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     燈          和



 他の家々よりも広いとは言え、集会場は学校の視聴覚室と同じ位かそれ以下の広さでした。まぁ、50人程度が集まるのであればこのくらいでも十分なのでしょうが。

 室内の隅に重なった座布団と何かの台が置いてあるのみで、その他には置いてあるものは一切なく無機質な印象を受けます。そして置かれてあるもののせいで少し分かりにくくなってはいますが、両開きの扉があるのが目に入りました。物置か何かでしょうか。

 「はぇ~すんごい何もない。これでもかってくらい。集会場っていうくらいだからテレビの一つでも置いてあるのかとも思ったけど、それすらもないとはね~」

 「ていうか意外とちいせーんだな。姐さん家の道場の方が広いんじゃね?」

 早速と言いますか、双子たちは口々に不満を出し始めました。せっかく好意で止めていただいて、夕飯までご馳走になるというのに少しは遠慮したらいかがですかねぇ。

 と、鉄志君の方を見てみると、積みあがっている座布団の前に突っ立っているのが目に入りました。どうやら、その後ろの扉を見ているようですが…。

 「ダメですよ鉄志君。勝手に開けたりしちゃあ。」

 「しねぇよそんなこと。大体、これ錠前が付いてるしな。」

 「おぉ!!何か武器でも入ってる!?」

 「んなわけねぇだろ。なんかこう、神具とかじゃねぇの?祭りとかで使う」

 「こんな小さな村でお祭りとかやんの?」

 「案外、こういう小さな村程昔からのしきたりを大事にしていたりするものなのですよ。」

 「土着信仰ってやつだな。」

 「その中には収穫に使う道具などが入っているのですよ」

 いつの間にか、高城さんが集会場に入ってきていました。後ろには村の人達と思われる方々もいます。

 「収穫?何でそんなもんに使う道具をこんな室内に保管しているんだ?」

 「実を言うとこの集会場がそもそも物置を改装して作ったものなんですよ。村の人口が少なくなり、道具だけが余ってしまうようになったので。それまで外で地べたに座って集会を行っていたので、いっそのこと集会場を作ってしまおうとなったわけです。」

 「あんた方が高城様が言っとったお客様ですか。いんや~、久々にめんこい方々に来ていただいてうちらも嬉しいですわ」

 「この村んは高城様を除いてはもう若いもんはいのうなってしまいましたからなぁ。」

 さ、様?一番若いのに。

 「ほっほ~。おっちゃん達よくわかってんねぇ。どこぞの若造と違って。」

 「おい」

 また鉄志君と廻ちゃんのいつものやり取りが始まってしまいました。もう。この状況に少しは違和感を感じたらどうなんですか。いや、鉄志君は分かっていて流している可能性もありますが。

 「もてなされている手前あんまりこういうこと言いたかないけど、なんかやっぱ変っすよ。一番若い奴が一番偉かったり。もう少し警戒した方がいいっすよ。姐さん、ふわふわしてるから一度付け込まれるとナニされるか分かったもんじゃないっす」

 褒めているのか、けなされてるのかよくわからない表現を含んでいますけれども、転ちゃんの言うことは間違ってはいないですね。ていうか、ふわふわしてるってどういうことですか?

 「では食事の準備をいたしますのでもうしばらくお待ちください。」

 「俺らも何か手伝うか?」

 「いえ、それには及びません。ゆっくり休んで待っていてください。」

 それから村の人達は食事の準備を始めました。

 旅館で出されるような黒い膳を長方形を描くように並べ、その中心に他とは違う赤い膳を2つ、並べました。

そして学校の給食の配膳のように大きな鍋のようなものをいくつか持ち運んで、それらの中に入っている料理やご飯をお皿に盛っていき、膳の上に並べていって、10分も経たないうちに配膳は終了しました。そして、白髪交じりのがたいの良い50代半ばくらいの男の人が声を掛けました。

 「さて、準備ができました。お客人殿、どうぞお座りください」

 「どこ座ればいーの?」

 「どこでも構んません。適当にお座りくださいな。あ、そうそうあんたぁ。」

 「えっ、私ですか?」

 その男の人が唐突に私に声を掛けました。

 「えぇ。燈和様はその中心ん席、高城様の隣にお座りくだせぇな。」

 は?なんで?なんで私が鉄志君を差し置いて先ほど出会ったばかりの男の隣に座らなければならないのですか?もてなされているのはありがたいですが、こればっかりは譲れません。

 ていうかどうして私の名前を?それに様付けって…。それじゃあまるで…。

 「どうして姐さんだけ席が特別なんだよ。なんか意味あんの?」

 「差別すんなよー」

 転ちゃんと廻ちゃんが不満を露わにした表情で言い返してくれました。ありがとう。私の心を代弁していただいて。

 「高城様は是非に、燈和様とお話したいと申しておりんますゆえに。どうか…。」

 「だったら俺が隣でも良くないか?燈和よりも面白い話ができる自信があるぜ。」

 流石は鉄志君。いついかなる時でも私を守ってくださるのですね。あぁ、私も早く自己紹介の際に『村井』と名乗りたいものですね。

 とその時、一瞬、目の前の男が鉄志君を睨みました。それは明らかに、敵意を持った目つきであるのを私は見逃しませんでした。そして恐らくは鉄志君も。

 「いえいえ、高城様は燈和様をご所望です。どうか…。」

 「姐さん…」

 私たちが言い合いをしていると転ちゃんが小声で私に話しかけてきました。

 「あんまり気が進まないけど、ここは一旦、こいつらの言うことを聞いた方が良くないっすか?あんまり事を荒立てても…」

 う~ん、確かに転ちゃんの言う通りではありますが、でも…私としては…う~ん。ていうか基本的に見ず知らずの人と話とかしたくないんですけれどもねぇ。特に男の人とは。絶対間が持たないですし。鉄志君とならいついつまででも話していられる自信はあるんですけれどもねぇ…。

 ちらりと鉄志君の方を見ると、訝し気な表情で男を睨んでいます。もっとも、男の方は私に笑顔を向けているので気付いてはいませんが…。

 …これは、転ちゃんの言う通りにした方が良いようですね。この状態の鉄志君は何するか分かったもんじゃない…。

しょうがないですね。本当にしょうがないですが、今日だけは、本当に今日のこの時間だけは鉄志君から離れるしかなさそうです。まぁもし何かあっても、鉄志君なら私を助けてくれるでしょうしね。それにしても、あぁ、もう、涙が溢れてきそう…。

 「わ、分かりました。その、高城さんの隣に行きます…。」

 「そうですかそうですか!!ではこちらへ!!」

 「えっ…」

 鉄志君が驚いた声を上げました。やだぁもう、鉄志君たら。そんなに私と離れるのが寂しいんですね。そんなに私と離れたくないのならこの後もあのキャンピングカーには戻らず、私の家に来てそのまま住んでしまえばいいのに。全くもう。えへへへへへ。

 「燈和が俺以外の男の隣に座るとはな…。いや別に自惚れてるわけじゃねぇんだけど、何か不吉な予感がする…」

 「いや言いたいこと分かるよ。今日この後、土砂降りどころか嵐来るんじゃない?」

 「そう言ってやるなよ。姐さんだって…」

 散々な言いようですね。これは帰ってから二人にはお説教が必要ですかねぇ…。


 全く。何で私がこんな目に。

不満が晴れないまま着席し、膳にのせてある食事に一通り目を通しました。せめて食事くらいは美味しくいただきたいものですし、確認しておきたいところですね。

 食事の内容は白いご飯に味噌汁、漬物、そしておかずには何かの動物の肉を焼いたものが出されています。こんな山の中ですから、猪か何かの肉ですかね?

 と、食事の内容を確認していると。お茶の入った湯のみが配られました。雨ですっかり体が冷えてしまいましたから、温かいお茶はありがたいですねぇ。鉄志君が私を素直に温めてくれればそうはならなかったのに。全く。

 お茶を一口すすったところで、まだ周りの人達にいくつか配膳が終わってない方々がいるのに気が付きました。いやぁ、お恥ずかしい。はしたないところを見せてしまいました。今ので鉄志君に幻滅されていませんよね?心配です。

 鉄志君の方を見てみると、じっと目の前に置かれた料理を見ています。それ以外は目に入っていないようですね。良かった。私の失態に気付いてはいない。でも、他の人の準備が終わってないのに一人飲み物に手を付けるのはやっぱり失礼ですよね。反省しなくては。

と、私が一人脳内反省会を開いているうちに、全員が着席しました。そして静まり返ったところで隣の高城が言いました。

 「さて、準備は整いましたね。食事の前の挨拶を始めましょう」

 目の前の鉄志君を見てみると廻ちゃんと転ちゃんを両隣に座らせ、ふてくされた表情で腕組をしながら高城を見ています。

 そうですよね。鉄志君だって、本当なら私が隣に座っていた方が良かったですよね。そして私の隣に別の男が座っていることに不満を持っているんですよね!!もう、でしたら今すぐこの場から私を無理に連れ去ってでも隣に座らせてくださいよ。全く。

 と、私が心の中で不満を爆発させていると、高城が何かを言い始めました。

 「古より来たしナガサメ様のお恵みにより、今日もまた、我々は食にありつくことができました。ナガサメ様、ありがとうございます。」

 「「「ナガサメ様、ありがとうございます」」」

 高城が言うのに続いて、他の人々も…。何を言っているんでしょう。やっぱり、先ほど話したような土着信仰がこの村にもあるのでしょうか。

 「ナガサメ様への感謝の気持ちを込め、また、今後とも、ナガサメ様の加護がこの九十九村に末永く続いていただくよう、いただきます」

 「「「いただきます」」」

 高城の音頭に続き、村の皆さんが一斉にご飯を食べ始めました。が、その光景は少し異様でした。こうして多くの人々が集合するのであれば、いくらか話に花が咲きそうなものですけれども、皆が皆、一言も話をせずに一心不乱にご飯を食べています。ただひたすら、目の前の膳にのみ顔を向け、カチャカチャと食器の音以外には何も聞こえません。こんなにも人がいるのにそれを包む静寂には何となく不穏なものを感じました。

 と、その時。

 『え~ん…え~ん…え~ん…え~ん…』

 微かではありますが、赤ん坊の泣き声が聞こえてきました。

 「ええと、どこかに赤ちゃんがいるのですか?」

 隣でご飯を食べる高城に聞くと、彼は箸を置き、じっと私の顔を見始めました。

 その目はどこか、私のことを牽制しているようなものが感じられました。まるで、余計なことを聞くなと訴えているようです。

 やがて私から目を離し、再び箸を手に取って食事を口に運びながら答えました。

 「…そこの家にね、最近、子供が生まれまして。その子の世話のためにその両親も今日はここには来られないのですよ。そう、この集会場の隣の家なんです。」

 う~ん、いくらここの隣とは言っても、建物と建物の間には少し距離があったと思いますし、それに外は土砂降りの雨なのにこうして赤ん坊の鳴き声なんか聞こえるものなんですかねぇ。

 「そんなことより、早くご飯を食べたらどうです?せっかく用意したものが冷めてしまいますよ。」

 何か棘のある言い方ですね。大体、私と話をしたいと隣に呼んだくせに何で全然自分から話題を振らないんですかこの男は。あ~もう、本当に最悪。こんなことならあの小屋で鉄志君たちと楽しいお話でもしながら雨が上がるのを待っていれば良かったですねぇ。

 そう言えば、鉄志君たち、異様に静かですね。いつもだったら食事中でも廻ちゃんや転ちゃんと何かしら騒ぎ出したりするのに…。

 そう思って鉄志君の方を見てみると、神妙な顔つきで膳を見ています。そして両手はそれぞれ両隣にいる廻ちゃんと転ちゃんを牽制するように彼女らの前に出しています。

 そして私の方に顔を上げるとその表情のまま首を左右に振りました。

このご飯…食べてはいけない。鉄志君の表情を見て一瞬で察した、次の瞬間にはもう鉄志君が言葉を発し始めてました。

 「おい。ちょっといいか?」

 「…どういたしましたか?」

 「これ何の肉だ?」

 鉄志君は膳を指さしながら冷めた声で高城に聞きました。が、この男は答えず、ただ鉄志君のことをじっと見ているだけです。しばしの沈黙が走り、やがて鉄志君が再び口を開きました。

「見たところ家畜なんかはいなさそうだし、鹿や猪とも違うよな?」

 「…この地にある食物はみな、ナガサメ様のお恵みにより私たちが受け取った…」

 「そういう抽象的なことなんか聞いてねぇだろ。興味もねぇ。俺らに食わそうとしている目の前のこれは、何科の動物のどこの部位の肉なんだと聞いているんだよ。」

 「お前無礼だぞ!!恵まれた食物は何であろうとありがたくう!!それが九十九でのしきたりだぁ!!」

 先ほど、私を高城の隣へと案内した男が鉄志君に食ってかかりました。

 「知るか。お前らのルールを俺らにも押し付けるんじゃねぇ。こんな怪しいもん食えるか。」

 「何だと!!」

 「それともう一つ。」

 男の言葉を遮るように鉄志君が続け、今度は膳の上に置いてあった湯飲みを持ち上げ、見せつけるようにして前に突き出しました。

 「俺の飲み物の中に何を入れた?なんか余計なもん、入っているよな?確実に。そのために湯飲みを一つだけ、違うものを使ったんだろ?間違えないために。」

 他の人達の湯飲みを見てみると、確かに鉄志君以外のそれらは何の柄も入っていないものでしたが、鉄志君の持っているものだけには赤い線が入っていました。それにしても、入れたって一体何を?こんな敵意むき出しの声を出すってことは何か良くないものであることは確かなのでしょうが…。

 「んなわけないだろうがぇ!いいから黙って食事をしぃ!!」

 「じゃあ俺の飲み物とあんたの飲み物を交換してくれよ。余計なもんが入ってなけりゃあできるよな?」

 鉄志君は持っていた湯飲みを男の方に向けました。が、男は何も答えず、顔を強張らせながらじっと湯飲みを見ているだけです。

 「…出来ねぇってことは認めるって捉えるぜ?」

 パァンッ!!!!!

 鉄志君が持っていた湯飲みを握り潰すようにして割ると、その音が部屋に木霊しました。

 続けて、鉄志君は立ち上がり、そのまま蹴り上げるようにして目の前の膳をひっくり返すと、私たちに向かって叫びました。

 「燈和、廻、転!!!帰るぞ!!!こんなところにいたらやはり食われるのはお前らかもな。」

 いつもでしたら、無礼な態度をとったことに対してお説教をするところですが、こんな状況ではそうも言っていられないですね。

 と、私も立ち上がろうとした瞬間、視界が歪み、立っていられなくなりました。その内、体は言うことを聞かなくなり、段々と視界がぼやけ始めてきてようやく理解できました。

 そうか…。鉄志君は湯飲みの柄で。私には湯飲みの置かれる位置で他のと区別をしていたんだ。

 『え~ん…え~ん…え~ん…え~ん…』

 薄れゆく意識の中で、最後に聞こえたのはあの赤ん坊の鳴き声でした。


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