パルプ・フィクション
転
と、いうわけで姐さんのご先祖様が考え出したという転移装置を完成させるために親父のスクラップ工場に来たわけなんだけども、いやぁ、なんかもう今日という日は朝っぱらから非日常的な話ばっかで頭こんがらがりそうだよ。ホント。
大体、お頭の前世が龍だったのだって半信半疑だってのに、今度は吸血鬼もどき?そして姐さんの命が狙われてる?その姐さんも人間じゃないかもしれない?なんか本当にライトノベルの世界の話だよ。
ま、その反面かなりわくわくしてしまってる自分がいるのも事実なんだけどね。廻もきっと同じこと思ってんだろうな。ていうかあいつはこのことを趣味で書いてる漫画のネタにしそうだな。ホント、お頭の傍にいると話のネタには尽きないからな。
「鉄兄ぃ、取り敢えずお昼にしない?もうお腹ぺったんだよ~。」
「お袋に言えばお頭と姐さんの分も作ってくれると思いますよ?」
「食いたきゃお前らで食ってこい。俺はこいつを完成させるのが先だ。それにお前らの母親には嫌われてるんだから一緒の空間にいると気まずいことこの上ないんだよ。」
全く、なんでお袋はお頭の良さが分からないかなぁ。こんなよくできた人間、百年に一度、いや、千年に一度現れるかどうかだってのに。時代が時代なら絶対歴史に名を残しているような人間だよ。お頭は。
「それじゃあ私が鉄志君の家で4人分のご飯作ってここに持ってきますよ。コンロ小さいから少し時間かかってしまうかもしれないですけれども」
「お頭の家にそんな買い置きあるんすか?」
「えぇ。一昨日来た時に冷蔵庫にぎっしり詰めておきましたので。」
「ていうか燈和ちゃんちょくちょく鉄兄ぃハウスに来てんの?」
「えぇ、だってちゃんと食べてるのか心配ですし。様子見に来ないと。」
もはや一人暮らし始めた後様子見に来るお母さんて感じだな。ていうか一応お頭の家は親父の仕事場内にあるんだから、それって下手したら不法侵入な気が…。いやまぁどっちにしろ親父は許可出すに決まってんだろうけども。
「ていうかお頭、姐さんが出入りしてるんだったらそろそろウチらの出禁もそろそろ解いてくださいよ」
「そうだぞー!!」
「出禁て…一体何やらかしたんですか…」
「こいつら俺が寝ている間に勝手に家入ってきたあげくツーブロックで大根卸そうとしたんだよ。起きたら側頭部ぬめぬめで焦ったわ。」
「何やってるんですか…」
「いやぁ、気になって、つい。」
そもそも、お頭だって常日頃から「気になったことはとことん追求するべきだ」って言ってたじゃん。言ったとおりにそれを行って何が悪いってんだ。
「まぁいい。出禁解いてやるから俺ん家行って、そうだな、燈和に料理でも教えてもらってこいよ。」
そう言うとお頭はその装置をいじり始めてしまった。この状態になったらもう何を言っても届かないだろうな。バイクいじってる時もそうだし。
「じゃ、そういうことですから。廻ちゃん、転ちゃん。行きましょう。」
姐さんに言われるがままに、ウチと廻はお頭のキャンピングカーへと向かった。まぁ、今の状況だったらうちらに出来ることもないだろうし、別にいっか。でも、だったら家からギターでも持ってきて練習でもしてればよかったな。
お頭のキャンピングカーの中は決して広いとは言えないので、結局のところ料理は姐さんだけがやって、ウチと廻はお頭の部屋にある本を読み漁るだけだった。しかしまぁ、何というか、置いてある本の数は多いけど、どう見ても十代男子の趣味じゃねーな。色気のかけらもありゃしない。
「エロ本の一つでも置いてないのかよ、お頭は。」
「置いてあったらどうすんの?読むの?」
「そりゃあ読んでお頭の趣味嗜好を研究するしか…。」
「そもそも本ていう媒体は今の高校男子は買わないんでない?ていうかスマホで動画見てるに決まってるっしょ。」
「それもそうだな。」
とその時、姐さんの料理をする音が止まった。
「…全て終わったら、鉄志君のスマートフォンの中身を確認しなくてはなりませんねぇ…。」
やけにトーンの下がった声が聞こえた。やばっ。なんかウチ、地雷踏んじまったかな?ここからは後ろ姿しか見えないけど、多分今、目に光は無いんだろうな。
「てゆーか燈和ちゃんはアタシらが出禁にされてる間もここ来てたんでしょ?なんか面白そうなものとか見なかったの?」
「私もよくここを掃除してますけれども、そういったものを見かけたことはないですねぇ。探しはしたんですけれども」
仮にあったとしたら、この人は中身を見る前にその場で破り捨てる気がする。ウチや廻だったらそれをネタにしてお頭をからかうけど、なんていうか姐さんはネタに出来なさそうだからな。
「ていうかさー、燈和ちゃんここ掃除してるんだったらアタシの部屋も掃除してくんない?」
「えっ…嫌ですよ。なんか廻ちゃんの部屋すごく散らかってそうじゃないですか。」
「なにをー!!」
「いや事実じゃねぇかよ。靴下脱ぎっぱなしだし、菓子の袋そのままだし、マニキュアも常に出しっぱなしだし、マンガも棚から出して置きっぱだし。」
「うるさいな!!それ言ったら転だって似たようなもんじゃん!!エフェクターだしっぱだし。あれ踏んずけるとすんごい痛いんだかんね!!!」
「はいはい、喧嘩は後にして。ご飯できたので運んで鉄志君と一緒に食べましょう。」
お頭のとこへできた昼食を持っていくと、もう作業そのものは終わったのか、どこからか椅子を持ってきて姐さんの家から持ちだしてきた書物を熱心に読んでいた。そんなとこで読むくらいなら自分の家に戻って読めばいいのに。そうすればこうやって持ってく手間が省けるっての。
「鉄志君、お昼ですよ。」
「ん?あぁ、ありがとう。うどんか。」
「えぇ、今は時間が惜しいと思うので早く食べれるものにしてみました。」
その割には具材もしっかり入ってるけど。そこらへんに姐さんの優しさを感じるな…。
「いっただっきまーす!!!」
お頭のことも姐さんのことも気に掛けようともせず、廻は大きな音を立ててうどんをすすり始めた。少しは遠慮というものが無いのか。この愚姉は。
と、お頭の様子を見てみると、うどんを見つめたまま食おうとしていないのに気付いた。
「?お頭、食わないんですか?」
「いや、その…」
「鉄志君…うどん、嫌でしたかねぇ?」
姐さんが今にも泣きそうな目をしてお頭に聞いた。昼飯のうどん一つで泣けるって、この人もやはり只者ではないなと改めて感じる。もちろん悪い意味で。
「いや、うどんがダメっていうか…。あの悪臭が蘇ってきちまってな…」
「悪臭?」
「例の吸血鬼が化けていた、鉄志君が戦った変な鳥ですよ。吐き気を催すような悪臭を放っていたんです。」
「どんな匂いだったんすか?」
「腐った牛乳に付けた雑巾でカメムシを握り潰したような臭いかな…」
例え方がよくわからないけれども、とにかくすさまじい臭いだってのは伝わってくる…。
「でもでも鉄兄ぃ、腹が減っては戦はできませんぞぉ~?」
そのムックみたいな言い方に意味はあんのか?
「そうか。そうだよな。悪かったな、燈和。いただくよ。」
そう言うとお頭は、少し急ぎ気味にうどんを流し込み始めました。
「んで、鉄兄ぃ。状況はどうかね?」
「何でそんな上からの物言いなんだよ…。作業そのものはもう終わったよ。後はちゃんと動くかの確認だけだ。」
随分早いな…。まだここに来てから1時間も経っていないはずだけど…。
「それ使い捨てって書いてませんでしたっけ?」
「まぁそうだけど、2つ分の材料あったから2つ作っといた。」
「つまり、一個は実験用でもう一個は本番用と」
「そういうこった。」
「ていうか足りない材料はどうやって調達したんすか?」
「ん。あれ。」
そう言ってお頭が指を向けた方を見てみると、部分部分が解体されたお頭の愛車、イントルーダーが目に入った。
「えぇっ!?お頭、自分のマシン解体しちゃったんすか!?」
「仕方ねぇだろ。それが材料を入手するのに一番手っ取り早い方法だったんだからな。それに昨夜の戦闘で色々と取り換えなきゃあならないところもあるから、どっちにしろ一度解体して直さなきゃあならなかったし。」
「鉄志君て自分でバイク直せるんですか?」
「そもそもお頭のマシンは親父の仕事場に廃棄処分として持ってきたものを自分で直したものなんすよ」
「17歳の知識量とは思えませんねぇ…。」
「そもそも未知の物を直すって時点で17歳とかそういう以前に人間技じゃないけどね」
「うるせぇなぁ。さて、飯も食い終わったし実験と行きますかね。」
「はやっ!もう食い終わったんすか!」
「お前らが食うの遅いだけだよ。準備してるから食ってろ。」
そう言うとお頭は席を立って準備に取り掛かり始めた。そしてウチらは暗黙の了解で早食い競争を始め、うどんを一気に胃袋へと流し込んだ。
お頭が完成させたという転移装置とやらは想像していたよりもずっと小さいものだった。
見た目はそれぞれ赤、青、黄、黒色をした辞書と同じくらいの直方体が4つ、その一つの表面にさっきの姐さんのご先祖様が書いた文字が書かれていた。その内3つには、何やらつまみのようなものが3つ付いていて、残りの一つには中心にスイッチのようなものが付いていた。
「なんかギターとかベースのエフェクターみたいな見た目っすね」
「言われてみればそうだな。もしかしたらエフェクターで作った方が早かったかもしれないな。」
「ウチのエフェクター使わせろとか言わないでくださいよ?」
「…分かってるよ」
なに?今の間は。一応、帰ったらエフェクター別のところに隠しとくか。なんか知らない間に使われそうだしな。ていうか、こんなわけわからない機械、もうこれ以降作んなよ?
「で、鉄志君。どうやって使うんですか?」
「比較的平らな場所にこれらを置く。間隔は広くても狭くても構わないが、その世界に行く人、物がこの4つの機で作る四角の範囲内に入っていなければ転移できないと。そして赤の機で世界、青の機で地区、黄色の機で時間を入力して最後に黒の機のスイッチを押せばいいそうだ。入力の仕方もご丁寧に書いてあるな。」
「ふ~ん。で、誰が実験台になるの?転?」
「え゛っ!!??」
「んなわけねぇだろ。使い捨てで戻ってこられねぇんだから。」
その言い方だとウチが使い捨てみたいで何か嫌だな。もちろんお頭は意図してそう言ってるんじゃないんだろうけども。
「ここに置いてあるガラクタを適当に置いてみよう」
そう言うとお頭は積まれている廃材を適当に持ってきて並べ、それらを取り囲むようにして4つの転移装置を置いた。
「んで、どこの世界にそのガラクタ送んの?」
「まぁ実験だし、適当に設定すりゃあいいだろう。」
「なんか不法投棄みたいで嫌ですねぇ…。」
姐さん、少し暢気過ぎないか?お頭みたいに恐怖心が麻痺しているのとは別の次元で。
「これで良しっと。んじゃあ危ねーかもしれないから少し離れよう。」
お頭が黒の機械のスイッチを入れるとその範囲外から出て様子を見始めました。
が、5分経っても機械が動く様子が一向に見られない。
「直し方間違えたんじゃない?」
「いや、これであっているはずなんだがなぁ。」
人類が未だに作ったことがないものを書物を読んだだけで修復しているのにその自信は一体どっから来るのやら。
「まぁもう少し待ってみましょうよ。もしかしたら起動するのに時間がかかるのかもしれないですし。」
と姐さんが言うのでもう少し待ってみることになった。
が、10分経っても起動する気配はない。
「やっぱこれ、動かないんじゃないすか?」
転移装置の範囲内に入り、ガラクタを触ってみても、特に何も変わりはない。
「!!??転!!!!」
「へ?」
自分でも信じられないくらい間抜けな声が出ると同時に目の前に信じられない光景が現れた。
4つある装置の間に稲妻のようなうねりのある青白い光が現れたこと思うとバチバチと音を立て始め四角形を作り、ウチとガラクタをその光が取り囲んだのだ。
「えっ!?えっ!?」
「お前!!!馬鹿野郎!!!」
お頭がウチを目掛けて一直線に猛ダッシュで寄ってくるとそのまま私を担ぎ上げ青白い四角形の外へと連れ出した。その直後。
ぱあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああんんんっっ!!!!!!!
雷管を破裂させたような音が響き渡ると同時にガラクタは大きな光に包まれ、ウチらの目の前から姿を消した。
「あ、あっぶねぇ~…」
「『あっぶねぇ~』じゃねぇだろ!!!不用意に近づくんじゃねぇ!!!消えてなくなりてぇのか!!!」
うぉう…。久々にお頭に本気で怒鳴られた。ていうか顔近いし、この体勢は…。
お、お姫様抱っこ…。
「うぅ…、ごめんよ、お兄ぃ…。」
「転、素が出てる…」
本気でお頭に怒鳴られ萎縮すると同時に恥ずかしさも込み上げてきて、つい口調が昔に戻ってしまった。
「いいなぁ…、転ちゃん…。いや、でも私もあの時に…それに約束も…」
「燈和、なんかぶつぶつ言ってるが、絶対に真似だけはするなよ?いいな?」
「…分かってますよ。」
その間は何なんだ?さっきのお頭の真似か?もしかして命がかかっていればもっとお頭に近づいてもらえるとでも思ってんじゃないのかこの女は。
「降ろしていいか?」
「あ、はい。どうぞ。」
「ったく。ていうか普段からさっきの口調でいいじゃねぇかよ。そうすりゃあお前の母親とももう少しうまくやっていけるかもしれん」
それは譲れない。なんか、子供っぽいじゃん。
地上に降り立ち、お頭の方を見ると左腕に付けたGショックを確認していた。
「スイッチを押してから起動するまでに約12分のタイムラグがあるな…」
「融通利かないねぇ~」
「タイムラグのことに関しては書いてなかったがなぁ…。もしかしたら、一部分を代替品で補ったからかもしれないな。」
ぶつぶつと言いながら、今度はお兄ぃ…じゃなかった。お頭は椅子に立てかけておいたスマートフォンの確認を始めた。さっきの動画に撮っておいたのか。
「…鴈舵羅が起動した際に出た光は、横には4つの機の間隔と全く同じ、縦は上に約2メートル、下には約1メートルと言ったところか…」
その言葉を聞いてあの転移装置のあった方を見てみると、地面が綺麗に四角く抉れているのが目に入った。お頭に抱っこされたことで気付いていなかったけど、すげぇな…。そして恐ろしい。こんなものが本当にこの世に…。
「それで、この装置の効果が分かったとして…これをどう使いましょうか…」
「それに関してはもう考えてあるよ。」
そう言うとお頭はにかっと笑った。
あ、この人も相当今の状況を楽しんでやがるな…。ウチの周りには恐怖心が死んでる奴しかいねーな…。ま、それを一緒に楽しんでるウチも大概だけどね。




