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LIKE HELL

                      転


 

 お頭が生き埋めにされるのを見届けた後、ウチと廻は集会場へと再び連れ戻された。

まだそこには先ほどと変わらぬ位置で膳が置かれていたが、姐さんの姿は無くなっていた。どうやらこことは別のところに連れていかれてしまったようだ。それを心配に思う反面、姐さんの本当の姿を知っているからか、お頭と同様になんやかんやで大丈夫だろうと楽観視している自分もまたいる。

お頭が開けようとしていた、農具を仕舞ってあると高城が言っていたあの扉が開かれるとそこから先は地下へと続く階段になっていて、そこを降りるとさらに長い廊下が続いていた。

廊下は薄暗くはあるものの、天井にはいくつも裸電球が付けられ見えないというほどではない。そう言えばお頭はここに来るときに電線が見当たらないと言っていたけれど、一体電力はどこから供給されているのだろうか。

廊下の両側にはいくつも部屋があり、廊下とは木製の格子で隔てられているため中の様子が見られる。その様子からこの場所は牢であることは一目見て分かった。

 ウチらの前を歩いていた村人の一人が扉を開けるとウチと廻を部屋に押し込め、そのまま外側から錠前で鍵を閉めた。

 「ここへ入っとれ。まんだ飯の途中だったんからな。腹が膨れた後でゆっくりと相手をしちゃる。ったく。おかげで飯が冷めちまったわぁ…」

 「おい!!ちょっと待てよ!!」

 ウチの言葉を無視して村人たちはそのままスタスタと階段を上がりやがて消えてしまった。

 「ったく…。」

 入れられた部屋の中を見渡してみる。隣の部屋とはコンクリ―トとはまた違うよくわからない材質で隔てられ、様子を伺うことはできないけど、まぁこんなところに閉じ込められてるのはウチらくらいなものだろう。床と天井も同じ材質だけれど、この硬さじゃ壊して外に出るのは無理そうだな。

床や壁には赤黒いシミがいくつも付着し、そこらにはどこから入り込んだのかコオロギのような虫が何匹も這いつくばっている。控えめに言っても汚すぎる。人間のいる場所には程遠いな。はぁ…、シャワー浴びたい。

 「なぁにここ~!!くっさいし湿ってるし最悪の極みじゃ~ん!!!あんま期待してなかったけどやっぱしスマホの電波も入らねーしぃ!!!」

 早速と言うかなんというか、案の定廻は文句をつけ始めた。いや、この状況なら不安や恐怖が口から出るのが普通なんだろうけど、文句が出ているうちは廻もまだ大丈夫と言うことか。いや、ウチもなんだけどさ。

ていうかよくスマホ取り上げられなかったな…。スマホを持っていたとしてもウチらは無力だと高をくくっているのか?バカにしやがって…。

 「んで?どうするよ廻?」

 「どうするも何も今は何もできんくない?うちらみたいなか弱い乙女にこんな檻壊せるわけないっしょ?見たとこ天井にも抜けられそうなとこ無いし~」

 「んじゃあ、今のうちに戦いのシミュレーションでもしときますかねぇ。ウチじゃお頭や姐さんみたいに綺麗に戦える自信ないしな…」

 「え~っと、何か武器にでもなりそうなものは…」

 「ね、ねぇ!あなたたち!!」

 突然、ウチらの会話を遮るように声が聞こえてきた。

 見てみると、ウチらの部屋から見て廊下を挟んで右斜め前の部屋から格子に顔を張り付けるようにしてこちらを見ている女の姿が目に入った。

 歳は30後半と言ったところだろうか。薄汚れた服を身に着け、目がくぼんで痩せ細っているが、腹だけはぼっこりと膨れている。その姿から彼女が妊婦だということは伝わってきた。

 「な、何だアンタ!?」

 「あぁ、良かった。久々にまともな話し相手ができそう。あなたたちもあいつらに無理やり連れてこられたの?」

 「『も』ってことは、あんたも捕まってここに?」

 「好き好んでこんなクソみたいなトコいないっしょ。もっと考えなよ転。」

 「うっせーなぁ。お前には聞いてねぇよ。」

 「あ、あなたたち…怖くないの?」

 「んー、まぁ今のところはね~。」

 「そう…。今のうちに忠告しておくけれど、ここでは希望は持たない方がいいわ。あなたたちも私みたいに、一生このままよ。」

 「一生このままって…。アンタまだ人生半分も生きてねーだろ。」

 「もう私の人生は終わったも同然なのよ!!最初の内はあなたたちのように、いつか助けが来る。後少しの辛抱と思っていた。でももううんざり。そんな考えで過ごしている間に子どもを6人も生んだわ。私より前にここに来た人も全員死んでしまったし。」

 「ろ…6人!?えっ、アンタ何年ここにいるんだよ!?」

 「もう自分の歳なんて忘れたわ。私が夫とここに来た年は…そうね、ロンドンオリンピックの次の年だったかしら。」

 「ロ、ロンドンオリンピックって…いつだったっけ?」

 「確か…2つ前とかじゃなかったか?ウチら小学生だったからよく覚えてねぇけど…。ていうか、その夫ってのはどこ行ったんだよ?」

 「殺 さ れ た の よ !!!!!!!私 の 目 の 前 で !!!!!!」

 その瞬間、その女の表情が豹変し、この世のものとは思えない苦痛と怒りに満ち満ちた顔となった。

 「食事の中に薬を入れて動けなくされて!!!夫の目の前で私が犯され!!!私の目の前で夫が嬲り殺されたのよ!!!!今に見てなさい!!!今にあなたたちもそうなるわ!!!彼氏と一緒に来たんでしょう?その彼氏もここで…!!!あんたたちの目の前で…!!!はっ…!!はははっ…!!はははははっ…!!!!あーっはっはっはっはっはっは!!!!!う…うぅ…!!!うわぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁ!!!!!!!」

 女は発狂したとしか思えない叫びをあげ、そのまま泣き出してしまった。無理もない。ウチが同じ目にあわされれば正気を保っていられるわけがない。

 『え~ん…え~ん…え~ん…え~ん…』

 突然、地下全体に聞こえるかのような大きい泣き声が聞こえ始めた。生まれた子供たちがこの先にでもいるのだろうか?

 「ねぇ、転。ちょっと変じゃない?」

 「変て…何がだよ。そりゃああんな仕打ちを受けりゃあ誰だって…」

 「そうじゃなくって…!!!あの泣き声…」

 「おい!!!何をやっとる!!!!」

 突如、怒号とともに飯を終えてきたであろう男たちが入ってきた。人数は4人か。内2人は手に鉈を持っている。あれを何とかして奪えれば…。

 前にいる二人は既に準備万端と言うか、下半身を丸出しにしている。うぅ…。もうこの時点で拷問と変わりねーよ。

 「廻…。」

 「なにさ?」

 「ここにはお頭も姐さんもいない。そして2人ともあんな状況だ。うちらを助けに来るのも時間がかかる。そしてこっちは準備もままならない戦闘になる。捕まったら終わりだと思えよ。ほら、これ使え。」

 「これ、アタシに渡して…アンタはどうするの?」

 「…お前普段これ一本しか使わねえの?」

 「なるほどねぇ~。あんたもやるじゃん。これ持ってくるなんてさ。」

 「お頭ならそうすると思ったんだよ。アンタももっと先のこと考えて行動しな。」

 「むぅ…。」

 この状況においては反論できないのか、廻は何も言い返さなかった。普段からこのくらい素直なら妹であるウチも苦労はしないんだがなぁ…。

 男たちはうちらの前を通り過ぎ、女のいる牢の錠前を開け入っていった。あの人には悪いが、おかげでほんの少しだけだけど準備をすることができた。

 「ったく。余計なことぉ言いおってぇ!!!こんのアマぁ!!!」

 先頭の男はそう叫ぶと女の髪の毛を引っ張り、顔面を何度も何度も殴り始めた。

 女は最初こそ抵抗を見せていたものの、次第に力が入らなくなったのか腕はがくりと下がり、口をだらぁと開け、目は虚ろで半開きになっていった。

 …しくじれば、うちらもああなるか。いや、この場さえ乗り切れば必ずお頭は助けに来てくれる。ここはあくまで時間稼ぎだ。下手に勝ちに行こうとすれば確実に綻びが出てしまう。

 「…たく。まぁいい。こいつもそろそろ終いになる頃だったしのぉ。今日新しいんが2匹入ったんだ。良しとしようかぁ。」

 人間のことを『匹』って…。つくづく女を馬鹿にしている。

 「さてと、待たせたのぉ。お嬢ちゃん達。たっぷりと可愛がってあげるかんな?」

 その頭が禿げた男はにたぁと笑うと、拳を血に染めたままウチらの部屋の錠前を外し、中に入ってきた。それに続いてもう一人、短髪の白髪の男が入ったところで扉は閉められ、再び錠前が架せられた。外に残ったのは鉈を持った2人だ。

 …なるほど。絶対に逃がさないというようにか。それはこっちも好都合だ。あの2人はすぐにはこちらには入って来られないだろうしな。見たところ、中に入ってきた男2人は武器を携帯していないし、恐らくはこっちが武器を携帯しているなどとは微塵も思っていないだろう。もっとも、これを武器だと思う奴はそうそういないだろうけどな。

 二人とも、ウチらより頭二つ分は身長が出ている。日々農業に従事しているためか体はかなり肉厚だ。さっきのことを見る限りだと、攻撃にも容赦はない。確実に弱点を突かないとこっちがやられるか…。

 「お嬢ちゃん達。可愛い子供を産んでくれよ?」

 「げぇ!!くっさ!!ちゃんと風呂入ってんのかよおっさん!!!」

 「なぁ~にぃ~?それじゃあお嬢ちゃん達に後で綺麗にしてもらうかのぉ~」

 前にいるハゲが廻に手を伸ばし、当の廻はそれを振り払う素振りを見せている。普段の廻を見ているからこそ言える。あれは挑発だ。自分に相手の意識を持ってこさせようとしている。その隙にウチが攻撃しろってことか。

横目でその後ろを確認すると、ニヤニヤした表情でもう一人の短髪は待機している。この距離ならあいつが攻撃を仕掛けてきても届きはしない。チャンスは今か。

 「おい、ハゲ。」

 「あぁん?」

 ずぷゅ…。

 きっとウチは、生涯この感触を忘れることはないだろう。そのくらい不愉快な感触が伝わってきた。突き刺している手の震えが止まらない。

 集会場から拝借し、隠し持っていた箸を突き出すと驚くほど簡単にそれはハゲの左目に突き刺さった。最初ハゲは、何が起こったのか分からないといったようなポカンとした表情をしていたが、やがて痛みを自覚したのか、一気にその顔が苦痛に歪んだ。

 「ぎゃぁぁぁぁあああああああ!!!!!!!」

 狭い部屋のせいか、ハゲの絶叫は壁を反射し、ウチの鼓膜を容赦なく攻撃した。耳を塞ぎたい衝動に駆られたが、そんなことをしている状況ではない。

 箸を一気に引き抜くと血液の他にネバっとした液体が一緒に出てきた。

 「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁああああああ…」

 ハゲは反撃する様子も無く、左目を押さえて唸っている。

これがお頭だったら何の躊躇いもなくすぐに次の攻撃に移れるんだろうけど、ウチは駄目だな。体が震えてやまない。

 「こ、転っ!?」

 「怯むな!!!廻!!!こいつらはウチらのこと人間だと思ってねぇんだ!!だったらウチらもこいつらのことを人間だと思う必要はねぇ!!!」

 「このクソガキィ!!!」

 後ろの短髪がこっちに殴りかかってきた。が、それをしゃがんでかわすと、その男のいきり勃っているモノが視界に入った。うわぁっ。もう本当に最悪…。お兄ぃ。色々な意味で早く助けに来て…。

 「ったく!!!汚ぇもん見せつけてんじゃねぇ!!!!」

 どずぅっ!!!

 箸を逆手に持ち替え、そこの部分を左掌を押し当て、押し込ませるような形で太ももに突き刺すと、さっきとは別の不愉快な感触がウチの両手に伝わってきた。

 「ぐうぅ…」

 短髪は苦痛に悶える声を絞り出しながら片足を着いた。

 「お、おい!!マズいぞ!!」

 ガチャガチャと錠前を開ける音が聞こえ始めた。マズい。入って来られる前にせめてこの中にいる二人は倒さないと…。

 「そんなちっけぇもんでアタシらを満足させられるかってんだよ!!!」

 ごがぁ!!!

 片膝を着く短髪の顔面に廻の右膝が入ると、奴は仰向けに倒れた。このチャンスを逃すわけにはいかない!!!

 「ダメ押しじゃあ!!!!」

 その場でジャンプし、両膝を曲げ、全体重をかけて倒れている短髪の顔面に膝から圧し掛かった。

 ごバキっ!!!!!

 鼻の骨と、少しずれて前歯が折れる音が部屋に木霊し、短髪は動かなくなった。し、死んではいないよな?大丈夫だよな?

 「転!!!」

 ばきぃ!!!

 廻の声が聞こえた瞬間、ウチの鼻にも何かが叩き込まれた。視界に入ったのは濃い毛の生えた手の甲だ。裏拳を食らわされたのか。

 入りどころが悪かったらしく、視界がぐらついて定まらない。ダメだ。立っていられない。立たないと…やられる…犯られる…!!!

 「くっ!!!!」

  廻は持っていた箸をハゲに突き刺そうとした。が、読まれていたか…。

 廻の右手はガしりと掴まれ動かない。正面から行けばそうなるか。農業で体を自然に鍛えている男と、まだ成長途中の10代の女子。力の差は歴然だ。

 ごがぁ!!!

 ハゲの拳がまっすぐ顔面に入ると廻は力が抜けてしまったのか、項垂れて地面にへたり込んでしまった。

 そしてそうこうしているうちに錠前を開けた二人も部屋の中へ入ってきた。

 マズい。非常にマズい。あいつら鉈を持ってる。どうする?どうすればいい?お頭だったら…お兄ぃだったらこの場合どうする?

 「ひ、ひでぇ…。前歯が一個もねぇ!!!」

 入ってきた二人は倒れている男に意識を取られている。今がチャンスか?また目に指でも突っ込んで、その隙に鉈を奪うか?

 がしぃ!!!

 ウチの考えが読まれていたのか、はたまた考えるのに時間をかけすぎちまったのか、ハゲの手がウチの喉元を掴み、そのまま宙へ持ち上げられてしまった。

 苦しい…、息ができない。

 「はぁ…はぁ…お前らぁ、やってくれたのぉ。こうなったら俺も容赦はせんからなぁ!!!」

 ばりぃ!!!!

 男のもう片方の手がTシャツの襟元を掴むとそのまま一気に下まで破り、ウチの体はさらけ出された。

 「おぉ…!!きれいな体じゃねぇか…!!!」

「廻!!!廻ぃ!!!」

ウチの必死の呼びかけに廻は反応しない。気絶してしまっている。ば、万事休すってやつか?でも…このままじゃあ…。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ!!!!

 「お兄ぃ~!!!!助け…」

「助けて」と言葉が出かかったその時だった。

 「た、大変だぁ~!!!!!」

 私の声をかき消すような悲鳴に近い声が聞こえたかと思うと、一人の男が階段からすごい勢いで降りてきたと思うとそのままウチらのいる部屋まで入ってきた。

 「うるせぇな!!!なんなんだぁ!!!こっちは取り込み中なんだ!!!」

 「ば…化け物が…!!!怪物が!!!!あ、あぁ…あああ…」

 余程恐ろしいものを見たのか、男の声は震えていて所々何を言っているのかは分からない。でも、その所々出てきた言葉で何が起こったのかは一発で確信が持てた。

 「お兄ぃ~!!!!!ここだよ~!!!!助けてぇ~!!!!おねがぁ~い」

 「うるせぇぞガキィ!!!!」

 ごすっ!!!

 ハゲの拳が顔面に叩き込まれた、恐らく、本気では無かったのだろうが、ウチの意識をさらに朦朧とさせるには十分な威力だった。

 もう声を出す気力も残ってない。今の声が、お兄ぃに届いたことを祈るしかできない。

 「んで?何だぁ?何があったかって聞いてんだ?それとお前、その顔ん傷は?」

 「う…埋めたあいつが…あ、あの…青い目んで俺を見て…刀みたいんのが…」

 「意味が分からん!!!落ち着いて一つ一つ話しぃ!!!」

 ハゲの興味は怯えた男の話に移ったのか、掴んでいた手が離れ、ウチの体は地面に叩きつけられた。

 取り敢えず、お兄ぃ。無事だったんだね。信じてはいたけど、やっぱり安心はするなぁ。

 「あ、あんの若造…、姿かたちを変えてかぶせた土を吹き出しちまったんだ!!!」

 「何寝ぼけたこと言っとんだ!!泥の重さどんくらいだと思ぉとる!!」

 「ほ、本当なんだぁ!!!もう一回空いた穴ん中に甲斐田を引き込んじまって…ありゃあ間違いなく人間じゃねぇ!!バケモンだ!!!俺らはとんでもない奴をこの村ん入れちまったんだ!!!この村はもうおしまいだぁ!!!」

 「はぁ…。落ち着きぃ。じゃあ何で甲斐田がいなくなって、お前がここん来られたんだ?」

 「そ…それは…その…」

 「なんだ!!!はっきり言えよ!!!」

 「こ…ここに案内しろ言われたんだ。その双子と…燈和様の元へと…」

 「…ということは、その化け物とやらはもうこの上にまで来ちょるいうことか?」

 男は絶望したような表情で首を縦に振った。お、お兄ぃが、もうすぐそこまで来てる!!!お兄ぃ。お兄ぃ!!!

 「ま、廻!!起きて。起きて!!!」

 「誰が喋っていい言った!!!」

 どがっ!!!

 這いつくばるウチの背中に強い衝撃が走った。だけど大丈夫。後少しだ。もう後少し耐えるだけ…。

 「んなら、俺らが対峙するだけだ。何、怪物とやらは一匹だけなんだろう?ならば…」

 ビシィ!!!

 男の話の途中で何かが割れるような音が唐突に聞こえた。上を見てみると、天井から何かが突き出ているのが目に入った。

 何か鋭く鋭利なもの。形は日本刀を彷彿とさせてるが、その色は全てを飲み込むような黒。

「な、何だあんれは?」

 男たちも続いて気付き、天井に目を奪われた。

 「う、うぅ~ん…」

 「!!廻!!大丈夫!?」

 呻きながらも廻が目を開けてた。けれど、視界は定まっていないのか、頭をふらふらと動かしている。それでも、目を開けてくれただけでも良かった。

 「あ・・あぁ…」

 男の怯えた声が聞こえ、天井に目を戻すと、その日本刀のようなものは円を描くようにどんどん天井に切れ込みを入れていき、その端と端が後少しでくっつくというところで突如引っ込んだ。

 「「「…」」」

 男たちが食い入るように天井を注視していると、突如。


 ドガァァァアァッァァァァァァァァァァァンンンンン!!!!!!!!!!


 凄まじい轟音とともにそこから天井に穴が空き、瓦礫が降ってきた。

 「な、何だぁ!!??」

 天井にぽっかりと空いた穴から今度は長い真っ黒な、そして指が3本しかない何かの生物の腕が現れ、ハゲの頭をガシリと掴んだ。そして赤黒い爪が食い込み、真っ赤な鮮血が顔、体を伝い床を汚していった。

 「ぎゃぁぁぁぁあああああああ!!!!!!!」

 ハゲは悲鳴を上げながら、そのまま天井の穴へと引きずり込まれ、やがて何も聞こえなくなり部屋の中はしばしの間沈黙に包まれた。

 「お、おい!!新山ぁ!!おぉい!!!」

 我に返った男の一人が穴に向かってハゲの名前を呼び始めた。が、返事は無く、代わりに今度は…同じく真っ黒な、何というか、蛇の骨に巨大な矢じりを半分にしたようなものが付いているとしか言いようのない長い何かが現れたかと思うと。

 どずぅ!!!!

 その男の太ももに先端が突き刺さった。

 「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!」

悲鳴を上げながらその男はそれに引っ張られ宙で逆さまになり、ハゲと同じようにその穴の中へと連れていかれやがて何も聞こえなくなった。

 「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃ!!!!ひぁぁぁぁぁぁぁぁあぁああああ!!!!!」

 残った2人の男は恐怖に駆られ、その場から逃げ出し階段を駆け上がっていった。

 部屋にはウチと廻しかいなくなり、二人の息遣いのみしか聞こえなくなったと思ったその直後。

 「「ああぁぁぁぁあああああああ!!!!!」」

 遠くに二人の男の悲鳴が聞こえた。結局逃げ場は無かったってことか。

 99.9%お頭によるものだと思われるけど、一体どんな恐ろしい目に合わせたのか。気になる反面、知らぬが仏だと思っている自分もいる。

 『廻。転。無事か?』

 耳から聞こえるものではない、頭の中に直接流れ込んでくるように声が聞こえた。前にも経験したことがある。お頭、脳のリミッターが外れているのか。

 「お頭~!!!ここです~!!はよ来てください!!!」

 ドゴォ!!!!

 ウチの声に返事するかのように空いていた穴がさらに広がり、そこから何かがこの部屋に降り立った。

 『廻。転。遅くなって済まなかったな。』

 「え、えぇ…。それは、まぁ。ウチはなんとか大丈夫なんですが…。」

 目の前に現れたお頭の姿は何というかかなり異様と言うかなんというか…すごいアンバランスだった。

 両足は膝から下は真っ黒でカンガルーみたいな哺乳動物の足の形に先端には鋭く赤黒い鉤爪が付いている。地面に踵を浮かしたような形で立っているためか、お頭の身長は軽く2メートルは越え、頭が天井に着きそうである。ここまではまだ対称的ではあるが、さらに異様なのは上半身だ。

 左腕は肘までは人間のそれだけど、そこから先は先ほど穴から出てきたあの腕になっている。肘から先だけで長さは1メートルは確実に超えていて、先端が地面に着いている。太さに関しても人間の腕の範疇を明らかに超えている上、指は3本しかない。何というか、腕が変化したというよりも、肘から先に何かを付けているといった印象を受けた。

 右側は胸板から腕全般に至るまで変化しており、真っ黒な鱗に覆われている。腕の太さは根元から太くなっていて肘からは鋭利な刃物のような突起が付きだしている。視線を右手に移してみると、他の指が爬虫類などのそれに近いものに対し、人差し指のみ日本刀を彷彿とさせる刃物のような形状になっていて突出してかなり長くなっている。あれだけで50センチはあるか?しかも光沢を放っていることからやはり金属でできているだろうことが覗える。

さらによく見てみると、右側のみ後ろの肩甲骨から長く鋭い棘のような突起物が3つほど突き出ているのが確認できた。また、どこから出ているのかはよく見えないが、恐らくは背中の真ん中付近からだろうが、先ほど見た、先端に矢じりを半分にしたような突起が付いた蛇の骨のようなものが付いている。あれは…尻尾?

 顔は鼻から下は完全に人間のものではなく、黒い鱗に覆われていて、口からは鋭い剣山のような無数の牙が見え隠れし、顎には一定の間隔で短く太い首に向かって曲がった棘が突き出て並んでいる。顔面の右側だけ、目元のあたりまで黒い鱗に覆われておりツーブロックのあたりから後方に向かって反る角のようなものが生えているのが確認できた。

 全ての部位に共通して言えることは、覆っている黒い鱗の隙間から蒸気のような白い煙が噴き出している。

もう一度、お頭の顔に目を向けてみると、ウチと廻を見る、その安堵したような優しい目は青白く怪しい光を放っていた。

 「んん~!?のわぁっ!!??な、何っ!?なにこれぇ!?こわっ!!」

 まぁ一言で言うなら、朦朧としていた廻の意識を一発で目覚めさせるくらいにはインパクト抜群の見た目ってことだ。怪物としか形容するほかない。

 『廻、転。お前ら、血が出てるじゃないか?他にも殴られた箇所が…』

 「あ?熊に噛まれるのに比べりゃあこの程度大したことないっすよ。」

 「ちょ~と油断した隙にねぇ~。へへへっ。」

 ずんっ…ずんっ…ずんっ…。

 お頭は何も言わず、やけに重圧のある足音を立ててウチらに近づいてきた。な、なんだ?無茶したことのお仕置きでもされるってのか?

 がしぃっ!!!

 「て、鉄兄ぃ!?」

 そのままお頭は何も言わず、しゃがんでウチと廻を抱きしめた。

 お頭の両手は変形していて、固くごつごつとした感触が体に走ったが、それでもとっても温かくて何というか、これ以上にない安心感をもたらした。

 『済まない。済まなかった。私がもう少し警戒していれば、お前らにこんな思いをさせずに済んだのに。』

 お頭の顔は見えない。そして声も直接聞こえてくるわけではない。だけれど、ウチらのために涙を流しているのだけは分かった。

 「へへっ。何言ってんすか。最後にはこうして助けに来てくれたじゃん!!お兄ぃ!!」

 「転。アンタさっきから口調ちょくちょく戻ってるじゃん…。ま、いいか。鉄兄ぃ。本当にありがとう。」

 へへっ。まぁたまにはお頭の妹に戻るってのも悪くはないな。

 廻の顔も見えないけど、その声は涙声になっていた。そしてウチも、お兄ぃが来た嬉しさと安心さからか、涙を流している自分がいるのに気が付いた。


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