表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
亢龍、悔いあり(バイオ・サイボーグより改題)  作者: 詩歴せちる
凶暴な純愛
48/64

child in time

        燈      和



 「いただきます」

 ある日の学校でのお昼休み。いつもお昼をご一緒しているお友達は今日、部活の会議があるとのことで別々にお昼を食べることとなりました。そんな日はこうして中庭のベンチに座り、景色を眺めながらゆっくりとお弁当を食べます。

 こうしてゆっくりと中庭の景色を見ていると、用務員さんが手入れしている花壇のお花などに小さな変化が見られます。こういう小さな変化を見つけていくのが少し楽しかったりするものなんですよね。

 はぁ…それにしても…。鉄志(てつし)君も今頃お弁当を食べているのでしょうか。まだ17歳になったばかりなのに一人暮らし。バランスの良い食事を心がけているのか、私は心配でなりません。鉄志君が私と同じ高校に入ってくれてばこんな心配などしなくて済んだのに。もう…。

 あーあ、私も鉄志君と同い年か、あるいは(まわり)ちゃんや(ころび)ちゃんと同い年だったらまた違ったのでしょうかねぇ…。そうすれば鉄志君と同じ高校に通えて素晴らしきスクールライフを謳歌できたでしょうに。

 そう言えば3人は同じ学校ですから今の時間一緒にご飯を食べているのでしょうか…。きぃー!悔しい!!今日は廻ちゃん転ちゃんと一緒に放課後出かける約束をしていますから、その時に色々と聞かなければなりませんねぇ!!

 と、私がお昼を食べながら一人ヤキモキしていると、少し離れたところに目の前に人影が現れました。

 肩に届くか届かないかくらいかのショートヘア。眠気が残っていそうな気だるげな感じの目、その下にはうっすらと隈があり、決して健康的とは言えません。そして大きなヘッドフォンを付けていて、そこからはハードロック?メタル?とにかく激しそうな音が少し漏れ出ているのがうっすらと聞こえました。

 彼女は私のすぐ目の前にまで来ると、スマートフォンを操作して音楽を切り、でもヘッドフォンは耳につけたまま消え入りそうな静か~な声を出しました。

 「…燈和(とうわ)先輩。お隣、いいですか?」

 「あぁ、東浪見(とらみ)さん。どうぞ。」

 「『シエラ』でいいですよ。苗字、好きじゃないんで。…ではお隣、失礼します。」

 私に声を掛けてきた東浪見さんはそのまま私の隣に座ると持っていた鞄からパンと牛乳を取り出し、袋を開けて食べ始めました。ヘッドフォン付けたままで食べにくそうですけど、何かこだわりでもあるのでしょうか。

 「お昼それだけなんですか?足ります?」

 「火曜日はこれです。次の時間が体育で、食べ過ぎると気持ち悪くなっちゃうので」

 「それで体力持つんですか?良ろしければ私のおかず、少しあげますけど…」

 「…お構いなく」

 東浪見紫慧羅(とらみしえら)さん。私の一個下、鉄志君と同い年の女の子です。

 ここのところ、私がこうして中庭でお昼を食べていると必ずと言っていいほどこの子もやってきて、私の座っているベンチでお昼を食べるのです。

 他にもベンチはあるのですが、必ず私の隣に来ます。何というか、私と一緒にお昼を食べたいというよりかは、恐らくは自分の中で決めた指定席に座っているだけ…だと思うのですが。

 最初の方は無言で私の隣に座ってきて、そのまま無言でお昼を食べ、無言のまま帰っていっちゃったんですけれども、沈黙に耐え兼ね私から声を掛けたところ、返事はしてくれて、自己紹介もしてくれたんですが…。何というか、少し変わっているというか、壁があるというか…とにかく少し近づきがたい、不思議な雰囲気を持つ方なんですよねぇ。

 「…燈和先輩はお弁当、自分で作ってるんですか?」

 「あ、えっ?」

 今日は珍しく東浪見さんの方から話を振ってきました。別にお話しするのが嫌いと言うわけではないんですね。

 「え、えぇ…そうなんですよ。」

 「えらいですね。ボク…一人暮らしなんですけど…全然料理しなくて。」

 「えっ?とら…シエラさん、一人で暮らしてるんですか?」

 「えぇ…。ちょっと色々とありまして。」

 …う~ん、これは、深く突っ込んでいいのか。突っ込まないほうがいいのか。判断に苦しむところですね。なんというか、その()()っていうのがどうもあまりいい感じがしなさそうなんですし…。鉄志君の一人暮らしと同じ感じがして。だからと言って、ここで何も答えないというのも…。

ていうか東浪見さん、僕っ子なんですよねぇ。リアルで初めて遭遇しましたよ。てっきり創作の中だけの存在かと。

 「…燈和先輩は優しいですね。」

 私の気持ちを察したのか、東浪見さんのほうから口を開きました。どうやら、私の考えは見透かされていたようですね。

 「それじゃあ…ボク、もう行きます。また。」

 「え、えぇ…」 

 そう言うと東浪見さんは食べ終わったパンのごみを無造作にスカートのポケットの中に突っ込み、すたすたと校舎のほうへと戻っていきました。いや、汚いですよ、それ。絶対食べかすがこぼれて中に残るやつじゃないですか。ていうか、スカートのポケットをそういう風に使う人、初めて見ましたよ。

 それにしても…う~ん、相変わらず謎が多い子ですねぇ。もう少し、私に心を開いてくれるようであれば色々と聞くこともできるんでしょうけれども。いやはや人間関係とは難しい。

 キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン…

 「あ゛ぁ゛っ…!!!」

 考え事をしていたら予鈴がなってしまいました!どうしましょう、お弁当、まだ残ってます。今日は(まわり)ちゃん、(ころび)ちゃんと出かけるから、放課後食べるわけにもいかないですし…。

 …仕方ない。背に腹は代えられないですしねぇ。

 周りに誰もいないことを確認し、私は膝に持っていたお弁当箱を手に持つと、その淵に口をつけ、流し込むようにして口の中へと放り、水筒の中のお茶で一気に流し込むと、一瞬でお弁当箱を片付け、全速力で教室へと向かいました。

あぁもう。こんなところ、鉄志君には絶対に見せられないですねぇ…。


 そして放課後。普段なら鉄志君の家に向かうためにすぐに教室を出るのですが、今日は約束がありますので、教室で今日の授業の復習をして少し時間を潰してから校舎を出て校門へと向かうと、既に二人の姿が目に入りました。

 「お~い、燈和ちゃ~ん!!」

 「(ねえ)さ~ん!!ここっす~!!」

 校門の前で待つ廻ちゃんと転ちゃんは私を見つけると大きく手を振ってくれました。それに答えるように私も小さく手を振り返し、少し急ぎ足で二人に元へ駆け寄りました。

 「転ちゃん、ここでは『姐さん』は止めてくださいね?色々と勘違いされそうですから」

 「うっ…すんません…」

 「はんっ、怒られてやんの」

 「うるせぇなぁ!大体お前も少しは敬語くらい使ったらどうなんだ?むしろね…燈和さんが使っちゃってるじゃねぇかよ!!!」

 「そんな他人行儀にしたら燈和ちゃんとの距離開いちゃうじゃん!!ね、燈和ちゃん!!」

 「ふふっ、そうですね。今のままでいいですよ?それに私はこれで通常運転なので」

 「ほら~、転。少しはアタシを見習ったらどうなん?」

 「アンタと同じアホになりたくないからウチはこの話し方なんだよ」

 「なにぃをぉ~!!!!」

 「廻ちゃん、どうどう…。それで、今日はどちらへ?」

 「そうそう!!エキチカのダリアって店で限定50個のケーキ販売するんだけどこれがちょ~旨そうなの!!そんでね…!!!」

 「…燈和先輩、今お帰りですか?」

 「えっ!?」

 振り返ると、東浪見さんが私のすぐ後ろに立っていました。

 び、びっくりしたぁ~。音も無く立っているんですもの。これが暗殺者とかだったら確実にやられていましたねぇ、私。

 そう言えばこうして帰宅時に会うのは初めてでしたねぇ。それにしても、今までは私が座った状態でしか話したことが無かったから気付きませんでしたけど、私より背が高い…。170センチは越えているんじゃないでしょうか。

 「え…、えぇ。今日は約束があったので少し遅めに校舎を出たんですよ。東浪見さんはいつもこの時間なんですか?」

 「…シエラでいいですって。人混みが嫌いなので…、少し教室で時間を潰してから帰るようにしているんです。このくらいの時間が電車…、空いてるんで」

 そう言うと、東浪見さんは視線を少し反らし、私の後方へと向けました。

 続いて私も視線を戻すと二人の顔が再び目に入りました。が、その顔には明らかに動揺の色がにじみ出ていました。

 「と、東浪見…紫慧羅…」

 「ひ、久しぶりじゃん…」

 「…廻ちゃんと…転ちゃん?久しぶり…。」

 全然再会を喜んでいないような会話が交わされ、気まずい沈黙が流れました。

 …うわぁ、この空気、すごい嫌。私が何か言わないと。私が何とかしないと…。えぇ…っと。

 「し、シエラさんは、お二人とはお知り合いだったんですか?」

 「…えぇ、小学校が同じだったんです。」

 「そ、そうだったんですねぇ~。」

 「「…………」」

 そこで会話は途切れ、またしても沈黙。何?なんなんですか?ていうか少しは二人も会話をする努力をしてくださいよぉ!!!なんかこう、最近どうだった?とか!!久しぶりであればあるでしょうに!!

 …あれ?待ってください。お二人と小学校が一緒だったってことは…。

 「…それじゃあ、ボクはバイトがあるので、これで。お邪魔しました」

 そう言うと東浪見さんはスマートフォンを操作して、音楽を流しながらすたすたと歩いて行ってしまいました。

 「あー…ね。じゃあ、気を取り直して、ケーキ、行ってみよぉかぁ!!!」

 「お、おぉ~!!んじゃあ、これ!ヘルメットっす!」

 「え、えぇ。ありがとうございます…?」

 何かこう、胸にもやもやとしたものを引っ掻けたまま私たちは目的地へと走り始めました。


 「燈和ちゃんは…その…東浪見とは仲良いの?」

 絶品のケーキを食べ終え、廻ちゃん一押しの甘~いカフェラテを飲みながらその余韻に浸っていると、少し困惑した顔で口を開きました。廻ちゃんが苗字で呼ぶ人物は決まって、彼女があまり快く思っていない人です。

 「知り合いと言いますか、たまにお昼を一緒に食べるくらいでしょうか…」

 「それ、がっつり仲良いじゃないっすか。姐さん、あいつ、かなりヤバい奴っすよ?」

 「や、ヤバい?」

 「ま、アタシらが小学生だった時の話だけどね。東浪見がいなくなった後は全く関りが無かったから今がどうなのかは全然知らないけど。」

 「…いなくなった?」

 「あいつ、卒業式出てないんですよ。直前でちょっとした事件を起こして」

 「じ、事件!?」

 「そ。つっても、被害者は東浪見一人だけだけどね。」

 「どういう事件だったんですか?」

 「あいつ、家庭科室から包丁持ってきて、自分の右耳切り落としたんすよ。教室内で」

 「あれ実際見た人、かなりのトラウマもんだよねぇ…」

 「へぁっ!?み、耳を!?ど、どういうことなんですか!?」

 「元々ちょっと言動がおかしかったんだよ。『妖精の声が聞こえる』っていつも言ってた」

 「妖精…」

 「『妖精がボクに話しかけてくるんだ』って言って。その内容を学年問わず誰にでも話してたんすよ。低学年の子たちは面白がって聞いてたけど、高学年にもなるとみんな鬱陶しがってましたね。まぁぶっちゃけウチらも少し疲れ気味になってたと言いますか…」

 だから学年の違うお二人も知ってたんですね。今の東浪見さんを知っていると考えられないコミュニケーション能力ですが…。

 「そ、それで?」

 「う~ん、こっからは聞いた話だから詳しくはよくわかんないんだけど、何か親や担任から『もうすぐ中学生になるんだからそういうのはもう卒業しなさい』って何度も言われたらしくって…」

 「それで何か周りの奴らもそうだそうだとはやし立てるようになって、ある日、『もう聞きたくない』って啖呵切って自分の耳切り落としたらしいっす。」

 「あれって卒業式の1週間前とかだったっけ?」

 「そ。ウチらの学年の先生たちも総動員で事件が起こった教室に向かって大騒ぎだったな。結局中学は別だったからその後は知らないけど。」

 「そ、そうだったんですね」

 私の想像以上の話の内容に、それ以上の言葉は出ませんでした。

 今の東浪見さんの話し方というか、どこか距離感を感じるコミュニケーションはこのためだったんですねぇ。その『聞きたくない』と言うのは果たして妖精の声なのか、それとも周りからの罵倒だったのか…。いずれにしても、私はいたたまれない気持ちとなりました。

 「…姐さんは優しいっすね。こんな話を聞いても東浪見に対して恐怖ではなくて憐れみを抱くんですから」

 「燈和ちゃんは心が広すぎるよ。アタシなんか東浪見の姿見ただけで体、動か無くなっちったもん。敵わないなぁ…。」

 途端にお二人が少し悲しそうな顔をし始めました。ま、まずい。こんなお二人、見たことない。えぇっと…。

 「わ、私が優しいかどうかは分かりませんよ。たった今、話を聞いただけですからね。廻ちゃんと転ちゃんは当事者に近いですし、私も同じ小学校に通ってたらまた違った感情を抱いてたのかもしれません」

 私の言葉を聞いて安心したのか、少し、お二人の顔が緩みました。お二人の反応は当然のものだったと思うので、私と比べて落ち込んでしまうのは流石に心が痛みます。

 「それにしても…。」

 「何?」

 「あ、いえ。何というか、ただ一人でも、理解者がいればまた違った結果だったのでしょうかと思いまして…。私は小学校が違いましたけれども、その場にいれば…」

 「あ~…、でも話ちゃんと聞いてたのはいたよ?」

 「え?」

 「そうそう。同い年でもあの人だけは東浪見の話を1から10まで全部聞いてたよな。ふざけ半分とかではなく、割とマジな感じで。」

 「アタシらもよく付き合わされて一緒に聞いてたけど、あの食い入り方は東浪見とは別の意味でヤバかったよね~。何か質問攻めにしまくってたし。ほんっとそういうとこは昔から変わんないよね~、て…」

 そこまで言うと廻ちゃんははっとして口をつぐみました。続いて転ちゃんも口を固く閉じ、テーブルの上に置かれたお皿に視線を固めてしまいました。

 それって…まさか。

 「…その話を聞いてあげてたのって、もしかして鉄志君ですか?」

 二人は気まずそうに下を向くと、ほぼ同時に首を縦に振りました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ