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亢龍、悔いあり(バイオ・サイボーグより改題)  作者: 詩歴せちる
凶暴な純愛
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凶暴な純愛

 

               紫   慧   羅



 お母さん!!お願い!!!入れて!!!お願いします!!もう妖精の声なんて聞こえません!!私は正常です!!!

 普通の人間です!!普通の人間です普通の人間です普通の人間です普通の人間です普通の人間です普通の人間です普通の人間です普通の人間です普通の人間です普通の人間です普通の人間です普通の人間です普通の人間です普通の人間です普通の人間です普通の人間です普通の人間です普通の人間です普通の人間です普通の人間です普通の人間です!!!

 だからお願いします!!お家の中に入れてください!!!お願い…寒いよ…。


 「うぅっ…!!!」

 悪夢から目が覚めて飛び起きてすぐに感じたのは、全身にべっとりとした汗がまとわりついている不快感。いつもそう。心身に大きな疲れがあった時は、必ず見るのはこの夢。

 ヴヴ…

 てっくんの入れてくれた妖精との通信アプリから通知が入った。

 てっくんが送ってきた使い方に書かれていた設定は四つ。妖精からの言葉を全てシャットアウトするか、意識して僕に話しかけてきた時だけ通知するか、片っ端から妖精の言葉を通知するか、アプリの機能をオフにして今まで通り僕の頭の中に妖精の言葉が流れ込んでくるようにするか。

僕は二つ目の設定にした。メッセージが入ったということは、妖精が僕に話しかけているということ。

 『水:また、あの頃の夢だね。大丈夫?』

 声は聞こえなくなったけど、相変わらず、僕の頭の中は彼らには筒抜け。

 時刻を確認すると、20時を過ぎていた。昨日、てっくんの家に行ったことの緊張と、バイトの疲れと、そして久々に妖精の声から離れたことで、どうやら20時間もの間一度も起きずに眠り込んでいたみたい。これまでは妖精たちの声でまともに眠ることなんてできなかったから、本能的に体がずぅっと睡眠を欲していたみたい。

 寝すぎて凝り固まり、あちこちの痛みを抑えながら起き上がると、台所に行き、蛇口を捻ってコップに水を入れると、ぬるくて全然おいしくない水道水を飲み干し、僕は再び敷きっぱなしの布団の上に寝転んだ。

 「てっくん…」

 誰もいない、安アパートの一人だけの部屋でそう呟くと、僕の声は誰にも届かぬまま、空気中へと消えていった。

 少し前までの僕であれば、自分の声がこうやって空気中に消えていくことすら確認できなかった。それほどに、僕の頭の中は妖精の声でいっぱいだった。

 …すごい静か。世界はこんなにも、静かだったんだ。最後に静かな世界を感じたのは、いつだった?小学生の時?それよりも前?もう、思い出せない。

 彼らが悪いとは思わない。誰だって消えてなくなるのは怖い。死ぬのは、怖い。

そして、誰からも認識されないのも、嫌。僕だってそう。だから受け入れた。彼らと一緒に生きていくことを選んだ。いくら幼かったとはいえ、この選択が間違いだったと思ったことはこれまで一度もない。

 でも、代償はあまりにも大きかった。頭の中を常に除かれている。頭の中には常に別の思考が流れ込んでくる。他の四つの思考が、一度に。最初こそ、妖精を手に入れたことで気分は高揚していた。けど、次第に誰からも疎まれ、憐憫の目を向けられ、異常者として扱われていった。先生も、同級生も。

 家族でさえ例外は無かった。両親と弟の僕を見る目は次第に異質なものを見るそれに変わっていった。両親からは妖精なんていないと怒鳴られ、弟からは異常者と罵られた。きっと、僕のような人間と血が繋がっていることが恥ずかしくて仕方がなかったんだ。

 見かねた両親にいくつもの違う病院に片っ端から連れていかれ、わけのわからない薬をたくさん飲まされ、そして今は、全てを諦めた両親から毎月、最低限のお金だけを渡されて、家を追い出され、こうして一人で生きている。中学の卒業式にも、高校の入学式にも来なかった家族の顔なんて、もうおぼろげにしか思い出せない。

 けど、てっくんだけは違った。僕の話を最初から最後までちゃんと聞いてくれた。何度似たような話をしても、一つ一つをちゃんと受け止めてくれた。てっくんの存在があったから、いつかてっくんが僕を救ってくれると思っていたから正気を保ってこられた。消えてしまったら、てっくんにもう会えなくなると思ったから人一倍、死に対する恐怖があった。

 てっくんのことは離れてからもずっと見ていた。てっくんの家の近くでも。中学校の近くでも。てっくんのいるバイクチームの集会場でも。燈和先輩の家の近くでも。

遠くから見るてっくんは齢を重ねる度、どんどん素敵になっていって、でも燈和(とうわ)先輩や(まわり)ちゃん、(ころび)との距離も近くなっていって、どんどん遠くに行ってしまっているのを感じた。僕は焦りを感じると同時に、どこかで諦めてもいた。

 僕はてっきり、てっくんは燈和先輩と同じ高校に入るものだと思っていた。だから僕も、燈和先輩と同じ高校に入った。でもてっくんは同じ高校には入らなかった。直前で志望校を変えたみたい。

 それでも、僕はてっくんにもっと近づきたかった。だから燈和先輩に近づいた。でも、てっくんの話題を出す勇気は無くて、隣に座ってご飯を食べるだけの日々が続いた。

 そして、ついに廻ちゃんと転ちゃんと再会した。でもその目には怯えがあって、とてもてっくんのことを聞けるような雰囲気ではなかった。仕方がない。あんな事件を起こしてしまえば。

 だけどその直後、あの日。ついにてっくんが僕の目の前に現れた。僕をやっと認識してくれた。僕に話しかけてくれた。ようやく、僕の人生に色が付いた気がした。そして、これからも。

 てっくんの部屋に入った時、僕は密かに興奮していた。てっくんの匂いのしみついた部屋で息を吸い、体内に取り込まれる度に、自分の細胞が活性化されるのを感じた。昂る気持ちを抑え込みながら、いつもと変わらない口調でてっくんと話した。夢にまで見た光景に、燈和先輩や廻ちゃんと転ちゃんがいることさえも忘れそうになった。

 そしてついに、てっくんが僕を救ってくれた。てっくんだけが僕をちゃんと見ていてくれていた。見て見ぬふりしてた同級生や否定だけを続けた家族とは違う。ブランクは空いたけど、見捨ててなかった。そして最後には僕を深く暗い場所から引き上げてくれた。

 てっくん…てっくん…!!!てっくんてっくんてっくんてっくんてっくんてっくんてっくんてっくんてっくんてっくんてっくんてっくんてっくんてっくんてっくんてっくんてっくんてっくんてっくんてっくんてっくんてっくんてっくんてっくん!!!!!

 「てっくん…ハァ…うぅ…てっくん…てっくん…」

 てっくん…。てっくん…。欲しい…。これからも…ずっと…ずっと僕のことを見ていてほしい。これからは、僕だけを見ていてほしい…。

 でも…だめだ。だめなんだよ。隣にいた燈和先輩の、あの目。てっくんを見ていた、あの目は…間違いなく…。

 ヴヴ…

 また妖精からのメッセージ。

 『火:てっくんを諦めるの?』

 痛いところを突かれるのは、本当に嫌。

 ヴヴ…。

 また鳴った。放っておいてよ…。もう…。

 『風:てっくんを手に入れないの?』

 仕方ないじゃないか。手遅れ。僕がてっくんと離れていた4年とちょっと。その間に燈和先輩はてっくんと仲を深めていたんだ。僕が入り込む余地は、きっとない。 

 それに、僕には味方がいない。僕を応援してくれる味方が。でも、燈和先輩にはいる。廻ちゃんや転ちゃん。他にもきっと、たくさんいるに決まっている。勝ち目はない。

 ヴヴ…ヴヴ…ヴヴ…。

 『土:取られちゃってもいいの?』

 『水:まだ間に合うよ?』

 『風:燈和先輩には確かに仲間がいる。でも、シエラにはてっくんだけでしょ?』

 ヴヴ…ヴヴ…ヴヴ…ヴヴ…ヴヴ…ヴヴ…ヴヴ…ヴヴ…ヴヴ…ヴヴ…ヴヴ…ヴヴ…ヴヴ…

 メッセージが鳴りやまない。僕の一部になっている妖精たちにとっては、僕の悩みは彼らの悩みと同じなんだ。僕の悩みがなくなるまで、彼らは延々と話しかけ続けるんだ。

 『土:そりゃそうさ。シエラのことは僕たちのことだ。』

 『水:シエラ、てっくんを手に入れれば、もうこれ以上他に望むものはないんだろう?』

 それは…そう。だって僕にはもう他に何もない。親も、友達も。何もかも。

 『火:奪っちまいなよ。大丈夫。燈和先輩には他にいい人がすぐに見つかるよ。あんなに美人で優しいんだから』

 『土:大体、燈和先輩は普通の人間。てっくんは僕たちのことを知っている特殊な人間。だったらある意味、燈和先輩よりもてっくんに近いのはシエラだろう?』

 でも、燈和先輩はめちゃくちゃ強いよ?幼いころから古武道をやっているとか…。

 僕はこの目で見たんだよ?百戦錬磨のてっくんとの組手で圧倒しているのを。背が高いだけの僕じゃ勝ち目はない。

 『風:それはあくまで人間としての強さだろう?シエラ、僕たちの『力』を使えるだろう?『力』の使い方、分かっているだろう?』

 『土:人知を超えた『力』だ。僕たちがいた世界の者たちはこぞって喉から手が出るほど欲しがる『力』さ。』

 『火:僕ら全員の『力』が揃えば、燈和先輩に勝ち目はないよ。もちろん、てっちゃんも。』

 で、でも、燈和先輩も僕に優しくしてくれた。こんな僕とも話をしてくれたんだ。それをこんな、裏切るような…。

 『風:てっくんのために燈和先輩に近づいたんだろう?本末転倒じゃないか』

 『水:シエラ、君の人生は誰のものなの?君自身のものだろう』

 『火:そうやって自分の周りの人間の顔色伺って、自分は我慢?』

 『土:自分の人生を、脇役で終わらせるつもり?』

 「ぼ、ボクは…。ボクは…!!!」

 う…うぅ…。僕は…。てっくん…。てっくん…!てっくんてっくんてっくん!!!

 妖精たちからの通知が鳴りやみ、室内は再び静寂に包まれた。妖精たちが何も言ってこないのは、僕の考えが妖精たちの考えと同調したから。

 …本当は、待っていた。こんな、またと無いチャンス。失うだけの人生は、もう僕だってごめん。もうこれ以上、僕は僕を抑えることはできない。

 「…燈和先輩、ごめんなさい」

 















 トーク 村井鉄志 

 大事な話をしたい。

 ボクたちが通っていた小学校の校庭に、21時に来て。


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