序章4
愛とは他から奪うことではなくて、自己を他に与えることである。
ー阿部次郎ー
「王手飛車取りだ」
「えっ!?あっ!!ま、待った!!」
「待ったって…お前もう3回目だぞ?ジクロ…」
「頭は目隠しの上にまだ一回も『待った』は使ってないぜ?」
審判替わりのリクシーとテルミが野次を飛ばし始め、それを聞き、ジクロはさらに焦り始めたような声を出し始めた。
「いや、んなこと言ったってよぉ…。頭、強すぎますよぉ…」
ある日の放課後のこと。将棋に自信があるということで仲間の一人であるジクロと、私の自宅にて勝負を行った。が、最初の1戦は私の圧勝であったため泣きの二戦目はハンデと言うことで私が目隠しをした状態で対戦を行うこととなった。で、結果はこの通りである。
「何で目ぇ隠してんのにそんな強いんすか?頭ぁ…」
「お前は目先のものしか見えてないんだよ。猪突猛進。将棋ってのは駆け引きだろ?相手の頭ン中を覗き込んで、どういう手を使ってくるのかをちゃ~んと考えろよな」
「そうそう。まさに『見えざるものを見よ』っていうことだな」
「ていうかよぉ、もうさっさと降参しちまえよ。さっきから何回同じ事繰り返してんだよ。腹減ってきちまったよ…」
「あーもう、うっせぇなぁ!!腹減ったならどっかで何か食ってくりゃあいいだろ!!これは俺と頭の真剣勝負なんだからよぉ!!」
「いやそんなこと言ったって、負けたほうが飯奢るんだろ?」
「はぁ!?俺はそんな話全く聞いてないが!?!?!?」
「これに関してはテルミが勝手に考えたルールだろうけどな。でもまぁ俺もこのルールには賛成ということで」
「ちょっ、おい!リクシー!!何言ってんだよ!!頭からも何か言ってください!!」
「いや、俺は別にそのルールで構わねぇけど」
「そんなぁ!!!」
「文句垂れてる暇あったら早く勝負再開しろよ。早くしねぇとあのうるせぇ双子まで来ちまうぞ?」
「あーそれは大丈夫。あいつら今日は野暮用が入ってるから」
「えっ?そうなんですか?」
「あぁ、なんでも、燈和と限定のケーキを食いに行くんだと。」
「そうなんですか…」
「何あからさまに落ち込んでんだよ~テルミちゃ~ん?」
「おい!!リクシー!!てめぇ!!!」
外野がギャーギャーと騒ぎ出し始めた。頼むからこの狭い私の家で殴り合いの喧嘩は勘弁してくれよ?ただでさえボロで壁に穴が開きそうなんだからな。
それにしても、『見えざるものを見よ』か。リクシーはそう言ったが、残念ながら私はまだ『見えざるもの』を見ることのできる人間には出会ったことはない。現に私の持つ『力』に自ら気づいたものはいないのだからな。
…いや、そもそもそんなものを見る必要はない。パンドラの箱は開けてはならない。その中身を知ってしまえば、もう後には戻れなくなるのだからな。