人にやさしく
転
「鉄志君!!!」
「うぉっ!?燈和か!?目隠ししてんだから驚かすなよ!!!」
「知りませんよそんなの!!」
「いきなり人ん家に入ってきて何を言うか!!!」
遅れてウチと廻がお頭の家に入るともう既に口論…と言うよりかは一方的な尋問が始まっていた。流石は姐さん。容赦がない。
廻が東浪見とお頭の関係を口にするや否や姐さんはケーキ屋を飛び出したが、案の定ここだったか。予想は着いてたから追いかけるようにウチらもここに来たわけだが…、バイクでも30分はかかったというのに姐さんはどうやってウチらより先に着いたんだ?やはり勝てんな。色々な意味で。
「そんなことより!!!」
「ぐぇっ!!!く、苦しいぃ・・・!!!」
姐さんが胸倉を掴み上げるとお頭の口からは小動物を踏んづけたような鳴き声のようなものが聞こえた。止めに入りたいところではあるが、この状況では巻き添えを食らう自信しかない。
「鉄志君は東浪見さんとはどういった仲だったんですか!?」
「と、東浪見ぃ!?東浪見…って…あ、あぁっ!!シエラのことか!?」
「しえらぁっ!?下の名前で呼ぶくらい深い仲だったんですか!?どうなんですか!?鉄志君っ!?」
「いてて!!!落ち着けよ!!ただのクラスメイトだよ!!それも小学校の時の!!!卒業してからは一回も会ってねぇし!!!っていうか会ってたら絶対燈和も知ってるはずだろうがよぉ!!」
「あの頭が…ひとひねりだ…」
「恐ろしい…」
男三人が青ざめた顔で傍観している。いや本来アンタらが身を挺して止める立場なんじゃねーのか?仮にもお前らのリーダー的存在が目の前でやられてんのに…。
「ていうかぁ~、何でテルミがここに居んのぉ?夏場のアンタ酸っぱ臭い悪臭まき散らすんだからこんな狭いとこにいないでよねぇ!!??」
「んだとゴルァ!!!こっちは頭に許可もらって入ってんだよ!!!」
「鉄兄ぃから許可もらったところでここはアタシん家の敷地内なんだけどぉ!?言ってしまえば大家の娘ですけどぉ!?ここにアンタの臭いが染みついたらどうすんのぉ!?壁紙とか貼り替えてくれんのぉ!?ねぇ!?アンタにその代金払えんのぉ!?」
「て、てめぇ!!!」
何か別のところでも争いが始まってる。確かに廻の言うこと一理あるんだが…そこはもう少しオブラートに包んでやれよ。体臭なんて人が最も気にすることの一つだぜ?
「ていうか、東浪見紫慧羅?って、あの…」
「地震のやつか?」
「あん?なんだ?リクシーとジクロは東浪見のこと知ってんのか?」
「あぁ、俺らは中学が同じだったから…」
「ついでにクラスも…」
そう話し始めたリクシーとジクロは少し難しそうな顔をした。東浪見のやつ、中学でも何かやらかしたのか?
「何だ、お前らも知り合いだったのか。燈和、一旦ストップ。ステイ。」
「むぅ…」
姐さんは素直に言うことを聞いたものの、構ってほしそうな子犬のような表情をお頭に向けている。なんか目的が行動のほうになってきてないか?ていうか甘えたいなら別の方法で甘えろよ。お頭、死にかけてましたよね?
「んで?シエラの地震てーのは何なんだよ?」
「まぁ、その、東浪見って無口ではあったんですけど…」
「あん?そっちでは妖精の話はしてなかったのか?」
ウチが質問すると、二人は豆鉄砲食らった鳩のような顔をした。
「妖精?なんだぁ、そりゃ…」
「いや、なんかアタシたちの知ってる小学生時代の東浪見は、妖精の話をして回ってる系女子だったからさぁ~」
「いや、そんな話は聞いたことなかったなぁ。」
「そもそも東浪見の声を聴いたことが在学中に数回しかなかった気がする。」
つーことは中学に上がってからはあの中二病はなりを沈めたってことか。むしろ『無口だった』ってことはあの出来事がガラッとあいつを変えちまったんだな。
「んで、東浪見って、見た目のレベルは高いじゃないっすか?でも話しかけてもそっけないしで。それで、いつしか男どもの間では、その、『誰が東浪見をおとせるか』みたいなことを始めまして…」
「うわぁ…中坊の男どもってやっぱり脳みそに精子詰まりまくりじゃん!!キンモー!!!」
「廻、口挟むな。それにそれは中学時代だけじゃなくて現在進行形だろ」
そのお頭の言葉を聞くや否や、姐さんが三人から音もなく少し距離を取った。さっきの様子を見る限りだとこいつらはアンタには絶対に手を出さないだろうから是非とも安心してほしい。つーかお頭、今の会話の流れだと、現在進行形でアンタの頭の中も精子詰まってるってことになるんじゃないすかぁ?
「んで話を戻しますけれども、その中に、段々と行動がエスカレートしてった奴がいまして。まぁあれはあれで本気で東浪見のことが好きになっちゃった感じだとは思うんですけど…」
「それで?」
「それでー、えーっとあれは、体育の時だったかな?」
「いや、確か…修学旅行前のフォークダンスの練習やってた時だ!体育館で男女混合で!!で、そいつと東浪見が組んだ時に、こう、あからさまにべたべたと腰の辺りとかを触りだしまして…」
「フォークダンスって手だけ繋ぐんじゃないんですかぁ!?」
「いや、何かそいつ自身は気づかれてないと思ってんだろうけど、周りにはバレバレで…」
「そうそう!!あからさま過ぎて面白かったから誰も男は誰も止めなかったんだよな!!」
「うっわぁ、サイッテー!!!」
「まるでそびえ立つクソだな!!」
本当にこいつらは…。これがお頭だったらゼッテー助けてるってのに。
「鉄志君なら、絶対助けてるってのに…。あなたたちは…」
あ、姐さんがウチの代わりに言ってくれた。そして言われたリクシーとジクロはバツが悪そうな顔をした。たぶんウチが言うより効果あったな。
「ま、まぁ、ほら、あの頃は俺らも多感な時期だったんですよ」
「んで、女子も女子で、東浪見と仲良いのはいなかったから、助ける奴もいなくて…」
「で、段々エスカレートしていって、そいつが東浪見の尻の辺り触りだそうとした時に、突然、東浪見がそいつを突き飛ばしたんですよ」
「んで、何と言ったらいいか…その時の形相がもうなんか、この世界のものとは思えないというか…異世界の怪物のような顔つきと言いますか…」
「…お前ら異世界の怪物って見たことあんの?」
黙って聞いてたお頭が口を開けた。そういえば忘れがちだけど、この人、前世は異世界の怪物なんだよなぁ。
「いや、それはもちろんないんですけど、そうとしか例えようがなくて…。その後、東浪見が『いい加減にしろぉ!!!』ってそいつに向けて啖呵を切ったんすけど、あの声は明らかに人間の…少なくとも10代の女子って感じの声じゃなくて、低く太い、しわがれたような声だったんすよ」
「で、その場にいた全員が唖然としてると、東浪見は今度は、立ったまま白目向いて体を痙攣しだして…。流石にただ事じゃないと思って何人かが駆け寄ろうと思ったその時に、下からドーンと突き上げるような感じの地震が起こったんです」
「その勢いで何人かが転んだくらいには」
「へぇ、震度どのくらいだったの?」
「いやそれが、授業終わって他の学年の奴らに聞いてみても『そんな地震は知らない』って。家帰って親に聞いてみてもやっぱり同じで」
「あなただけ眩暈に襲われたんじゃないんですかぁ?何人か倒れたというのは記憶違いで」
「いえ、それはないです。現にジクロだけではなく、俺も同じ経験をしましたし。もっと言えば、俺らだけじゃなく他のやつらも…」
「流石にもうファンタジーなものは信じていない年齢だったけど、俺らの学年じゃ『あの地震は東浪見が起こした』って話になって、気味悪がってより一層あいつには近づかなくなったんですよ。結局、修学旅行も東浪見は欠席で…」
「…お前ら、シエラにもっと優しくできなかったのかよ」
「…今思い返せば、非情だったと思います」
「反省してます…」
「ま、いいや。それにしても、地震ねぇ。一個聞きてぇんだけど、起こったのは地震だけだったか?」
「と言いますと?」
「天候が変わったりはしなかったか?他えば、霰が降ったりとか…」
「ははっ!んなことできたら東浪見はいよいよ怪物っすね!」
「怪物と言うよりかは、神様的なものじゃないですかぁ?」
「でも、天候…。そうだ、風が吹きました」
「風なんて大体いつも吹いてんじゃん」
「いやちげぇって!!地震の直後に突風みたいのが前触れもなく急に吹いたんだよ。なんかこう、急に殴りかかってみるみたいな感じで…。体育館の中にも土ぼこりがたくさん舞って、しばらく目ぇ開けらんなくなっちまって。で、やっとの思いで目ぇこじ開けたら東浪見がぶっ倒れてたから急いで保健室に運びこんだんです」
「なるほどねぇ…」
そう言うとお頭は腕を組んで何かを考え始めた。その顔には薄ら笑いが張り付いてる。
間違いない。お頭は、その不可解が何なのかを知っている。なぜならこの人は、前世は異世界の怪物だったんだからな。