マシュマロ・モンスター
廻
『さてと、感動の再開はここまでにしておくかな。』
抱きしめていた鉄兄ぃの腕が離れ温もりが無くなった。
むぅ。もう少し鉄兄ぃの温もりを感じていたいところだったけれども、今は時間が無いしね。
「ていうか鉄兄ぃ。そのG第二形態みたいのはなんなの?前の時はもっとなんか綺麗な形だった気がしたけど。」
「あ、その例えすげー分かりやすい」
『これに関しては私も分からないが…あの時は燈和の力を借りてリミッターを外したからか、自分で力をコントロールできていたのだ。そして今回は危機的な状況で自身でリミッターを外したからか、コントロールまではうまくできないようだな。』
う~ん、なんかよくわからないけど、要は燈和ちゃんがいないと完全にはなれないってことかな?なんか悔しい。
「それで、お頭。姐さんの場所は分かってるんですか?」
転、呼び方がまた戻ってる。毎回思うけどそのこだわりは一体何なの?面倒くさければもう「お兄ぃ」でいいじゃん。
『大体の場所はな。案内してくれた男が言うには、あの高城という男はこの地下のさらに下で普段は生活をしているらしい。』
この牢屋のある廊下を毎回通って自分の部屋に行ってるっていうの?日常的に?もう今更感半端ないけど、改めて頭イっちゃってるわ。あの男。ってそうだ!
「鉄兄ぃ!!あそこ!!そこの牢を壊してあげて!!できるよね!?」
さっきアタシたちに話しかけた女の人が入っている牢を指さして鉄兄ぃに頼んだ。
『何なんだ?あの女は?』
「話すと長くなるんすけど、要はウチらと同じように連れてこられてもう何年もこの中に。」
『…そう言うことか。分かった。』
ドガァンっ!!!!
鉄兄ぃは左の裏拳でいとも簡単にアタシらのいる牢の格子を破壊すると廊下をに出た。そして。
ドガァンっ!!!!
今度はあの女の人のいる牢の格子をいとも簡単に壊して中に入った。
改めて思う。味方だとこれ以上に無いくらい頼もしいけど、絶対に敵には回したくない。それをここの奴らが証明してくれたね。うん。
『おい。大丈夫か。おい。』
「う、うぅ~ん…」
鉄兄ぃの声に反応して腫れあがった瞼を薄く開いた瞬間、凄まじい勢いで鉄兄ぃから離れ、部屋の奥でガタガタと震えはじめた。
「ひ、ひぃぃぃぃいいいいいい!!!!!ひぃあぁぁぁぁぁあぁ!!!!あ…あぁぁ…」
この世のものを見たとは思えないような恐怖の表情を作った後、悲鳴を上げ、やがて失神してしまった。
「て、鉄兄ぃ…」
『わ、私のせいなのか?私は助けてやっただけだぞ?』
「いやまぁお頭が悪いってわけじゃないすけど、前知識無しでその姿を見たら誰でもそうなりますよ。ていうかお頭いつも喧嘩した奴相手にそれやってんじゃないすか。」
『そ、そういえばそうだったな。まぁ、これでここからは出られるからいいんじゃないのか?』
何か適当だな~。本当に前世は何百年も生きた龍なの?ちょっと抜けてない?
「いや、ここを抜け出したとしても、また村人に捕まったら逆戻りっすよ。あいつら容赦なく暴力振るいますし。もっと言えば殺すのにも躊躇いはないっす。」
『それについては問題ない。私もここまでやられてタダで帰るわけにはいかん。ここの奴らを全員叩きのめし、存在と所業を公にして村を潰す。もう二度とこんなことをさせんようにな。だが今は、燈和の安全が優先だ。』
そう言うと鉄兄ぃは立ち上がり、牢を出ようとした。
「て、鉄兄ぃ!!」
『なんだ?』
「この女の人の怪我は直さないの?」
『治してもいいが、傷が残っていた方が『この村ではこんなにひどいことをされていました』という証拠になると思うが…』
な、なるほど。こういうところはちゃんと考えてるんだよなぁ…。この爬虫類もどきは。
『さてと、燈和はこの奥か…』
鉄兄ぃが一歩踏み出そうとしたその時。
バキィ!!!!ガァン!!!ゴッ!!! ドガァン!!!
『ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいい!!!!!』
床の下から何かの破壊音と共に誰かの悲鳴が聞こえてきた。この声は、あの高城のものだ。
『…取り敢えず燈和は大丈夫そうだな。』
「え、えぇ…」
「そ、そうだね」
まぁよく考えたら燈和ちゃんは小さなころから武道をやってるわけだし、いざとなったら鉄兄ぃと同じかそれ以上の力を発揮できるんだっけ?あの高城も中々頭が切れる奴だとは思ったけど、流石に未知の力の前では無力ってわけね。それにしても、あんなにもクールにしていた男があんな情けない声を出すとは…。
いったい今、下の階ではどんな恐ろしいことが起こっているのだろうか。興味がある反面、見たら後悔するかもとも思うアタシがいる。
と、その時、鉄兄ぃの変化していた体が段々と戻っていき、元のたくましい人間の体へとあっという間に戻っていった。
「ん?戻ったのか。短かったな」
「ど、どうしてっすか?」
「多分だけれど、危機感が無くなったからじゃねぇのか?取り敢えず燈和が無事そうでは
あるしな。」
無事では済まなさそうなのが一人いるけれどもね。いや、あいつは無事では済まない方がいいのか。
「あ。」
「どうした?廻」
「鉄兄ぃ、肩にミルワームみたいなのが付いてる。」
「ん?あぁ本当だ。」
鉄兄ぃは肩についている芋虫を指でつまむとポイっと床に放り捨てた。
「「…。」」
「?何だよ?」
「いや、一瞬そのまま食べるのかなと」
「どうしてそうなるんだよ。俺は鳥かなにかか?」
「いや鳥というかなんというか、そもそもさっきまで人間捨ててたから」
「アホか!!!俺は正真正銘の人間だ!!!好物は次郎ラーメン!!何が悲しくて虫を食わなきゃならねぇんだよ!!」
うん。この返しでこそ鉄兄ぃだね。さっきまでは形も話し方も違ったから不安になったけど、なんか安心した。
「で、これからどうするんすか?」
「やることは変わらねぇよ。取り敢えず、燈和を迎えに行く。その後でゆっくりと村の奴らに死ぬことよりも恐ろしい目に合わせてやる。」
「い、一体どこまでやる気なの?」
「…やれることは全部」
鉄兄ぃの中のやれることってのは一体何百種類あるんだろう?なるべく早く終わらせてさっさと家帰ってシャワー浴びたいってのが本音なんだけど。
と、その時。
『え~ん…え~ん…え~ん…え~ん…』
何度も聞いたあの鳴き声がまた地下の廊下に木霊した。
「なんだぁ?」
「どうやらこの先にこの村人に産ませられた子供がいるみたいなんすよ…」
「ちょっと待って。少しおかしくない?」
「あ?おかしいって何がだよ?」
「赤ん坊の声にしてはでかすぎるってことだろ?」
流石は鉄兄ぃ。よく分かってる。
「この上にいた時ですら聞こえてたんだ。赤ん坊の声だとしたらあの距離まで聞こえるってのは納得いかん。」
「な、なるほど…。じゃあこの声は一体…」
「さぁな。それもついでに確かめに行こうぜ。」
そう言うと鉄兄ぃはスタスタと廊下の奥へ向かって歩いていった。
「あぁ!?待ってくださいよお頭ぁ!!!」
「この人はどうするの!?」
「しばらくは寝かしておけ。無理に起こしてもまた錯乱するだけだろ。」
振り向かずに歩き続ける鉄兄ぃを追って、アタシと転も走って奥へと進んでいった。
少し歩くと両側の木製の格子は無くなり、冷たい壁に挟まれた一本の廊下になっていった。廊下はかなり長いらしく、また、明かりも満足にないため先の方は闇に包まれている。そして歩き続けている間にも、あの赤ん坊の泣き声のようなものは聞こえ続けてくる。はっきり言って、怖い。こんな気持ち、小学生の頃にホラー映画見た後の夜みたい。
「この先どうなってんすかね…」
「さぁな。案外、異世界への入り口でもあったりしてな」
鉄兄ぃは冗談のつもりで言ってんだろうけど、アタシとしては正直冗談で切り返す余裕はない。
「何だ?廻。急に黙りこくって。もしかして怖いのかぁ?」
「う、うぅ~…」
言い返す余裕はなく、アタシは黙って鉄兄ぃの腕にしがみついた。
「あっ!?廻!!んじゃあウチも!!」
そう言うと転は鉄兄ぃの反対側の腕にしがみついた。転!!アタシは冗談でやってんじゃないんだよ!!!
「おいおい。歩きずれぇだろ。ここで敵が出てきたらどうすんだよ。ったく…。ん?」
突然、鉄兄ぃが立ち止まり、壁の方を注視した。
「ど、どうしたの?」
「扉発見。ほら、離れろお前ら。」
鉄兄ぃから離れ右側を見てみると、鉄製の扉があるのが目に入った。けど一つ異様なのは、扉の左側にはこんな山奥の村には似つかわしくないロック解除用のナンバーキーがあること。
「…何でこんなところにナンバーロックが…」
「そりゃあ誰かが作ったんだろ。」
「誰かって…誰が。」
「あの高城という男だろうな。」
「あの男何者なんすか…」
「何者っていうかただの一般人じゃねぇの?この村に来てから長として崇められてるってだけで」
「…どういうこと?」
「この村の住人の話す言葉はどこか訛りがあっただろ。だがあの高城という男にはそれが無い。それに『村人全員が家族のようなもの』って言っておきながらなんであいつは他人行儀に敬語を使ってんだ?その答えは簡単。奴が外部から来た人間だったってことだ。いや、そもそも、ここの村人の訛りもな…」
「なにさ?」
「いや、そこは今は重要じゃないか。ま、そんなわけで奴は今は長として崇められているが、村人を怒らせれば自分が同じ目にあわされるのも十分に承知しているということなんだろう。」
「なるほど。でもそれなら、何であいつはこの村に来たその時に住人に襲われなかったんすか?それに一住人を通り越していきなり長にまでなるなんて…。」
「ここの村人たちは一言で言えば極端なんだろうな。自分たち以外の人間は基本的には敵だけども、恩恵をもたらすと分かれば途端に掌返しでよいしょする。そう言う性分なんだろう。恐らく、あの村人共に捕まった時に自分ならこういうことができると売り込んだんじゃないか?」
「ん~、でもあの高城は何をこの村にもたらしたのさ?」
「そればっかりは直接聞かないと分からないが、まぁ『電気』だろうな」
「で、電気?」
「あぁ。この村について一番最初に疑問に思ったことは、電線が無いこと。公共の電気が通っていないのに、なぜかこうしてナンバーロック式の扉まである。ここの村人共が独自に開発できるとはとても思えん。」
そうか。だから鉄兄ぃは来る途中、ずっと空を見てたのか。
「でもなんであの高城はそんな電気作れるような知識がありながらこんな山奥のグーグルマップに載ってるのかすら分からない村に来たんすかねぇ…」
「都会での生活に疲れて田舎へ~って感じじゃん?あいつなんか耐性なさそうだし。」
「多分それだな。大方、理系の院卒で専門の知識はあるけど就職先で慣れない営業をさせられたとかだろうな。さてと。」
鉄兄ぃは扉横のナンバーキーへと手をかけた。
「お頭暗証番号分かるんすか?」
「分かりはしないが、予想を付けることはできる。」
「どうやってさ?」
「このナンバーロックは4桁の番号がカギになっている。」
「それで0000から9999まで試すのか!!!」
「んなことしてたら1日じゃ終わらねぇよ。この地下、長い間碌に掃除してなさそうだろ?ならこの端末だって掃除してねぇはずだ。となればキーボタンに手垢が付いたままということ。その汚れているキーボタンから予想を付ける。」
「そんな汚れなんて見えるの?」
「目から入る光の量をコントロールすれば楽勝だ」
「できんの?そんなこと」
「俺を誰だと思ってる。強大な魔力を有する龍の生まれ変わり、村井鉄志様だぜ?え~っと、汚れているボタンは…」
さっきまですっごい現実的な話で進めてたのにいきなりファンタジー突っ込んでくるなし。ま、鉄兄ぃに言わせればすべてが現実なんだろうけどね。ていうか強大な魔力とか言ってる割には一々その使い方が地味なのが多いんだよなぁ…。
「1と3と2だな。3つしかねぇ。」
「じゃあどれかを2つ使うってことっすね」
「その通り。この3つだと恐らくは何かの日付だな。語呂合わせだったら高城の4、6を入れてきそうなものだ」
「うわぁ…自分の名前の語呂を入れるとかないわ~。そしたら自分の誕生日じゃね?」
「いかにも一般人的な暗証番号だな。」
「この組み合わせで日付だと1123、1213、1231、1223のどれかか…。一通り試してみるか。まず最初は…1、1、2、3…と」
ピーッ…ガチャ…。
機械音が鳴ると鍵の外れる音が聞こえた。まさか一発で当たるとは。
「いきなりビンゴ!!!」
「セキュリティレベルひっくい!!!!」
「まぁ何にせよこれで中に入れるな。」
ドアノブを回すと扉は開き、鉄兄ぃはそのまま中に入っていった。そしてそれにアタシと転も続いた。
ぱちっ。
鉄兄ぃが扉横のスイッチを入れると天井の蛍光灯が付き、中の様子が一通り伺えた。
「何…ここ…」
中に入ると、そこにはさらに異様な光景が入り込んだ。
広さは、学校の教室位?けれど物が多く置かれてて、床はあまり見えない。
部屋の両側にはタイヤの外された大小さまざまなバイクが置かれていてその周りには工具やら部品やらが散乱している。よく見ると取り外したナンバープレートも山積みになって置かれている。そして正面には机がいくつも置かれ、その上には何台かモニターが置かれていた。
「…バイカーを連れてきた後は奪ったバイクをここで解体していたのか。」
鉄兄ぃは解体途中のバイクをいくつか見て回った後、机の上にあるモニターに目を移した。
「ほら。見てみろ。」
鉄兄ぃが指さした画面の一つを見てみると、そこに見覚えのあるものが映っていた。
「…これは、ウチらのバイク?てことはここは最初にいた小屋の中っすか?」
「えっ!?てことはあそこに監視カメラが付いてたってこと!?」
「そのようだな。恐らく、あの小屋の中をここで監視しておいて、誰かが入ってきたら俺たちと同じようにこの村に連れ込んできていたんだろう。それとこっちを見てみろ。」
鉄兄ぃの指さした別のモニターを見てみると。そこには山道が映っていた。
「ここは俺らが通ってきた道だな。ここの地点を通るバイクを監視して…あの小屋に誘導したってことか?」
鉄兄ぃは顎に手を添えて考え込んだ。そりゃそうだ。
「誘導っても…普通ならあんな小屋スルーするっしょ?今日みたいな土砂降りなら分かるけど…そんな都合よく雨なんて降るわけないし。それに雨降ってたとしても少しくらいの雨じゃああんな小屋に逃げ込まないと思うしぃ…」
「その通りだ。つまり、その雨にヒントがあるんだろう。」
「ってことは…あいつらここで誰か来るのを確認してから雨降らせてるってこと!?」
「んなことできるんすか!?」
「ま、常識的に考えれば都合よく広範囲に激しい雨を意図的に降らすことなんてできないわな。そう、『神様による奇跡』でも起こらん限りはな…」
「それって…」
『え~ん…!!!え~ん…!!!え~ん…!!!え~ん…!!!』
アタシたちの会話を遮るようにしてあの泣き声が聞こえた。先ほどよりもさらに大きく、強めに声を出さまいと会話もできやしない。
「て、鉄兄ぃ!!!」
「近いな!!!この先の部屋か!?」
「う、うるせぇ!!!何なんすかこれは!?」
「さぁな!!それをこれから確かめに行く!!!」
鉄兄ぃはそう叫ぶと勢いよく部屋を出ていった。そしてアタシと転もそれに続き、廊下のさらに奥へと走っていった。
歩き続けること数分後、一番奥にたどり着くと。そこにあったのは、両開きの真っ赤な扉だった。
見た感じ金属製だけど、さっき入った部屋の扉とは違って、もっと分厚くて重そうな感じがする。両側の扉には何かの生き物を模した彫刻が飾られていて、そして上の方には、神社でよく見かけるような注連縄が飾られていた。
「何…この扉。」
「何かの神様を祀っているんすかね…」
「そうっぽいな。これまでのとは何か雰囲気が違う。」
それだけ言うと、鉄兄ぃは扉を両手でゆっくりと押した。
ギギギ…ギギ…ギィィィ…
金属特有の摩擦音を立てながらゆっくりと扉は開いた。どうやら鍵はかかっていないらしい。
中は真っ暗闇で一寸先も見えない…と思ったけど…。
ジャリ…ジャリジャリ…ジャリ…
時々、何というか、鎖を地面にするような音が聞こえる。さらに。
「んんっ!?」
一瞬、鮮やかな赤と青が混じったような対称的な二筋の光が暗闇の中に灯ったかと思うとまた元の闇に戻った。その光が灯った一瞬の間に、何かすごい大きなもののシルエットが映り込んだ。
間違いない。この中に何かがいる。この村の奴らは、一体ここで何を飼っているっていうの?
「ちょっとお頭。これ、電気のスイッチじゃないすか?」
「本当だ。使えんのか?」
ぱちっ。
鉄兄ぃが電気のスイッチを入れると、明かりが灯って、部屋全体が明るくなった。
「えっ…」
そしてその瞬間目に入ったものに、アタシは息が詰まりそうになった。
それの大きさは、横幅が…3メートルはあるのかな?高さも鉄兄ぃの身長を軽く超えているから、2メートル半はある。確実に。
まず一番最初に目にはいったのはそれの顔。薄い茶色で逆三角形の角を丸めさせたような形をしていて、本当なら目があるところは眼球が無くて窪んで放射状に皺ができてる。耳は無く、逆三角形の先端には一つの丸い穴が空いているけど、あれが鼻の穴なのかな?口は顔の形に添って大きく横に裂けていて、その隙間から覗かせている歯は人間のものとしか思えないような形。そして時折見える口の中は暗い紫色で毒々しい印象があった。
その先には太くて少し長い首があって胴体と頭を繋いでいる。胴体と首の間に少しくびれがあって、その首には一定の間隔で触手のような白くて細長いものが両側に数本ずつ付いていてうねうねと動いている。
胴体はダンゴムシのような形をしてて背中がやけに盛り上がっている。体の側面には一本の筋が入っていて、そこが時折、赤と青の混じったような光を放っていた。
その体の下側からは手足があるんだけど、腕は細長くて指がカエルのような吸盤が付いているけど、それと反対に足は太くて短くて、ゾウやサイみたいな形。
なんていうか、いろんな生き物をごちゃまぜにしたようなバランスの悪い見た目…。
「え゛ぇ゛ぇ゛え゛ん!!!!え゛ぇ゛ぇ゛え゛ん!!!!え゛ぇ゛ぇ゛え゛ん!!!」
それは口を大きく開けたかと思うと、鼓膜が千切れるんじゃないかってくらいのすんごい轟音で泣き声を…いや、鳴き声を上げている。その声も、聞こえる限りでは人間のだ。不気味すぎる…。
よく見てみると、首や手足にはぶっとい鎖が付けられていて自由に体を動かせないみたい。さらに、背中にはいくつも杭みたいなのが刺さっていて、その杭にはケーブルのような線が続いててそのまま天井に繋がっていた。
「なるほど…こいつがナガサメ様の正体ってわけか…。見てみる限りだと、この村の電力源はこれっぽいな。こいつの背中から出てるケーブルを介して得ているようだな。」
「て、鉄兄ぃ!!こいつ一体何なの!?」
「いや知らん。こんな奴前世でも見た事ねぇ。ただ一つ言えることは…」
「何すか?」
「恐らく、過程は違えどもこいつも俺と同じく別の世界からやってきたんだろうなってことだ。それをここの奴らは神様がこの地に降り立ったのだと勘違いしてこんなところに閉じ込めたんだろう。」
そう言うと鉄兄ぃはその生き物の周りを歩き始め、その体を注意深く観察し始めた。そして少しして。
「おい。こっち来てみろ」
「何かあったんすか?」
「ここ、見てみろよ」
鉄兄ぃの指さしたところを見てみると、正面からは分からなかったけれども尻尾があるのが分かった。…いや、尻尾っていうか芋虫がそのままくっついたような形してる。いくつもの節があってその節と節の間には逆立った毛が何本か生えている。側面には一定の間隔で生き物の目を想像させる模様が付いてて、末端には細長く撓った2本の突起がV字型に付いてる。そして脈打つごとに大きくなったり小さくなったりして、控えめに言っても超キモイ。
その尻尾っぽいものは先端の少し前に鎖が巻かれていて、それが地面に繋がれて自由に動かせないようになっている。可哀そうだとは思うけど、正直アタシには触れる勇気はない。
そこの一部に大きく体が抉れている箇所があってそこからピンクの毒々しい色をした液体が流れていた。見た感じ、まだ傷ができてからそんなに時間が経ってないように思えるけど…。
「…これは?」
「刃物で肉を切り取った後だな」
「何のために?」
「俺が食事の時に言ったこと覚えてねぇか?」
「えっ…まさか…」
「あいつら、こいつの肉を食わせようとしていたんだ。神様と崇めている生き物の肉を食うなんて罰当たりな奴らだな。」
う、うぇぇ…。気持ち悪い…。鉄兄ぃの言う通りに食べなくて本当に正解だった…。
ていうかあいつら、日常的にこいつの肉を食ってるっていうの?そもそも、よく食う気になれるな…。
「食うって…こいつは痛みとか感じないんすかねぇ?」
「試してみるか?」
そう言うと鉄兄ぃは傷口のところにグイっと親指をねじ込んだ。
「ギィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイッッッ!!!!!!!!!」
その金切り声のあまりの大きさと不愉快さにアタシと転は反射的に耳を塞いだ。
「ちょっと、お頭!!!余計なことせんでください!!!」
「けしかけたのはお前だろ。ったく…」
いや、今のはけしかけたのとは違くない?鉄兄ぃは人の言ったことを誇大解釈する傾向がある。
「ま、こいつも辛そうだからな。傷口の手当くらいはしてやるか。」
そう言うと鉄兄ぃは指の先端から自分の神経を出してそいつの傷口へ潜り込ませた。
「こいつの傷も治せんの?」
「傷の修復機構なんてどの生物でも持ってるよ。それが異世界のもんでも変わりはねぇだろ。」
「傷治した後はどうすんすか?」
「ま、こいつ縛ってる鎖でも解いてやるかな。後は好きに生きればいいさ。」
「こいつここから出られんの?体バカデカいんだけど」
「ここに連れてきたってことは出す術もあるんじゃないか?まぁ俺には関係のないことさ」
そう言い捨てると鉄兄ぃは作業を開始した。出ていた体液は止まり抉れた肉は盛り上がっていき、みるみるうちに傷は小さくなっていった。
だけど、傷が治ってくにつれてそれまでにやけていた鉄兄ぃの顔つきが段々と神妙なものになり、やがて黙りこくってしまった。
しばらくするとその生き物から手を離して立ち上がり、そのまま鉄兄ぃは考え込むようにしてその場から動かなくなった。
「…鉄兄ぃ?」
「ここまでだ。これ以上のことは不要だ。」
「なんでぇ!?さっき鎖解いてあげるって言ったじゃん!?」
「こいつもここの村人にひどい仕打ちを受けているんすよ?」
「それについては同情するが、このままこいつを解放したら危険だ」
「どうして?」
「今俺は傷を治すついでに神経を介してこいつの考えを読み取ったが、特定の対象があるわけではない一つの考えのみに支配されている。」
「えっ!?鉄兄ぃって生き物の気持ちを読み取れんの!?」
「気持ちっていうか、感情に近いものだな。楽しいとか、悲しいとか…そう言う単純なやつだけ。」
「で、こいつのその考えってのは一体何なんすか?」
「…。」
『殺してやる…!!!!』