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亢龍、悔いあり(バイオ・サイボーグより改題)  作者: 詩歴せちる
凶暴な純愛
53/64

Blitzkrieg bop

  燈       和



 次の土曜日のお昼。鉄志君に呼ばれ、彼のお家であるトレーラーハウスの中へとやってきて中に入ると、もう既に(まわり)ちゃんと(ころび)ちゃんは、決して広いとは言えないベッドの上で二人して裸足になって寝転がりながらスマートフォンをいじっており、鉄志君は床に胡坐をかき、ちっちゃ~なテーブルの上にノートパソコンを置いて何かを操作をしています。

 ていうか、ちょっとこの二人、くつろぎすぎじゃありませんか?家主を無視してこのくつろぎ方はいいんですかねぇ?いやまぁ元はといえばここはお二人のお父様のものではあるんですけれども。

 「よう、燈和(とうわ)

 「燈和ちゃん、よっぴー」

 「(ねえ)さん、休日までありがとうございますー」

 「こんにちは、鉄志君、廻ちゃんに転ちゃん。ところで鉄志君、その姿勢だとパソコンの操作しにくくありません?」

 「それは別に。それに言ってしまえば大家の娘が家の中にいる状態だからな。床に座らせるわけにもいかんだろ。」

 「そーそー。鉄兄ぃはよーわかってるのぉ!」

 「さすが、チームで(あたま)張れるだけのことはある」

 二人はスマートフォンから目を離さずに声だけで答えました。なんか適当過ぎません?今日これから、大事なことをするというのに。

 「…それで、東浪見(とらみ)さんは?」

 「もうすぐ来るんじゃねーの?ここの住所と写真は送ってあるから問題ねーだろ。」

 「…廻ちゃんと転ちゃんは…その…大丈夫なんですか?」

 「別に俺はいいって言ったんだがなぁ。ま、燈和にもだが。」

 「私は鉄志君のことが心配だから様子を見に来ただけですよ。」

 「右に同じぃ~」

 「左に同じく。東浪見のやつ、お頭に何するかわかったもんじゃねぇしな」

 「…ま、こいつらの悪い印象を解くためにもいてもらったほうがいいだろうな。実際、精霊云々に関してはこいつらもまだ半信半疑なところがあるだろうし」

 これに関しては私もそうですねぇ。実際にその精霊とやらを知っているのはその世界を知っている鉄志君だけですからねぇ。ただ、あの時の、東浪見さんとの、よくわからない言語のやり取りを聞く限りだと、信憑性はやっぱり高いですが…。

 それと廻ちゃんと転ちゃんに関しては、東浪見さんに対する少し後ろめたさとかもあってこられてるのかもしれないですよねぇ。

 「ていうかさ~」

 「あん?なんだよ」

 「いやどうでもいい話なんだけど、東浪見ってフルネーム中々すごいよねぇ~」

 「…確かに。フルネーム六文字に対して漢字も六文字だからな。しかもどれもいかっつい」

 東浪見紫慧羅。確かに漢字だけ見るとすごいですねぇ。なんていうか、強そうな名前。

 「ウチらなんて名前一文字だけっすからねぇ~」

 「しかも転に至ってはバイク乗りからしたら不吉極まりない名前だし」

 「やかましい!!文句あんなら親父に言えよ!つーか別にいいだろ!ウチはこの名前気に入ってんだから!」

 「いや別に文句つけてるわけじゃないけど…」

 ヴィ~~~~~~ン…

 と、外から何か音が聞こえてきました。この音は、原付か何かですかね?

 「お?」

 「このエンジン音は…カブだな。でも、うちらのチームにカブ乗ってるやつなんていないから…」

 「シエラだな。」

 「あいつ、免許持ってんだ。」

 スマホから目を離さずに廻ちゃんは言ってのけました。でも、操作する指が震えているのを私は見逃しませんでした。やはり、緊張しているみたいですねぇ。私に言わせれば彼女をそんなに怖がらなくてもいいとは思うんですけれども、感じ方はやっぱり違うんですねぇ。

 トントン…。

 と、ドアをノックする音が聞こえました。これを行うのは、ここには入ったことがない人です。

 「どうぞー」

 ドアが開くと、そこには相変わらず眠そうな目をした東浪見さんが立っていました。いつもと違うのは、彼女は私服だということ。なんかのバンド?のシャツにホットパンツ、ブーツという格好。東浪見さんの私服を見るのは初めてですが、なんというか、こういう格好するのは意外でしたね。

 「お、そのシャツ、ラモーンズじゃん。」

 「…転ちゃん知ってるんだ。好きなの?」

 「あ、まぁ、いや、そうだな、うん…」

 「…そう」

 「「…」」

 転ちゃんのしどろもどろの受け答えで沈黙が走ってしまいました。そこは流石に自分から話を振ったんですから会話をつなげる努力はしましょう?社会に出たら嫌な人間とも付き合っていかなくてはならないんですよぉ?

 「お前らもう少し会話繋げる努力しろよ…」

 「ここが、てっくんの家…」

 「聞けよ!!人の話を!!!」

 と、私の頭の中のもやもやと鉄志君の説教をよそに、東浪見さんは中の様子を見始めました。この子も大概、メンタルが鋼ですねぇ。いや、それとも私が細かいことを気にしすぎているだけなのでしょうか。

 「…叔父から借りてるだけだけどな。ま、靴脱いで適当なとこ座れよ」

 「うん」

 そう言うと東浪見さんはブーツを脱ぎ、中に入ると鉄志君の右隣にピタリと張り付くように座りました。

 「いやいや!!なんでそんなすぐ隣に座るんですか!?こういう時って普通、正面に座るもんでしょう???」

 「…早い者勝ち」

 「あーもう!こうなるならさっさと鉄志君の隣に座ればよかったですよぉ!!!」

 「姐さんがもたもたしてるのが悪いんでしょお?」

 「てゆーか左隣空いてんだから座ればいいじゃん?」

 「はっ!?私としたことが…。東浪見さんに先手を取られて取り乱してしまいましたねぇ」

 「あー、いいか?話を始めて。」

 「あ、これは失礼。どうぞどうぞ。」

 「てゆーかさぁ~、今日って何やんのぉ?東浪見の中の妖精の摘出手術かなんか?」

 「摘出は無理だが、まぁちょっとした手術というのは当たってはいるかな。」

 「しゅ、手術って…。鉄志君はいつからお医者様になったんですか…」

 「ははっ!正規のではなくて、違法な上に法外な手術料請求するタイプのやつっすね」

 「んで?東浪見。どうやって手術費捻出すんの?」

 廻ちゃんの無茶ぶりに、東浪見さんは表情を崩さないまま少し考え込むと、やがて口を開きました。

 「体で払う」

 「ちょっとぉっ!!!鉄志君っっっ!!!」

 「えぇっ!?俺が悪ぃのっ!?!?!?」

 「そっすよ、お頭。女の子に何言わしてんすか」

 「話振ったのは廻だろぉ!?」

 「アタシは『どうやって捻出すんの?』って聞いただけだしぃ」

 「つーか金なんか取らねぇよ!!!」

 「でも『只より高い物はない』って言葉もありますし…」

 「お前らの中でどれだけ俺は信用ねぇんだよ!!あーもう!これで全員の緊張もほぐれただろうし、さっさと始めんぞ!!このままでは日が暮れちまう!!」

 東浪見さん、本気で言ったのかどうかが気になるところですが、今は鉄志君の言う通りさっさと始めた方がよさそうですねぇ。

 「シエラ、今この時も精霊の声は頭の中になだれ込んでんだろ?」

 「…まぁそれなりに。でももう慣れた。作業用BGMだと思えばそこまで気にはならない。こうしててっくんや燈和先輩とも普通にお話しできるし。」

 「じゃあなんでそんな眠そうな目をしているうえに目の下に隈があるんだよ。」

 「…」

 「ほとんど眠れていないんだろう?精霊の声で」

 「…最後にちゃんと眠ったのかがいつかなんてもはや覚えてないよ。それにいいんだって。もう諦めてるし。」

 「そうかい。んじゃあさ諦めてるんだったら、俺に何されたって平気だろ?」

 「ちょ~っと鉄志君!!!やっぱり東浪見さんに何かする気なんですかぁ!?」

 「んん~?俺が何をすると思ってんだぁ?燈和ぁ~。『やっぱり』ってなんだぁ~」

 「それ絶対姐さんが思ってることじゃないですよ。頭ん中エロエロっすね」

 「なぁっ!?!?!?」

 ふ、ふ、ふ、二人してぇ~~~~!!!!

 「あっはは~!!!燈和ちゃん、さっきからちょーむっつりじゃ~ん」

 「あんたと同じだな、廻」

 「はぁっ!?なぁに言っちゃってんのぉ!?!?転ぃ!?!?!?」

 「いやだってあんたの部屋の本棚にある図鑑のケースの中に…」 

 「あ゛っー!!!ちょー―――い!!!人のプライバシーなんだと思ってんのぉ!?それ言ったらあんただってぇ…!!!」

 「なぁ!!!いいかなぁ!!話を続けてもよぉ!!!」

 「ア、ハイ…」

 「サーセン…」

 「ったく、ちょっと油断すりゃあ喧嘩おっぱじめやがって…」

 「ていうか鉄志君が変なこと言うから話が拗れたんでしょーよ!!!名誉棄損ですよぉ!?」

 「ア、ハイ…サーセン…」

 「ぶっ…ふふ…」

 と、私たちのやり取りを黙って聞いていた東浪見さんが笑い出しました。そういえば、ちゃんとした笑った顔見るの初めてですけれども、その笑顔は引きつっているというかなんというか。笑い方が分からないといった感じで、言ってしまうと口の片側だけ吊り上がって鼻で笑ってる感じになっちゃってますねぇ…。見る人が見たら小ばかにされてる感じがしてしまうのではないのかしら…。

 「なんだよシエラ、笑えるじゃねぇか。んじゃあまだまだメンタルは大丈夫そうだな。」

 「…そうだね。ボクが思ってるよりもボクはまだまだ大丈夫だったみたい。てっくん、信用していいんだよね?」

 「任しとけって。それじゃあ、始めますかねぇ。シエラ、そこだとやりにくいから俺の正面に来てくれ。」

 「うん、分かった。」

 …どうせ正面に来るんだったら初めから正面に来ればよかったのに。ていうか鉄志君もそう言ってあげればよかったのに…。

 「あ、そうだ。燈和、初めに言っておく。これから行うことは別にやましいことじゃないからな。何を見ても動揺するなよ?」

 「なぁっ!?しませんよぉ!!」

 「どうだかー。さっきの反応を見る限るだとそうとも言えないと思うけどぉ?」

 「廻ちゃんまで!!!」

 「お(かしら)ぁ、このままだと先に進まないからちゃっちゃっとやっちゃってどっか遊びに行きましょーよぉ~」

 「おうっ、そうだな」

 まず鉄志君はUSBケーブルを取り出し、それを自分のパソコンに繋げました。が、そのUSBケーブルは反対側の先端は端子ではなく、ただの針になっています。そしてその針を、鉄志君は自分の首の後ろへと刺したのでした。

 「お、お頭ぁ!?」

 「ちょっと鉄兄ぃ!?大丈夫なの!?」

 「あぁ、問題ない。俺の中の『力』を使うにはこうするしかないからな。」

 「…『力』?」

 「それについては後で話すが…、取り敢えずシエラ、スマホ貸してくれ。」

 鉄志君は東浪見さんのスマートフォンを受け取ると今度はそれを別のUSBポートからパソコンに繋ぎ、しばらくの間カタカタと何かを打ち込み続けた後、パソコンを床に置きました。

 そしてパソコンを置いたままテーブルを避け、鉄志君は座ったまま少し、東浪見さんに近づきました。

 「シエラ、もう少し顔だけ俺に近づいてくれ」

 「…分かった。」

 「目を閉じて」

 「うん…」

 そう言うと鉄志君は東浪見さんの両側頭部を両手で覆い、両親指を耳の穴のあたりに着けました。

 うぅ…色々と言いたい。言いたいけど、ここは我慢。我慢するんですよ、燈和。大丈夫、別にその、キス…するとかそういう感じではなくて…。

 と、見ていると、鉄志君の両親指の腹が縦に裂け、そこから何か白い糸のようなものが出てくると、そのまま東浪見さんの耳の中へと入っていきました。

 …これは本当にそんな感じではないですねぇ。廻ちゃんと転ちゃんを見てみると、二人とも唖然とした顔でそれを見続けています。流石に、茶化すような雰囲気ではないですからねぇ。

 「シエラ、痛くねぇか?」

 「ん、大丈夫」

 そしてしばらくの間、沈黙に包まれながら鉄志君が作業(?)を続けていると、唐突に東浪見さんの頭から手を放し、再びパソコンを操作し始めました。

 そして最後に東浪見さんのスマートフォンで何かの操作すると、その瞬間、東浪見さんが困惑した表情を浮かべ、周りをきょろきょろと見始めました。どうやら、余程動揺する何かが彼女の中で起こったようです。

 「これでよし。どうだ?シエラ。」

 鉄志君の方へ顔を向けた彼女の目は大きく見開かれ、驚きを隠せていないといった感じがします。

 「き、聞こえない…。妖精の声が…全く聞こえない!!!」

 「ぃよしっ!成功だな。シエラ、スマートフォンを見てみてくれ。」

 「う、うん。」

 言われた通り、東浪見さんはスマートフォンをつけ、確認を行いました。その後ろから私と廻ちゃん、転ちゃんも一緒に覗き込みました。すると、そこには何かしらのアプリの通知がありました。その通知の内容は…。


 フェアリートーク

 『火:シエラ、もしかして僕らの声が聞こえないのかい?』

 『水:こいつは驚いたな…。』

 『土:まさかここまでやるとは、てっくんは何者なんだ?』

 『風:…シエラ、これからはもう僕らの声に悩むことはなさそうだ。』


 「てっくん、これって…」

 「そう、シエラの中の精霊たちの言葉だ。精霊の思考の受け皿を脳からスマートフォンに移したってとこだな。まぁあくまで切り離したのは声だけであって、頭の中はこれまで通り覗かれてる状態だけどな」

 東浪見さんは唖然とした表情のまま動きません。…いや、厳密に言えば、スマートフォンを持つ手がプルプルと震え、目には少し、涙を浮かべています。

 「そ、そんなことが可能なんですか!?」

 「まぁ、試作段階の域を出ないからこれからどうなるかは分からんがな。」

 「一体どうやってやったのさ!?!?」

 「説明してもいいけど、お前の…というよりこの世界の人間には理解が及ばないだろうな。」

 「…なんかそれ、小馬鹿にされてるみたいっすね、それ」

 「んなことねぇよ。そもそも俺やシエラの不可思議な『力』っていうのがこの世界じゃ理解されねぇんだからよぉ。」

 「てっくんも、そういうの持ってたの?」

 じとーっとした目で東浪見さんは鉄志君を睨みました。もっと早く言ってよと言わんばかりに。

 「黙ってたのは悪かったって。けどよぉ、俺やシエラの持つ『力』っていうのは本来あってはならないものなんだよ。だから極力、他の人間には話さないようにしていたんだ。燈和ですら知ったのはここ最近の話だしな。」

 ここで敢えて、私の『力』について言及しないあたりがさすがは鉄志君といったところですね。

 「鉄志君、私もどういう形でこれを行ったのか興味がありますので、少しお話してもらってもよろしいですか?」

 「…ま、いいけどよ。シエラの頭には直接精霊の思考が流れ込んできている。まずはこれをどうにかしないといけなかったわけだが、そこでシエラの脳の一点に専用の器官を作り、そこに精霊からの思考を脳内の情報という形で集約させてシエラ自身に認識されないようにしたというわけだ。」

 「…なんとなくは分かったけど、でもなんでそんなことができるの?」

 「俺の持つ『力』を一部使ったのさ。精霊の持つ『力』…というよりは精霊そのものが『力』に近いのだが、これは俺の持つ『力』と厳密には違うが、類似している。そしてこの力同士は引かれあう性質があるから、俺の『力』で作り出したその器官を作る際に俺の『力』を中に残しておけば、精霊の思考がそこに集約するわけだ。ここまでいいか?」

 「まぁ、なんとなくは…」

 「それで、次にその集約された情報をどこに出力するかになるわけだが、これは初めからシエラのスマートフォンと決めていた。そのためには精霊の情報を受信するためのアプリを作らなければならないわけだが、その際に自作したケーブルから俺の『力』をパソコンを介してアプリに反映させ、そしてそれをシエラのスマホに直接送り込んで完成というわけだ。」

 「どんな人生送ったらそんな発想出てくんのさ」

 「そもそも前世は『人』ではないんだけどな」

 「お頭、そういう細かすぎる訂正は嫌われますよ。特に女性に。」

 「やかましいっ!!!」

 「ていうかこのアプリはあの短期間で作られたんですか?」

 「アプリそのものはな。まぁ元々俺の『力』をどうやって他のものに移動させるかの実験は行ってたから、今回はその成果を確認するという意味もあったな」

 「ていうかさ~」

 「なんですか?」

 「このアプリのネーミングはどうなのよ?」

 「…確かに。この『フェアリートーク』って安直過ぎません?もう少し捻れなかったんすか?」

 「別にいいだろ!名前なんて適当で!それより、シエラ」

 「なに?」

 「アプリの使い方をメッセージで送っとくから確認しといてくれな。ま、そんな難しもんでもねぇけど。それと、何か不備があったらすぐに言ってくれ。修正するからよ。こっちでも何か思いついたらアップデートしておく」

 「分かった。」

 「よし!んじゃあ終わったことだし、五人でどこか遊びにでも行くか!」

 そこでちゃんと『五人』と言ってあげるのが鉄志君の優しいところですね。

 「…さんせー!!」

 「…良いっすね!どこ行きます?」

 少し沈黙があった後、廻ちゃんと転ちゃんも同意の言葉を続けました。なんだかんだんでこの二人も、東浪見さんのことを心の中では気遣っているんですね。

 「…ごめん、てっくん。せっかくなんだけど、ボク、この後バイト入ってて…」

 東浪見さんは表情は崩していませんが、なんかこう、少し悲しそうなオーラが漂っているのが分かります。ていうか私、この短期間で東浪見さんの心情を察する能力が格段に向上している気がする…。

 「あ、あらそうなんですね。それは、残念です。」

 「つーか東浪見って何のバイトしてんの?」

 「ベルトコンベアに流れてくるお刺身にタンポポみたいなのをのっけるバイト」

 「…あれ実在してたんだ」

 「単調な仕事だけど、ボクみたいのにはちょうど良い。殆ど人と話さなくて済むし」

 確かに、精霊の声が常に頭の中に流れてくる東浪見さんにとっては何も考えずにできそうなそういった単調そうな仕事は良いのかもしれませんけども…。

 「じゃあね、てっくん、今日は本当にありがとう。また後日、ゆっくりお礼するね。」

 「別にいいよ、礼なんて。俺の趣味につき合わせたようなもんだしな」

 東浪見さんが部屋から出ていき、スクーターの音が遠ざかり聞こえなくなったのを確認してから、やっと廻ちゃんが口を開きました。

 「東浪見、もう少し鉄兄ぃに感謝してもいいんじゃない?」

 「まぁいいじゃないですか、廻ちゃん。きっと動揺してうまく感謝の言葉を伝えられなかったんですよ。」

 「疲れもあっただろうしな。あいつは表情には出さなかったが、さっきの手術をする際に結構な体力を使わせちまっただろうし」

 「お頭、これで東浪見の奴はもう大丈夫ってことっすか」

 「…だといいんだがな」

 てっきり、鉄志君のことだから『大丈夫』と自信を持って言うものだと思っていましたが、その目は明らかに、何かの不安を拭いとれていないような雰囲気を出していました。


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