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亢龍、悔いあり(バイオ・サイボーグより改題)  作者: 詩歴せちる
Heart Of A Dragon
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鉄男


              鉄       志



 燈和が気を失った直後、奴らは仲間を5人その場に残すと、ワゴンカーに彼女を押し込みそのまま走り去ってしまった。

 燈和が連れ去られてしまった。彼女をサポートすると言っていたのに戦闘に熱くなりすぎてこのざまだ。情けない。そして車を近くに待機させていたことに何故気付かなかった。少し考えれば予想できただろうに。本当に間が抜けている。

 だがしかしまぁ、奴らは彼女を連れ去ってもすぐにどうこうするわけではないだろう。

 もし強姦目的での拉致なのであれば、人通りがないとはいえ日中の住宅街のど真ん中で拳銃や薬品まで取り出すほどのリスクを負う必要などなかったはずだ。となれば、そうでもして燈和を連れ去らなければならなかった別の理由があるに違いない。

 それにしても、クロロホルムか。あんなもの、刺激臭が強すぎて気絶される前に気付かれるだろうと思っていたが、要はこういう私や燈和みたいな熱くなりやすい者には有効なのだな。あの臭いに気付けないとは。反省せねばなるまい。

 そしてだ。こいつら、人間らしさが一切見られない。まるで能面が顔に張り付いているかのように無表情。個々が意思を持っているのではなく、例えるなら一台のコンピュータで操られている複数の機械のようなものを感じる。生物としては違和感しかない。

 こいつら、恐らく…。

 まぁいい。こいつらのことは後々調べればいいことだ。今はとにかく、燈和を奪還することに専念しなければ。夕暮れ時とはいえ住宅街で銃声が3発も鳴ったのだ。通報されるのは時間の問題。そして警察がやってくれば私も取り調べを受ける羽目になり、私自身で燈和を救い出すことはますます難しくなってくるだろう。そうなる前に、早々に目の前の残った者どもを片づけ、救出に向かう必要がある。

 傷口を修復すると創部のあった箇所に集中して細胞を動かし、体内に残った弾丸を胃袋の中にまで移動させると、咽頭部に中指と薬指を突っ込み反射を利用してそれらを吐き出した。

 ここまでしているというのに、目の前の奴らは眉毛一つ動かさない。恐怖心が麻痺しているというよりも、感情そのものが無いという印象だ。

 続いて私はレザージャケットを脱ぐと、それを前に突き出し奴らに見せつけた。

 「あーあ…。どうしてくれんだ?このジャケット、結構高かったんだぜ?こんな3つも穴を空けちまってよぉ…。」

レザージャケットを脱ぎ、それを奴らに見せつけるようにして自身の体の前に突き出した。無論、空いた穴をこいつらに見せるのが目的ではない。レザージャケットを右手で持ち、それで頭から上腹部付近まで隠しつつ、頭部の毛髪と体内のケラチンを左手の先端にまで誘導させ、それらを硬質化させて鉤爪を形成させた。

 まぁ2本もあれば十分だろう。髪も素手での戦闘では伸ばしている方が不利であるからちょうどいい。

 そして履いている靴を気づかれないように踵の部分だけ出し、両足の指を第二関節まで伸長させ、さらに踵の位置を高くする。これで準備完了だ。

 チャキッ…。

 拳銃を構える音がした。先ほどは油断したが、今度はそうはいかん。

 持っていたレザージャケットを投げつけると同時に趾行性となった足を少しかがませ、それを一気に伸ばし瞬発的に勢いをつけて飛び掛かった。

 目の前の男がレザージャケットを振り払うのと同時に握り固めた右の拳に勢いを上乗せしてその顔面に叩き込んだ。そしてそれと同時に左側にいた別の男の大腿部に先ほど形成した鉤爪を深く突き刺し貫通させた。

 拳を叩き込んだ者はそのまま後方に倒れ、強く頭を打って失神し、また、もう片方は怪我により片足を地に着いた。よし。これで残るはほぼ3人としていいだろう。

 左手の鉤爪を突き刺したまま、残る右手でその男の足首を掴んだ。

 通常、人間は100%の力を引き出すことはできない。それはもし出せるすべての力を出してしまえばその負荷に体が耐え切ることができず壊れ、修復不能となってしまうからである。

 だが私には100%の力を出し切る術があり、本来なら修復不能のダメージを回復できる手段も持っている。そこが私とお前たちの決定的な違いだ。そしてその決定的な違いがある限り、お前らみたいな人間なんぞには決して負けん。

 力任せに掴んだ足首を引っ張ると、そのまま男の体を宙に浮かせ、近くにいた仲間の一人の頭部に向かって振り回した。

 だが、直前で気付いたその仲間は腕でガードし攻撃を防いだ。しかし今の攻撃でガードそのものは崩れている。ならばこの隙にもう一度攻撃を叩きこむだけだ。

 そのままもう一回転し、さらに勢いをつけると再び頭部に攻撃を加えた。今度はガードは外れていたため直撃し、私が掴んでいた男とその仲間は二人とも失神した。これであと2人だ。

 突き刺さっていた左手の鉤爪を引き抜いた、その直後だった。

 ガシッ。

 後ろから羽交い絞めにされ、さらに残った一人が私の目の前で何かを抜き出した。

 持っているそれは夕日の光を反射させている。

 短刀か…。そんなものよりも先ほど私が失神させた仲間の持っている拳銃を使った方が早いと思うのだが、そこまで頭は回らないか。ま、()()の手下なのであれば臨機応変に戦うということはうやはり不可能なのだな。

 後ろで私を抑える力が増すと同時に目の前の者が私に短刀を向け迫ってきた。

 いくら私の上半身の自由を奪ったところで、下半身を抑え込んでいなければ意味がないぞ。全く。

 首を後ろに反らし、私を抑える者の頭部のすぐ隣に自分の頭部を移動させると、足を屈め勢いよく伸ばした。天然のバネとなっている趾行性の足だ。跳躍力も通常の人間のそれよりも向上している。

 ドズッ…。

 下半身の跳躍により男に乗りながら倒立したような状態になると同時に、私の体の下で音がした。そしてその直後、私の腕を拘束する力が弱まった。

 そのまま突き刺したか…。馬鹿な奴め。

 これで敵はあと一人か。もう後は何も考えず、己の力を出し切って倒せばよいだけだ。

 拘束から解かれた私は残る敵と向かい合った。敵は血に濡れた短刀を握りしめこちらを見ている。その様は、幼少期の私の記憶、この世界で初めて魔力を行使したあの日を思い出させた。

 ここらで一つ、原点回帰といくか。

 今の私の左腕は、前世の姿を模してはないものの、あの時攻撃を仕掛けた形状と似てはいる。ならば、あの時と同じ形で攻撃を行うとするか。

 目の前の男は再び、私に向かって刃を突き出してきた。そして刃が体に触れる直前、私の左手の鉤爪が男の手を貫き、その勢い短刀とともに2、3本の指が飛ばされた。

 能面のような顔が少し、苦痛に歪んでいるのが分かった。自我が麻痺されていても、受ける苦痛を無くすことはできないか。やはり、色々な意味で中途半端だな。

 最後に、私は男の顎に蹴りを叩き込むと、あっけなく倒れた。これで戦いは終了。思ったより早く終わらせることができたな。

 腹を刺された者、指が飛び散った者、大腿部に穴を空けられた者がいるが、直に警察が来るので助かりはするだろう。そして警察が来る前にまだすべきことが残っている。

 失神しているうちの一人の頭部を両手で掴み、親指の先端に裂け目を作り、そこから神経線維を伸ばし男の眼球と皮膚の間に潜り込ませ、視神経と絡ませそれを始めた。

 人間の記憶は脳の中にあり、その脳を構成しているのは当然細胞である。

 細胞はその部位によって働きは違うし、もっと言えば脳神経系と末梢神経系はその情報ルートは大きく異なるわけだが、私の場合、魔力を用いることによりこういった形で他者に触れている間、すなわち種類を問わずむき出しの神経同士が触れ合っている状態においては他者の記憶の情報を自身に送り込むことができる。一言で表すなら「情報の逆流」と言ったところか。

 だが人間の記憶というのはかなり複雑。光景、匂い、音、触感、その他の情報を一度にそれぞれを別ルートから脳に集約し蓄積するわけだ。

私が今用いているこの方法ではその全てを一度に送り込むことはできない。「見たこと」であれば視神経に、「聞いたこと」であれば内耳神経に自身の神経を触れさせる必要がある。

 もしかしたら、脳に直接私の神経を触れさせることができれば一度に全ての情報を得られるかもしれないが、それには頭を文字通り割る必要があり、またこの方法は脳が生きていることが前提であるため実質的には不可能である。

だが今のこの状況では、全ての記憶を引きだす必要はない。要は燈和が連れていかれると思われる場所、すなわちこいつらのアジトさえ特定できれば良い。それは遠い記憶まで引き出さずとも、直近の記憶であれば判明するはずだ。

前世の私であればわざわざこのような面倒なことをせずとも、体の表面から他者に触れるだけであらゆる記憶を引き出すことができたが、もっと言えば死体からでも記憶を引き出すことができたのだが、この世界においては科学法則により魔力の使用に制約がかかっているため試行錯誤をした結果この方法を編み出したのである。

 さてこの男の視覚に関する記憶は…っと。

 魔力を使い、この男の今日今までの記憶の情報を後頭葉の視覚野から引き出し、早送りの逆再生をするように自身の脳に送り込んだ。

 私との戦闘。その前は、ワゴンカーに乗っている。先ほど燈和を連れ去ったものだ。ワゴンカーに乗ったのは駅の前。仲間が迎えに来ていたのか。その前は電車に乗り、別の駅周辺で、ただ歩いている。ひたすら徘徊している。歩きながらきょろきょろと辺りを見渡しているため、視界は一定に定まっていない。何か、いや、燈和をずっと探していたのか?そしてさらに記憶を遡り午前。ここにも電車で来ていたらしく、総武線車内の光景、そして千葉駅の光景が映った。そのまま記憶をたどると、栄町の雑居ビルから出ていく光景が入ってきた。ここの前は何回か通ったことがあり見覚えがある。ここが奴らのアジトだな。そしてその雑居ビルの4階でリーダーと思わしき中年の者が仲間一人一人の首筋に何かを施していた。爪を食い込ませている。先ほどのこの者たちの様子とこの中年の男が行っていることを考えると、やはりな。私の予想は正しかったようだ。

しかし、そうなると少し厄介だ。今の私では苦戦を強いられるかもしれない。

ま、今はそんなことを気にしている場合ではない。とにかく、奴らのアジトの場所が判明しただけでも大収穫だ。場所も分かる。そしてここからそう遠くは離れていない。すぐに追いつけるが、少し準備が必要だな。

 ファン…ファン…ファン…!!!

 パトカーのサイレンの音が段々と大きくなっていくのが聞こえ始めた。ちょうど情報収集が終わったところだ。いいタイミングだったな。さて、私自身も捕まってしまわない内にさっさとここを去るとするか。

 神経を男の目から取り出し、再び体内にしまい込むと右手にも鉤爪を形成させ、趾行性の足をかがませて跳躍し、住宅の屋根のすぐ下の外壁に鉤爪を立てて張り付いた。そしてそのまま屋根に上り、地上から死角となる場所を伝って誰にも気づかれぬようその場を後にした。


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