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亢龍、悔いあり(バイオ・サイボーグより改題)  作者: 詩歴せちる
Heart Of A Dragon
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モンキーセブンティーン

              鉄        志



 「ま…待って…!!!」

 ゴガッ!!!

 側頭部にフルスイングが当たると目の前の男は倒れ、気絶してしまった。手加減はしてあるので頭蓋骨にヒビが入ったり陥没したりしていることはないだろうが…それにしても、戦う前はあんなにも威勢が良く私を挑発してきたというのに、最後の言葉が「待って」とはな。情けないとしか言いようがない。

「頭ぁ!!こっちで最後です!!」

 「ん、分かったぁ」

 適当に返事をし、持っていた鉄パイプを放り投げ仲間に囲まれて座り込んでいるその男の目の前まで来ると腰を下ろし、面と向き合った。

 その男の年齢は私より少し上と思われる。髪を汚い金に染め肩まで伸ばし、耳に重たそうなピアスを付けているがお世辞にも似合っているとは言い難い。息を切らし、額と鼻から血を流し、顔面をボコボコにされてもなお私を威嚇するかのように睨みを利かせてきた。この状況でもそれができるとは中々肝が据わっているな。そこだけは褒めてやってもいいかもしれない。

 私はその男の両肩を手で掴みさらに顔を近づけ、にかっと笑顔を作り、話を始めた。

 「お前のような下等生物未満の存在には理解できないだろうけどな、俺はなぁ、多くの生物が全力で生き、そして死んでいくのをそれこそ無数に見てきたんだ。野生生物であれ、社会生物であれ、その生きざまは非常に美しいんだ。それをわざわざ横やりいれて壊そうとする奴が俺は非常に嫌いなんだよ。害悪でしかないね。ただそれだけのことなんだよ。」

私が話をしていると唐突にその男は口の中に溜まっていた血の混じる粘性の高い唾を私の顔面に向かって吐き出してきた。頭を左にずらしそれを避けると、今度はその男が話を始めた。

 「お前の考えなんか知らねぇよ!俺らがどこで何してようがお前には関係ねぇだろ!!出しゃばってくんじゃねぇ!!ほっとけ!!」

 「百歩譲ってよぉ、お前らが勝手にやってる分にはまだいいんだよ。人にはそれぞれの考えがあるだろうしな。だけどここで問題なのはお前らは俺の仲間に対してそれをやってしまったってことなんだ。」

 「お前の仲間って…、俺らがやったのはお前のチームの一員じゃなくてお前と同じ学校の奴ってだけだろ!あの根暗に、俺らみたいな化け物に逆らうとどうなるかってのを教えてやっただけだ!!!それの何が悪い!!!」

 「そうそう、クラスも違うし話したこともないけれど、彼とはご学友さ」

両手の親指を男の肩と胸筋の境目付近に思い切りねじ込ませると、男は苦悶の表情とともに叫び声をあげた。全く…。この程度で音を上げるとは。こいつも情けない。

「それとよぉ、俺はな、強い奴と戦うのが好きなんだよ。どんな手段を使うのか、次に何をするのか、どうすれば痛めつけられることができるのか。ワクワクするね、そういうことを考えて戦うのが。だからさぁ、俺はお前らみたいに集団で一人を攻撃するような奴らを理解することができねぇんだわ。しようとも思わんけどな。反吐が出る。」

 「だ…大体、お前だって俺らより多い人数連れてきたじゃねぇか…。俺らと変わらねぇだろ。そ、それに武器だって使いやがって…」

 「お前だって武器使ったじゃん。俺の右の脇腹に刺したあのちっこいナイフ。ま、今はお前の左足に刺さってるけど。それと勘違いしてるようだけど、俺は自分が戦いたいと思う相手とは正々堂々戦うぜ?分かりやすく言うとお前らにはその価値が無いってこと。」

男は視線を私の顔から腹に移した。ナイフで刺した辺りを見ているようである。私のワイシャツには乾いた血液が付着しているものの、もうそこに傷は残っていない。

魔力を用いて予め痛覚を司る神経を遮断しておき、さらに通常の数十倍のスピードでコラーゲンや血管収縮因子を生成・放出させ、血液凝固系を亢進して止血し、さらに細胞分裂を促進させることによって傷口を修復させてある。

なんてことはない。人間が持つ止血・修復機構を魔力を用いて早送りしただけのことだ。もっとも、目の前のこの男には言っても理解など到底できんだろうがな。

 「お…お前は一体何なんだ。何者なんだよ…。」

 「何者なんだねぇ…」

 男の顔を改めて見てみると、もう先ほどの威勢のある顔つきは無くなっていた。鼻血による呼吸のしにくさと体全体の痛みから精神力ではカバーできないほどの疲労が現れているのだろう。

さて、今日のお遊びはここまでとするか。いつものあれをやって終わりにするとしよう。

 「おいお前らぁ!!ちょっと後ろ向いてろぉ!!」

 私が声を掛けると、仲間たちは素直にそれに従い全員が体を180度反転させ後ろを向いた。それを確認し、私は再びその男と向かい合った。

 「お前さぁ、さっき自分こと、化け物って言ったよな?」

 「そ、それがなんだってんだよ…」

 「本物の化け物って見たことある?比喩的な意味じゃなくて、『本物』の化け物ってやつを」

 「な、何言ってんだお前…。」

 「本当に怖いものを見たくはないか?ってことさ」

 言い終えると、私はそれを始めた。

 頬骨付近の皮膚に水平に亀裂を入れ、その下にコラーゲンとヒアルロン酸を生成して白色のゲル状の物質を作り出し、さらにその中央に黒に近い色素を集め、見た目だけの眼球を作る。また、口の横から耳にかけても皮膚に裂け目を入れ、顎の骨を外し、口を通常の人間より大きく開けた後に、歯の表面にエナメル質を集め、剣山のように鋭くする。これで誰が見ても『化け物』だと思える顔の完成だ。

 「あぁ…あぁぁ…うわぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!!!!!!!!!!」

 目の前の男の顔は恐怖で歪み、私の耳が痛くなるような叫びごえを上げた。そして気が付くと、その男の下には汚臭を放つ水たまりができていた。

 「うぉっ!!??汚ぇなぁ!!!漏らしやがった!!!」

 さすがに私でも他人の汚物に触れるのは勘弁願う。反射的に男の肩から手を放し一歩後ろに下がると、男は支えを失ったのか、そのまま後方へと倒れこんだ。

 「ん?おい!」

 私が声をかけても男からの返事はない。つま先で側頭部を軽く小突いてみても何の反応も返ってはこなかった。顔を見てみると目は開かれているが虚ろであり、口はだらぁと開かれそこから涎が垂れ流しになっている。

 「…気絶しやがった。肝の小せぇ野郎だ。」

 私は自身の顔を元の人間のものに戻すと、後ろを向いたままの仲間たちに声をかけた。

 「おーい!もういいぞー!終わった終わったぁっ!!」

 「頭ぁ!!お疲れさまでした!!」

 私が声をかけると仲間たちは振り返り、私の元へと駆け寄ってきた。

 「おい」

 「はい。何でしょう?」

 「俺のバイクに付いてるサイドバックの中に包帯とホチキスと消毒薬が入ってる袋があるから持ってきてくれ」

 「はい。分かりました。」

 私は仲間から受け取ると気絶している男の左足に刺さっているナイフを抜き取り傷をホチキスで止め、消毒を施した後に包帯を巻いた。

 「…何で手当を?」

 「手当はついで。目的はこいつの回収。ま、200%ないとは思うけど、万が一警察にでも駆け込まれると刺したのと刺してないのじゃ大分変わるからな。」

自分で言っていて気付いたが、腹の傷を少しでも残しておけば正当防衛を主張できたかもしれないな。ま、今更そんなことを思いついたところでどうしようもないが。

 応急処置的な手当てを終えると私は持っていたナイフを仲間の一人に渡した。

 「んじゃ、これどっかに捨てといて。土に埋めるとかでも構わんから」

 「えっ…!?あ、はい。わ、分かりました。ところで、何でそんなに深い仲でもない同級生のためにこんなことを?」

 「いやそれがよぉ…。最近俺、先公共に目ぇつけられててさぁ。今回みたいな事件起こされると真っ先に疑われるようになっちまって面倒くせぇんだわ。だから大事になる前にこうやって芽を刈ってるってわけ。ま、今回は間に合わなかったけどな。」

 「はぁっ!?何すかその先公は!?そいつこそ転がしてやりましょうよ!!」

 「そうっすよ!!このアホにやったみたいに俺らには見せられないような気絶するほど恐ろしい目に合わせてやれば…!!」

 「アホか!んなことしたら下手したら退学どころじゃ済まされねぇだろ!!」

それにその『恐ろしい目』に合わすのは極少数でいい。精々都市伝説レベルのものに収まるようにしたい。

 「ていうかいつも思うんすけど、頭はいつも俺らを後ろに向かせて何やってんすか?すぐ終わるし、拷問している感じでもないし。」

 「それは企業秘密だ。お前らに対して俺がそれをやる時が来るのは、お前らが俺を本気で怒らせたときだけさ。」

 「ははっ。まぁそうならないように気を付けますわ。流石にこんな情けない姿さらしたくはないっすからね。」

 「んじゃ、俺は帰るぜ」

 「えっ、もう?早くないすか?」

「いやだって、早く帰って飯の支度して、さっさと学校の課題を終わらせんと…」

 「…頭って謎に真面目っすねぇ。課題なんかさぼっちまえばいいじゃないすか」

 「叔父が好意で学費を出してくれてんだ。それを裏切るわけにはいかん」

 「はー。義理堅いっすねぇ。本当に俺らの鑑ですわ」

 「それじゃあな。お前らも警察に目ぇ付けられない内に帰れよ。」

 「はい!お疲れさまでした!」

 私は愛車であるイントルーダークラシックにエンジンを掛けるとその場を後にした。


 とまぁ、これが普段の私の日常である。

私も人間へと生まれ変わった影響か、手にした道具は使いたくなるのを抑えられなくなり、こうして鍛えた体と培った戦闘術でガラの悪い連中と争い、無力化させた後は魔力を使って顔を変形させて驚かせる。しょうもない魔力の使い方だとは自分でも思うが、今の私にとってはこれで十分なのだ。

 もちろん、腕や足を変形させたり、なんなら短時間であれば前世で使ったような類を用いて戦うことだって出来はするが、ま、それは本気で命の危機があった時だけだな。

 例えば、戦闘の際に手足を変形させているところを仲間がスマートフォンで撮影をし、それをSNSで投稿されようものならたちまち私という異形の存在は白日の下にさらけ出されることとなり、人間としての生活を送ることは不可能となるだろう。せっかく転生を果たし、二度目の生を満喫することができるのだ。わざわざ自分でそれを捨てるようなことは極力したくはない。

 だが先ほどのように第三者が見ていない状況であれば今日戦ったような奴らに変形した顔を見せたところで、たとえ後日言いふらされたとしても、せいぜい「化け物じみた強さの奴にやられた」くらいの捉え方しかされないだろう。口裂け女や人面犬のような都市伝説の類くらいにはなるかもしれないがな。

 以上のことを考慮し、総合的に判断すると現時点ではこれが私の使える魔力の精一杯の形なのである。

こういったことを繰り返すうち、私が強いと聞きつけた挑戦者が現れ始め、さらに私のことを一方的にリーダーとして担ぎだす者まで現れる始末である。そして私が趣味でバイクに乗っていると知ると一人二人とそれに続く者が現れ始め、今では15人ほどのチームとなった。

最初の内はバイクチームができたと軽く考えていたが、周りからは暴走族だと認知されているようであり、私自身もかなり悪質な不良だと思われさらに喧嘩を売られることになり、それを買う日々が続くという悪循環ではある。

 仲間は私のことを慕ってくれてはいるので悪い気はしないが、元々は私が勝手に一人で始めたことに他の人間を巻き込んでしまっている形になっているので釈然としないところがあるのもまた事実である。

ま、高校を卒業するころには皆落ち着くだろうし今はまだこのままでいいのかもしれないな。


 単車を走らせ、自宅前に到着すると敷地内に入るために鎖を外し、中に入った。

 自宅というのは叔父の経営するスクラップ工場の一角に置いてもらっている廃車予定だったキャンピングカーのことである。私は中学卒業と同時に叔父の家を出てからはそこに住み、時間のある時はそこで手伝いを行っている。

 元々は高校に進学するつもりは無く適当な住み込みの仕事でも探そうかと思っていたのだが、叔父と双子の猛反対を受け、また学費を出してくれるという叔父の好意を受け入れ進学を決めたのだった。

叔父の家を出ていくことそのものに関しても当初はやはり反対を受けたが、いつまでも現状に甘える訳にはいかない、自身の生活くらい自分で何とかすると反論し、話し合いを続けた結果、叔父から住民票はこの住所のまま、住処だけを少し離れた叔父の仕事場に移し、このキャンピングカーに住むこと、そしてもしその生活に耐えられなければ叔父の家に戻ってくるようにという提案がなされた。

私は叔父のこの提案を受け入れることにしたのである。叔父、双子とともにキャンピングカーの外部を修繕し、ソーラーパネルと発電装置を取り付け、ドラム缶で風呂を作り、傍から見れば奇妙な形をとっているこの生活が始まった。

 生活費については叔父の仕事場でのバイトで賄っている他、私自身は17歳にして身長が184もある恵まれた体格をしていたこともあり、年齢をごまかしてはスロットや雀荘などで稼いでいる。また、今の世の中ではスマートフォン一つで金を稼ぐ方法も溢れるほどあるため、叔父の家を出てから金に困ることはなかった。

 結果的には今のこの生活が一番良かったと思える。理由は簡単だ。このスクラップ工場は夜には人がいなくなるため魔力を行使する練習が心置きなく行えるのだ。

日常生活に役立ちそうな実用的なものから、恐らく一生使うことは無いと思われるような攻撃的なものまで誰の目にも付くことなく練習し続けた結果、この世界の、この人間の体における魔力の使い方についてはかなり深く知ることができたと思う。

だがそれでもまだまだ私の魔力には無限の可能性が秘められているに違いない。これは格闘技や学問についてもいえることではあるが、自身の能力を高めることに終わりはないのである


 敷地内に入り、バイクを停めると住処であるキャンピングカーに明かりがついているのが目に入った。

 また来ているのか…。

 エンジンを切り、キーを抜いてヘルメットとゴーグルを外し、キャンピングカーの中へと入っていった。

 「お帰りなさい。コンロ借りていますよ。」

 私が扉を開けるとカレーの匂いが漂って来るのと同時に声が聞こえ、エプロンを身に着け黒く艶のある髪を後ろで縛っている燈和の姿が目に入った。

 私が一人で暮らし始めてから、こうして燈和はここに来てはこうして料理を振舞ってくれる。ありがたいと思う反面、何もそこまでしなくてもとも思う。

 「燈和…」

 「結構です」

 「俺まだ何も言ってねぇんだけど…」

 「鉄志君の言おうとしていることなんて手に取るようにわかりますよ。私が好きでやっていることなんですから、お金のことは気にしないでください。それに私もアルバイトしていますし。」

アルバイトねぇ…。学生が行えるアルバイトで稼げる金額などたかが知れているからこんなに頻繁に料理をしにくることを考えるとすぐになくなってしまいそうな気がしないでもないが。

 「わ、分かった…。それとだな…」

 「それも気にしなくていいですよ」

 「だからまだ何も言ってねぇだろ…」

 「確かに本来なら今年は受験ですが、現役で大学に行くつもりはないので」

なんでこうも考えていることが分かるのだ。こいつは私のものとは別種の魔力でも持っているのではなかろうか。

 「現役で行くつもりはないって…どういうことだよ?」

 「浪人して、鉄志君と一緒に受験をして、鉄志君と同じ大学に通うってことですよ。当然じゃないですか。」

 「いや当然ではないだろ!もっとこう、自分の将来をだな…!!」

 「だってそうすると鉄志君はさらに私から遠ざかってしまうじゃないですか。鉄志君が私とは違う高校に進学すると知った時、高熱を出して3日も寝込んだんですよ?」

 「どういう体のつくりなんだよ…。しょうがねぇだろ。叔父に学費を出してもらってる手前、少しでも学費の安い公立にしないと…」

これは理由の一つではあるが第一ではない。最大の理由は彼女も察している通り燈和を私から遠ざけさせるためだった。

 中学時代の燈和は常に私の傍にいた。登校から1限目の授業の間、授業間の休み、昼休憩、そして下校から私が燈和を家に送るまで。さらに燈和を家まで送ると必ずと言っていいほど家に上がるよう言われ、日が暮れるまで燈和の相手をしていたのだった。

 『お前あの鬼灯さんと幼馴染とかほんと恵まれてるよな』

 『まさに大和撫子。全男児の憧れだよ。』

 『いいよなぁ。俺もあの人にやさしく抱きしめられてぇよ』

 同級生たちは皆そのような言葉を私に投げかけてきた。傍から見れば私は羨ましく見えるらしい。だが私としては極端に自分の時間が減り、必然的に魔力を使いこなす練習やそのための知識を得ることもできなくなっていくため、確実にそのことに対するストレスは溜まっていった。

 燈和のことは嫌いではない。むしろ好きではある。が、この場合の「好き」は祖父が孫娘に思う愛情に近いものであり恋愛感情ではない。しかしながら燈和のそれは違う。完全に恋愛感情だ。このような執着があれば流石に私も気付いた。

私に燈和に対する本物の恋愛感情があればまた結果は違ったのかもしれない。だが仕方がない。現時点で出てこないものは出てこないのだ。

 人間は一生のうち、何度かの恋愛を経て生涯の番を見つける者が大多数だ。だから燈和も私とは違う道を歩み、少し視野を広げれば私に対する感情も薄れていくだろう。そう思い私はこの選択を取ったのだ。

 だが甘かった。彼女の私に対する感情は「若気の至り」や「一時的な精神疾患」などの言葉で片づけられるようなものではなかったのだ。これに気付くことができなかったとは、龍としては数百年も生きてきたが人間としてはまだまだ未熟なのだということなのだろう。反省せねばならない。

 「ま、そんなつまらないことは置いといてご飯にしましょう。今日はカツカレーですよ。」

 自分の人生を左右する選択をつまらないことと一蹴するな。ま、これ以上何か言い返しても時間の無駄になりそうなので私はおとなしく燈和の作ってくれた夕飯を食べることとした。

 「あ、そうだ。鉄志君。」

 燈和の作ったカレーを食していると、唐突に燈和が会話を切り出してきた。声のトーンが明らかに下がっている。どうやら説教が始まりそうだな。

 「…何だよ?」

 「またタバコ吸いましたね?」

 何故分かった?以前燈和に指摘され2時間の説教を受けた後は喫煙をする際にはこのキャンピングカーの中ではなく外の叔父の仕事場内の喫煙所に場所を移していたのだが。

 「…どうしてそう思うんだ?」

 「鉄志君の洗濯前の服に匂いが付いていましたよ?ダメじゃないですか。まだ未成年なんですから。私、前にも言いましたよね?」

 恐らく、昨日スロットに行ったときに付いた副流煙の匂いだろう。昨日すっかりコインランドリーに行くのを忘れてそのままにしてしまったからな。ま、ここでそんな言い訳をしたところで火に油を注ぐ形になるのは間違いないので敢えて何も言わず適当にごまかすとしよう。

 ていうかこいつは洗濯前の私の衣類の匂いをわざわざ嗅いでいるのか。油断がならない。やはり合鍵を渡したのは間違いだったかな。念のため、下着を置く場所も変えておくか。

 「燈和。何で未成年の喫煙を法律で禁じているか知っているか?煙草の中に含まれるニコチンとタールは…」

 「そんなことは今聞いていません。話題を反らさないでください。」

冷たくあしらわれてしまった。普段は俺が話すことをこれでもかというくらい真剣に聞き入るというのに。

 「…喫煙は寿命を縮めるかもしれないが、飯は食わなきゃ確実に生きていけないぜ?そして出来立ての美味しい時に楽しく食べれば脳からドパミンが分泌され、より健康的に長生きできる。というわけで、冷めないうちに食べてしまいましょう!せっかく燈和が愛情込めて美味しく作ったカレーなんだからな!」

 「あ、愛情だなんて…///もうっ、鉄志君たら…///」

さっきまでの冷たい表情は溶け、即座ににやけ顔になってしまった。少し甘すぎないか?この娘は。将来、詐欺被害にでも巻き込まれそうだ。色々と不安である。

そういえば、前回説教受けた時も確か適当に燈和のことを褒めたら即座に終わったな。逆に言えば、あれが無ければ3時間でも4時間でも続きそうな勢いだったが。極端が過ぎている。ま、何にせよ、変にごまかすよりこうして褒めることが燈和の説教への対策となるのは間違いない。

 その後は説教が再開されることは無く、談笑をしながら燈和との夕食は進んでいった。

 食後、食器を洗い、学校の課題を一緒に終わらせ、燈和を自宅にまで送り届けた頃には22時を過ぎていた。本当ならばもっと早くしたかったところではある。別に眠かったり疲れたりしているわけではないが、この時間になると警察に引っ掛かりやすくなるからな。

 「泊まっていくと言いましたのに…廻ちゃんと転ちゃんも時々そうしているんでしょう?匂いが残ってますよ」

先ほども思ったがやはりこいつは私とは違う種類の魔力でも持っているに違いない。どうやったらそんなに細かく嗅ぎ分けられるのだ。

燈和にしてもあの双子にしても、一度宿泊を許してしまえば確実にずっと入り浸るからな。その許可はできん。

 「あーはいはい、それはまたいつの日かな。ていうかあいつらも泊まってはいかねぇよ。それより、ほれ、メットこっちによこせ。また学校帰りに俺ん家寄るだろ?」

 「それは…また来てもいいってことですね!!」

事前に連絡もせずに週に何度も私の自宅に上がり込んでおいて今更何を言う。ていうか合鍵を渡している上、燈和のヘルメットを購入している時点でそう言っているようなものだろうに。

 「それじゃあ鉄志君、お休みなさい。あまり夜更かししては駄目ですよ?それと、今日作ったカレーの残りは冷蔵庫に入れてありますから温めなおして食べてくださいね。」

お前は私の母親か。もっとも、私自身は母親というものはこれまでにいた事が無いも同然で実際のものは分からないのだが。

 「あ、そうだ。鉄志君、今週の土曜は空いていますか?」

 「日中は叔父の手伝いが入ってるな。夕方からなら空いてるけど…」

 「それじゃあ終わり次第私の家まで来てください。煙草を吸うような悪い子は厳しく稽古づけなきゃいけませんからね。拒否権は無いですよ?」

ここにきてそれを蒸し返すか。ま、説教を何時間もされるよりかは遥かにましか。それに、稽古は私も望むことだ。自身の能力を高められることは好きだからな。

 「分かったよ。それじゃあ、また土曜に。」

 「ええ。また『明日』。」

 明日も来るつもりなのか。いい加減私以外のことにも少しは興味のあるものを探したらどうなのだ。しかしここで来るのを拒否したところで今度は燈和の「なんで?」から始まる長~い説得が始まることは目に見えているので私は何も言わず単車を出し、その場を後にした。


 そして土曜日。世間ではゴールデンウィークの初日であり、一般の学生ならあれやこれやと予定を立てるものであるが、私にとっては普段と変わりない土曜日である。叔父の職場は土曜も営業しているため毎週手伝いを行っているのである。それはゴールデンウィークでも変わりはない。

叔父の手伝いを予定より1時間以上早く終わらせると単車を走らせ燈和の家へと向かった。

 到着すると、既に燈和は門の前で待っていた。しかもご丁寧に髪を後ろにまとめ、道着を着た状態で。

 「こんにちは鉄志君。随分早かったんですね。」

 「こんにちは燈和さん。随分早く着いて約束の1時間以上前だがどうしてもう道着を着て家の前に立っているんだ?悪かったとは思うが、俺は早く着くとは連絡してなかったよな?」

 「何となく、何となくですけれども、鉄志君がもう来るような予感がしてこうしてお出迎えをしようと待っていたんですよ」

殆どエスパーだな。私専門の。最強と呼ばれるような力を持っていると言われていた前世の私でさえ予知能力の類は持っていなかったというのに。ある意味では龍を超えた存在だよ。この娘は。

 「そうかい。お出迎えありがとさん。でも燈和が無理して風邪でも引いたら俺も悲しいから次からは家の中で待ってていいぞ。道着は薄いしまだ肌寒いだろ。」

「あぁ、それでしたら心配いりませんよ。私は鉄志君関連以外では決して体調は崩さないですから」

 「殆ど」は要らなかったな。うん。一部を除いては完全生物と言って差し支えない。大体、私のさじ加減一つで体調を崩すなんて、丈夫なんだか脆いんだか分からんな。全く。

 「…バイク置いてくるよ。いつものとこ停めといていいか?」

 「大丈夫ですよ。では私は道場の方で待っていますね。」

 「はいよ。」

 「それと、よろしければ夕飯を食べていってくださいね。」

「よろしければ」とついてはいるが、ここで拒否すれば燈和の「何で」が始まることは目に見えているのでさっさと稽古を始めたい私はそれを了承し、バイクを停めに車庫へ向かった。

 燈和の家はかなり大きい。屋敷と呼べるほどの。古めかしい日本家屋と言った感じの造りで、広い庭には手入れされた木々の他、鹿威しのある池に土蔵、石造りの灯篭なども置いてある。

そして燈和の家は先祖代々古武術を受け継いでおり、鍛錬を行うための道場が中にあり、私は燈和と再会して以降そこで稽古をつけてもらっていた。

書籍から一般的な格闘術の知識は得ていたものの、燈和の家の古武術の技はそういったのもからは得られることは無いものもあり、私の興味を大きく引いた。

 単車を停め、道着に着替えて道場へと行くと燈和は中心で正座をし、黙想していた。

 私が声を掛けようとすると燈和の目がぱっと開き、続いて口も開いた。

 「では、準備運動をして始めましょうか」

 「親父さんはいないのか?」

 私としてはやはり稽古の際には燈和の古武術の師匠でもある父親の方からも教えを請いたいところなのだが。

 「今日はお母さんと一緒に町会長さんのところに行っています。7月にはお祭りがありますからねぇ。」

 燈和の父親は町の外れにある神社で神主をしており、燈和もそこで巫女のバイトをしている。この家と同様に先祖から受け継いできたものらしい。

それら以外にもいくつかの不動産を持っておりその収入で大金持ちとまでは言わないまでもそこそこ裕福な暮らしをしている。ま、要するに、生まれも育ちも私とは全く正反対というわけだ。

 そして燈和の親父さんがいないとなると、今日は技の方はあまり教えてもらえなさそうだな。少しがっかりはしたが、まぁいい。

 準備運動を終え、燈和の正面に立つとすぐに彼女は構えた。

 「さ。かかってきなさい。」

 この時、この瞬間だけ燈和はやけに師匠じみた声になる。まぁ燈和は幼少から古武道に従事し、私といえばまだ3年と少しだけなのだからあながち師匠というのも間違いではないのだが。

 「…よしっ!いくぞ!燈和!!」

 私は声を出すと、一歩踏み出し私は先制攻撃を仕掛けた。

 基本的に燈和は自分から攻撃を仕掛けることは無い。攻撃をさばき続け、一瞬の隙を見つけると投げ技を使い私を転ばせる。それが私との稽古における燈和の戦い方だ。

 私が稽古において燈和に勝つことは少ない。理由は簡単。私は燈和に本気で殴りかかることはしないからである。私が稽古をつけてもらう理由は古武道の技を身に着けたいからだ。燈和を負かせることではない。なので私はまず相手が最初に仕掛けてくるあらゆる攻撃パターンをイメージし、それを燈和に仕掛け、彼女がそれらに対しどのようにさばいていくのかを観察しているのである。

 本来であれば客観的に見た方が勉強にはなるのだが、燈和は私がスマートフォンで稽古の録画をするのを嫌がるためここで稽古を行う場合は直接の組手のみで学ばなければならない。しかし実際のところ、至近距離でかつ素早い腕の組み方等を一つ一つ見ていくのは通常であればほぼ不可能に近い。

 そこで私はここでも魔力を使う。この力をこの世界で使う際には物理法則の制限を受けるため細胞に作用させ体の構造を変化させるのが基本であるが、何も使い方はこれだけではない。魔力を脳の認識に関する部分に作用させることで感じとる時間の流れを遅くさせることができる。これを応用させることで、こちらから見える燈和の動きがゆったりとしたものになるためにその動作をよく観察することができるのである。もっとも、私自身の動きも頭で意識しているものよりは随分遅く感じることにはなるが。

 前世の世界においては魔力を戦闘力としか見ていなかった者がほとんどであったが、こういった学習に使用するのも非常に有意義であると私は考えているのである。

 燈和との稽古が開始されてから一時間程。燈和の技を取り込んでいくその間に私は何十回と投げ飛ばされ続けた。

 「鉄志君、もう終わりですか?」

 燈和は変わらない笑顔で私を挑発してきた。ま、このまま負け続けるのも癪に障るので、ここらで一回勝ちを取っておくか。ふっ。年齢がリセットされたせいか、いくらか感情が単純になっているようだな。

 私はふぅっと息を整えると、構え直した後で再び燈和に攻撃を仕掛けた。

 まずは左手で燈和の肝臓を目掛けてフックを繰り出した。燈和は私の目線からそれを予想し、右腕でガードした。が、このフックはフェイクだ。本来の狙いは燈和のその先の行動だ。フックを繰り出した左手を今度は燈和の左手が掴んだ。このまま投げに移行するために。その投げへと移行する一瞬の間に私は逆に燈和の左手首を右手で掴みつつ体全体を後方にのけ反らせ、燈和のバランスが少し崩れたのを確認すると、燈和の後頭部に右足を回して後方へと倒れ込み、そのまま三角締めへと移行した。

 そのまま技を極め続け、私の左手を掴む燈和の手の力が少し弱くなったところで私は技を解いた。

 「ふぅ…こうして無力になった私はこの後鉄志君にひどいことをされてしまうというわけですね…///」

その顔の赤らみは私が技を極めたからではなさそうだな。ていうか無力とか言っている割には全然余裕そうだなこいつ。

 「しねぇよんなこと。ほら、立てるか?」

 「大丈夫ですよ。よっと」

 燈和は立ち上がると私と向かい合った。

「最後の最後で負けてしまいましたね。」

 「燈和は稽古では絶対に自分から攻めに行かないからな。常にカウンターばかりを狙ってたらそりゃあいつかは破れられるだろ。」

「逆に言えば鉄志君は自分から強く攻めすぎなんですよ。少し落ち着いて、相手がどう動くかを見計らって技を仕掛けに行くこともしないと。その戦い方は危険です。自分にとって不利な戦い方をするような相手では特に…」

 「ま、確かにそれは一理あるな。だけどなぁ、どうにもただ待っているというのは俺の性には合わないんだよ。ていうか燈和もたまには攻めてこいよ。動きを見たい」

 「せ、攻められるのが好きなんですか…///」

だめだ。燈和との会話は時々、キャッチボールではなくドッヂボールになってしまう。やっぱり稽古は親父さんがいる時が一番捗るな。

 「それとだ。そろそろ、武具を使った稽古もしてみたいんだが…」

 「う~ん、武具を使った稽古ですか…」

 「ダメなのか?」

 「だって鉄志君、そういうの身に着けたらその辺のチンピラ相手に試しそうじゃないですか」

それは今更な気もするが。実際、こうして稽古で身に着けた体術も燈和の言うその辺のチンピラで試しているし。手にした武器は使いたくなる。それが人間の心理というものだ。元は龍ではあるが。

 「まぁ武具を使った稽古はやっぱり危険が伴うのでお父さんと相談してからになりますからもう少し先かもですねぇ」

 「分かった。気長に待つとするよ。」

 「それじゃあもういい時間なので今日はここまでにしましょうか。私、先にシャワーを浴びてきますね。その後、鉄志君がシャワーを浴びている間にお夕飯の準備をしてしまいますから。」

 「…分かった。楽しみにしているよ。」

  そう言って燈和が道場を後にしてから私は一人、道場で魔力を使った自主練を始めたのだった。

 

 「そうだ、鉄志君。」

 「どうした?」

二人で食卓を囲んでると、燈和が唐突に切り出した。燈和の両親は帰りが遅くなるとのことで、今日は二人で向かい合って燈和の作った夕飯を摂っていた。

 「今日からゴールデンウィークじゃないですか。何か予定とかはありますか?」

 「ん、別に何もないけど。稽古すんのか?」

 「いえ、ちょっとお買い物に付き合っていただきたくて。そろそろ夏物の服を買おうかと。」

 「ふーん。いいんじゃね?付き合うよ。」

 「わぁ、ありがとうございます。ふふっ…」

 服か。私は自分を着飾ることに興味は無く、また消耗品に金をかけるということにどうも躊躇いを持ってしまうため2、3年に一度安物をいくつか買うだけだが、燈和は年相応に御洒落を嗜むようだ。そして一つの店に2~3時間は居続けるから恐らく丸1日潰れるだろうな。ま、場所はいつものショッピングモールだろうからついでに本屋にでも行き少し書物を漁るとするかな。

 夕飯を終え、洗い物をし、泊まっていけという燈和の誘いを1時間かけて丁重にお断りすると私は単車にまたがり我が家へと帰っていった。


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