さよなら、まぼろし
鉄 志
燈和が注連縄を最後の祠にかけると、まず始めに注連縄の紙垂が青白い光を強く放った。そしてその光に吸われるかのように、祠の中の光は徐々に消え、扉の網目状の穴から見える、中の物体の動きも小さくなってい
った。そして。
ぴしゃんっ…!!ぴしゃんっ…!!ぴしゃんっ…!!!
何かが書かれた板のようなものが、それぞれの祠の上部からシャッターを閉めるかのように降りてきて、祠の扉を完全に塞いだのだった。そして、これまで中に入り込むような流れをしていた灯篭の煙も祠の本体から離れ、今はただ床を覆うかのように動いているだけだ。
やはり、燈和の家から持ってきた、あの注連縄が鍵で間違いなかったようだな。恐らく、これは自身と同じ血族にしか扱えないものだったのだろう。いや、単に血が繋がっているだけでなく、その力を発揮しない者には扱えないのだ。
私が傷つく姿を目の当たりにし、燈和の秘められた『力』が現れた。それによって鍵を扱えるようになったというわけだ。いずれが欠けても停止はできなかった。
燈和にはややショッキングなものを見せてしまったかもしれないが、それがスイッチになり、結果としてうまくいった。これならば、わざとあれの攻撃を受けた甲斐があったというものだ。
しかしなぜ、この物体は『力』が発現していない燈和を攻撃しなかったのに、鍵は『力』が発現していなければ扱えなかったのか…。気になる点は山ほどあるが、ま、それは後でゆっくりと考えればいいか。
「鉄志君!!!」
燈和も同じく、全てが終わったことを察したのだろう。私のもとに駆け付け、そして私に抱き着いた。そういえば、全てが終わったら抱き着くと、そんな取り決めを交わしていたな。
そしてそのまま、燈和の中の『力』が抑えられていったのか、髪は艶のある黒に戻り、頭部の角は消失した。
「鉄志君!!私、やりました!!終わったんです!!」
「あぁ!!燈和。ビンゴだ!!ありがとう!!!これで出られる!!」
「あ!!で、でも…」
そう言うと燈和はそのまま顔だけを上げた。その目には、うっすらと涙を浮かべている。
「鉄志君。傷が…」
「あ?あぁ…、こんなもん」
創部の細胞をフルで働かせ、一瞬で傷口を塞いで見せた。これで燈和は、ある程度は『大丈夫』だと思うだろう。
だが実際、ひどい損傷だ。あと1分、装置の停止が遅ければ、私はやられていたか…または元通りだったか。いずれにしろ、あのタイミングでの判断を誤っていたとは思わない。
それよりも、あれとの戦闘と今の回復で現時点で使える私の『力』はあまり残されていない。あとは帰るまでに何事も無ければいいのだがな。
「鉄志君、胸は治ってますけど、腕とか背中とか、他のところも結構ひどいですよ?いいんですか?」
かすり傷とは言えないものだが、全てを完全回復する余裕はない。動くことに支障はないからあとで治せばいいだろう。
「このくらいの傷は残しておくよ。戦いの名誉みたいなもんさ。」
「名誉って…男の人のこだわりは分からないですね。」
燈和はやや呆れた顔をしてため息をつきながら言った。
と、そんないつもようなやり取りをしていると。
「ん?」
「どうしました?」
「なんか、今」
まただ。また私の中で『力』が自動的に使われ始めた。なんだ?何が起こった?祠を見てみる限り、あのシャッター?のようなものはしまっているままだ。何か別の仕掛けがはつどうしたのだろうか。
「大丈夫ですか?鉄志君。」
「あ?あぁ。今のところは。それにしても、なんだ?何が書いてあるんだ?」
「何がです?」
「この祠の…シャッター?だよ」
3つそれぞれの板に何やら文字が書かれている。この私にかかった『力』と何か関係することでもあるのだろうか。
「もういいじゃないですか。ここに来ることはないでしょうし。気になるんだったら写メでも撮って後でゆっくり見てください。早く帰りましょうよぉっ!!!」
「写メったものを『力』で読めるかは試したことねぇんだけどなぁ。ま、いっか」
正直今の私には翻訳能力程度の『力』でももったいないからな。ここは燈和の言うことを聞いておいた方が賢明だ。
「終わった途端に呑気なもんですねぇ、鉄志君は」
本当は呑気でもないのだがな。だが、ここで余裕を見せておかないと、この小娘はまた心配に支配されてしまう。
「終わったからこそだよ。」
小言に小言で返しながら、持っていたスマートフォンを点けた直後、カメラを起動するより早く、私は不可解な点に気付いた。
スマートフォンが示す、時刻だ。
15:23
…おかしい。あの装置による時間のループは15:24を起点としていたはずだ。なぜ、時刻がそれよりも戻っているのだ??
…ん?そもそも、なんで私は、このタイミングでスマートフォンなど取り出したのだ?私は一体、今何をしようとした?
おかしい。思考が変だ。なんだ…何が起こっている?
「…鉄志君?」
私の不穏な様子を察したのか、燈和が振るわせた声をかけてきた。見ると、心配そうに私を見る燈和の姿がすぐに入ったが、私の意識は燈和の姿のさらに向こう側へと行った。その後ろには、あるはずのものがなかったのだ。
急いで振り向き、3つの祠の両隣りを確認してみると、そこには私たちが来た時と同じように、円柱型の台の上に、黒い円錐の物体が乗っていた。
なんだ。どうなっている?倒したのではなかったのか?分からない…。ん?祠に何か、書かれているな。やむを得ない。節約したいが、『力』を使って祠に書かれている文の解読を…。
その内容を把握した瞬間、私の体の中に言いようのない戦慄が走った。先ほどの祠の時よりも大きな動揺。
バカなっ!!燈和の祖先はこんなことをも可能にしたのか!!こんな、時間の流れが多様に入り乱れるようなことが!!!
だが、もしこれが本当だとしたら…!!!だとすれば、このままでは…私はっ!!!
がしぃっ!!!
「きゃあ!?」
考えるより早く、私は燈和の手を取り全力で走り出した。
これまでのことからすると、燈和には影響はないだろう。だが私は違う。現に今、影響が出始めている。そして、その影響から自分自身を守り切れるほどの『力』はあまり残されていない。
できることは、ただ無心になって走り、この施設から…いや、この空間から脱出する。ただそれだけだ。早く、早くしなければ、なぜ今私が走っているのかすらも分からなくなってしまう!!
「て、鉄志君!?ちょっと!!どうしたんですか!!??」
「燈和!!!全力で走れ!!!急ぐんだ!!!早く!!!!」
すぐに、私たちのもと来た穴のある場所へと着いた。よし、まだ記憶は大丈夫だ。私たちが来たのは、下段の右の穴だ。
階段を一段一段降りていては時間がかかってしまう。ならば。
「きゃぁ!?」
私は燈和を抱えると飛び降りるようにしてその穴の中へと入り込んだ。