終章
「あ、鉄志君!!お帰りなさい。」
「お疲れちゃ~ん」
「…おうっ」
事情聴取を終え、懐かしのわが家に帰ると中で3人が待っていた。狭いキャンピングカー内に置かれた小さな机の上には余すところなく料理が置かれていた。どうやら祝勝会でもやるつもりらしい。
「随分長かったすね…。ったく。あのマッポ、今度会ったらただじゃおかねぇぞ…」
「まぁそう言ってやるな。あれはあれで両親のいない俺を気遣ってくれてんだよ。」
「むぅ…お頭がそう言うなら…」
「それじゃ、鉄志君も無事帰ってきたことだし、始めますか!!」
「おー!!いやぁ~、鉄兄ぃ待ちすぎてお腹ペコちゃんだよ~」
「前々から言おうと思ってたが、それなんかおっさん臭いぞ?」
「え゛っ!!マジぃっ!?可愛いと思ってたんだけどなぁ~」
「あんたの可愛いの基準は一般とズレてんだよ。確実に。」
「何をー!!それ言ったらあんただって…!!!」
姉妹喧嘩を始めてしまった。止めに入ってもいいが、面倒くさいので放っておくか。ま、本気で自分の意見を言い合えるというのはお互いを信頼しているという証拠でもあるしな。
席に腰を下ろすと、燈和がまだ心配そうな目で私を見ているのが目に入った。
「あの、その、鉄志君。鉄志君の他のお友達は大丈夫だったんですか?」
「ん?あぁ。取り敢えず全員無事だよ。こってり絞られたが、ま、こちらに非はないしな。」
「そ、そうですか…。」
表情を見る限り、まだ燈和の気分は晴れていないようだ。まだ言いたいことでもあるのだろうか。
「まだ不安なことでもあるのか?」
「いえ、そうではなくて…その、自分が恥ずかしくて」
「恥ずかしい?何がだよ」
「鉄志君のお仲間を、感じの悪い人たちだとずっと思っていたので。でも今回、私たちのために皆さん命がけで戦ってくれて。それなのに、よく知りもしないで勝手にイメージだけで決めつけたりしてしまっていたので…」
燈和は少し目に涙を浮かべている。本当に、申し訳ないと思っているのだな。
「…ま、燈和の誤解が解けたんならそれでいいんじゃないか?元々そんなこと気にする奴らじゃねぇよ。あんまくよくよ考えんな。」
「そうですか…。そうですね。うん。」
ようやく笑みを浮かべてくれた。うん。お前にはやはり、そっちの表情の方が似合うな。
「そうだ。それと、あの化け物の手下になっていた人達はどうなったんですか?」
「どうなったも何も、まともに受け答えできる状態じゃねぇからそのまま留置所にいるよ。ま、元々まともな集団ではなかったみたいだからな。余罪は溢れるほどあるらしいから全員牢屋にぶち込まれるんじゃないか?」
「何というか、怪我の功名という感じがしますねぇ…」
「それと、『終わりよければすべてよし』だな。と、いうわけでさっさとお祝いして今回のことは全て終わりにしよう。おい、お前ら。いつまで喧嘩してんだ。先に食っちまうぞ?」
「あ!!待ってよ鉄兄ぃ!!」
「ウチらも一緒に食べるっす!!!」
廻と転が口論を止め、席に着いた。面倒くさいからという理由で止めないというのは間違いだな。私が止めなければこいつら、いつまででも口論をしている。
「皆さん、何を飲まれます?」
冷蔵庫を開け、燈和が私たちに聞いた。冷蔵庫の中には大きなペットボトルがいくつも見える。後でこいつらに持って帰ってもらわないと食材が入らなくなりそうだな。
「アタシはソーダ!!」
「ウチはコーラで!!」
「鉄志君は?」
「烏龍茶を頼む。」
「お頭は酒じゃなくていいんすか?」
「…鉄志君、未成年ですよね?」
急に燈和の声のトーンが下がった。再び燈和の中の鬼が目覚めるかもしれないな…。転、頼むから余計なことを言うんじゃない。文字通り私は同じ種族に殺されているのだ。
「酒なんか飲まねぇよ。ヤマタノオロチの伝承を読んでから酒には溺れないと決めたんだ。」
「あははー!!!なにそれー!!ウケるー!!変なのー!!!」
廻がきゃっきゃと笑い始めた。いや、本当のことなんだがなぁ。どうもヤマタノオロチと前世の私と重ねて見てしまう。
燈和がそれぞれに飲み物を注ぎ、全員がコップを持つと、そのまま誰も何も言わずにじっと私を見つめ始めた。
「…何だよ?」
「いや、鉄兄ぃからなんか言うんじゃないの?」
「何で俺なんだよ」
「だって今回の勝ちはお頭のおかげじゃないすか。」
「別に俺だけってわけでもないだろうに。それ言ったら燈和だって…」
「鉄志君。お願いしますね?」
別に誰が言ったって構わないと思うのだが。ま、誰が言ったって構わないのなら私でもいいのか。
「え~、じゃあ異世界からの侵略者を撃退し、この世界の平和を守ったことを祝して…」
「なんかダセー!!!」
「やかましい!!別にいいだろ!!本当のことなんだからよぉ!!ほらっ、それじゃあ…」
「「「「かんぱ~い!!!!!!!!!!」」」」
その後はこれまでと変わらない日常が戻ってきた。
ただあいつら3人にしこたま奢らされた上、バイクの修理費などもかさみ貯金はごっそりと無くなってしまったがな。ま、それは構わない。生きてさえいれば金などいくらでも稼ぐことなどできるが、命までは金で買い戻すことはできない。異形と戦い死ぬことを考えれば安いものだ。
取り敢えずは一安心と言ったところか。そう、取り敢えずはな。
私は燈和の家から持ち出した書物の一つを広げ、その一節に目を通した。
【鎖番】
世界は我々のいるこの一つだけではなく、別のものが星の数ほども存在する。我々はその別世界を異界と呼ぶが、この世界の住人が異界を認知できないのは鎖番により隔てられているためである。我々がこの鎖番を潜り抜け、異界へと行く手段は現時点で鴈舵羅を使うより他無い。しかしながら、ある特定の条件が満たされると道具を使わずとも行き来が可能となるようである。この世界中各地で異形の伝承があるのは、この条件を満たした際に現地の生物がこちらにやってきたためであると考えられる。恐らく、この逆のことも起こっていたのであろうとも思われる。その条件というのはどうやら気候と時間、そして我々の持つ霊力と類似した力が重なることが関係していると考えられる。また異界への入口は特定の場所ではなく、どうやら無作為に出現するようでもある。ゆえに研究が困難であり、この条件については未だはっきりと解明できてはいない。
ふとしたきっかけで未知の世界への扉は開かれる。書からはそういったことを読み取れる気がした。
私という人にあるまじき力を持った存在がこの世に現れ、人にあるまじき力が一時的ではあるが燈和の中で蘇った。どちらも、この世界においては無限に等しいエネルギーを有しているのは証明済みだ。もしかしたらこれをきっかけに、この鎖番のバランスが崩れたかもしれない。もしかしたら、気付いていない内にもうそれは開かれているのかもしれない。だがそれを見つける術も封じる術を私は持っていないし、燈和の祖先ですら不可能だったようである。
となれば、もし、もしも異世界より人類が未だ見たことのないあのホルボロスのような異形が再び現れるとするならば、それと対峙できるのは、結局私しか…いや、私と燈和しかいないのだろう。あとはあいつらもまた巻き込んでやるとするか。
考えすぎかもしれないが、今回のような戦いはまだまだこれからも起こっていくのかもしれないな。
さて、もうそろそろ家を出るとするか。今日はこの後、燈和の家で稽古をつけてもらうことになっている。最近は金もないのでそのまま燈和の家で夕飯をご馳走してもらう機会が増えているが、助かっている反面外堀を埋められているような気もするがな。
「で?何でお前らも来てんだよ。」
燈和の家の道場に入ると、道着を着た廻と転も待っていた。
「いや、だって死にかけたわけだし…やっぱ戦い方を学んでた方が今後も何かと役に立つっすよ」
「それにー、燈和ちゃんに弟子入りすればアタシも超能力とか使えるかもしれないしぃ」
ないな、それは。100%ない。ま、説明したところで納得なんかしないだろうが。
「まぁいいじゃないですか、鉄志君。武術を身に着けておくに越したことはないんですから。」
「いや、別に反対しているわけじゃねぇけど。燈和がいいならそれでいいよ。」
「ま、これも運命ってやつっすよ。」
「旅は道連れ世は情け~。」
「…燈和、こいつらビシバシ鍛えてやってくれよな。」
「もちろんですよぉ。」
「うげっ…」
「お、お手柔らかにね…」
準備運動を終え、燈和と向かい合い、お互いに構えた。取り敢えず今日は廻と転は私と燈和の組手を見学ということになった。
「前にも言いましたし、今回の戦いで改めて認識しましたけれども、やはり鉄志君は攻撃に全振りしすぎですよ。それも特攻に近いものですし。その戦い方は非常に危険です。なので鉄志君はもう少し相手の動きを見定めるということが必要なのです。というわけで、鉄志君は今日の稽古ではとにかく私の攻撃をさばいてもらいます。自分から攻撃してはいけません。いいですね?」
「はいよ。ま、その通りだわな。実際やられかけたわけだし。反省はしているよ。」
会話を終えると、燈和はまっすぐに私を見た。全てを受け入れ、飲み込んでしまうような、純粋を極めたような瞳だ。形状も色も違うが、その目つきは、前世において私を討ち取った時の燈和の祖先の目を私に思い出させた。
それにしても、運命…か。私はその言葉が嫌いだ。自分の生が予め決められたものだということを前世においても否定していた。私の生きざまは私自身が決める。死にざまも含めて。
だが、ここまで来ると運命というものも案外あるのではないのかとも思ってしまう。前世で私を討ち取った者の末裔とこうして今向き合っているのだ。これを偶然の一言で片づけてしまってはいけない気がする。
そうだ。そもそも偶然にしてはできすぎているのだ。
何故私は星の数ほどもある世界の中で、私を討ち取った種の末裔のいるこの世界のこの国のこの地域に生まれたのだ?そしてその因縁の相手であるこの私を何が何でも手に入れようというくらい、そう、不自然なくらいに、燈和は私に異常とも呼べるような好意を抱いている。失いかければ己の中に眠る力を解放させるくらいに。何故私だけにそこまで執着するのだろうか?
あのホルボロスがこの世界にやってきたことについてもそうだ。以前も疑問に思ったが、燈和の祖先は鴈舵羅を異世界においてくれば当然こういった事態も起こることも想定できたはずだ。なのになぜそれをした?それだけではない。何故奴は鴈舵羅の使い方を知っていた?誰かが教えたのか?それとも説明書も一緒に置いていったのか?それもその製作者の末裔がいる世界に仕向けるように?何のために?それに、鴈舵羅を置いていったのは、私の前世の世界だけだったのだろうか?
それとだ。なぜホルボロスは燈和の父親ではなく燈和を狙っていたのだ?末裔であるという点では変わらないのに。燈和から力を感じ取っていたのだと思われるが、燈和の父からはそれが感じられなかったということか?だとしたら、なぜ燈和だけなのだ?
そしてその莫大な力を持っている燈和が、私の中にあった莫大な力を引き出した。本当にこれらを、ただの偶然の一言で片づけてしまっても良いのだろうか。
いくら考えたところで今は答えは出ない。その疑問の答えを見つけ出していくには、やはり私の目の前にいるこの未知の幼馴染とこれからも向き合っていくしかないのだろうな。
ふぅっと息を整え、体を構えると、私は燈和を真っすぐに見定め、そして叫んだ。
「…よしっ!来い!燈和!!」