VISIT
燈 和
「鉄志君、これは…」
見慣れた巽谷さんの家の門に付けられているその表札には、以前私が自宅の倉庫で鉄志君に見せた、あの書物に書かれているあの文字が書かれていました。
「…龍宮屋敷」
表札を見ながら、鉄志君は小さな声で言いました。
「えっ?」
「ここはそういう名前の建物らしい。元の世界の巽谷さんの家ではなさそうだな」
やはりこの空間は、私達の世界と瓜二つのようですが、その中身までは違うということなのでしょうか。だとすれば一体、何なんなのでしょう。誰が、どういう目的で作ったのでしょう。
「ど、どうします?鉄志君。」
「入ってみよう」
「えぇ…、こんなよくわからないところによく入る気になれますね。」
「どうせ現時点では後戻りは出来ねぇんだから、行くしかねぇだろ。それにもしかしたら、元に戻るための何かしらのヒントの一つでもあるかもしれねぇしな」
「それはそうですけれども…。」
「嫌ならそこで待っとけ。俺は行ってくる。」
「あぁっ!?待って!!こんなところに一人にしないで!!!」
私の不安をよそに、鉄志君は何の躊躇いもなく門に手を当て、一気に押すと、門は音もなく開きました。
門からは石造りの通路が続いており、途中で二手に分岐しています。片方はまっすぐ玄関の方に、もう片方は左手に続いています。ここからでは家屋に隠れて見えませんが、元の世界の巽谷さんの家を考えれば、こちらはお庭の方になりますね。
ここから見える玄関の扉は木製で引き戸、そして磨り硝子が嵌められており、中の様子はここからでは分かりません。
どこからどう見ても、小さなころから見覚えのある、巽谷さんの家のものです。どうやら家の造りはそのままみたいですが…。
鉄志君はそのまま玄関に向かって歩き始め、私はその後を追うようにしてついていきました。
「ん?」
少しだけ歩くと、鉄志君はちょうど分岐点で立ち止まり、首だけ動かして庭に続く方へと目を向けました。
「どうしました?」
「…何かいる」
「な、何かって何ですか?嫌ですよ?霧の中から得体の知れない生き物が襲い掛かってくるなんて展開は…。」
「面白いじゃねぇかよ。映画の中に入り込んだみたいで。」
「今まさに現在進行形じゃないですか。そもそも私はそういうパニック系よりもロマンチックなラブロマンスの方が…」
「自分から話を振っておいて何を言う。んなことよりも、あれ」
「えっ?」
鉄志君の指さす方を見てみると、少し離れたところに、1メートルに満たないくらいの生物がいるのが目に入りました。
「…なんでしょうか。あれは…鶏?」
赤い鶏冠に茶色の羽がかろうじて確認できましたが、それ以上はここからでは分かりません。というのも、その生き物の動きが異様で、ちゃんと確認することができません。普段から見る、餌を探して歩き回って地面を突いているとか、そういう鳥類の動きではなく、その場でぐるぐると回っているだけのようです。その動きは少なくとも、鶏のそれを感じさせません。
「…なんだぁ?あの動きは…。」
鉄志君の後ろにくっつきながらさらに近づくと、そこにいたのは、やはり鶏とは似て非なる生き物でした。
確かに、赤い鶏冠があり、茶色の羽毛とそれに少し混じっている黒い線、黄色い足はよく見る鶏の姿でした。が、それは途中までで、本来の鶏の尾がある部分には鳥類のものではなく、緑色の鱗に覆われている太い爬虫類のような尾が生えていました。背中にも、魚類を連想させる背びれがあります。遠目からはよく分かりませんでしたが、全体の大きさも、普通の鶏よりも一回り大きい。
その奇妙な生き物が、自身の尾を咥え、自分の体で輪を作り、その場をぐるぐると回っているのです。だたひたすら、何周も何周も、ぐるぐる、ぐるぐると…。
それが目の前に3匹いますが皆が皆同じ動きをしています。
「な、何なんですか!?これ!?」
「う~ん、俺の前世にも似た生物がいたがこんなサイズじゃねぇし、こんな意味不明な動きをする習性なんて無かったはずだが…。それに生物を見つけると無差別に襲い掛かってくるような奴だったしな。似て非なるものか…」
「えぇ…鉄志君の前世の世界はどんな危険地帯だったんですか…。」
「それは話すとキリがないからまた別の機会に。それよりも、おかしいのはこの鶏もどきだけじゃない。地面を見てみろ。」
「えっ…、あっ!?これは、ムカ…」
ムカデに見えるそれはよく見ると頭と尾が繋がって輪っかとなっており、鶏のような生き物と同じくその場をぐるぐると回っているのが目に入りました。その数は鶏よりももっと多く、ざっと目に入るだけで20匹程度はいます。
「ひぃっ、な…、き、気持ち悪いぃ!!!」
「何だろう。何かしらの奇形でもあるのか…」
「ねぇ!!もうここ離れましょうよぉ!!何かの放射線とかそういうの出てるかもしれないじゃないですかぁ!!」
「俺たちは特殊な生物だ。放射線とかは効かないだろう、多分。」
「確信を持って言って下さいよぉ!!!」
「さて、こっちが庭だな。」
「ねぇってば!!」
私の言葉も虚しく、鉄志君はずかずかと庭に入っていきました。こんなところに置いてけ堀にされるのは嫌なので私は仕方なく鉄志君に着いていきました。こんな気持ちの悪い生物のいる中よくもまぁ平気で歩けますねぇ。まぁ鉄志君の場合、前世でもっとすごい生物を見てきているのでしょうし、今の鉄志君自身にもほぼ怖いものなど無いのでしょうけれどもね。
鉄志君についていくままに庭へ足を踏み入れましたが、一見すると、庭の造りそのものも、巽谷さんの家のものと同じに見えます。庭の真ん中を突っ切るようにしてある石造りの通路、その途中にある小さな池、そして通路が続く一番奥には少し大きめの花壇があり、そこには赤い色の花がたくさん咲いていました。
ただ、石造りの通路の両側にはやはり、あの鶏とムカデが何匹もいます。しかし鉄志君はそんなものを気にもせず庭を突っ切っていき、そして池の前でその足を止め、じぃっと見入り始めました。
「…で、池には何がいるんです?あまり見たくはないですけれども…。」
追いついた私が鉄志君に聞くと、彼は目を池に向けたまま答えました。
「う~ん、何がいるっていうか…何が起こってるのか…」
鉄志君の視線の先にある池の水を見てみると、渦を巻いているのが目に入りました。
…いえ、よく見ると渦を巻いているのではなく、流れるプールのように円を描くようにして水が流れているだけです。どこかから水が流れてきているわけでもなく、風が吹いているわけでもなく、また何かしらの生物がぐるぐると泳ぎ回ってるわけでもなく、ただただ水だけがぐるぐると回っているのです。
「中に送水口があるわけでもなさそうだな…。」
池の水は透き通っていて、中を覗く限りだと確かに鉄志君の言う通り何かしらの装置があるわけでもなさそうでした。
「…水がひとりでに勝手にぐるぐると回ってるってことですか?」
「見てみる限りだとそうとしか思えない。中に手ぇ突っ込んで確認してみるか…」
「やめてくださいよぉ!!!何が起こるか…あら?」
「どうした?」
「あれ、あの花壇の花…」
花壇にある花は、先ほど見た時は赤い色をしていたはず。しかし今は確かに、その全てが青色をしています。
「…色が変わってるな。どういうことだ?」
鉄志君は花壇の方へと歩き始め、私もそれに続きます。そして近づくにつれ、その花の色は黄色となり、紫となって、やがて花壇の目の前に着いた時には燈色となっていました。
どうやら、見る角度によって色が変わっているようです。こんな花、聞いたことも見たこともない。
「…鉄志君の前世ではこんなお花はありました?」
「いや、初見だな。そもそもこれは、元々自生していたものではなく、何かしらの品種改良でもされていたんじゃないか?」
「え、なんのために?」
「そりゃあ…まぁ、観賞用とかか?んで、それを売って、儲けを出して…贅沢するみたいな?」
「鉄志君は真面目な話をするときは結論を出す前に話始めないほうが良いですよ?なんかふざけているような感じになってしまってます」
「やかましい!いずれにしろ、ここは何かしらの実験施設の可能性が出てきたってことだな」
「じ、実験施設って…」
「だってそうだろ?あの鶏だって、自然にいるようには思えない。動きがバグってる。そして通常の方法では入れないようにしていることを考えると、大そうなものを、極秘で開発していたんじゃないか?」
これだけのなんで情報でそこまでの考えにたどり着けるんですか…。いつもながら気になるところですが、鉄志君は前世でどんな一生を送ってきたのでしょう。少なくとも、平和的ではなさそうですよねぇ…。
「でも、それじゃあなんで私たちはここにやってこれたのですかねぇ…」
「流石にそこまでは今の時点では分からないが…ん?」
話の途中で鉄志君は私の後ろの方に視線を向けました。
「もう、今度はなんです?」
「あれ、見てみろよ。」
鉄志君の指さした方を見てみると、縁側が目に入りました。そして戸は開きっぱなしになっているのが目に入りました。しかしながら、中は薄暗く、室内がどのようになっているかまでは分かりません。
「あそこから中に入れそうだ」
「…鉄志君、不法侵入は犯罪ですよ?」
「まぁあれだ。一応は燈和の知り合いの家と同じ見た目なんだろ?だったらまぁ、絶対にないとは思うが、誰かに何か言われたら『知り合いの家と似てたんで間違えました。ごめんなさい』で大丈夫だろ。俺ら未成年だし。」
「確信犯じゃないですかぁ!!!」
「不安なら一言声をかけてから入れば大丈夫だろ。おじゃましまーす!!」
返事が返ってくる前に、鉄志君は靴を脱ぎ捨てると、遠慮なくずかずかと家の中に入っていきました。
「鉄志君!!!もう!!」
とは言ったものの、やはりこんな気味の悪いところに一人にされるのは嫌なので私は鉄志君に着いていくしかありませんでした。
やれやれ。私と言う生き物はやはり鉄志君と言う生き物には敵わないのですね。




