アダムの林檎
燈 和
「鉄志君?何が書いてあったんですか?」
その書物を見ながら急に笑いだしたと思えば、今度は薄ら笑いを浮かべたままこちらを向きました。その書物にはそんなに面白いことが書かれていたのでしょうか。
「いや…何でもない。何でもないんだ。」
鉄志君はふっと笑うと読んでいた書物を閉じました。
あれは絶対何かを隠している顔ですね。これ以上私に隠し事をするなど許せません。今は状況が状況なので深く追及はしませんが、ことが全て済んだら問い詰めないと…。
「嘘だー!!何か絶対面白いことが書いてあったんだー!!!」
「そうだそうだー!!教えてくださいよお頭ー!!!独り占めは駄目っすよー!!」
私が自分を押し殺して今は我慢しているというのに、この双子ときたら…。
「あーもう!うるせぇなぁ!!どっちにしろ今の状況では役に立たねぇ情報だよ!!それよりももっと他に探すべきものがあるだろう!!」
「と言いますと?」
「この書物に書いてあったが、燈和の先祖が異世界を行き来した際に使っていたのが鴈舵羅って道具だろ?まずはそれに関する情報を集めないとな。」
「おぉ!!それで異世界に行って、さっき鉄兄ぃの言ってた武器を持って帰ってきて倒すというわけか!!!」
「わざわざそんなことしなくても、もっと簡単な方法があるだろ。」
「その鴈舵羅とやらを使って奴を元の世界に送り返すってことですね。」
「正解。現時点ではそれが確実な方法だろう。」
「でも送り返してもまた同じ装置使って戻ってきたら意味ないじゃん。」
「それはその時また考えればいい。その間に、燈和の先祖の残した書物を片っ端から読めば俺が知っている以外の手段の一つでも載っているかもしれないしな。」
「でもこの量の本から特定の一個を探し出すってのがそもそも無理ないっすか?」
「それらが無造作に置かれていたならな。」
「とゆーと?」
「日々の日記を付け、研究・開発をしているような奴なら書物はジャンルごとに几帳面に分けているはずだ。過去の記録を見返すようなこともするだろうし。」
「でも、その書物を書き記してからもう何百年と経っているんですよね?だとしたらその間にどこか別の場所へ行っているかもしれないですし。」
「もちろんその可能性も考えられるが、現に今のこの場所に置いてある何十冊という書物は全て日記のようだ。だとすると、いまだに他もジャンルごとにまとめて置いてある可能性も十分にあるさ。」
「でも日記だけでこの量なんだからまとまって置いてあったとしてもその中から特定の一個の内容のものを探すのは流石に無理くない?」
「そればっかりは片っ端から探すしかない。が、目星をつけた所から探せば早く見つかるかもしれない」
「どこに目星をつけたんです?」
「あの奥の扉の部屋には道具がたくさんしまってあるんだろ?」
「えぇ。私は殆ど入ったことないですが。」
「だとしたら作った道具の取扱説明書なんかはその近くに置いてある可能性が高い。だから取り敢えず、あの中から探す。それに、書物にどんな内容が記載されているかは最初の1ページを見れば大体は分かるはずだ。」
「つまり、あの部屋の中にある書物を片っ端から見ていくのか!!」
「そう言うことだ。それがだめだったら今度はここの部屋のものを片っ端から探していく。」
「で、ウチらはその間何してれば…」
「さぁ?宝探しでもしてればいいんじゃないのか?とにかく、これは内容を理解できる俺にしかできないから邪魔はするんじゃないぞ?」
そう言うと鉄志君は扉を開け、奥の部屋へと入っていきました。
「だってさ、燈和ちゃん。どうする?」
「えっ、私に振るんですか?」
「いやだってここ姐さんの家じゃないですか。」
「まぁそうなんですけれど、でも私もこんな文字読めませんし…」
ていうかよくよく考えてみれば、宝探しをするのであれば今鉄志君が入っていった奥の部屋が適しているのではないのでしょうか。
「…多分アタシ今、燈和ちゃんと同じこと考えてる。」
「右に同じく。」
あぁ、やっぱりあなたたちもそう考えますよね。何というか、深い意味はないんですけれども、考えが被るってなんか自分を見透かされているようで悔しいですね。
というわけで、私たち3人は鉄志君が入っていった部屋へと向かって行きました。
「おぉ!!思ったより凄い!!」
「確かにこっちの方がお宝がありそう!!」
「何だよお前ら、結局こっちに来ちまったのか。頼むから邪魔だけはするなよ?」
そう言うと鉄志君は読んでいる書物に目を戻しました。
私が最後にこの部屋に入ったのは確か、10歳くらいの時でしたかねぇ。当時は体も小さかったから部屋が広く、そして置いてあるものも大きく感じられましたけれども、今見てみるとそんなでもないですね。
部屋には正方形の形をしており、中央には大きめの机?台?があり、その上にはご先祖様が作ったのであろう道具がいくつも置いてあるりました。しかし、埃避けのために大きな布がかぶせてありその見た目までは分かりません。
扉のある側を除く部屋の3方には壁を隠すかのように棚が置いてあり、正面から見て左右の棚にはやはり私の先祖が作ったのであろう道具が、そして真正面の棚、鉄志君がいるところには書物がびっしりと詰まっていました。
「予想した通りだ。この棚にしまってある本はこの部屋にある道具の説明書兼設計書だな。」
「はぇ~。やっぱりお頭はできますなぁ…」
「アホか。このくらい予想して考えて効率よくやってかないと社会出られんぞ?」
鉄志君もまだ学生で社会には出たことないですよね?話聞く限りでも前世は野生生物でしたよね?
「その時は鉄兄ぃに養ってもらうからいいし~」
廻ちゃん、それは聞き捨てなりませんよ?
「生憎だが自宅警備員を雇う余裕は俺には無い。諦めろ。ていうか邪魔すんなっつったろ。」
鉄志君はそれだけ言い捨てるとまた書物へと目を向けました。養ってもらう云々の話を私も鉄志君としたかったんですけれどもねぇ…。
「んじゃ、我々は宝探しでもしますかな。」
「さんせー。」
そう言うと廻ちゃん、転ちゃんは棚を物色し始めました。あのぉ、一応は他人の家なんですからせめて許可くらいは取りましょうよ…。
私も現時点では手持ち無沙汰になってしまったので、目の前の双子ちゃん達と一緒に物色を始めました。もしかしたら、その転移装置とやら以外にも役に立ちそうなものがあるかもしれないですしねぇ。
「う~ん、見事なまでにわけわからないものばかりっすねぇ…」
宝探しを始めてから小一時間あまり経ちました。既に廻ちゃんと転ちゃんには飽きの表情が顔に現れ始めています。
確かに、普通の人から見れば目の前にたくさん置いてある道具はガラクタにしか見えないのでしょうが、見る人が見ればこれらも宝にはなるような気がするんですがねぇ…。
と、私が心の中で半ば呆れていた、その時でした。
「あった!!!これだ!!!」
鉄志君が大きな声を上げました。まだ探し始めてから1時間程度でお昼前だというのに、もう見つかったんですか。やはり鉄志君は頼りになりますねぇ。
「おぉ!!鉄兄ぃ、お手柄ですぜ!!!」
毎度思うのですが、廻ちゃんは何でそんなに鉄志君に対して偉そうなんですか?
「それでお頭、そこにはなんて書いてあるんですか?」
「ちょっと待ってろ。え~っとだな…」
鉄志君は手に持った書物をパラパラとめくるとゆっくりと読み始めました。
「『我ら一族のいるこの次元は別の次元、異界とは鎖番にて隔てられている。鴈舵羅はこの鎖番を断ち切ることにより異界との行き来を可能とする。鴈舵羅は壱の機、弐の機、参の機、四の機をある程度平面な地上に配置し、壱の機にて異界、弐の機にて地域、参の機にて時間の情報を入れ、最後に四の機を用いて起動させる。なお鴈舵羅は一度で使用不可となるため、異界へと赴く際には予めもう一基を持ち込んでおく必要あり。』だとさ。どうやらこの『鎖番』というのが世界同士を隔てる壁のようなものなんだろうな。」
「うちゅう~けい~いじぃ~」
「それはギャバンだな。お前世代じゃねぇだろ」
鉄志君もですよね?
「んで、その装置はこの部屋のどっかにあるんすかね?」
転ちゃんが質問をすると、鉄志君はまた書物をパラパラとめくり始めました。
「…あるにはあるが完成品ではないようだ。」
「と言いますと?」
「部分部分を作っておいて使う直前になったらそれらを組み合わせて完成させて使ってたって書いてあるな。」
「なぜわざわざそんなことを…」
「誤作動を防ぐためみたいだな。完成させた状態で置いといて、万が一作動してしまった場合、下手したらこの蔵ごと異世界行きってことになりかねないからな。」
「んでんで?鉄兄ぃはそれを完成させることができるの?」
「まぁちょっと待ってろ。完成させなきゃあ話は進まねぇからな。」
そう言うと鉄志君は先ほど私たち3人で宝探しをしてたところを探し始めました。
そして待つことさらに1時間程。鉄志君は部屋の中央の机の上にあった道具をいくつか集めて持ってきました。
「これらがそれっぽい…。2機分作れるくらいの部品があった。…が。」
「が?」
「足らない部品がある。」
そんな。希望が見えてきたというのに、ここまで来て万事休すですか…。
「じゃあ今度は急いで奴を殺せる道具が載っている書物を探し出してそれを見つけないといけないってことっすか…」
「まぁ待てよ。この書物には設計方法も一緒に載ってんだよ。」
「えっ、それってつまり…。」
「部品を別のもので代替して完成させることができそうだ。」




