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亢龍、悔いあり(バイオ・サイボーグより改題)  作者: 詩歴せちる
Heart Of A Dragon
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死ぬほどあなたが好きだから

               燈       和



 約束の時間10分前に待ち合わせ場所に着くと、ベンチに座り本を読んでいる鉄志君の姿が目に入りました。

 バイク用のレザージャケットにジーンズ。う~ん、いつもと変わらない休日の鉄志君の姿ですね。でももうこの季節だと、レザーは少し暑いんじゃないですかねぇ。

 それにしても、昨日はどうして泊まっていってくれなかったのかと、もしかして嫌われてしまったのではないかと随分不安になってしまいましたけれど、よくよく考えてみればこうして待ち合わせをしてお買い物に行くっていうのはちょっとドキドキしますね。もう、鉄志君たら。やっぱり私の喜ぶことをちゃんと分かっているのですね。

 「鉄志君!お待たせしました!」

 「おぅ。つってもまだ約束の時間前だがな」

 返事をすると鉄志君は本をしまい、ベンチから立ち上がりました。真剣な顔で本を読んでいる姿も素敵ですが、やっぱり面と向かって私を見てくれるその姿が一番ですね。

 「いつものところでいいですか?」

 「構わんよ。自分の好きなもんを買うんだからどこでも好きなとこでいいよ」

 う~ん、付き合わせている手前、私だけのものを買うというのもちょっと気が引けますねぇ。そうだ。今日は鉄志君の服も私が見てあげましょう。いつも同じ服を着ていますから、たまには違ったものを着てもらえばまた違った魅力を引き出せるかもしれませんね。私もアルバイトしていますから、それなりにお金も持っていますしね。ふふっ。これは楽しみになってきましたねぇ。

 「ん?なんかいいことあったか?」

 あらら。顔に出ていましたか。

 「ん~、ふふっ。今日は鉄志君の服も見てあげようかなぁと」

 「いや、俺は別にいいよ。服とか興味ねぇし」

 「でもぉ、『私の好きなもの』を買うのに付き合ってくれるんでしょう?」

 「んなこと言っても、そんな金ねぇし…」

 「そんな心配はしなくていいですよ。私が好きでやっていることなんですから。」

 「…はぁ。分かったよ。」

 少し呆れている鉄志君の顔もやっぱり素敵ですねぇ。そして面倒くさがりながらもなんだかんだで付き合ってくれる鉄志君の優しさも。

 さぁて、今日はとことん楽しみますかねぇ。


 ふぅ。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいました。ショッピングモール内の服屋を3軒、雑貨屋を2軒と鉄志君の希望で本屋に寄り、喫茶店で少しお茶した後外に出るともう夕暮れ時になっていました。

 「何かご飯でも食べていきます?」

 「いいねぇ。奢るぜ。服買ってもらっちまったしな。最近見つけたうまい店あるんだよ。」

 「…ラーメンは勘弁してくださいよ?」

 「…分かってるよ。あ、でもちょっと待ってくれ。少しやることがある。」

 そう言うと鉄志君は人通りのない裏路地へと入り、私もそれについていきました。

 裏路地に入るとすぐに鉄志君は荷物を地面に置き、その場に立ったままとなりました。

 う~ん。少し期待していたのですが、人気のないところに私を連れ込んで…という雰囲気ではないですねぇ。鉄志君を見てみると少しそわそわしていますが、その様子は緊張というよりも何かを楽しみにしている子供みたいな印象を受けます。

 「鉄志君?」

 「しっ、静かに。」

 鉄志君は人差し指を口に当てると私の言葉を遮りました。そういえばその仕草は初めて見ましたねぇ。新しい鉄志君の一面を見てわずかながらに私のテンションは上がりました。

 間もなくして、誰かがこの裏路地に入ってきました。当然と言えば当然ですが、見たことのない顔です。そして鉄志君はその男が入って来るや否や胸倉をつかみ、傍にあった電信柱に押さえつけました。

 太っている、というよりはプロレスラーみたいな体格をし、頭は両側をツーブロックにして複雑な剃り込みを入れ、残った髪の毛は暗い赤色のメッシュを入れています。眉毛は異様に細く剃っており、耳たぶには大きな穴が開くようなタイプのピアスを埋め込んでおり、首の左側には蠍の刺青が入っています。つまりそれらをまとめると、どう見ても堅気ではないということが分かりました。

 「…見ねぇ顔だな。喫茶店を出たあたりからか?ずっと俺の後付けてたよな?」

 男は鉄志君の質問には何も答えず、首を動かすと私の方を見ました。その表情を見て、私はなんだか、言いようのない違和感を覚えました。

 その顔は表情が一切変わっておらず、目は虚ろで生気は無く、何というか、仮面が張り付いているような無機質な感じを醸し出ていました。

 「…そうか。俺ではなく燈和を着けてきたか。何が目的だ?」

 えっ、私ですか?何で?鉄志君を神と例えるならこんな土中の細菌みたいな男なんかとは私は一切関わろうとは思いませんし、恨みなんかは買った覚えはないんですけどねぇ…。

 「んん?お前…!!!」

 鉄志君が言いかけた時、男の右手が鉄志君の脇腹に伸びました。しかし鉄志君は左手で男の手首を掴み、それを牽制しました。男の手にはいつの間にか、大きなナイフが握られています。鉄志君は男の手首を握り潰す勢いで力を込めると、その手からナイフが落ち、地面に落ちて金属音が鳴り響きました。

 ふぅ…。よかった。鉄志君の綺麗な左脇腹に傷が付かなくて。もし傷をつけようものならば私は怒りに狂いその男の両手両足をへし折った挙句頭部が砕け散るまで殴り続けた後に鋸山の地獄覗きから投げ捨てるところでしたよ。

 「ん?」

 「あっ…」

 その直後のことでした。私たちの入ってきたところから、その男の仲間と思わしき連中が5~6人程、次々にやってきました。そして反対側に目を向けると別の男たちも3人やってきており、私たちはあっという間に囲まれてしまいました。

 「けっ。いつの間に仲間を呼びやがったんだ。全く…。」

 そう言うと鉄志君は押さえつけているその男の鳩尾に一発、きつい拳をお見舞いしました。男は声を出す間もなく崩れ落ち、地面に倒れました。

 「俺も仲間を呼んでみんなで仲良くわいわいやりたいところだが、そんな暇はなさそうだな…」

 鉄志君…。まだあの柄の悪い人たちと付き合いがあったんですか…。これは帰ったらまたお説教が必要ですねぇ…。

 「燈和。お前は自分が習得してきた技を実戦で使ったことがあるか?」

 「あるわけないじゃないですか。喧嘩は嫌いですし。」

 「だろうな。おめでとう。今日がデビュー戦になるな。」

 「えぇ~…。私も戦うのですか…」

 「当たり前だろ。燈和、お前が今日まで身に着けてきたものはなんだ?飾りか?アクセサリーか?違うだろ。お前のご先祖様たちがお前自身と大切なものを守るために授けてくださったものだろうが。だったらそれを最大限に生かして守り切れ。」

珍しく鉄志君からお説教されてしまいました。そうですね。その通りですね。私が甘かったですね。

私自身と私の大切な者、村井鉄志君を守るため、鬼灯燈和、参ります!!

 ですが、初めての実戦となるとやはり緊張してしまいますね。心臓が高鳴り、少し呼吸が乱れてきました。

 「ふぅっ…」

 私は息を吹き出し、呼吸を整え、これまでの教えを頭の中で一瞬にして再生させ、そして構えました。

 「そうだ。それでいい。取り敢えず、燈和は目の前に集中してくれ。後ろは俺が何とかする。」

 そう言うと鉄志君は後ろを向き、私と背中を向かい合わせる形で構えました。

できれば一緒に並んで戦いたいところですけれども、まぁ実戦の方は鉄志君の方が慣れているでしょうし、ここはおとなしく言うことを聞いておきましょうか。

 それにしても、初めての共同作業がこんな下らない喧嘩だなんて、なんだか涙が出そう。後で何かで上書きしてもらうよう鉄志君に頼んでみましょうか…。

 そんなことを考えているうちに、目の前の敵が距離を詰めてきました。

 「うぉらぁ!!!!」

 そして後方から鉄志君の楽しそうな声とともに鈍い殴打音がいくつも聞こえ始めてきました。

 うん。私を守るというよりも単純に自分が楽しんでいるだけのようですね。やれやれ…。このことについても後でお説教をしなければなりませんねぇ…。

 と考えているうちに目の前の者も私を捉えようと迫ってきていました。全く。私は鉄志君以外の人の物になるつもりはないというのに。

 後ろは一応は鉄志君が守ってくれているということなので自分の目の前180度に集中しましょう。

 最初に、目の前の男の一人が私を掴もうと両手を前に出し、かかってくるのが目に入りました。

 普段、父や鉄志君と行っている稽古に比べると、異様に遅く見える。あの二人が普通の人間よりも身体能力が高いからでしょうか。いずれにせよ、これなら実戦に慣れていない私でも勝てそうですね。

 伸ばしてきた腕の両手首を抑えると、一歩下がり、踏み込んでいるその男の右足の膝関節に足の平を置き、一気に横から体重をかけると、ゴキンという鈍い音とともに膝の関節が外れる感触が伝わってきました。右足は体を支えきれなくなり、目の前で膝をついたところで今度はその顔面に向かって膝蹴りを食らわせるとその男は後ろ向きに倒れました。

 あぁ嫌だ嫌だ。鉄志君以外の男に触れるなんて、蕁麻疹が出そう。ていうか鳥肌すごい…。

 と、視界の左端で別の男が動くのが目に見えました。今更ですが、女性相手に複数人で挑むなんて卑劣極まりないですね。

 視界の端で姿を捉えつつ、私がつま先をねじ込むようにして鳩尾に前蹴りを食らわせると、その男は苦しくなったのか、少し前かがみになりました。まぁ中々に苦しいとは思いますよ?なにしろ今日は先端の尖ったハイヒールを履いていますからねぇ。

 しかし男は倒れはしませず、そのまま私の足首はがしりと掴まれてしまいました。

うわぁっ…。気持ち悪い。なんか掌湿ってるし、もう最悪。これはきついのをお見舞いしなければなりませんねぇ。

 少し腰をかがめ、地面についている右足に勢いを付けて伸ばし、体を浮かせると、そのまま空中で右足を振り、つま先をその男のこめかみに食らわせました。

 流石に攻撃が効いたのか、男の手が私の左足から離れました。はぁ~。帰ったら念入りに洗った後アルコール消毒もしなければなりませんねぇ。

 男の手から逃れると、私はそのまま逆立ちをし、右膝を折り曲げ後方へと重心を移動させ傾くと、その倒れる勢いを利用して後ろにいた別の男に踵落しを食らわせました。が、男はどうやら腕で頭部を守ったらしく手ごたえは感じません。左足に伝わってきた感触から、どうやら腕をクロスさせてガードしたようですね。その程度の知識は流石にありますか。

 全く。こっそりと、気付かれないようにして近づいていたようですがバレバレですよ?そしてあなたは気付いていないでしょうが、その踵落しは餌です。

 始めからこんな体重を利用しただけの貧弱な踵落しで仕留められるとは思ってはいません。ですが、受け止めてくれたことで、この姿勢でも次の攻撃に必要な勢いをつけることができます。

 受け止められた左の脚をそのまま押し付けるようにして力を込めると、折り曲げていた右足を思い切り振り上げ、男に命中させました。直接見えはしませんが、つま先から伝わってくる感触から、どうやら顎に当たったのが分かりました。

 男が後方へと倒れるのと同時に私は地面に足をつき、そのまま立ち上がりました。

 もう、手がアスファルトで薄汚れてしまいました。あぁ早く洗いたい…。先ほどまでの天国にいるような時間から一変して、今は地獄そのものです。

 顎に一撃を食らわせた男はそのまま失神してしまったようですが、他の2人は再び立ち上がってきました。はぁ、まだ喧嘩は続くのですね。鉄志君、さっさと終わらせてこっちを手伝ってくれませんかねぇ…。

 私が息を整え、改めて構え直し、目の前の敵と向かい合ったその時でした。

 「おぉっ?」

 突如後ろから鉄志君の少し驚いた声が聞こえてきました。何があったんでしょうか。心配です。

 そして、その直後のことでした。


 ガゥンッ!!ガゥンッ!!ガゥンッ!!


 鼓膜を貫かんばかりの轟音が3回、響き渡りました。聞くのは初めてでしたが、それが何かはすぐに分かりました。

銃声…?

 「鉄志君っ!!!???」

 急いで振り返ると、立っている鉄志君の後ろ姿が目に入りました。その背中には特に傷は無いですが、視線を下に移すと、彼の足元のアスファルトには新鮮な赤い血液が滲んでいました。

 「鉄志く…!!!???」

 彼のもとに駆け寄ろうとしたその時、私は口元を何かで塞がれ、そこから口内に入り込む、噎せ返るようなキツイ刺激臭によって意識が奪われていきました。

 「!!燈和っ!!」

 鉄志君が私を呼ぶ声が聞こえてきました。が、もう私にはその返事をすることもできません。

 失われていく意識の中で、鉄志君の冷静な声がかすかに聞こえてきました。

 「燈和、必ず助けに行く。待っててくれ。」


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