Electric Eye
鉄 志
この人間の体では奴の持つエネルギー全てを得るのはやはり不可能であったか。仕方がない。奴の体の大きさから考えれば当然である。どんな世界であれ、生物はその体が大きければ大きいほど内に持つエネルギー量は必然的に大きくなる。
一体どの程度のエネルギーを奪えたかは分からないが、恐らくは大した量ではないだろうな。現に奴はまだまだ攻撃の体勢を見せているし、体の側面の発光体は先ほどと変わらない頻度で発光し、威嚇を続けている。
「ぎぃぃぃぃぃいいいいいいいい!!!!!」
「うぉっ!!!」
「きゃあっ!!!」
奴の掌が私たちの上から振り下ろされた。間一髪で避けることができたが、先ほどとは比べ物にならないスピードだ。どうやら私が奴のエネルギーを直に奪ったことでさらに怒らせてしまったらしいな。
「燈和、こっちへ。」
「え、えぇ…」
「ばらけるとかえって危ない。俺の背中に捕まっててくれ」
「え、えぇっ!?いや私個人的には嬉しいですけれども、鉄志君私を背負ったまま戦えるんですか?」
「エネルギーは十分だ。何とかしてみせる。ただし俺は今両腕が見た目通り使えない状態だ。しっかり捕まってろよ。」
「わ、分かりました。あの、お手柔らかに」
「保証できねぇな」
「ぎぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!!!!!」
「おぉっとぉ!!!」
話している間に再び奴の攻撃が始まった。跳躍力を上げるため、足は趾行性にしておいた方がいいか。
ぶぉん!!!!
奴が腕を横振りしてきたのを跳躍で後退し回避した。が、その直後。
「え゛ぇ゛ん゛!!!!」
今度は大きな口を開けてこちらに向かってきた。
「おぉっとぉ!?」
ガキンっ!!!
さらにバックステップで噛みつきを回避したところで奴に隙ができたのを見逃さなかった。
「そらぁ!!!」
バシィィン!!!!!
「ぎぃ!!!!」
奴の側頭部に横蹴りをお見舞いすると、短い悲鳴を上げた。だがあまり手ごたえはない。
シュルッ!!!
蹴りが当たった直後、奴の首にある触手が伸び左足に絡みついた。そんな使い方もできたのか。
「くっ…!燈和、一旦離れろ!」
「はいっ!」
触手が絡まると同時に奴は一気に後退を始め、私の体は奴のされるがままに地面に引きづられていった。そして奴は頭部を高く上げ、そしてそのまま地面に向かって振り下ろした。
どがぁ!!
私の体は思いっきり地面へと叩きつけられた。痛感覚は遮断してあったが、その衝撃は肺に達し、呼吸がやや苦しくなった。
どがぁ!!どがぁ!!どがぁ!!どがぁ!!
奴は同じ動作を繰り返し、容赦なく私の体を何度も地面へと叩きつけていった。このままでは私の体がもたない。早くこれを解かねば。
絡みつく触手をもう片方の足に形成した鉤爪を突きつけが、私自身の不安定な状態でうまく力を込めることができないうえ、触手の外皮は予想以上に固く千切ることができない。
くっ、どうする!?
「ぐぇぇ!!!」
何度目かの攻撃の後、奴の頭部が再び上がる途中、突如叫び声を上げ、絡みつく触手は解かれ、私の体は宙を舞い、そのまま集会場の屋根の上に叩きつけられた。
何だ?一体何が起こった?
急いで下を見てみると、奴の左足に刺さりっぱなしになっていた鉈を燈和がぐいぐいと動かしているのが目に入った。そしてそれと同時に燈和の上に奴の丸くて太い尾が迫っているのもだ。
「燈和ぁ!!」
私の声で燈和は奴の尾に気付いた。そしてすぐに飛び込むようにしてサイドステップをすると奴の傍から離れた。
ずぅぅん!!!
轟音を立て、奴の尾は先ほどまで燈和のいた位置に大きな凹みを作った。良かった。助けてくれるのは良いが、あまり無茶はしないでほしい。
だが、燈和が奴の傷を広げたおかげで、奴は再び体制を崩した。そして私は今、奴の無防備な背中が良く見える位置にいる。全てがうまく事を運んだようだ。
変形させた右腕をその無防備な奴の背中に向けると狙いを定めた。先ほど奴の背中に鉤爪を食い込ませたことで、見た目ほど硬度が無いことは分かっている。飲み込んだ弾丸全てと体内の金属成分、および硬質化させた細胞で固めて作ったこの特殊弾丸であれば容易に貫くことができる。狙うは…。
しかし私が構えた瞬間、それに気づいた奴が頭部をこちらに向け、それと同時に尾の先端も向けた。
その直後、奴の尾のV字の突起の間に、二本の光の筋が現れた。そして次の瞬間にはその光の筋は形を変え、一つの大きな球となった。
「何だ?」
奴はブォン、といきおいよく尾を振るうとその光の玉は突起から離れ、こちらに向かって飛んできた。
まさか遠距離攻撃を行うとは予想外だったが…だがその軌道では私の体には当たらない。恐らくは屋根の端で止まるだろうな。
どぉぉぉぉんっっっ!!!!
球は私の予想通り屋根の端に当たった。だがそれは当たると同時に爆発を起こし、その爆風で着弾地点周囲の屋根の瓦が吹き飛び、そこが大きく抉れた。
今の攻撃…体内のエネルギーを使ったのか。そんなことまでできるとは。
私が感心すると同時に呆気に取られていると、奴の尾には再び光の筋が現れ始めた。
「!!!くっそぉ!!」
どおおおぉぉぉぉおおおんっっっ!!!!
屋根から飛び降りると同時に、奴の放った光の玉は私が先ほどまでいた場所に着弾した。集会場の屋根はほとんどが吹き飛び、地面に降り立った私に瓦の欠片が大量に降り注いだ。
「鉄志君!!!」
「え゛ぇ゛ぇ゛ん!!え゛ぇ゛ぇ゛ん!!」
私の元に駆け寄る燈和の後ろから。化け物が大口を開けて迫ってきている。
「燈和!!伏せろ!!」
「ひぃっ!!!」
燈和が身を屈めて伏せると同時に、大きく開く奴の口に向かって変形させた右腕の肘から先を地面と垂直にして突っ込み、そのまま口が閉じるのを防いだ。すると奴は先ほどのように首を上げ、私の体は再び宙に浮いた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
奴の叫び声が容赦なく鼓膜を刺激し、同時に漂ってくる腐臭にも似た悪臭が私を包み込んだ。だがそんなことは小さな問題にもならない。
ミシミシミシッ…。
体がデカいだけあって咬合力も相当だな。このままではせっかく作った武器が破壊されてしまう。急いでこの場から抜け出さねば。
ずっ…!
足に形成した鉤爪を奴の首に突き刺し、そのまま下に引くと首の皮膚が裂け、そこからピンク色のどろどろとした奴の体液が溢れ出した。
「ぎぇぇぇぇぇええっぇぇぇえええぇぇえぇえええ!!!!!!!!!!」
「ぬぉ!!!」
痛みに耐えかねた奴は口を大きく開け叫びだし、同時に私の体は放りだされた。頸動脈を狙ったつもりであったが、そこまでの出血はしていないようだ。やはり、この世界の生物とは体のつくりは違うか…。
まぁいい。右腕を破壊される前に奴から離れられたのならば、後はこれを使い仕留めるだけだ…。
「え゛ぇ゛ぇ゛え゛んっ!!!!!」
怒り狂った奴が私に向かい、叫び声を上げながらその頭を振り下ろした。
「くっ!!!」
どがぁあぁあああ!!!
横転し避けると、先ほどまで私がいた場所には大きなクレーターができた。そして奴は地面に頭を突っ込んだまま首の触手の何本かをこちらに伸ばし、それが私の体に絡んだ。
ザシュっ!!
絡むと同時に横から燈和が現れ、私に絡んだ触手を持っていた鉈で切り落とした。いつの間にか引き抜いていたのか。無茶はするなとは言っていたが、ここばかりは非常に助かった。
「鉄志君!!!大丈夫ですか!!」
「あぁ!!助かった!!すまない!!」
今の燈和の攻撃で触手の一部が切断された。これで少しは奴の探知能力が低くなってくれればよいが…。
だが、私の考えとは裏腹に奴の触手の切断面が段々と盛り上がってきたかと思うと一瞬のうちにそれが伸びに伸び、やがて元通りとなってしまった。
「え゛ぇ゛ぇ゛え゛んっ!!!!!」
バシィィン!!!
再生した触手の一本が燈和に向かって伸び、持っていた鉈を弾き飛ばしてしまった。
「きゃあっ!!」
「燈和!離れろ!!!森の中へ!!早く!!」
「あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛ぎぃ!!!!」
今の状態では燈和を守りながら戦うのは難しい。私が奴を引きとどめ、どうにかするしかないか。
どがぁ!!!
今度は奴の握りこぶしが振り下ろされ、それをバックステップで避けると地面にヒビが入った。
その次の瞬間には今度は尾の先端がこちらに向き、光の筋を作り、先ほどよりも小さくはあるが、光の玉が私に目掛けて飛んできた。
「くっ!!!」
どがぁあぁあああん!!!!
一瞬で身を屈めそれを避けると、私の後ろにあった小屋は轟音と共に跡形もなく消し飛んだ。
シュルッ!!
立ち上がらせる間も与えない内に伸びてきた奴の触手は変形させた右腕に絡まり、体が奴の元へと引き寄せられた。が、足の鉤爪を地面に食い込ませ、その場に踏みとどまった。先ほどは油断したが、今回はそうはいかんぞ!!!
「おぉぉぉぉぉおおおおらぁぁぁあああああああ!!!!!」
ぶちぶちぶちぃ!!!
全力を持って右腕を引っ張ると、絡む奴の触手は真ん中の辺りで音を立てて引き千切れた。
ばぁぁん!!!!
直後、奴は頭部で私を突き上げ、叩き飛ばされた。くそっ。触手を囮にしたのか?だが、今ので距離が出来たか…。
私が立ち上がっている間に触手は千切れた箇所から再び再生し、一瞬のうちにまた元通りとなった。
「ぎぇぇぇぇぇええっぇぇぇえええぇぇえぇえええ!!!!!!!!!!」
怒り狂う奴は一瞬で私の元に駆け寄ると手、頭、尾、そして首の触手までをも使い、再び猛攻を仕掛け続けた。
くっ…。攻撃のパターンが多すぎて隙ができないうえ、あの図体でこんなにも素早く動けるとは。避けるのに精一杯だ。このままでは確実に奴を仕留めるべき箇所に撃つことができない。かといって、このまま奴から吸い出したエネルギーを体内に留めておいては、いずれ私の体はそれに耐えることはできず破裂する。
だがこんな状況になっているにも関わらずだ。脳のリミッターが外れ、抑制された魔力が解放される様子は一向にない。魔力さえ自由に使えればこのような奴、一瞬で勝てるというのに!!
さて、どうする!?
その時だった。
パァー!!!パァー!!!パァー!!!
パァー!!!パァー!!!パァー!!!
どこからともなく自動車のクラクションの音が鳴り響き始めた。いや、あのクラクションの音は…。
「お頭ぁー!!!!」
「鉄兄ぃー!!!!」
単車に跨った廻と転が私を呼びながら近づいてきた。あの森の中を単車で抜けてくるとは…。
「お前ら、戻ってきたのか!?」
「あたぼうよ!!!アタシらが黙って待っていられるタイプの人間だと思う?」
「お頭ぁ!!!加勢します!!!あの女は小屋で休んでいます。大丈夫ですよ!!」
普段だったら説教をするところではあるが、今この時はありがたい。
「助かる。廻!転!今みたいにクラクションを鳴らしながらあいつの周りをひたすら走り回れ。腕のリーチが相当あるから10メートルは距離を空けろ」
「あいよぉ!!」
「そんくらいお安い御用っすよ!!」
俺の命令を聞くとすぐに二人は怪物の周りを走り始めた。
パァー!!!パァー!!!パァー!!!
パァー!!!パァー!!!パァー!!!
「おらおらおらぁ!!!」
「ビビってんじゃねぇぞぉ!!!」
二人は挑発的な言葉を浴びせつつも、私の言いつけを守り、必要以上に近づこうとはしない。
「ぎぃぃ…」
そして奴はけたましく鳴り響くクラクションに翻弄され、頭部と首の触手を動かすだけで、その場にとどまっている。今が最大のチャンスではある…が、致命傷を与えられる状況ではない。
様子を探っているその頭部の動きはその大きさに比してかなり素早い。そこに体内で作った弾丸を当てるのはほぼ不可能。そして弾丸は一発のみ。危険な賭けはここでは行わないのが賢明だ。
となれば狙うは心臓。先ほど奴の背に上った際、足に形成した鉤爪を刺したことで、そこに伝わる脈拍で奴の心臓の位置はほぼ特定している。
だが、奴は今体を伏せ4足歩行を行っている。今の奴の姿勢ならば、心臓を打ち抜くのは不可能だ。どうする…。
その時、森の中へ逃げていたはずの燈和が駆け足で奴に近づいていき、軽やかな身のこなしであっという間に奴の背に上ってしまった。クラクションを鳴らしながら奴の周りを走り回る廻と転がうまくカモフラージュし、近づく燈和には気付かなかったようだ。
そして燈和は奴の背に刺さっている刺入部品を力任せに前後左右に激しく動かし始めた。
「ぎぇぇぇぇぇええっぇぇぇえええぇぇえぇえええ!!!!!!!!!!」
金切り声を上げながら奴が暴れだした。燈和、一体何をしている。
だが次の瞬間、私は燈和の意図していることをうかがい知ることができた。
苦痛から逃れようと、奴が両腕に勢いをつけ、その体を浮かせた。先ほど私が奴のエネルギーを奪った時と同じ行動だ。燈和はこれを狙っていたのか。そして私が奴の心臓を狙っていたのもちゃんと理解していたのか。大した奴だよ。全く。
そして奴の体が完全に直立し、その体の内側が私の目の前に現れた。これで確実に奴の心臓を狙える。
肘から先の銃身を奴に向け、次いで変形させ大きく隆起した肩から二の腕に溜め込んだエネルギーを全て電流に変換し銃身に流れ込ませた。これでお手製のレールガンを射出させる準備が整った。
…が、別の問題が生じた。
この状態で奴の心臓を打ち抜いてしまえばあの位置にいる燈和を巻き添えにするのは確実だ。それだけは何としても避けなければならない。しかしここで攻撃を止め放っておけば先ほど私にしようとしたように、奴は後方に倒れ、自身の体重を利用して燈和を押しつぶすだろう。すなわち、この機会を逃すということは燈和を見殺しにすることを意味する。
…仕方がない。こうなれば!!
ドッシュゥゥゥゥゥゥウッ!!!!
射出孔から放たれた自家製弾丸はまっすぐに奴の腹部へと向かって行った。そして。
ドズゥゥゥゥゥウウウンンンンン…!!!!!!
「え゛ぇ゛ぇ゛え゛ん…!!!!」
私の放った特殊弾丸は奴の腹に大きな風穴を空け、奴の体はゆっくりと後方に傾き始めた。
そして、それと同時に…。
バッ…バスッ…ババッ…バァァァァン!!!!
変形させていた右腕のあらゆる部位が破裂した。いくら硬質化させようと所詮は生物の細胞。その脆弱性全てをカバーすることはできないか…。いや、今はそれよりも早くしなければ燈和が潰されてしまう!!
「燈和ぁ!!!」
急いで怪物の背部に回り込み燈和の姿を見つけると、両足に力を込め、燈和に向かって跳んだ。
両腕は使えない。ゆえに今の私には燈和を捕らえることはできない。ならば!!
どん!!
「きゃあっ!!!」
そのまま体当たりをし、燈和の体を突き飛ばして化け物の体から離れさせた。そして急いで形成してあった鉤爪を倒れ行く奴の背部に引っ掻けると今度は自身の体を足の力を引っ張り、そのままの勢いで再び跳躍し、奴の体から離れた。
ずぅぅぅぅぅぅんん…!!!!!!
轟音と共に奴の体は反転し、仰向けになって倒れ込んだ。先ほどと違うのは、もう奴には体勢を直すほどの力は残っていないということだ。
「お頭ぁ!!!」
「鉄兄ぃ!!!」
そのまま地面に倒れ込んだ私の元へ廻と転が近づいてきた。
「鉄志君!!無事ですか!?」
「あぁ…何とかな」
「ひぇっ…鉄兄ぃ、腕が抉れてる…」
「ほ、本当に大丈夫っすか!?」
「このくらい大丈夫だよ。」
傷口を急いで修復させ、形成していた右腕の射出孔を解体し、骨を融解して棘状にすると筋肉や皮膚、その他の組織を分離させ、それを露出させた。
「うぇっ…お頭何やってんすか。ちょっとグロすぎますよ。」
「仕留め損ねている。とどめを刺さねぇと…」
骨で作った棘を地面に突き立てて立ち上がると、仰向けに倒れている奴に近づき、その腹の上に上った。
腹の皮膚は背中以上に柔らかい上、瀕死の奴は大きく呼吸をしているために歩くたびに足がもつれそうになる。転げ落ちるのを防ぐため、足に形成した鉤爪を食い込ませるたびにピンク色のドロッとした体液が溢れ出した。
「え゛っ…え゛ぇ゛ぇ゛ん…うぇ゛…」
手を伸ばせば捕らえられる位置に私がいるのにも関わらず、奴は絞り出すような声を上げながら、手足をピクピクと動かしているだけだ。心臓を撃つのには失敗したが、それでもかなりの損傷は与えられたか。
「お前の不幸はよくわかる。俺もお前と同じ、別世界からここに連れてこられてんだからな。もし理解者がいなけりゃあ、俺もお前みたいになっていたかもしれない。だがな、この世界では俺も、その理解者共も、それ以外の奴らだって皆生きる権利はあるんだ。それを無差別に奪おうとする奴はやはり見逃すことはできん。」
奴の胸部に右腕を突きつけた。今度は外さん。これで終わりにしてやる。そして私が力を込めた、その時だった。
「ぎぇぇぇぇぇええっぇぇぇえええぇぇえぇえええ!!!!!!!!!!」
「ぬぅおっ!!!!」
奴が金切り声を上げた。断末魔と言うやつか。その凄まじい声を至近距離で浴び、また耳を塞ぐことができない私は怯んでしまった。
その次のことは一瞬だった。
奴の首の両側面にある触手がボロボロと全て抜け落ちたかと思うと奴の首から先が急に小さく縮まっていっていき、胴体部から首が離れた。その大きさは頭部を含めても1メートル弱程で、取れた首の、胴体が付いていた側には先ほどまであった触手のようなものが1本あるだけである。
取れた頭部全体に、小さな焦げ茶色の斑点が出てきたかと思うとそれらは急速に大きくなっていき皮膚から飛び出るように少し盛り上がっていき、やがて爬虫類を彷彿させる鱗のような形となり首の内側を除く全体を覆ってしまった。
そして最後に頭部の両側にあった眼窩のようなくぼみから黄色の球体が二つ、泡が膨らむかのようにして発生したかと思うと、猫の目のような細い黒目が現れた。
「えぇぇん…」
一回だけ鳴くと、そいつは体を真っすぐに伸ばして地面の上を滑るかのように走り出し、やがて森の中に消え見えなくなった。
奴の姿が見えなくなると同時に残っていた奴の体は急速に暗褐色になると、やがてボロボロと崩れ、地面の泥へと混じり消えていった。
体の骸が消えると同時に雨が止み、雲の間から日光が差し始めた。日光は地面を照らし、地面に多数ある水たまりが反射光を発し。私たちの泥だらけの体を薄く照らした。
目の前の一瞬の出来事に4人が全員唖然とし、しばしの沈黙が流れた。一見すると、あの形状は蛇のようにも見えた。いや、蛇と言うよりも、あれは…。
「鉄兄ぃ…」
「何だよ」
「ツチノコって…本当にいたんだね。」
そうだ。あの形状、どこかで見たことがあるとは思ったが、まさにツチノコのそれだ。案外、この世界に伝わるUMAの類というものはいずれも別世界から迷い込んだ生物であるのかもしれないな。
「くぅっ…」
「鉄志君!?」
一応の危機は脱したためか、急に体に力が抜けてしまった。このまま眠ってしまいたいところではあるが、まだすべきことは残っている。
私はまず両腕の修復を始めた。骨はまだほとんど残っているが、先ほどの破裂で私の両腕の筋肉や皮膚の一部分は消失してしまった。修復する形は最低限としたいがそれでも皮膚、筋肉そのほかの材質が足りない。となれば、ほかの部位のものを使うしかないな。
そうして修復の終わった私の両腕、両足は木の枝のように細くなってしまったのである。
「あははははっ!!鉄兄ぃ腕細っせぇ!!!」
「ついでになんか足も細くなってるし!!!」
「ちょ、ちょっと廻ちゃん!!転ちゃん!!」
「とか言いつつ燈和も口元にやけてんじゃねぇか!!お前ら俺が回復したら覚えてろよ…」
「まぁそれは置いといて、実際問題その手足で帰れるんすか?立ち上がっただけで倒れそうな勢いっすよ」
「あぁその通りだ。修復したはいいが、このざまだ。ついでに言えば出血量も多くて血が足りてねぇ。立ち上がることそのものが辛い。」
「しょうがないなぁ、鉄兄ぃは…」
そういうと周りは来ていた服の襟元を大きく開けると、私に向かって首筋を見せてきた。
「なんのつもりだよ。」
「血が足りてないんでしょ?まぁ、鉄兄ぃだったらいいよぉ」
「そんな顔を赤らめながら言われてもだな、廻は血液型O型だろ?俺はABだからお前の血は使えねぇよ」
「ちっくしょうっ!!」
「くっ!!ウチもO型だ!!無念!!」
「何と戦ってんだお前らは…」
「それじゃあ私の血を使ってください」
今度は燈和が先ほどの廻のように首筋を見せつけてきた。
「いいのか?献血場みたいにお菓子やジュースは出ないぞ?」
「かまいませんよぉ!!私の血が鉄志君の血肉となるのであれば!!」
…最後のは聞かなかったことにしとくか。いずれにせよ、ここで血液が少しでも得られるのは非常に助かる。
「わかった。ありがとう。それじゃあ遠慮なく」
私は右手で燈和の首筋に触れると、手首の血管を枝分かれさせ、それを体外に露出、伸長し、そのまま燈和の首の頸動脈につなげ、血液の供給を開始した。
「えっ!?ちょっ!!なんなんですかこれはぁ!!??」
「いやだから血液もらうって言っただろ。むしろ燈和から言い出してたじゃねぇかよ。」
「いやそれはそうなんですけれども!!なんかこう、首筋を噛むとかそういうのじゃないんですか!?」
「俺は蚊でも吸血鬼でもねぇぞ。それに一度消化管に入れてから吸収させるよりこうして直接体内に入れたほうが効率的だろうが。輸血だってそうだろ。」
「いや、それはそうなんですけれども!!でもやっぱりこんなのいやぁ!!」
「セ、セ~フ…」
「確かにこれは何か嫌だな…」
先ほどまでの悔しそうな顔はどこへ行ったのだ。中途半端な決意で血液を提供しようとするんじゃない。全く。
「ふぅ…これで少しはマシになったかな…」
「うぅ…こんなの嫌ぁ…」
「いつまで泣いてんだよ。勝手に勘違いしたのはそっちだろ。ったく」
「お頭そりゃあないっすよ」
「女の子泣かしてんだからそこはちゃんとフォローしないと」
だから勝手に勘違いしたのはお前らだろうに。何故私の方が悪いということになっているのだ。だが、まぁ血液を分けてもらったことである程度体力は回復しているわけだから、少しくらいの我儘は聞いてやるとするか。やれやれ、日に日に男の立場が弱くなっていっている気がするな。この世界のこの国は。
「あー、その、なんだ。いうこと何でも一つ聞いてやるから機嫌直してくれよ。な?」
「あらそうですか?楽しみにしてますね♪」
顔を上げた燈和の顔に涙は無かった。始めからこれを狙っていたな。くそっ。
「まぁお願い事は後にするとして、今は早くここから出ましょう。こんなところ1秒でもいたくないですし、それにあの女の人置いてきたままでしょう?」
「それもそうっすね。ほら、お頭。早く立ってくださいよ」
「ちょっと待ってろよ…とと…」
「お頭ぁ!!」
立ち上がると同時にひどい眩暈に襲われた。足元もおぼつかず、倒れそうになったところを何とか転に支えてもらったが…あの程度の血液量じゃまだダメか…。
「えぇっ!?ちょっと鉄兄ぃ!!まだまだふらふらじゃん!!」
「そんな!!それじゃあ私は血を取られ損じゃないですか!!罰としてお願いをもう一個お願いします!!」
人が弱っている時に何さらっと自分の要求を出しているのだ。少しはこっちの心配もしていただきたい。
「これでも回復した方だよ。さっきまでは立つことすらできなかったんだからな。それにこれ以上燈和の血を取っちまえば逆に燈和がふらふらだ。」
「…こんなんでマシン乗れます?」
「人数5人だろ。俺が運転できなきゃ帰れねぇ。何とかして…」
「え゛ぇ゛っ!!??」
唐突に隣の燈和が叫びだした。耳元で大声を出され、弱っている私の体がさらに弱るような気がした。
「うるせぇなぁ!!今度はなん…うぉ!?」
燈和の目線の先には、昨夜私と対峙した者の姿があった。まさかこのタイミングで出てくるとは…。
「げぇっ!!!五郎っ!!!!」
その関羽を見つけた曹操のような言い方は何だ…といつもなら突っ込むところではあるが、今はそれどころではない。奴はのそのそと私達四人のところに近づいてくる。どうやら、昨夜の戦いでは完全な失明を逃れることはできたようだな。
「お、お頭ぁ!!どうするんすか!!」
「どうするも何も…このままじゃあなぁ…」
「ひぇぇ!!!ここまで来てアタシら熊の餌かよぉ!!」
「くっ、そんなことはさせません!!ここは私が!!」
燈和は私たちの前に立つと両腕を前に出し、戦闘の体勢に入った。だが、近づいてくる奴の目を見て、その必要が無かったことを私はすぐに悟ったのだった。
「燈和。大丈夫だ。手を降ろせ。」
「えっ?でも…」
「いいから。下がってくれ」
渋々と言った感じで構えを解き、言われたとおりに私の後ろへと下がっていった。奴はその足をとめず、ゆっくりと私たちに近づき続けている。だが、改めてその目を見てみてもそこに敵意や殺意といったものは明らかに感じられなかった。
やがて奴は私にゆっくりと顔を近づけ、しげしげと一瞥すると、体を反転させ、再び歩き始め、私達との間に距離が開いた。が、少し歩くと立ち止まり、首をこちらに向けたまま動かなくなった。
「…本当に大丈夫だった」
「それどころかなんか、ついて来いって言ってるみたいじゃないっすか?」
私もそれを感じる。まるで私たちをどこかに連れ行きたいようだ。私たちを罠に嵌める知能だってないだろうし、何より敵意がない。ここは一つ、こいつに従ってみるか。
「あいつについていってみよう」
「えぇ…本気ですか鉄志君…」
「まぁまぁいいじゃん燈和ちゃん。もしかしたら飛んでもないお宝をくれるかもしれないよ?」
「危機が去ってからあからさまにテンション高くなりましたねぇ、廻ちゃんは」
「今の状況だったら元気がねぇよりマシさ。さ、行こうか。」
五郎の後をついていくと、奴はある小屋の前で止まった。いや、小屋と言うよりは倉庫と言った方が正しいか。見た感じ窓もない。
「この中に入れってか?」
私が言葉を投げかけたが五郎はこちらをじっと見たままだ。ま、それはそうか。本来熊に人間の言葉が通じる訳はないのだからな。
「よし、廻。中入ってどんな様子か見てくれ。」
「え゛っ!?なんでアタシぃ!?」
「転は俺を支えてるんだし、いざこの毛むくじゃらと闘うことになったらそれができるのは現時点で燈和だけだろ。それに、ほら。お宝があるかもしれないんだろ?」
「ここでそれを出すのは卑怯だよ鉄兄ぃ!!ていうか転!!アタシと代わってよぉ!!」
「ウチは直々にお頭の体を任されてんだ。いいから早く行け。たまには姉らしいとこ見せろよ」
別にお前を指名したとかではなく、たまたま近くにいただけなんだがな。ま、いっか。ていうか、そう言えば廻が姉だったな。あくまで私の印象ではあるが、何となくしっかりしていて姉っぽい雰囲気を出しているのは転の方のような気がする。
「うぅ…分かったよぉ!!行けばいいんでしょ!!行けば!!」
こいつは好奇心旺盛な反面、変なところで臆病だな。いや、この場合だったら割と普通な反応なのか?恐怖心が死んでいる私にはよくわからない。
不満を顔に現しつつ、廻は扉を開け、中に入ると2秒も経たないうちに外に出てきてしまった。
「入ったかどうかも怪しい早さで出てきましたねぇ。そんなに恐ろしいものでもあったのですか?」
確かに、この村であれば死体の一つや二つがこの中にあってもおかしくはないか。ここまで案内したのが熊であればなおさらだ。だが、廻の表情を見てみる限り、それは無さそうだな。
「ここ、食べ物の倉庫みたい。お米とか芋とか、そういうのがたくさん置いてある。」
「はぁ?何でまたそんなとこに連れてきたんだこの毛むくじゃらは。」
「い、いや!!待て!!食い物だと!?」
「え?あ、うん。アタシが見た限りはね。」
転から離れ、廻が出てきた扉から中に入ると、そこには相当量の食物が保存されているのが目に入った。大量に積まれた米俵、籠に入れられた無数の芋、吊るされている干し肉などなど。干し肉の方は見てみる限り、どうやらあの怪物のものではなく猪などの野生動物のもののようだ。
「しめた!!これで回復ができる。今の俺にとっちゃあ宝に等しい!!」
私は倒れ込むようにして手あたり次第、目に見えるものから口に入れ始めた。
「え、えぇ!?鉄志君そのまま食べるんですかぁ!?お腹壊しますよぉ!!このお芋だって土ついてるじゃないですか!!」
「平気っすよ。お頭、腐ったもんとか食っても平気なんで」
「この前冷蔵庫に1年前の牛乳が入りっぱなしだったのを発見した時は流石にドン引いたよね」
「やかましい!!今は味よりエネルギーの確保が優先だ!!」
「今っていうか普段からそうじゃないっすか」
「鉄兄ぃはもっと味を楽しもうよ。」
「帰ったら改めて鉄志君のご飯のこととかを考えないといけませんねぇ。」
「あーはいはい。そう言った文句は帰ってからゆっくりと聞くから今は黙っといてくれ」
後ろであーだこーだ言う燈和たちを放っておき、私はとにかく目の前の食べ物を無心で貪り続けた。
ある程度食べ終えると、私の体力も完全にとは言わないがそれでも支え無しに歩ける程度には回復することができた。
小屋を出ると、五郎はまだそこに座っており、燈和たちは少し離れたところで警戒しながらその様子を伺っている。どうやらまだこいつが私を襲うのではないかと思っているらしい。そして五郎の方は燈和たちには関心を抱かず、ただひたすら私を待っていたようだな。まぁいい。ちょうど礼をしたかったところだ。
「そのまま動くなよ」
私は五郎の頭部を両手で掴むと、指の先から神経を出し、それを昨夜私が付けた傷口に潜り込ませた。熊も人間と同じ哺乳類だ。傷の修復法にさほど変わりは無い。そして傷を修復するついでに、私はさらに別の細工を施した。
傷の修復を終え、私は一歩下がり五郎の様子を伺った。体の傷は完全に無くなっている。今戦えば、私はただでは済まないだろうが、昨夜での敗北が余程効いているのか、はたまた野生の勘で私がただの人間ではないと悟ったのか、奴は特に襲い掛かろうという姿勢は見せなかった。
「お前ももうここにはいない方がいい。別の住処を探しに行け。」
五郎はまるで私の言葉が分かったというように頭を下げ、礼をするような素振りを見せるとのそのそと森の中へと入っていった。
「よしっ。さっさとここを出よう。」
「え、五郎放っとくの?」
「まぁな。さっきあいつの傷を治すついでに、あいつの脳にある情報と言うか、命令のようなものを刷り込んでおいた。」
「えっ、お頭、動物とコミュニケーション取れるんすか!?」
「そこまでのもんじゃない。あくまでも一方的なものさ。」
「どういったことをしたんです?」
「『人間に近づくな。見つけたら即座に逃げろ』ってな。ま、この植え付けた命令が一体いつまで持つかは分からんが、しばらくは安全だろう。」
「鉄兄ぃは優しいねぇ~」
「五郎は対峙した俺に食料をくれた。その優しさに応えただけさ。さてと、そろそろ行こうか。あの小屋にあいつ、置きっぱなしだろ?」
「そうっすね。これ以上放置しても可哀そうっすからさっさと戻りましょう。お頭、姐さん。マシンを回してくるのでウチらの後ろに乗ってください。」
「ありがとうござます。よろしくお願いしますね。」
廻と転はそれぞれのバイクをこちらに移動させ、燈和は廻の後ろに、私は転の後ろに乗り、そのまま最初に来た道をたどり、誰もかれもがいなくなった村を後にした。