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亢龍、悔いあり(バイオ・サイボーグより改題)  作者: 詩歴せちる
Heart Of A Dragon
21/64

Burn

            イ     ガ     ワ 



 くっ…、あの人族の雌め、秘められた力を引き出しやがった。あの龍を痛めつけたことがかえって裏目に出てしまったか。

 しかし、なんて力だ。触れることさえもできなかった。改めて見たが、やはり素晴らしい。何としてでも手に入れてやる。

 とにかく、早く断片を集め体を修復し、変身を行いあれの動きを止めなければ。

 変身すべきは…ゴルゴンしかない。近づいただけで押しやられ、体が飛び散ってしまうような凄まじい力だが、ある程度距離を置き、眼を合わせ動きを封じてしまえばこっちのものだ。

 ゴルゴンの石化能力は生物を殺すものではない。あくまで生きたまま動けなくするだけ。その後で食っても、変身のレパートリーには加えられ、あの聖なる力も俺のものになるはずだ。

 ただ問題は、あの龍が入れ知恵をしないかだ。奴はこれまで、俺が変身してきた全ての生物の特徴を把握し、的確な策を講じて対抗してきたのだ。当然、ゴルゴンの対処法も熟知しているに違いない。

 幸い、奴はまだ動けていない。そしてさっきの状態から考えれば、言葉を発することもままならないはずだ。さらに奴は今、使える魔力は使い果たしている。言うなれば普通の人間と違いはない。これは先ほど痛めつけてやった時に証明済みだ。

 ならば、チャンスは今しかない。もし奴の魔力が回復してしまえば、知識と力を併せ持った奴ら2匹が圧倒的優位に立つ。そうなればこちらに勝ち目はないだろう。早く…、一刻も早く修復して変身せねば!!!

 が、俺が体を修復している間に、雌はあの転生龍に近づき、何かを施した。するとみるみるうちに、奴は俺が先ほど壊したあらゆる体の部位を再生させていった。あいつ、あの聖なる力を体内に取り込み、使役しているのか!?マズい…。非常にマズい!!!

 だがそれだけでは終わらなかった。今度は奴の体に変化が起こっていき、人間の姿を残しつつも、その体の部分部分は、まさしく龍そのものとなっていった。

 以前、一度だけその姿を遠目から見たことがある。あの夜の闇より黒い鱗、頭部から生え出る赤黒い角、刃の付いた翼、蒼く怪しく光る眼。

 「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉォォォォォォォォォオオオオオオ!!!!!!!」

 そしてその咆哮だ。元の世界でかつて最強と謳われ、全生物の頂点に君臨していたあの龍だ。まさかこんなところで再会するとは。

 だが、少し遅かったな。俺の方も体の断片は集め終わり、修復は完了した。かつては最強だったかもしれんが、今は所詮ただの猿。形だけ繕ったところで龍にはなれん!!

 お前ら2匹とも、生ける石像に変え、貪り食ってやる!!!その力を取り込んでやる!!

 が、その時だった。

 『させん…!!!』

 俺の中に直接、言葉がなだれ込んできた。…なんだ?今のは。

 混乱している間に、奴は形成した翼をいきなり振り上げた。すると、こちらに向かって突風が吹き、そのままそれが俺を取り囲んだ。

 これは、ただの風じゃない。奴が魔力で作り出した、恐ろしく強力なものだ。吹き付ける風一つ一つが刃のような鋭さを持ち、絶え間なく俺の体を切り刻んでいく。俺のような不死のものでなければ即死させるほどの威力。この場から出ようにも、風の力が強すぎて押し返されてしまう!!その間にも、風の刃が俺を切り付け続ける!!それにより変身が強制的に解除され、阻止されている。そしてこの魔法、終わる気配が全くない。永続的なものなのか!?これだけの威力で!?これも、あの雌が持っている聖なる力によるものなのか!?

 いや…違う!!この力には俺の世界にあった魔力と同じものが混ざっている。奴は、あの雌の聖なる力を取り入れた上、自分の中に眠っていた、使うことができていなかった、眠っているということにすら気付かなかった膨大な量の魔力をも使役しているんだ!!!

 なんてことだ。種類の違う、2種類の凄まじい力を使役しているというのか!!目の前のこの猿は!!!!

 どうにか風をかいくぐって…早く体を…変身させて…。奴の動きを…。

 だ…ダメだ!!!切り離された断片を付けるのに手一杯で変身を行うことができない!!!!くそぉっ!!!くそぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおっ!!!!

 こうして俺がもがいている間にも、奴らは上空へ飛び立ってしまった。

このまま逃げる気か?させるか…。させるかぁッ!!!!!!!

 何が何でもその力を手に入れてやる!!!お前ら2匹まとめてだ!!!そしてこの世界だけでなく、向こうの世界の全てをも…いや、あらゆる世界の全てを手に入れてやる!!

 転生龍!!これから死ぬお前の代わりに、俺が全生物の頂点となってやる!!!



            鉄          志



ここまでの過程で一つ分かったことがある。私は元々、この世界に生まれ落ちた時点で持っていた魔力の大部分は失われ、少量しか残されておらず、それを鍛えることによって少しずつ増やしていっているものと思い込んでいた。勉強をして知識量を増やすように。トレーニングをして筋肉量を増やすように。だが、それは間違いだったのだ。

 残っていたのだ。前世で得た魔力の全てが。この体の中に。

 地道な鍛錬で使用できる使用できる魔力の量が増えていったのは獲得していったからではない。体内に秘められていたものを少しずつ引き出せるようになっていっていたのだ。

 少しずつしか引き出すことができなかったのは他でもない、脳のリミッターによるためだ。そして今、燈和の持つ力が流入してきたことでリミッターは外され、その全てを使役できるようになったのだ。

 私の中には今、二つの強大な力が混じり合っている。恐らく、今私は、再び全生物の頂点に達しているのだろう。

 …いや、それでも私の背に乗っているこの種族の一つ下か。燈和の力の全てを見たわけではない。その潜在能力は未知だ。まぁいい。いずれにせよ、頂点だろうがなかろうが今は関係ないし最早興味もない。奴を撃退できればそれでいい。

 上空に待機していると、設置しておいた鴈舵羅がんだらが青白く光り始めた。もう後少しで、奴はこの世界から消え失せるだろう。

 が、その時、奴のすぐ前の地点、私の作った風が至ってない場所が突如崩壊して穴が空き、そこから奴の体の一部が現れ、私たちのいる上空へ勢いよく伸びてきた。

 一瞬、私の作った風を通り抜けたのかと錯覚したが、見たところ奴はまだ風の中に囚われている。となると、地面を突き破って出てきた方と囚われている方は繋がってはいるようであるが…。

 ホルボロスの体は分裂するとそのそれぞれが別の行動を取ることはできないため、必ず再び一つとなってから次の行動を開始する。あの風はその性質を利用したものだ。が、奴は今、体中を切り刻まれているという状況下で攻撃の体勢に入っている。本来のホルボロスの性質を考えればありえないことだ。

恐らくは風の中心、自身のすぐ下を突き破り、四階に逃げ込もうとでもしたのだろうが、私の作る風はそれを許すほど甘くはない。どうあがいたところで風は奴を捕らえ続けるので、主要な部分を捕らえられながらも、せめて部分的にだけでも外に出ようとしたのだろう。そして奴の体の性質はこの世界の法則に反している。そう、質量保存の法則でさえも。

 風の刃に囚われ切り刻まれながらも自身の体を膨張させ、一部分を風からすり抜けさせ四階に潜り込ませた後、さらにそこから風の及ばない場所に突き破って出てきたのだな。例えるなら、地中に巡らされている竹の茎のような感じか。

 自身が持っているはずの制限を振り切っての行動だ。どうやら奴も私や燈和と同様、何らかのリミッターが外れたようだ。でなければ常に体のあらゆる箇所を切り刻まれている状態でこんなことできるわけがない。

 変身能力を使わない、自身の力を使っての最後の抵抗と言ったところだろう。そしてこのまま、私ごと燈和を取り込もうというのだな。先ほど失敗したのにも関わらず、諦めの悪い奴だ。

 だが、そういった類の奴は、私は嫌いではない。なので、この私も誠意をもってお前の最後の抵抗に応えるとしよう。



            燈          和



 風の牢獄に囚われている奴のすぐ前に穴が空き、奴の体の一部がコンクリートを突き破って飛び出してきました。その体の一部はどんどん大きく、長く伸び、私と鉄志君の方に向かってきます。

 このまま、私たちを取り込もうとしているのでしょうが、そんなこと絶対にさせません。

私は鉄志君とともにこの世界を最後まで生きるのです。廻ちゃんと転ちゃんとも約束しました。必ず、鉄志君を連れて帰ると。

 『変身能力を使わない、自身の力を使っての最後の抵抗といったところだろう。このまま、私ごと燈和を取り込もうというのか。先ほど失敗したのにも関わらず、諦めの悪い奴だ。だが、そういった類の奴は、私は嫌いではない。なのでこの私も、誠意をもってお前の最後の抵抗に応えるとしよう。』

 また私の頭の中で鉄志君の言葉が聞こえました。ですが、どうやら私にだけではなく、奴にも言ったようですね。

 『燈和、眼を瞑っていた方がいい。』

 「えっ?」

 私が聞き返す間もなく、鉄志君は耳元まで裂けた口を限界まで広げました。

 一瞬、私の目に大きく開かれた鉄志君の口から炎が出されるのが入りました。ただ燃えているような炎ではありません。一瞬だったので色はよくわかりませんでしたが、まるでガスバーナーのようにまっすぐな、勢いのある炎でした。

 一瞬だけしか見れなかったのは、あまりの眩しさに私が目を閉じてしまったからです。


 ゴォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオッ!!!!!!!!!

 

 そして今も目を開けることはできませんが、その音で鉄志君の攻撃が続いているのは分かりました。

 今、一体どうなっているのでしょう?奴はいったい、どうなってしまったのでしょう?



            イ     ガ     ワ



 何だ!?この炎はっ!?こんなもの、見たことがない!!!

ただ体が焼かれているだけではない!!!力を奪われている!!!俺の中の力が、凄まじい勢いで失われていっている!!!

 そうか…!!!!この炎が発する光!!この光はただの光ではない!!

 これは…。これは…!!!太陽の光だ!!!

 奴はこんなものを作り出すことさえもできるというのか!?

 光によって力を奪われ、風の刃で切り離された断片を修復させることすらままならない!!!

 くそぉっ!!!駄目だ!!!勝てない!!!!押し返される!!! 切り刻まれる!!!体を焼かれる!!!くそぉ!!!くそぉぉぉぉぉおおおおおっっっ!!!!!!

 !!!!????

 何だ…?奴の吐く炎とは別に、屋上全体に青白い光が…。

 この特有の光は、まさか…まさかまさかまさか!!!!!

 何故あれがここにある!?あれはもう、無くなっているはずではないのか!?それになぜ…なぜ奴は使い方を知っている!?

 そうか…。やっと分かった。奴は始めからこれが狙いだったのだ!!

 そんなっ…。後少しだったというのに…ようやく…ようやくここまでこれたというのに…!!!

 俺は…俺はここで終わるのかっ…!?



            鉄          志



 鴈舵羅の光が消え失せるとビルの屋上は丸ごと無くなっており、私と燈和のいる上空からは剥き出しとなった4階部分が見えた。

 どうやら成功したようだな。取りあえずは一安心というところか。

 ゆっくりと降下し、静かに足をついて背中の突起を緩めてしゃがむと燈和は地に足をつき、私から降りた。

 そのままその場に座り込み、翼を折り畳むと燈和は広げている私の足の間に座り込み、何も言わず静かに体を預けてきた。目の前には燈和の後ろ頭、透き通るような白さの髪の毛と突き出ている角だけが見える。先程、ミノタウルスの頭部を踵落とし一撃で砕いたような力があるとは思えないほど、燈和の体は軽かった。

 …静かだ。先程までの激闘が嘘であるかのような静寂が私と燈和を包み込んでいる。まるで、世界に二人だけみたいだな。

 「鉄志君。」

 燈和が聞こえるか聞こえないかの瀬戸際くらいの声量でポツリと言った。

 なんだ?まだ何か気になることでも…

 「さっき言ったこと…絶対に忘れないでくださいね?」

 顔は見えないが、その口調から燈和が泣いているのが分かった。

 私はそれには答えなかった。答える必要などない。たとえそれが偶然だったとしても、この世界の理に反するものを持っていたとしても、私はこの世界に生まれ落ちたのだ。この世界で生き、そして死んでいく。この戦いで私は決心を固めたのだ。燈和もそれを分かっているだろう。

 元の腕は翼となっている。刃のついているこの腕ではでは燈和を傷つけてしまうだろう。

 新たに形成してあった少し小さめの腕で、優しく燈和を抱き締めようとした、その時だった。

 「鉄兄ぃ~っ!!!」

 「お兄ぃ~っ!!!」

 慌ただしくドアが開かれたかと思うと涙で頬を濡らしている廻と転が入ってきた。転の私に対する呼び方が昔に戻ってるということは、よっぽど動揺しているようだな。

 てっきりもう既にこの場を離れたものだと思っていたが…。わざわざ戻って来たのか。

 転が廻の腕を首の後ろに回して支えているところを見ると、どこか足に怪我を負っているのだろうか。そして。よく見ると、転の右手の薬指と小指はあり得ない方向に曲がっているのが目に入った。二人とも、本当に命懸けで闘ってくれたのだな。

 「うぉっ!?鉄兄ぃっ!?燈和ちゃんっ!?なにそれっ!?何でそんな姿にぃっ!?」

 これが私たちの本当の姿だよ。いや、本当の姿というよりかは、真の姿と言った方が正しいか。

 「な、なんだこれ!?頭の中に、勝手に言葉が!!気持ち悪ぃ!!」

 気持ち悪いとか言うな。この口じゃあまともに人間の言葉を喋ることができんのだ。しょうがないだろう。

 「えっ、これ鉄兄ぃが?」

 「ていうか、口調めっちゃ変わってるし。なんか中二くせぇ!!!」

 やかましい。脳から脳へ直接情報を送っているのだから口調などというものは存在しない。それと転、お前は普段から今の私とは別のベクトルで口調が中二じゃないか。

 「あっ!?」

 「どうした、廻?」

 「こっ…こいつ。直接脳内に!?」

 …それが言いたかっただけか。結構な怪我している割には随分と余裕そうじゃないか。

 「そりゃあもう、アタシら…鉄兄ぃと燈和ちゃんが心配で心配で…痛がってる暇なんてかったしぃ…」

 「変な雄叫びが聞こえたかと思ったら、なんか凄い光が見えて、そしたらさらにあの装置も光りだして…」

 「アタシたち…てっきり…二人とも…二人とも巻き込まれたんじゃないかとぉ…本当にもう…もうダメかとおもってたんだよぉぉぉ…!!」

 「本当に…本当に無事で良かったぁ!!!!」

二人はそう言うとわぁっと泣き出し、私と燈和に抱きついてきた。

全く…。驚いたりふざけたり泣き出したりと本当に忙しい奴らだ。ま、悪い気はしないがな。

 「廻ちゃん…転ちゃん…。約束、ちゃんと守りましたよ。」

 「燈和ちゃん!本当に…本当に良かった!!ちゃんと鉄兄ぃ連れて帰ってきてくれた!」

 「ウチらはお兄ぃがこのままどっか行っちゃうんじゃないかって…本当に不安で不安で!!」

 どうやら、燈和とこいつらは同じことを考えていたらしい。そんなに私の考えは見透かされやすかったか。ま、もうそんなことをしようなどとは思わないし、できもしないがな。

 「そうだよ鉄兄ぃ!!約束して!自分だけどっか行くなんて絶対やめてよね!」

 「そしたらウチら、地の果てまでも追いかけ回すし!!」

 「ふっ…ふふっ…ふふふっ…」

 堪えきれず、燈和が笑い始めた。それにつられ廻と転も。

 思わず私も、連れて笑いそうになったが、目の前の変化がそれを制した。

 燈和、お前、元に戻り始めているぞ?

 「えっ?」

 「あっ!?ほんとだ!」

 「目が元の色に…」

 目だけではない。白色だった髪の毛は先端から元の艶やかな黒色に戻り、角もどんどん短くなっている。

 解放していた力が無くなってきているのか?

 いや…違う。私と同じだ。現代にあってはならないこの力を、脳がリミッターをかけているのだ。

 おっと、どうやら私の方にもリミッターがかかり始めたようだ。

 鱗は無くなり、翼は元の腕に戻り、形成した腕と角は体内へ引っ込んで消え、足は元の形へと戻っていった。

 鏡で顔を確認できたわけではないが、紛れもなく元の姿だろう。そして感じる。私の中に入ってきた橙和の力は消え失せ、解放されていた私の膨大な魔力も再び抑えられている。

 今の私は奴と戦う前の状態に戻ったのだ。

 これだけの力を抑えるとは。人間の脳というのは恐らく無限の可能性を秘めているのだろうな。

 「あぁ~!!そんなぁ!!」

 「あん?なんだよ廻」

 「せっかく記念に写メ撮ろうと思ったのに~」

 「確かにこんな機会、滅多に無かったしなぁ」

 「アホか。コスプレの撮影会じゃねぇんだからそう易々と撮らせてたまるかよ。」

 「ていうかお頭、口調戻ってますね。」

 「お前もな、転。」

 「ていうか普通に耳から聞こえてるし。アタシの頭の中の悪霊は去ったか!」

 「誰が悪霊だ誰が!!」

 「ふっ…ふふっ…ふふふっ…」

 唐突に燈和がまた笑い始めた。

 「今度はどうした、燈和」

 「いえ、何て言うか、また元の日常に戻ったんだなぁって…そう思ったら安心してしまって…つい。」

 「そうだな。だがまだやり残したことはある。それを処理しなきゃ終わりじゃねぇ。」

 「やり残したことって?」

 「廻、転。怪我を見せてみろ。」

 見てみると、転の怪我は指だけであるが廻の怪我はそれは酷いものだった。

 「そうだった!鉄兄ぃ!!これ、どうにかしてよぉ~!!!」

 そういうと廻は自分の右腕を見せてきた。腕の中間付近は青っぽい色をし、鱗のようなものが付いている。また、その周囲は赤黒く変色し、全体としては大きく腫れている。

 「ヨーウィーに捕まれて腕を折られたのか…」

 「よーうぃー?」

 「奴がお前らを追いかけ回したときに化けていたデカいトカゲだよ。あれの尻尾に捕まれるとその部分は魚の鱗のようなできものができるんだ。現地の民族の間では体にその鱗のある奴はヨーウィーと戦って勝利した戦士として褒め称えられるのさ。」

 「おぉっ!!じゃあ残しておいた方がいい感じ!?」

 「この世界じゃ変な刺青を入れているか奇妙な病気にでもかかっていると思われるだけじゃないですかねぇ?」

 「その通りだ。元通りにしてやるから少し待っとけ。それと転。お前、その指の痛みは強いか?」

 「えぇ。なんか、安心したら急に痛み出してきたっす。」

 「そうか。先に怪我が大きい廻から始める。悪いが、痛みだけ取るから少し待っててくれないか?」

 「それでいいっすよ。廻、お頭の顔見るまではかなりしんどい感じだったので」

 私と対面した時はそんな風に感じはしなかったが…。やはり精神的なものが大きいのか。

 「一体何をするんですか?」

 「…そうか、燈和は初めてだったな。ま、見てれば分かるよ。」

 燈和から離れ、右手の人差し指の爪を伸長させて鋭くし、鉤爪状にした後、両手の親指に裂け目を入れ、中から伸長させた神経を露出させた。

 「廻は足の傷から入ればいいか。転、掌を出してくれ。少し痛いが、我慢してくれよ。」

 「うっす。」

 「鉄兄ぃ、よろしく頼むよ!」

 まず左手の親指から伸長させた神経を廻の足の傷に潜り込ませ、それと同時に右手に形成した鉤爪で転の掌に小さく傷をつけ、そこに右手から出した神経を同じように潜り込ませた。

 「廻、転、痛みはどうだ?」

 「大丈夫、無くなりました!」

 「あぁ、鉄兄ぃがアタシの中に入ってくる…」

 「そういう気持ちの悪い言い方すると俺の後ろにいる鬼さんが怒り出すぞ?」

 「誰が鬼ですか!!誰が!!!」

 「でもまんま苗字に『鬼』って字入ってるし…」

 「さっきの見た目、鬼以外に例えようなかったし…」

 「もう!!みんなして!!!それで?これは一体…」

 「傷の治療。俺の中にある魔力を他人の体の中で使うにはこうして体の一部を入れなければならない。んで、一番効率いいのがこうして神経を介して行うこと。そうすれば魔力が直接脳に届いて脳内麻薬や傷の修復に必要な物質の生成を亢進させることができるからな。」

 と説明している間にも、廻の腕の鱗がぽろぽろと取れ、変色した皮膚は元に戻り、腫れも引いていって元の細く白い腕へと戻っていった。

 「廻、あんた頭も殴られてたでしょ?ヘルメット被ってたとはいえ、そっちは大丈夫なの?」

 「心配ねぇよ。頭蓋骨に少しヒビが入っていたようだが、そっちの修復もやっておいた」

 「ふぇっ!?そーなの!?自分じゃ気付かんかった!!!」

 「後は足で最後だな。」

 裂けた筋肉、血管、神経、そして皮膚を再生させると傷口を塞ぎ、私の神経を廻から取り出した。見た目は元通りだが…。

 「気分はどうだ?」

 「う~…、痛みは無くなったけど、何か頭がくらくらする。それになんか、体のあちこちがピリピリ痺れてるし…力も入りずらいぃ…。」

 「低カルシウム血症だな。急激に骨を再生させた影響だ。しばらくの間はしっかりとカルシウムを補給した方がいい。それとビタミンDも。サプリなんかでも買って飲んどけ。んじゃあ次は転の番だな。」

 転のねじ曲がった薬指と小指を掴み、一気に元の方向へと戻した。

 ゴキリッ…。

 鈍い音が鳴り、二つの指は元の方向に戻った。後は細かいところの修復だけだ。

 治療を終えると、転は左手の指を細かく動かし、確認を始めた。

 「おぉ!!!元通りっす!!!あざーっす!!!」

 「…廻ちゃんの言っていた、鉄志君の『癒し』ってこのことだったんですね…。」

 「そーいうことっ!!!鉄兄ぃがいれば医者いらず!!!」

 「…今度から治療代請求するか。」

 「ちょっとぉ!!!」

 「ていうか姐さんも手、結構怪我してましたよね?大丈夫すか?」

 燈和も傷を負っていたのか?気付かなかったな。

 …いや、改めて見てみても燈和には傷らしきものは見当たらない。恐らく、先ほど力を解放した際に無意識に全て自分で修復してしまったのか。

 「私は…大丈夫みたいです?」

 「何故に疑問形?」

 「ま、取り敢えずみんなの傷が治ってんならそれでいい。さて、最後の後処理と行くか」

 「最後の後処理とは?」

 「何言ってんだよ。俺ら逃がすために戦ってくれていた奴らがいただろうが。バイクだって返さなきゃならねぇし。」


 私の家に近づくと、パトカーの赤い光が目に入った。それも一台や二台じゃないな。ま、予想はしていだが、ちょっと面倒くさそうだな。

 敷地に入ると襲撃してきた眷属たちの姿は無く、私の仲間と叔父が事情聴取を受けていた。叔父まで出てくるとは。またまた迷惑をかけてしまったな。

奴らはどうやら警察に連行されたらしい。連行されたところで何も答えられはしないだろうがな。人形の操り主がいなくなった今、奴らはただの抜け殻。自分達だけでは何もできやしない。それに眷属から解かれるのは3日ほどはかかるうえ、眷属になっていた時の記憶はきれいさっぱり無くなっているはずだ。

 警官の一人が私の姿を見つけるとすごい形相で私の方に駆け寄ってきた。いつも私が問題を起こしては後処理をしてくれている顔なじみの警官だ。

 「村井鉄志!!!またお前か!!!何度問題を起こせば気が済むんだ!!いい加減にしろ!!!」

 「仕方ねぇだろ。奴ら急にやってきたんだから。武器だって持ってたし。こいつらだって狙われてたんだしよぉ。」

 「それは全部お前の日頃の行いの結果だろうが!!!もういい!!!署まで来い!!!」

 「おいおい、引っ張んなよ。そんな急がなくたって逃げはしませんよ~。」

 「ま、待ってください!!!鉄志君は…!!!」

 「燈和、俺は大丈夫だ。」

 燈和が駆け寄り、事情を説明しようとしたが、私はそれを制した。

 「親父さんとお袋さん、心配してるだろうから早く顔見せな。ほれ、これ返しとくぜ。」

 燈和に借りていたスマホを差し出すと心配した表情でこちらをじっと見た。

 「だから大丈夫だって。こういうのは慣れてんだから。それに今回は俺に非はないしな。それと廻、転。疲れてるところ悪いが、燈和の両親に事情を説明するの手伝ってやってくれ。いい感じにごまかせよ?」

 「あいよー!!!」

 「おいアンタ!!!お頭になんかしたらタダじ済まさないからな!!!」

 よせ。警官に喧嘩を売るんじゃない。お前までしょっ引かれるぞ。

 「ほら、早く来い!!」

 「へいへい。」

 「お~い!!テツぅ~!!」

 パトカーに乗り込もうとした時、叔父がニヤニヤしながらこちらに寄ってきた。

 「お前の仲間から聞いたぜ?半ぐれ集団に対してやるじゃねぇか!!俺もお前くらいの頃はなぁ…。」

 始まった。叔父の武勇伝語り。これが始まると1時間は語り続けないと気が済まないからな。この人は。

 「親父ぃ!お頭も疲れてるんだし、さらにこれからこのマッポの相手もしなきゃならねぇんだからまた今度にしろよ!」

 「そーそー。アタシらもまだやること残ってるしぃ!!話聞いてる暇ないよ!!」

 「むぅ…」

 叔父は少し残念そうな顔をしたが、納得してくれたようだ。

 「あ、そうだ。すまん、30秒だけ時間くれるか?」

 「…早くしろよ。」

 警官の許可をもらい、乗りかけたパトカーを降りて事情聴取を受けているリクシーの元へ駆け寄った。

 「!!頭!!ご無事で!!!」

 「あぁ。バイク、ありがとよ。これ鍵。入口のとこに置いてあるからな」

 リクシーは受け取った鍵をじっと見て黙りこくってしまった。

 「?どうかしたか?」

 「いや、ちゃんと帰ってきてくれたのだなと。なんか知らないけど、もう帰ってこないような気がしてならなくて…。」

 「当たり前だろ。約束したじゃねぇか。何言ってんだ。」

 「そ、そうっすよね!!失礼しました!!ほんと、何言ってんだろ俺」

 こいつも中々鋭いところがある。とりわけ、人の心理を読むということに関しては。案外、私よりチームのリーダーに向いているんじゃないか?少なくとも、将来は人を統べるような存在になるのは間違いないだろうな。

 「さ、もういいだろう。早く行くぞ。」

 「おう。」

 警官に急かされ、パトカーの後部座席に乗り込むとシートベルトを締め窓側にもたれかかった。

 「安全運転で頼むぜ?」

 「当たり前だ。お前らじゃないんだからな。」

 「言うねぇ…。」

 パトカーにエンジンがかかり、いざ出発しようという時に廻、転、そして燈和がこちらに駆け寄ってきた。何か言いたいことでもあるのか?

 運転席の警官も察したのか、窓を開け、会話ができるように取り計らってくれた。

 「鉄兄ぃ~、アタシ、ずっと…ずっと待ってるからねぇ~!!」

 何かの刑事ドラマであるようなセリフを吐いてきた。それが言いたかっただけか?そのためだけに警官の職務を妨害するんじゃない。下手すりゃ公務執行妨害になるぞ。

 「お頭~!!お頭が出てくるまでウチ、ずっとお頭を祈ってます~!!!」

 ただの事情聴取だろう。まるで私が逮捕され、収監されるような言い方をするな。

 「鉄志君。私、鉄志君のことをずっと思っています。」

 燈和、お前までこいつらにノらなくていい。最近、ちょっと思考がこいつら寄りになってきてないか?いや、燈和の場合本気で言っている可能性もあるか。

 「村井。もういいだろう。行くぞ。」

 あんたの場合は職務上100%真面目に言っているのだろうが、この流れだとこいつらにノっているように聞こえてしまうな。

 窓が閉まり、パトカーは発進して敷地を出て行った。

 こうして長いようで短かった私の、いや、私たちの戦いは幕を閉じたのだった。


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