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亢龍、悔いあり(バイオ・サイボーグより改題)  作者: 詩歴せちる
Heart Of A Dragon
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Ram It Down


               鉄       志



 燈和の家の母屋の裏には古い大きな蔵がある。

 燈和の両親の話だと、そこには先祖代々より引き継いできた書物や骨とう品などが保管してあるのだという。私はそれらについては興味がないわけではなかったが、わざわざ願い出てまで見させてもらう程のものではないだろうし、また、他人の家の蔵を好き勝手に漁るというのも気が引けたためその中にはこれまで入ったことはなかった。

 だが、どうやらその選択は間違っていたようだ。あのホルボロスが燈和に執着する理由の秘密がこの蔵の中にあると分かっていれば、多少の我儘を言ってでももっと早くこの中に入らせてもらうべきだった。もしかしたら、先ほど燈和たちと話した脳のリミッターを解除する方法も見つけられたかもしれない。

 …いや、それは極論か。まぁいずれにせよ、この中には今後私の力と成り得る情報があるのは確かだ。ならば今はそれを可能な限り吸収するとしよう。

 「私が昔、祖父から聞いた話なんですけれども…」

 蔵へつながる通路の途中で燈和が話を始めた。

 燈和の祖父か…。燈和が小学生の時に亡くなったということは聞いていたが、その頃は燈和の家とは関りが無かったために結局一度も会うことはなかった。話を聞く限りでは心優しく、武術に関する知識も深く、幼少時代の燈和の師匠でもあったという。ぜひ一度、お会いして話を伺ってみたかったな。

 「私の先祖というのが、なんていうか、普通の人間とは少し異なっていたようなんです。」

 「あらら…本当に燈和ちゃんも人間じゃなかった…」

 「廻、失礼だろ。知った仲とはいえ。」

 「とか言って~。転も本当はそう思ってんじゃないの~?」

 「ウチはあんたより礼儀をわきまえてるし、結論を急ぐほど馬鹿じゃねぇっての。」

 「何をー!!あたしと成績変わらないくせに偉そうに!!」

 「誰が学力の話してんだよ。ウチは人間としてのこと言ってんの!」

 「何だとぉ!?」

 「おい燈和。こいつら摘まみ出さねぇか?話進まねぇよ…」

 「いえ、いいんですよ。こうして見てみると、なんか妹ができたみたいで楽しいですし。私ひとりっ子なので」

 燈和はふふっと笑うと蔵の奥へと入っていった。笑ってはいたものの、その眼には、何というか、不安な様子が見られたような気がした。

 やはり少しは気が滅入ってしまっているのか?自分の命が狙われてる状況であるから別に不思議ではないけれども、化け物に追いかけまわされていた時の燈和を考えれば、こんな状況でももっと暢気に構えているような気がするが。

 「どうしたんですか?こっちに来てください」

 「ん?あぁ、すまねぇ。今行くよ。」

 いや、気が滅入っているのは私の方か。やれやれ、この先が思いやられるよ。

 蔵の中はきれいに整理され、書物、骨とう品、そして比較的最近しまい込んだのであろう機械類なんかも置かれていた。ここにある書物の背表紙を見てみる限りだと燈和の先祖が書いたものではなく市販のものであることが分かる。色落ちの度合いから見ると昭和中ごろの物、内容は神道に関するものであるようだ。

 私が見てみる限りでは、どれも燈和の中にあるという「力」とは関係ないように思えるのだが…。いや、結論を急ぎすぎてはいけない。私はまだこの蔵の表面的なところしか見ていないのだ。

 「かび臭いかなと思ったけど、そうでもないのね。」

 「またあんたは失礼なことを…」

 「おいお前ら。次喧嘩したら問答無用で摘まみ出すぞ?分かったな?」

 「…はい。」

 「ったく。お前らがいると本当に話が進まん…。で?燈和。お前のご先祖様の秘密とやらはどこにあるんだ?見たところ、この蔵にあるものは比較的新しいもののように見えるんだが。」

 「蔵の一階は祖父の代から置いてあるものがほとんどですからねぇ。それ以前のものは地下に移してあるんですよ。」

そう言うと燈和は蔵の一番奥の床にある金属製と思われる蓋のようなものを持ち上げた。中を覗き込んでみたところ、そこから地下へとつながる階段があったがその先は暗く、よく見えない。

 「おぉー!!忍者屋敷みたいっすね!!」

 「へっへっへ…。こいつぁとんでもないお宝がありそうだぜ…」

 おい廻。そろそろいい加減にしろよ?

 「階段は急になってますから気を付けてくださいね?あと、明かりは下に降りないと付けられないので足元に注意してくださいね。」

 「だったらお頭を先頭にした方が良いんじゃないすか?」

 「は?何で俺なんだよ。燈和ん家なんだから燈和が先頭でいいだろ」

 「鉄兄ぃがあの指先燃やすやつで明かりを灯しながら降りればいいじゃん?」

 「たかだか階段降りるためだけに何で指燃やさなきゃあならねぇんだよ。スマホの明かりつけりゃあ良いだろ。」

 大体、こんな狭い木造の階段で燃焼を起こせば普通に火事にまで発展してしまう危険性があるぞ。

 「ちぇっ。つまんねーの。」

「俺はお前ら楽しませるために魔力使ってんじゃねーんだよ。ほら、燈和。」

 廻の持ってたスマホを奪い取り、燈和に向かって放ると、彼女はそれを見事にキャッチしてライトの明かりをつけた。

「鉄兄ぃ!!それあたしの!!!」

「いいだろ別に。減るもんじゃねぇんだし。」

「電池が減る!!」

「屁理屈コネんじゃねぇ!俺のATP無駄に消費させようとしといて何言ってんだ!!」

「ていうかお頭も廻と喧嘩してんじゃないすか!!!」

 何を言うか。これは喧嘩ではない。こちらに噛みついてくる廻に説教をしようとしているのだ。

「鉄志君。喧嘩している暇があったらさっさと付いてきてくださいよ。」

 燈和にも言われてしまった。いや、本当に喧嘩をしているという自覚はないんだがなぁ…。まぁいい。口答えしたところで平行線だろう。時間は限られているのだから、ここは素直に燈和に従うとしよう。

階段を降り切ったところで壁についていたスイッチを入れると、いくつかの裸電球に明かりが灯り、部屋の様子がある程度分かるようにはなったものの、決して明るくなったとは言えなかった。

 私たちが降り立ったこの部屋はどうやら書庫であるらしいが、先ほど見たような比較的新しいものは無く、そのどれもが重ねた紙の片側を人の手によって糸で固定してあるような、明治以前のような古臭い書物が棚に綺麗にしまわれている。また、その中に紛れて紙だけを丸め紐で縛ってあるだけのものも見られる。

 地下室はかなり広く、パッと見ただけで書物の数は優に100は超えているであろうことが推測された。また、どうやら奥の方はさらに別の部屋へと繋がっているようであるが、この明るさではどうなっているのかはよく見えない。

 「ここにあるものが、先祖代々から受け継いできたものになります。この部屋には主に書物が保管されていますけれども、奥の部屋にはそのご先祖様が作ったものが保管されています。」

 なるほど。それは非常に興味深い。時間があれば、ぜひゆっくりと拝見したいものだな。

 「姐さんのご先祖は発明家だったってことっすか?」

 「それ何てキテレツ大百科…」

 「う~ん、私も祖父から聞いただけだからよくわからないんですけれども…。なんか、普通の人には無い力を持っていて、人が考え付かないような発明をし、色々な世界を飛び回っていたというのですよ。こんな話、御伽噺くらいにしか持っていなかったんですけれどもねぇ…。」

 「そこで現地の戦士と戦うと。なんかプレデター見たいっすねぇ。」

 あれは宇宙人が別の惑星で狩りをするという設定だったが…。まぁ似たようなものか。ていうか戦っていたかどうかは分からんだろうが。燈和とその両親の性格を考えれば、祖先もそんなに血気盛んだったとは思えんな。

 「そしていつの頃からかその力は無くなっていって、今では普通の人間と変わらないと。もちろん、私自身そんなこと信じていませんでしたし、多分祖父も冗談半分で話していたと思いますけれど。」

 確かに、普通に聞けば作り話に他ならないと私でも結論付けたろう。私自身も意図的にこの世界にやってきたわけではない。偶然、輪廻転生によってやってきたのだからな。

 だが、あのホルボロスがこの世界にやってきた以上、そうも言っていられないか…。

 「あくまで推測だが…」

 「何です?」

 「燈和の先祖は、その発明品とやらで俺の元居た世界に行き、どういうわけかその発明品を忘れていって、それをホルボロスが見つけて使い、ここにやってきた…。そしてホルボロスは燈和の先祖がどういう力を持っていたのか知っていたのでその子孫である燈和を狙っている…。どうだ?」

 「おぉ!!鉄兄ぃ、流石!!!」

 「う~ん、どうなんでしょうか…。」

 「何か疑問が?姐さん。」

 「あの生き物は、そんなに長生きなんでしょうか?私のご先祖様の話でしょう?」

 「長生きというよりは不死に近いな。さっきも説明した通り、殺せるのは吸血鬼のみ。放っておけばいつまででも生きている。作り主の血に命を握られ、自分で死ぬことも許されない哀れな生き物だよ。ま、仮に生きていた時代が違かったとしても運よくそれが使えたって可能性もあるけどな。」

 「なるほど…。それなら納得ですね。」

 「そこに関してはな。ただ、俺自身納得できていないところはあるよ。」

 「矛盾してるっすよ、お頭。」

 「しょうがねぇだろ。燈和の先祖がどういう存在だったか分からねぇんだからよぉ。」

 「えっと、どういったところが納得できないんでしょうか?」

 「まず、何でわざわざ燈和の先祖はその発明品を異世界に忘れていったかだ。こんな発明を思いつくくらいだ。相当頭は良かったはずだろ?だとしたら今回みたいな事態は予測できたはずだ。そんな大切なものを忘れるなんてドジするかなぁ…。」

 「向こうの世界で死んじゃったとか?」

 「だったらここに燈和はいないだろう。要は燈和の先祖は、わざとこれをやったとしか思えないんだよ。」

 「…一体、何のために?」

 「そればっかりは分からねぇよ。置いていった本人がもういないんだからな。」

 「あれ、でも待って?」

 「今度は何だ。」

 「燈和ちゃんの先祖は人間じゃなかったとしても、今の燈和ちゃんは99.999%くらいは人間なわけじゃん?だったらその化け物は何で燈和ちゃんを狙ってんの?ご先祖様が持っていた『不思議な力』だって今はないんでしょ?」

 「いや、分からんぞ?もしかしたら俺やお前らに言ってないだけで俺を凌駕するヤバい能力を持っているのかもしれない。金星の文明を3日で滅ぼすことができるくらいの。」

 「えっ!!そうなんすか!?姐さん!!!」

 「ま、まさか!!!そんなわけないじゃないですか!!それに生まれてこの方鉄志君に隠し事なんかしたことないですよ!!」

 「この地下室のことは今日初めて聞いたが?」

 「わざわざ自分から言う必要が無かっただけで別に隠していたわけではないですよ。それにもし鉄志君が希望していたなら私は遠慮なく見せましたよ?そうなったらこの話もしていたと思いますし…。」

 ま、確かに私も自分が龍の生まれ変わりであることなど自ら燈和に語ろうと思ったことはなかったわけだからな。それと同じことか。

 それにしても、果たして本当に燈和にはその力は無いのだろうか。もし無いのだとして、燈和がその力を持つ種族の末裔などということがどうして奴に分かったのであろうか。もっと言えば、なぜ奴は燈和の父親ではなく、燈和自身に固執するのだろう。子孫という点で見ればどちらでも構わないように思えるが…。燈和だけから何かを感じ取っているのか?謎は深まるばかりだな。

 「謎は深まるばかりっすね…。」

 思っていることと転の言うことが被った。別に私の心を読み取ったわけではなく、単なる偶然なのであろうが、なんか見透かされているようで悔しいな。

 「ていうかさ。疑問なんだけども」

 「今度は何だ」

 「何も燈和ちゃんの力じゃなくても鉄兄ぃの力でも良くない?もっと言えばそいつが元居た世界には凄い魔法を使える奴だってたくさんいたんでしょ?だったら何でわざわざこの世界に来てまで燈和ちゃんなのかなと」

 「あいつがコピーできるのはあくまで体の構造だけでコピー元が持っていた魔力までは引き継ぐことができない上、奴は持っている魔力を変身能力にしか使うことができない。ゆえに攻撃方法は物理的なものに限局されているんだよ。だから兵器としても役に立たないと判断されたんだ。」

 「…なんか矛盾してません?鉄志君が持っているような、その魔力とやらも得られないのであれば、仮に私が何か不思議な力を持っていたとしてもそれをコピーすることはできないと推測できるような気がするんですけれどもねぇ…」

 「燈和が持っていると思ってるその力に関しては例外的に得られるもんだとでも思い込んでるんじゃないのか?ま、いずれにしろ得られるか得られないかは取り敢えずレパートリーに加えた後で判断しようとでも考えているんだろうな。ていうかそんなことを言ってたような気がする。」

 「ていうか力っていうよりもさっき言ってた姐さんの祖先が作ったっていう発明品と設計図が欲しいとか?ていうか、そいつの言う『力』ってのもそれらを意味しているとか…。」

 中々鋭い推測だとは思うが、奴が語った限りではそういったニュアンスは感じられなかったがな。明らかに私の前世の世界にあった魔力と対比させてその『力』とやらを語っていたように思える。それに、発明品が欲しければわざわざ燈和を殺して変身のレパートリーに加える必要もないだろう。ま、これ以上考えたところで答えは出ないか。

 「そんな謎は後でいくらでも推測すればいいさ。奴の目的を知ったところで説得なんかできんだろうし。」

 「会話はできるように思えましたけれども…」

 「確かに会話はできるよ。無理なのは説得。作り主の言うことすら聞かず脱走して好き放題やっちまう奴だ。」

 「小っちゃい子供に言うこと聞かせるよりも難しいってことか~。」

 あと、お前に私の言うことを聞かせるよりも難しいけどな。廻。

 「ま、今重要なのはここに奴に対抗する術があるかどうかってことだ。どれどれ、中身は…っと。」

 と、近くにあった書物を一つ、手に取って開いてみたところで私は口をつぐんだ。

 「…何すか?これ…」

 「…象形文字?」

 その中には漢字でもひらがなでもカタカナでもない、見慣れない文字が羅列されていた。

 「多分、梵字だと思います。中身に興味は無かったので、積極的に解読しようとは思わなかったんですけれども…。」

 「いやもう少し興味持とうよ、燈和ちゃん…。」

 「私が興味あるのは鉄志君だけですから。」

 「さらっとお頭に対する愛を会話の中に練り込ませてくるの止めましょうよ…」

 「そんな、愛だなんて…///」

 「何でそこで照れるの…」

 3人で何か話しているが、今の私の耳には入ってこない。そんなものよりも、この書物の中身に意識を引き込まれた。

 これは梵字などではない。実物を見るのは初めてであるが、信じられんな。

これは天狗文字だ。

 佛現寺に寺宝として保管されている天狗の詫び証文に書かれている文字と同一のものと見て間違いない。一説では密教で使われていた文字なのではないかとも言われているが、現在までにこれを解明できた者はおらず、真相は分かっていない。

 その特徴は構成されている文章の所々に生物の目を彷彿とさせる記号が混ざっているということ、そして同じ形の文字は同一の文書内で2回以上使われていないということだ。

同じ形の文字が使われていないかはよく調べてみなければ分からないが、目を彷彿とさせる記号はこの書物内にも随所に見られる。

 佛現寺は天狗の詫び証文を1年に1度しか公開していないため天狗文字の直筆を目にすることは滅多にできないらしいが、まさかこんなところでお目に掛かれるとはな。

 「お頭ぁ?お~い!」

 「完全に自分の世界に入っちゃってますねぇ…」

 「大体こんな変な文字ググっても読めないってのに、熱心だねぇ~」

 「いや、読めるんだよそれが」

 「何だ、聞こえてるんじゃないですか。」

 「聞こえててシカトって、鉄兄ぃひどくない?」

 いや確かに聞こえてて無視したのは悪いとは思うが、人が集中している時に急用もなく話しかけてくるのもどうかとは思うぞ?

 「ていうか何で読めるんすか…。それも魔法とやらですか?」

 「まぁそうだな。直訳というわけではないが。」

 「?どういうこと?」

 「まだこの世界での魔力の使用方法については研究中だから何とも言えんが、どうやら認識に関わる部分はあまり制限を受けないんだよ。んで、文字と認識したものに関する情報が自然と頭の中に入ってくるというわけだ。」

 「はぇ~、すっごいチート…」

 「いや、そうでもないぞ?そもそもこれは直筆にしか適用されないんだからな。」

 「何でしょうか、直筆に込められた思いを読み取るとか…そんな感じですかね?」

 「恐らくはな。要は翻訳をするというよりも念を感じ取るとか非科学的な領域の力が働いているんじゃないのかな。」

 「だからお頭はそんな能力持ってるのに英語の成績は悪いんすね。」

 「ていうかさっきまで『筆者の気持ちなんか~』とか言ってたのに、なんかその能力と矛盾してない?」

 「やかましい!!」

こいつらは一々一言多いな。話題を反らす天才だよ。本当に。まぁそれに釣られてしまう私も私だがな。

 「なんか不思議ですねぇ。法則に縛られている反面、現代でも解明できないような『念』を感じ取ることができるなんて」

 「ま、100%縛られているってわけでもないんだろう。」

 「というと?」

 「100%科学的な法則に縛られてるとなると、俺が前世の記憶を持っているということ自体が矛盾しているんだよ。記憶なんて本来は脳の細胞が成長するに従って蓄積されていくものだろ。」

 そうだ。この能力には矛盾が多すぎる。だからこそ、研究の余地があるというものだが。

「それで話を戻しますけれど、その書物には一体何が書いてあるんですか?」

 「ちょっと待っててくれ。えぇっと…」

 「なんか、すげーわくわくするっすね」

 「ほんと、鉄兄ぃの従妹でよかったよ。毎日が飽きない!」

 廻、転…。頼むから少し黙っててくれないか。集中させてくれ。

 「これは日記だな。」

 「おぉ!姐さんの先祖がどのようなバトルを繰り広げていたのか!今謎が明かされるのか!!」

 「…日々の記録なんだから、そんなライトノベルのような手法でバトルは描写されてはいないと思うぞ?淡々とその日何が起こったかを記しているだけだろ。そもそも燈和の祖先がそんなに好戦的だったかどうかも分からんし。」

 「ちぇっ。つまんねーの。」

 不満たらたらだが、自分自身のための記録を顔も知らない誰かを面白がらせるために書いている奴がいたら是非その顔を拝見してみたいものだ。

 「廻ちゃん、転ちゃん。ちょっと静かにしていてくださいね。文字通り私の明日の命に関わってきますので。」

 「ア、ハイ…」

 「サーセン…」

 燈和に怒られるや否や急に声を小さくしてしまった。私が怒っても効かないというのに。なんだか虚しくなってくるな…。

 そもそもこいつら、確実に遊び半分で付き合っているだろう。一回死ぬような目に合わないと本気にならない気がする。

 「鉄志君、続きを…」

 「あ、あぁ…。すまん。えぇっと…、『蘭盛らんじょう5年14月7日、鴈舵羅がんだらを用いて異界…』」

「すんませんお頭、いきなり突っ込みどころ多すぎて何が何だか…」

 「14月って何さ!?それになんで漢字まで…」

 「ランジョウという年号も聞いたことないですねぇ…。西暦だといつになるのでしょうか…」

 私自身もそれは分からないが、恐らくは太陽暦でも太陰暦でもない独自の暦を燈和の祖先は使っていたのだろう。そして蘭盛という年号も日本における年号では存在していなかったはずだ。こちらもそうなのだろう。

 それと廻。漢字云々に関しては突っ込んではいけない。いいな?

「燈和の祖先はわけが分からないことを色々とやってのけたんだろ?わけわからないことを書いてあったとしても何ら不思議ではないさ。さて、続きは…」


蘭盛らんじょう5年14月7日、鴈舵羅がんだらを用いて異界・黄畔おうばんへと赴き、泥脚でいきゃくを3体捕らえるも、帰還の直前にてその全てが自崩じほうしていたことに気付く。それにより本日の収穫は無しとなった。これは鉱隼骸こうじゅんがいの完成が遠のくことを意味する。この異形は長時間精神的な負荷を掛けすぎると自崩じほうを起こしてしまうことが判明したため、捕えてから殺し、素材を引き出すまでを迅速に行う必要あり。この個体数は少ないため、今後はより慎重にならなければならない。


 「え~っと…狩りの日記ってことでいいのかな?」

 「しかも失敗してるっぽい。」

 「固有名詞が多すぎて何が何だかっすね…」

 「この鴈舵羅がんだらというのが、その転移装置とやらでしょうか。」

 「そうっぽいな。それにこの書き方だと、いくつもの世界に行って、そのそれぞれに名前を付けてたみたいだな。」

 「どこかに、その固有名詞の解説本とか置いてないっすかねぇ…」

 恐らく、探せばあるだろうな。各世界にそれぞれ独自の名前を付け、また、そこにいる原生生物にも名前を付けている。これだけの研究家であるのならば、それをまとめた書物を作っていているはずだ。また、独自の道具を開発しているのであれば、その設計図も保管しているに違いない。

 「その転移装置に関することはその本には書かれてないの?」

 「これは日記だからな。取扱説明書や設計図はまた別のところに保管してあるんじゃないのか?」

 手に持っている日記をパラパラとめくってはみたものの、これに関しては狩りの記録以上のことは載っていないようである。

 と、その時、とあるページに書かれていた内容に目が留まった。

 「は…ははっ…ははははっ…」

 「…鉄兄ぃがおかしくなった…」

 「何言ってんだよ。お頭がイカれてるのはいつものことだろ。」

 「…転ちゃん。それは誉め言葉で言ってるんですよね?」

 「?当然じゃないっすか。」

 「え、あ…えぇ!そうですよねぇ!?」

 何一つ淀みのない瞳で答えられ燈和がやや動揺しているが、そんなことはどうでもいい。それよりも、これは…。この記録は…。


蘭盛らんじょう5年18月17日 鴈舵羅がんだらを用いて異界・祖重そじゅうへと赴く。現地人でも近寄らないという禁忌の場へ入り調査を進めていたところ、未知の異形に遭遇する。その様相は、眼は青白い光を放ち、頭部には赤黒い4本の角が後方に向かって生え、鋭い爪のある手足を持ち、背には一対の膜を張った翼が生え、長い尾の先端には槍を彷彿させる形状が見られ、全身は暗黒色の鱗で覆われ光沢を放っている。全長は十六壇程度。何も言わす我が構えると、その異形も構え、戦闘が始まる。その攻撃方法は我々の持つ無發むはつに匹敵する力で様々な術を使いこなし、また、他の原生生物とは違い自身の体を使った攻撃には知性を感じられる。間違いなく、過去に類を見ない最強の生物であり、こちらの生命も危ぶまれる。これまでに習得したあらゆる戦術を用いて戦い、最後に射破門しゃはもんを用いて心の臓を貫き絶命させる。自惚れでなければ、最後に我を見たその瞳に恨みの色は無く、感謝の色であったかのように思える。この生物の最後に最大限の敬意を込め、供養の儀を行うと同時に籠移ろういも行いその遺体を持ち帰ることとする。


圧倒的な差の前にやられたと思っていたが、どうやら向こうも中々焦っていたようだな。

 その日記から目を離すと、私は燈和を見た。

 「鉄志君?何が書いてあったんですか?」

 燈和はキョトンとした様子で聞き返した。それはそうだ。私の記憶では17年と少し前のことであるが、燈和にとっては何百年も前の祖先が行ったことだ。知る由もない。

 ここと向こうの時間の流れは違うのか…。それとも命を失ってから生まれ変わるまでに膨大な時間が流れたのか…。色々と不明な点もまだまだあるが、今日分かったこの事実は私にとってかなり大きい。

 前世においてこの私を討ち取ったのは他でもない、燈和の祖先だったのだ。


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