踊るダメ人間
転
バタン。
扉を閉めると、お頭は振り向かずにスタスタと足早に廊下を歩きだした。それに遅れないようにウチと廻も付いていくが…。
「ちょっと鉄兄ぃ!!!本当にあれほっといて出て行くの!?」
「仕方ねぇだろ。あれだけの殺意を持ってるんだ。下手に開放すりゃあその途端にこっちがやられちまうかもしれねぇ。あれの力が未知な以上、余計なことはしない方が賢明だ。」
「だったらもういっそのこと、あれにとどめを刺しちまった方が…」
ウチが言うとその途端、お頭はピタリと止まり、続けてウチに顔を近づけて話を続けた。
「転。お前は俺にあれを殺せというのか?」
「え、いや…その…」
「何の罪もなく抵抗すらできないものを殺すのはこの村の住人とやっていることと変わらないだろ。俺が生きるものを殺すのは食うか、もしくは俺かお前らの命が危険になった時だけだ。覚えておけ」
「う…うっす。」
言い終わるとお頭はまたさっさと歩き始めてしまった。
…久々にお頭に本気で怒られたな。いや、ウチも軽率な発言だったけど。そう言えばお頭は、自分の命が危険でも対峙した熊を殺さなかったな。やろうと思えばすぐにでも殺せただろうに。ウチからすれば、お頭は途方もない年月を前世で生きてるんだっけ?なら死んでいったものをそれこそ数えきれないくらい見ているはずだ。きっとそれで命というものを人並み以上に重んじるようになったんだろうな。ウチもこの姿勢は見習わないと。
「それで!?鉄兄ぃ!!どうするの!?これから!!」
「今はとにかく燈和だ。ここにはさっきの神様の部屋とモニター室しかなかった。どこか別の場所にさらに地下に行く階段があるはずだ。そこを探して燈和と合流しないと…」
ビキィ…!!!
ウチらの前の床が突如、ひび割れて破片が宙を舞った。何かが、この下から天井を打ち付けているのか?
「もぉ~!!!今度は何!?鉄兄ぃ!!」
「知るか!!!いいから後ろに下がってろ!!!」
そう言うとお頭はウチと廻を自分の後ろへと隠れさせた。お頭は瞬きすらせず、日々の入った箇所をじっと見つめ、そして自分の力を使って右手を変形させた。いつでも迎え撃てるようにしている。
ドォン…!!!
床のヒビはさらに広がって大きく隆起し始めた。そして。
ドガァン!!!!
破片が飛び散ると同時に床に大きな穴が空いた。
「な、なんだぁ?」
「さあな。他にも神様でもいるんじゃないのか?」
ガッ…。
穴から右手が出てきた。一応は人間のもののように見えるが、爪は鋭く伸びていて赤紫色をしている。手の甲には、刺青とはまた違う何か紋章のようなものが描かれていた。そして手首には、何か枷のようなものを嵌めている。まさか、本当にさっきのあれと似たような化け物が?
ガッ…。
さらに左手も出てくると同時に、一対の何か角のような鋭く尖ったものが見えた。そしてようやくというか、穴の中からそれが顔を現した。
「…姐さん?」
「と、燈和!?」
「あぁ!!??鉄志君!!!それに廻ちゃんと転ちゃんも!!!無事だったんですね!!!」
「と、燈和ちゃんこそ…ていうかそれ…」
姐さんの姿は、以前見たような鬼のような姿をしていた。眼は真っ赤で、牙と角が生えている。見慣れはせず、相変わらず恐ろしい。そいえばさっきすごい音がしてたけど、本当に何をしてたんだろ、この人は。
「あぁ~ん!!!鉄志くぅ~ん!!!!」
「ぐぅえ!!!???」
姐さんは這い上がるとそのままお頭に抱き着いた。だがお頭は抱き返す余裕もないほど締め付けられているようで苦しそうな声を上げた。先ほど話していた自分の命が危険な状況って今まさにここじゃないんすかね?
「うわぁ~ん!!!とっても怖かったですよぉ~!!!」
いやアンタのが怖いよ…と喉まで出かかったけれどもそれ以上は止めとくか。姐さん自身はきっと本気で怖かったんだろうしな。
「と…燈和…取り…敢えず…無事で…何よりだ…」
ようやくお頭が絞り出すようにして言ったけど…、いやアンタは今は逆に自分の心配をした方がいいんじゃないか?
「転ちゃんも廻ちゃんも無事だったんですね。良かった本当に。」
「え、えぇ…。ウチらは何とも。」
控えめに言いつつ、申し訳ないが少し後ずさりして距離を取った。お頭でさえあんな苦しそうなのに、もしあれをうちらがやられたら骨を砕かれるどころじゃないだろうからな。
「!?転ちゃん、服が破けてるじゃないですか!!!あの男どもぉ!!!!」
「ぐぇぇ…」
ウチを見るや否や姐さんの力が増し、お頭がさらに苦しそうな声を上げた。マズい…今度こそ本当にお頭が死んでしまう!!!
「ウチは大丈夫です!!!ちゃんとお頭が助けに来てくれて…そりゃあちょっとは殴られたりしましたけれども…」
「そ、そうですか…。本当に大丈夫なんですか!!」
「うん!!大丈夫!!!大丈夫だから早く鉄兄ぃ離してあげて!!!何かさっきから聞こえちゃいけないような音聞こえてきてるし!!」
「あら失礼。」
「はぁ…はぁ…。前世のたくさんのお友達が手を振って笑っているのが見えた…」
「見えちゃいけないもんも見えてるし…」
「ていうか鉄志君!!!廻ちゃんと転ちゃんのとこには助けに来てくれたのにどうして私のところには助けに来てくれなかったんですか!!!」
あーあー。また拗れそうなことをこの人は。あんたの今の姿見たら助けなくても何とかなるだろうと100人が100人絶対に思いそう。
「その話はあとでお前の家で茶でも飲みながらゆっくりと話そう。長くなりそうだ」
「それじゃあ今夜はわたしの家に泊まってくださいね。」
さっきまであんなだったのに。姐さんはぶれないな。
「…今はここを出るのが先だ。急ぐぞ。」
「もう!!あの男に色々なところ触られて…本当に怖かったんですからね!!というわけで、後で鉄志君も色々と触って上書きしてください。」
「あーはいはい。これに懲りたらもう見ず知らずの人間にほいほいついていくのは止めるんだな。今時小学校でも教えているぞ。」
「うぅ~…」
今時じゃなくても小学生の時には教えられると思うけどな。いや、教えられてるのにも関わらずホイホイと着いていっているわけだから何とも言えんか。
と、そんなやり取りをしているうちに、姐さんの姿が段々と戻ってきた。牙や角は短くなって消え、目や髪の色も元の黒に戻った。気持ちが落ち着いてきたのだろう。
「あ、元に戻った。どうせならそのままの方が安全だったんじゃない?」
「自分の意思でどうにかできるものじゃないんですよ。それに、鉄志君がいれば守ってもらえますもんね。」
「お頭、責任重大だな。」
「とは言うが、ここの頭はもう燈和が討ち取ったんだろ?他の男どもも戦意喪失してんだから後はここを出て行くだけじゃねぇか。」
「…何かその言い方だと私があの男を殺したみたいじゃないですか?」
「えっ?違うのか?」
「違いますよ!!!私に人を殺す勇気はありません!!!私を何だと思ってるんですか」
「何だと思ってるって…さっきの見たまんまじゃないか?」
あーあー。また拗れそうなことをこの人は。思ってても言わないってのが優しさなのに。デリカシーのかけらもない。まぁお頭のことだから本当に人を殺したとは思ってはいないんだろうけども。
「…鉄志君。後でお説教ですね。色々なことを含めて。」
姐さんの声色が変わった。あかん。あれは本当に怒っているやつだ。
「…そこまで言い返せるのならもう大丈夫そうだな。さっさとこの村から出よう」
「あ、ちょっと待って。」
先に行こうとするお頭を止め、周りは牢の一つへ入っていった。そうだ。あの中には。
「この人も連れてこ!!!」
「…誰なんです?この方は。」
「ウチらの前にここに連れてこられてきた奴っすよ。死ぬよりひどい目にあわされたみたいなんです。」
「気絶しているようですが…」
「それは鉄兄ぃが…」
「鉄志君?」
「不可抗力だ。仕方がない。ていうかさっきの姿の燈和を見ても同じ末路を辿っていたと思うぞ?」
「もうそういうのいいから!!!早くこの人運ぶの手伝ってよ!!!」
「廻、左の肩を持て。ウチは右持つから」
お頭と姐さんの言い合いに巻き込まれると時間がいくらあっても足りん。ウチらで何とかしよう。それに、いざとなったら戦力になるのはどう考えてもウチらより姐さんとお頭だしな。
廊下を抜け、階段を上り、集会場に出るとそこには先ほどウチらを襲った男どもの他にも数人、気絶して寝転んでいる奴らがいた。そして床の一部分には大きな穴が空いており、そこからは地下の牢の中が少しだけ見えた。
「これ、鉄志君が?」
「あぁ。だが安心しろ。燈和と同じく殺してはいねぇよ。ま、ある意味死ぬより怖い目に合わせてはいるけどな。」
「一体何をしたんです?」
「実演してやろうか?」
「いえ、結構です。あ、でも鉄志君にだったら…」
「え、いいのかよ。ウチだったら全力で拒否するところだけど…」
「燈和ちゃん…。それはちょっと引く…」
「じょ、冗談ですよ。本気にしないでください。」
いや、あの姐さんの目は本気だったな。この人の頭ん中は本当に読めん。
「下らねぇこと言ってねぇでさっさと出るぞ。ったく。」
いや今のはお頭の方にも非があるでしょう。この人はウチらや姐さんのことに関しては余計な一言が本当に目立つな。
と、その時。
ダァン!!!!!
どちゅ…!!!
部屋全体に響き渡る銃声と、弾丸が何かを貫く音でウチらのしょうもない会話はかき消された。
「はぁ…はぁ…はぁ…逃がすかよ…」
後ろを振り返ると、高城が銃を構えて立っていた。警官が持ってるようなリボルバーでも田舎のおっさんが持ってそうな猟銃でもなく、怖い組織が持ってそうな拳銃だ。
くそっ…本当にしつこい!!こいつは!!!
「て、鉄兄ぃ!!」
廻の声に反応してお頭の方を見てみると、腹に穴が空いて、そこからどくどくと真っ赤な血が流れている。
「お、お兄ぃ!!!!!」
「お前らをここから出せば俺は終わりだ。ようやくここまで来れたのに、それを崩されてたまるか!!」
こいつ…どこまで自分勝手なんだ。
「残念ですが鉄志君にそんなものは効きません。私はそれを見たことがあります。」
「…さっきとはえらく反応の仕方が違うなぁ?燈和。」
「ふんっ。私のところには来てくれなかったので、ちょっとした意地悪ですよ。」
「なぁっ!?」
お頭は何ごともなかったと言わんばかりに腹の傷をさすると、みるみるうちに傷は消えてなくなった。そのまま背中の傷の方に手を回し、そのままの体勢で話を続けた。
「弾が貫通してくれて助かったよ。あれ取り出すの結構面倒なんだぜ?」
「な…何で…どどど…どうして…」
「ふんっ、俺を殺したいんだったら腹や心臓貫くくらいじゃ駄目だぜ?頭貫かなきゃ。」
「ば…化け物…」
「何だとぉ?てめぇらの方こそ化け物そのものだろうが。言っておくが俺は一人も殺してはいない。お前みたいに弱くはないからな。」
「な、何だと!!!」
「てめぇの目ぇみりゃあ分かるよ。本当は怖い癖に、無理して虚勢を張っている愚か者の目だ。俺はそう言う奴を何百人も見てきたからな。それに本当に強い奴ってのは戦った相手を殺したりなんてしないんだよ。」
「くっ…」
「で?お前はこの村のやつらどうやって丸め込んだんだよ。興味あるから話してくれ。」
「何を言ってる…」
「とぼけんなよ。お前。外部から来たんだろ?ま、どうせ社会に馴染めなくて逃げ出してきたってとこだろうけどさ。いや、外部から来たってのは…」
「黙れ!黙れ黙れ黙れ!!!!お前に俺の何が分かるってんだ!!!」
「あーもう、うっせぇなぁ。まだ人が話してんのに。大体分からねぇから聞いてんのに何言ってんだよ。あ、そうそう。分からねぇと言えば、あの地下の醜悪な生き物は何なんだ?見たところ、あれこそこの世界の生物とは思えねぇけど。」
「ふ、ふん!!そんなもん俺が知るか!あの怪物は俺がここに来る随分前からあそこにいたんだよ!!流石に最初にあれの肉を食うのは躊躇ったがな。だがここの仕来りはある程度受け入れなきゃあ俺が殺されちまう。それに…あれは体内で電気を作れるんだ。利用して村に電気を通してやったら簡単に村人共に取り入ることができた。その点では感謝はしているけどな。」
言い終えると高城は再び銃を構えた。
「もういいだろ!!!俺はこれからもここで生きていく!!そのためにはお前らにここで死んでもらう!!」
そして引き金を引こうとした瞬間。お頭は右手を前に突き出した。が、その形状は人間のものではなくて、何というか、腕がそのまま銃になっているような、そんな形をしている。
「そうだな。もういい。時間は稼いだ。」
「な、なんだぁ!?」
ぼしゅっ!!
どずぅ!!
「ぎゃはぁっ!?」
高城に驚かせる暇を与えずに、お頭の右腕から何かが射出され、それが奴の左腕に刺さった。
ごとん…!!
持っていた銃が落ち、鈍い音が部屋に響き渡った直後、一瞬にしてお頭はウチらの横から消え高城の目の前に移動した。
どがぁっ!!!!!
高城の顔にお頭の左拳がめり込み、奴は後ろに倒れ込んだ。そのままお頭は近寄り、高城の左腕に刺さってるものを引き抜いた。
「これ、返してもらうぜ?もったいない」
そう言ってお頭は大きな口を開けるとそれを入れ、そのまま音もなく飲み込んだ
「ひぃ…ひぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」
高城はこれでもかというくらいに顔をぐしゃぐしゃにして泣きながら元来た地下へと逃げ込んでいった。あれだけクールに装っていた男が…。情けない。
「カッコ悪~。何あれ。だっさ。」
「よっと。装弾数は…14発か。これを使って殺しをしたことは無かったようだな。燈和、これ持っとけよ。」
「え、えぇ!?私、銃なんて使えませんよぉ!!!」
「持ってるだけでいい。それだけで抑止力にはなる。」
「ていうかお頭、さっき何を出したんすか?」
「あ?骨だよ骨。肋骨を2本使って体内で作ったの。だからもう一回体内に入れて肋骨を再編して元に戻すんだよ。」
「鉄志君も大概人間辞めてますよね。でも安心してください。私も時々人間辞めてますから。」
その言葉に1ミリも安心できる気はしない。ていうか姐さんは普段からお頭のことになると性格的な意味で人間辞めてるときある気がする。
「それにしても、あれだけ堂々と村の長として居座っていた男の最後があんなとは。」
「統べる者というのは素質を持っているんですよ。それは知識や経験だけで身に着くものではなく天性のものも必要なのです。彼はそれを知識と経験だけで偽っていたようですけどね。」
「ほぉ~、それはそれですごい気もするけど。」
「そう言う奴ってのはいつかは化けの皮がはがれるってことっすね。ま、あいつもウチらが来なくても遅かれ早かれ長の座からは引きずり落とされたんじゃないすかね?」
「そうだろうな。ま、王というのはなるべくして王となるってこった。そうじゃねぇ奴はいつかその座から引きずり落されるのさ」