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Battery

                  燈         和



 村へ戻ると、もう村人たちの姿は全て消えており、ただ一匹、あの生き物が村の中を徘徊していました。

 「え゛ぇ゛ぇ゛え゛ん!!!!え゛ぇ゛ぇ゛え゛ん!!!え゛ぇ゛ぇ゛え゛ん!!!」

 あれが空に向かって大声を上げるたびに降りしきる雨は一層強さを増し、視界も見えずらくなっていきました。この状態で本当にあれを止めることができるのでしょうか?いくら鉄志君と言えども…。

 「燈和。これを渡しておく。」

 そう言うと鉄志君はポケットに手を入れ、スマートフォンを手渡しました。

「スマホの音量を最大にして中に入っている音楽を流してくれ。燈和が奴を引き付けている間に俺は集会場の屋根に上る。その後でうまくそこへ誘導してくれ。頼んだぞ。」

鉄志君が好んで聞いているあのドギツイ重い音楽ですね。しかし…。

 「結構な勢いで雨が降っていますけれども、こっちの音に反応しますかねぇ…」

 「ものは試しさ。まぁ燈和の囁く声にすら反応していたんだから問題はないと思うがな。それに、あいつを引き付けるために大声を出し続けるのもしんどいだろ?」

 鉄志君の役に立てるのであるのであればそのくらいどうってことないですけれども、せっかく私に気を使ってくれているのですからここは素直に受け入れるとしますか。

 「分かりました。でも鉄志君、何度も言っていますけれども、無茶は絶対にしないでくださいよ?」

 「燈和もな。俺に余計な仕事を与えないでくれよ?」

 むぅ。言われなくてもそのくらい分かっていますよーだ。

 

 「え゛ぇ゛ぇ゛え゛ん!!!!え゛ぇ゛ぇ゛え゛ん!!!え゛ぇ゛ぇ゛え゛ん!!!」

 奴の大きな声と大きな体はこちらにも位置情報を教えてくれますね。さてと…。

 鉄志君からいただいたスマートフォンの音量を最大にして音楽を流し始めました。

 「…ぎぃ?」

 前奏の歪んだギターの音が鳴り始めると同時に奴の首がこちらに向きました。結構な量の雨が降っているというのに、良くこんな小さなスマートフォンから鳴る音が分かりますねぇ。

 それにしても…うぅ…。その何も入っていない目の穴とうねうねと動く首の触手はいくら見ても見慣れる気がしませんねぇ。何故ここの住民はあれを神様として崇めていたのでしょうか。理解に苦しみます。

 ずしん…ずしん…ずしん…。

 地面まで揺れ出しそうな音を立てながら奴が近づき始め、私の体は緊張で震えだしました。ですが、ここでしくじるわけにはいきません。ここで私がしくじれば、全てが終わる。

 後ろ様子を伺いつつあれの腕が届かない程度に距離を取り、少しでも聞こえやすいように鉄志君のスマートフォンを上に掲げ、ひきつけを開始しました。

「ぐぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛…」

 ずしん!!!ずしん!!!ずしん!!!

 鳴き声と足音が混じり合いながら私の後を付けてきます。あぁ、鉄志君。早く。早く早く早く!!!

 「ぎぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!!!!!」

 「えっ!?」

 しまった。この生き物、想像していたよりもよっぽど移動速度が速い。もうその手が私を捕らえられるところにまで来てる!!!

 「くっ!!!」

 ブォン!!!

 怪物の手が私を捕らえる直前、バックステップでかわしたその直後、私に向かってその手から放たれた強い風が降りかかり、その衝撃で体が少しよろけました。

 …なんて力。先ほど捕まった時は殆ど力を出していなかったのですね。今の勢いで捕まえられてしまえば、捕まると同時に私の内臓は体の外と出てしまうでしょう…。

 「燈和ぁ!!!もういいぞぉ!!」

 あぁ、待ちに待った鉄志君の声です。いや、これでも相当早く屋根には上ってくださったのではあるのでしょうけれども、それでもこの数分の時間が1時間以上にも感じられました。鬼灯燈和、今、鉄志君の元に向かいます!!

 「ぎぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!!!!!」

ずしん!!!ずしん!!!ずしん!!!

 再び怪物が唸り声を上げ、こちらに目掛けて歩み寄ってきました。

 私は体を反転させると、後はもう後ろを振り返らずに全力でただただ集会場に向けて走り出しました。距離は50メートルもありませんが、緊張からか何キロも先にあるような気がしてなりません。また、まるで夢の中で走っているような全力を出しているのにゆっくりと進んでいるような感覚に襲われます。

 ですが、集会場の屋根の上にいる鉄志君の姿を唯一の希望にしてひたすら走り続けました。

ずしん!!!ずしん!!!ずしん!!!

後ろからは絶え間なく怪物の足音が聞こえてきます。あぁ、あとどのくらい?どのくらいの距離があれと私にあるというの?…いえ、世怪なことは考えてはいけません!!とにかく、逃げ切って!ここから鉄志君と出るんです。

 あぁ、後少し、もう少し!!ようやく鉄志君の顔がはっきりと見えるまでになりました。

 「燈和ぁ!!すまん!!奴の体を俺から見て横向きになるように!!右でも左でも構わねぇ!!!」

 そ、そうか!怪物の体の位置によっては鉄志君は背中に飛び降りることができないのか。怪物が鉄志君と向き合ってる状態なら尚更ですよね。危なかった…。

 後ろを向き、怪物との距離を確認すると、私が思っていた以上に距離は空いていました。

 うん。これならうまく誘導できそうですね。今度はあれに攻撃させないようにしないと…。

 集会場の正面でまで来て少し待ち、怪物と私との距離が少し縮まったのを確認してから今度は集会場の左に向かって足を進めました。

 「ぎぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!!!!!」

 怪物がこちらに手を伸ばしてくると同時に、鉄志君が屋根の上から飛び降りました。

 …よし!鉄志君は確実に背中の上に着地する。そして私も今は確実に怪物の攻撃を避けることができる!!

 「えっ!?」

 「なにぃっ!?」

 しかしながら、怪物が次にとった行動は私と鉄志君の予想に大きく反したものでした。

 がしぃっ!!!

 怪物は頭をこちらに向けたまま、私に伸ばした手を上に伸ばし、そのまま宙にいた鉄志君を捕らえてしまったのでした。

 「ぬぉぉぉぉぉぉおおおおおおっっっ!!!!!!」

 「鉄志君!!!!」

 鉄志君は肩から下を全て掴まれてしまい、腕が自由に動かせていません。マズい!!このままだと、鉄志君が…鉄志君がぁ!!!

 「やるじゃねぇかぁ!!!」

 叫びと共に大きく開かれた鉄志君のその口には人間の者とは違う鋭い剣山のような歯が見えたのを私は見逃しませんでした。そしてそれを見た私から、1秒前の心配は簡単に吹き飛んでしまったのでした。

 彼はそのまま怪物の指に噛みつくと、首を大きく振り始め、ぶちぶちと音を立てながらその肉を引き千切ってしまいました。そこからはピンク色の毒々しい色の体液が溢れ始め、降り注ぐ雨とともに瞬く間に地面へと流れて行きました。

 「あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!!」

 やはり肉を裂かれるというのはどの動物にとっても苦痛なのですね。怪物は掴んでいた腕の力を緩め、解放された鉄志君は地面へと叩きつけられました。

 「鉄志君!!!」

 「くそっ!!燈和!!スマホをこっちに!!」

 「え、えぇ…」

 鉄志君にスマートフォンを渡すと、彼はそのまま怪物の体を挟んで私達とは反対側に放り投げました。

 「ぎ…ぎぃ?」

 奴は頭をスマートフォンの落ちたところへと向け、その辺りの地面を首の触手を撫ぜさせています。どうやら関心は私達から外れ、スマホから流れる音楽だけに移ったようですね。

 「今のうちにこっちへ。できるだけゆっくりとな。」

 鉄志君に手を引かれるまま私は半壊した集会場の中へと連れられて行きました。


 集会場の中へ入るとそれまでには無かった非常に大きな穴が一つ、真ん中あたりに空いていました。下の階から突き破って出てきたのですね。改めて思いますけれども、あんな力があるなんて…。先ほど捕まってしまった時に鉄志君の助けが遅れていたらと思うと…恐ろしい。

 そして地下から出てきた時に見かけた、倒れていた人たちの姿も無くなっています。一体どこへ…いや、考えるのはよしましょう。血の跡が無いってことは、他の村人たちがどこかへ連れ出したってことですよね。うん。

 「鉄志君、怪我は?」

 「大丈夫だ。捕らえられた時のことは想定していたから素早く対処することができた。だが、どうするかな…」

 そう言うと鉄志君は腕組をし、何かを考え始めてしまいました。

 う~ん、このままだと何も言わないですね、鉄志君は。こちらから話を引き出さないと沈黙が続いてしまいます。

 「…なぜあれは、鉄志君の存在に気付いたのでしょうか。屋根から飛び降りる時にも特別大きな音は立てていたようには思えませんでしたし。」

 「それは、この雨だろうな。」

 「雨?」

 「あぁ。この雨は奴が意図的に降らせたものだ。恐らくだが、これが奴にとってレーダーのような役割を果たしているのかもしれない。」

 「れ、レーダー?」

 「あぁ。ここからは推測の域を出ないが、この雨の中に触れたものをあの触手をアンテナのように張り巡らして読み取ってるんだろう。要するにこの雨も奴の体の一部分で、そこに触れたものの距離、大きさ、動きが手に取るようにわかるんだろうな。それもかなり正確に。」

 「それで…どうするんです?」

 「…よし。作戦を変えよう。今度は俺が奴の囮になる。」

 「えっ…じゃあ私があれにとどめを刺すってことですか!?」

 「いや、そこまでしてもらう必要はないが…ちょっと傷つけてもらうことにはなるかな。」

 「といいますと?」

 「俺が奴を引き付けておくから、燈和はどこかの物陰に隠れて…いや、隠れる必要はないか。奴は目が見えないからな。このすぐ出たところで息を潜めて待っていてほしい。そして俺が奴を誘導してもう一度この集会場の前に連れて来るからその時に奴の足を攻撃して体勢を崩してくれ」

 「そ、そんなうまくいきますかね…。あんな怪物相手に足をくじくなんて…」

 「要は足にそれなりの傷を負わしてくれればいい。これを使ってな」

 そう言うと、鉄志君は集会場の隅に置いてあった大きな鉈を持ってきて私に見せつけてきました。村人たちが置いていったものなのでしょうか。

「え…っと…」

 「以前親父さんに、燈和のとこの古武術には『脛切り』という技があるのを教えてもらった。燈和は武具を使った稽古はしているだろ?ならその脛切りも使えるよな?」

 脛切り。文字通り、戦闘相手の脛を切ることでその体勢を崩し、その後の行動も大幅に制限させることのできる技。

短刀においては相手の足元に前転をするように転がり込みその勢いを使って切り付ける。長刀においては柄の先端を持ち、大きく一歩を踏み出し姿勢を低くしたうえで横に大振りしその勢いで切り付ける。刀身が中程度の一般的な刀では相手の頭部に向かって振り下ろすと見せかけ、相手が避けようと後退したところで一歩踏み出しながらそのまま刀を振り下ろし切り付ける。

 確かに私も父から教えられ、その技を身に着けてはいますが、当然実戦では使ったことはないですし、もっと言えば稽古で身に着けたそれだって普通の人間を想定している上、使う武具だって刀であり、こんなさび付いた鉈で果たしてあれを…。

 「…できないか?」

 鉄志君が少し不安そうな表情で聞いてきました。

 …鉄志君にこんな表情をさせてしまうとは、私一生の不覚ですね。彼を助けるためであればどんなことでもしてやるという覚悟がまだ私には足りていなかったのですね。

 「いえ!!!できます!!!やらせてください!!!」

 「お、おい。そんなデカい声出すなよ。奴に感づかれちまう」

 「ご、ごめんなさい…」

 「いや、いいんだ。じゃあ、頼んだぞ?」

 鉄志君は私の掌を広げ、持っていた鉈を渡してきました。重く、冷たい、持ったことのある刀とはまた違う感触が手の平に伝わってきました。

 う~ん、やはり不安は残りますね。果たしてこんな切れ味の悪そうな鉈であんな大きな怪物にそれなりの傷を負わせられるのでしょうか…。いえ、ダメですよ燈和。私に迷いがあればそれだけで鉄志君にとっては枷になってしまいますね。

 「それで、私はどのタイミングで攻撃すれば?」

 「まず、俺がここから出て奴を引き付ける。その間に燈和はここから出て、正面から見て右側の端に隠れていてくれ。そして俺がもう一度奴を引き連れてこの集会場の前に戻るから、燈和の前を通るタイミングで奴の左足を攻撃してくれ。」

 「わ、分かりました。」

 緊張しますね。人間でないとはいえ、初めて武具を使って生きているものを傷つけるわけですから…。

 「…まぁ、でも、あれだ」

 ふと鉄志君は表情を少し柔らかくして

 「ダメだったらダメだったでまた別の策を考えりゃあいいだけだ。そんな気負いしなくていいよ。取り敢えず、自分の身を第一に考えてくれ。」

 し、しまった。また鉄志君に気を使わせてしまいました。あ~もう!燈和!何をやっているの!!この短時間に一生の不覚を2度も犯してしまうなんて。

 「あ、そうだ。それに関連してだけど、もし俺が攻撃されても絶対にその場を動くなよ?変に助けられると返ってややこしいことになるから」

 「鉄志君は私を信用してないんですか?」

 「逆だよ。俺は燈和のことをこれでもかってくらい知ってるから注意喚起してんの。頼んだぞ?」

 う~ん、喜ぶべきか怒るべきか判断に迷うところではありますが、まぁ今は不問としましょう。

 「それじゃあ行ってくる。頼んだぞ。」

 「はい!!」

 私が返事をしたのを確認すると鉄志君は自分の喉の辺りを両手で摩るとそのまま颯爽と集会場を後にしました。


 こっそりと集会場から様子を伺うと、鉄志君はゆっくりと怪物に近づいていっています。あぁ、すっごく心配。鉄志君はいっつも無茶しますからねぇ。

 「きゅぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいい!!!!!!」

 声…というよりも笛を鳴らしたような音に近いものが鉄志君の口、と言うよりも喉の辺りから出てきました。

 「ぎぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!!!」

 ずしんっ!!!ずしんっ!!ずしんっ!!!

 鉄志君が出したその音に怪物はすぐさま反応し、大きな足音を立てながら追いかけ始めました。

 「い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!」

 ズガァ!!!!!!!

 怪物は握りこぶしを作り、躊躇いなく鉄志君に向かって振り下ろしていますが、すんでのところで回避し、つかず離れずの距離を保ちながらゆっくりと怪物を集会場から引き離していきました。

 「燈和ぁ!!!そこから出て準備してくれ!!!もう少し引き付けたらもう一度そっちに向かう!!!」

 そ、そんな大声で私の名前を呼んで大丈夫なのですか…と声が出かかりましたが、よく考えてみれば、あんな化け物、日本語が通じるわけないですよね。

 鉄志君に言われた通りに集会場を出、指定された場所に身を潜めその時を待ち始めました。

 果たして自分に鉄志君が言ったようなことができるのか…という不安よりも、鉄志君がこちらに化け物を誘導する前にやられてしまわないかが心配ですね。心配ですけれども、その心配がさらに鉄志君の不安を煽っている形になるわけですから、もう何だか混沌と化しています。要は私は何も考えず行動すればいいわけですけれども…あぁそれにしても不安です。

 と、その時、一瞬、私の横で何か強い光が発せられました。見てみると、鉄志君は両手で顔面を覆っています。化け物が何か鉄志君を怯ませる攻撃を仕掛けたのでしょうか。そして!!

 バギィ!!!!!

 大きく振るった化け物の手が鉄志君の体を叩き飛ばしました。

 「てっ…!!!!」

 鉄志君!!叫びそうになりながらも必死に自分を抑え込みました。ここで声を出してしまっては鉄志君の立てた作戦が台無しになってしまいます。今は何も言わず、鉄志君のことを信じるしかありませんが…あぁ、何事もなかったかのように立ってください鉄志君!!

 「痛ってぇなぁくそが!!!」

 「ぎぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!!!」

 私の期待通りにイラついた声を上げながら鉄志君は立ち上がりました。そしてその両目が開いていることから、あの強い光によるダメージは残ってないようですね。

 鉄志君は攻防をしつつ怪物を引き付け、やがて怪物と鉄志君の姿は私の視界からは見えなくなってしまいました。

 ずしん!!!ずしん!!!ばぎぃ!!!どぉん…!!!

 そう遠くはない場所でなっているであろう大きな音が絶え間なく聞こえてきます。あの音が聞こえているうちは鉄志君は無事なんでしょうけれども…あぁ、不安。さっき自分が追いかけられていた時よりも段違いで不安。鉄志君。鉄志君鉄志君鉄志君!!!お願い!!!どうか…どうかぁ!!!!

 「燈和!!!頼んだぞ!!!」

 鉄志君の声が聞こえ、顔を上げると通り過ぎていく鉄志君の姿が目に入りました。そしてそれを追いかけるようにあの足音がどんどん近づいてきています。いよいよですね。

 ずしんっ!!!ずしんっ!!!

 間近に聞くと、その足音はかなり大きく、鳴り響くたびに体全体に圧がかかってきます。やはり怖いですが、鉄志君がここまでしてくださったのですから、今度は私がそれに答える番です。

 化け物の、象もののような形をした左足が視界に入り、鉈を逆手に持ち替え、姿勢を低くしました。

 チャンスは一度だけ。失敗すれば恐らく、あの巨大な足で踏みつぶされてしまいます。

 この鉈の刀身は短刀よりはあるけれど決して長いとは言えない。そしてあの怪物は大きくはあるけれど4足歩行。その腹の位置は私の胸の辺り。すなわち立った状態で攻撃できるのは横からしかないけれど、それでは脛切りは成功させにくい。それなら…。

両足の先端に力を込め、勢いをつけて怪物の足に目掛け飛び込むようにして前転すると同時に持っている鉈を振るいました。

 ザシュ!!!!

 「ぎぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!!!」

 良かった。どうにか命中させることが出来ました。こんな刃こぼれし、さび付いている鉈で不安でしたが、当たった時の感触から刃は確実に骨にまで達しています。見た目に寄らず、どうやら表面はあまり頑丈ではなさそうですね。

 「きゃあっ!?」

 私が達成感に浸っていると、何かが右足を掴み、そのまま私の体は後方へと引きずられました。その直後。

 ずぅぅぅぅぅぅんんっっっ!!!!!

 轟音を立てて、化け物の体がさっきまで私がいた場所に横たわりました。あ、危なかった。後少し遅かったら私の体はお煎餅になっていましたね…。

 「燈和!!ありがとう!!!後は俺に任せろ!!!」

 いつの間にか私の後ろに来ていたんですね。おかげで命拾いはしましたが…、女の子の足を引っ張って後ろに引きずるとは。いえ、まぁそれで命が助かったわけですから文句は言えないんですけれども。

 それにしても、体全体が泥だらけになってしまいましたねぇ。髪の毛にも至る所にへばりついて、乾いたら凄いゴワゴワしそう。帰ったら念入りに洗わないと…。

 あ、そうだ。鉄志君に洗っていただくのが良いですねぇ。これだけ体を汚してまで貢献したんですから、これくらいの我儘は聞いていただけますよね。

 と、私がそんな暢気なことを考えている間に鉄志君は化け物の体をよじ登り、背中の上に立つと左の肘辺りに右手で掴みました。このパターン、鉄志君はまた人間の域を超えた何かをしようとしていますね。

 私の予感は当たり、鉄志君の左腕に亀裂が入ると、掴んでいた部分が音もなく体から外れ、そのまま右腕にくっついてしまいました。そして左腕の断面からは何か白い触手のようなものが何本も出ています。あれは一体…いや、考えるのはよしましょう。鉄志君の体について考えるというのは宇宙の真理を追い求めるのと変わりありませんからねぇ。

 鉄志君の腕から出てきたそれは化け物の背中に刺さっている刺入部品に絡みつき、その中へと入っていきました。その瞬間。

 「ぎぇぇぇぇぇええっぇぇぇえええぇぇえぇえええ!!!!!!!!!!」

 余程の苦痛が襲ったのか、化け物が金切り声を上げ、大きく暴れ始めました。

 どがぁあぁあああ!!!!

 その大きな腕は集会場の壁を破壊し、瓦礫が辺りに飛び散り、また、地面に打ち付けられる度にそこに大きな穴が空き、泥の塊が私に降り注ぎ体を汚していきます。

 そんなに暴れているのにもかかわらず、鉄志君が振り落とされる様子は一向にありません。よく見てみると、鉄志君の足の形状が変わっていて猛禽類のような鉤爪が付いており、それが化け物の背中に刺さっています。

 「ぎぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!!!」

 「うぉぉおっ!?」

 その時、化け物が地面に着いている両手を思い切り曲げると、勢いをつけて立ち上がりました。

 その高さは5メートルは越えており、一瞬、その大きさに思考が停止してしまいました。

  そして次の瞬間、直立した化け物の体はそのまま後方に傾き始めました。

 「鉄志君っ!!!!」

 「くそぉっ!!!」

 鉄志君が化け物の体から離れたその2秒後には化け物の体は轟音を立て背中から地面に倒れ込んでいました。

 あ、危なかった。後少しで鉄志君がお煎餅になってしまうところでしたが…。

 「鉄志君!!!」

 「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛…」

 慌てて鉄志君に近づくと、その体の変化に気付きました。

 鉄志君の顔には異常ともいえるほどに血管が怒張して浮き出ており、目と鼻からは血が溢れ出ています。…いえ、顔だけではなく上半身全てにこれでもかというくらいに血管が浮き出て、所々そこが破裂して血が噴き出ています。

 「て、鉄志君!?大丈夫ですか!?」

 「くそぉ…こんな体じゃあこの程度のエネルギーも抑えらんねぇのかよぉ!!!」

 「は、早くしないと…体が破裂してしまうんじゃないですか!?」

 「全くその通りだ!!さっさと蹴りを付けてやる!!!」

 そう言い捨てると、鉄志君はさらに次の行動に移りました。

 右腕の先にさらに付いている左手で左腕の残っている部分を掴むと、まるでもぎ取ったかのように肩から先が鉄志君の体から離れ、そしてそれがそのまま、まるで溶けたとしか思えないように右腕と一体化してしまいました。

 大きい肉の塊となった鉄志君の右腕全体はそのまま形を変え続け、肩から肘にかけては丸みを帯びた大きな肉塊となり、肘から先は一本の大きな筒状の何かに形を変えてしまいました。似たようなものを先ほども見ました。あれは何かを射出するためのものだというのは分かりましたが、先ほど骨を射出していたものに

比べ、もっと大掛かりなもののような気がします。。

 そして最後に、鉄志君の左の胸から大きい管が二本現れたかと思うと、それがそのまま伸びていき、右腕の肉塊の部分に着き、やがて一体化しました。管と腕が一体化すると同時に変化した鉄志君の右腕全体が鼓動に合わせて脈を打ち始めました。

 「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅううううっ…」

 鉄志君が右腕の変形を完了させると同時に、化け物は体を横転させ、再びこちらに向くと唸り声を上げながら私たちの方を見ました。

そして鉄志君も睨みを利かせ、その右腕の先端を怪物に向けました。

「どっちが本物の怪物か、決めようじゃねぇか。」


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