
いくら精霊の『力』を得ているとは言え、さすがに予知能力までは手に入れられない。
続いて靴を脱ぎ棄て、足を趾行足に変化させ四足歩行になり、後方の校舎に向かって全力で走ると、その窓に思い切り体を叩きつけた。
がしゃああぁっぁぁぁん!!!!
散らばった窓ガラスとともに校内に入り込み、足を元に戻すと私はそのまま奥へと進んだ。
障害物のない校庭での戦いは圧倒的にこちらが不利。だが障害物や利用できる道具のある校内でなら私の方に分がある。
紫慧羅、私をそう簡単に手に入れられると思うなよ?




