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亢龍、悔いあり(バイオ・サイボーグより改題)  作者: 詩歴せちる
Heart Of A Dragon
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序章

       猛き者もついには滅びぬ。ひとえに風の前の塵に同じ

                          -平家物語-



 数百年という齢を重ね、最強と謳われた龍の生涯は新たに現れた更なる最強種への敗北という形で終わった。

 他の生物から見れば永遠に近いような期間を生きながらも、これまでに一度も目にかかったことのなかった種族に見たことのない武器や戦術、そして魔術の類を用いられて私は討ち取られた。

 その種族は、大体の形は人間とは変わらないものの、白く透き通るような肌を持ち、頭部には一対の青白い角を生やし、髪は光沢を放つ銀色で、眼は赤く怪しい光を放っていた。

 私の姿を見るや否や、そいつは何も言わず構えた。初めて見る型であるが、それが攻撃の体制であることは感じ取れた。私を睨むその瞳は、全てを受け入れ、飲み込んでしまうような、純粋を極めたような瞳だった。

 私も何も言わず、ただひたすら全力で戦った。それまでに得たあらゆる魔術、体術、戦術を用いて立ち向かった。だがそいつの、それらを凌駕する実力の前に私は敗れ、そして最後に心臓を貫かれ倒れたのだった。

 薄れゆく意識の中で、私は最後にそいつの姿を改めて見た。そいつもまた、私の最後をただじっと見守っていた。私を見るその瞳は勝利の悦に浸るものではなく、感謝を示しているように感じ取ることができた。口元を見ると、何か言葉を発しているようだった。なんだろう。弔いの言葉だろか。ま、これから絶命する私には関係のないことか…。

 この生涯に一片の悔いもないし、そいつを恨むこともしなかった。最後に、私の知を超える猛者と渡り合うことができ、全力を出し切って力尽きたのだ。悔しさなど微塵もない。

 むしろ、私の最後を見届ける者がいて良かったとすら思う。私という存在があったこと、その生きざまと死にざまを未来永劫語り継がれてくれることを期待しつつ、意識は段々と遠のいていき、私の息の根は止まった。



             私は今、無に帰るのか…。



 無に帰ったと思われた私の意識は何かの鼓動によって再び呼び戻された。目を開けることはできない。体を自由に動かすこともできない。だが鼓動の音と、小さいながらも別の何かの物音が確かに聞こえてきた。周りは温かいが、気温によるものではない。生温かさがある。

 どういうことだ?ここはどこだ?私は死んだのではなかったのか?一体、何が起こっているのだ?

 考えを巡らせているうち、私は一つの結論にたどり着いた。

 ここは胎内だ。この揺れ方は、人族のような二足歩行の哺乳動物の。

 聞こえてくる鼓動は私の心臓から発せられているものではない。意識してみると、自身の鼓動を別に感じとることができる。

 なるほど。輪廻転生など私は信じてはいなかったが、どうやら私自身が証明してしまったようだ。

 しかしだ。なぜ前世での記憶は消去されなかったのだろう?それに、これまでに使うことのできた魔力はまだ残されているのだろうか?

 …やめよう。その答えを探し求めるのは、私自身が母体を出、生まれてからだ。



 こうして私は、再びこの世に生を受けた。今度は、人間として。



 ある程度の知能を持つ生物は…いや、知能など無かったとしても自身の子が生まれた際には喜びに包まれるものだと思っていたが、必ずしもそうでないということを生まれた直後に私は実感した。

初めて見た母の顔には喜びはなく、そこに表れていたのは疲労感と失望だけであった。

 その直後に、私の父親だと思われる人間が部屋へと入ってき、私に笑顔を見せた。私の母もそれに合わせて笑っていたが、明らかに無理に作っているものであり、ややひきつっているのが私には感じ取れた。

 その後、私は名前を授かった。前世では時代によって呼ばれ方が変わっていったが、人間は生まれてから死ぬまで基本的には同じ名前で過ごしていく。授かったからにはその名前を大切にしていこうではないか。


 こうしてこの世界で、私は鉄志という名前を授かった。


 鉄のような固い意志を持って生きていけという意味を込めて、鉄志。私はこの名前が大層気に入った。

 生まれてからしばらく過ごすうち、この世界について大体のことが分かった。私が前世で生きていた世界との一番の違いは、この世界には魔力というものが存在しないということだ。

 その代わりに、科学技術や情報伝達手段などは比べ物にならないほど発展しており生活水準も前の世界の人族たちよりもかなり高いと言える。いや、もしかしたらこれが普通のことであるのかもしれない。どのような生物も長い年月をかけて進化をしていくものであるが、前の世界の人族は魔力を使った既存の魔法に頼るばかりで進化していくのを止めてしまっていたからな。


 幼年期の私はとにかく本を読むことを好んだ。もっとも、この世界の幼児が好むような絵本や児童書ではなく、もっぱら図鑑ではあるが。種類は問わなかった。哺乳類、鳥類、魚類、爬虫類、両生類、昆虫類、植物、絶滅生物等ありとあらゆるものを片っ端から読み漁り、この世界にいる生物の知識を身に着けることに勤しんだ。

 以前の世界では「念写」という魔法は存在していたが、それはあくまで自分の記憶の一場面を紙に写すというだけであるため必ずしも正しい形を見られるわけではない。その反面、この世界にある写真はありのままの姿を写しているため私の興味を大いに引いたのである。

 「てつしくん、またほんをよんでいるんですか?だめですよ、もっとみんなとあそばないと。」

保育園で図鑑を読んでいると必ずと言っていいほどこの少女、鬼灯燈和ほおずきとうわが声を掛けてきた。実年齢では私の一つ上ではあるが、どういうわけか燈和は私を気に入ったらしく、こうして他の者と関わるのを極力避けていた私によく話しかけてきた。

 「…ぼくはいいんだよ。みんなとはなすのすきじゃないし。ほんをよんでいるのほうがたのしいし。」

 実際のところはこうやって周りに合わせて口調を作るのが単純に面倒くさいから話したくないだけだった。ボロが出てしまっては周りの大人にも違和感を持たれてしまう。

 自分の正体を明かすつもりなどは一切ない。明かしたところで誰も信じないのは目に見えていたし、もし仮に信じられたとして、まだ幼体である私には、正体を明かすことによって発生する危険性を排除する術を持っていないのだからな。

 「じゃあわたしといっしょにあそびましょう!さ、おそとにいきましょう!」

 何が「じゃあ」なのかは分からないが、無為に突っぱねる必要もないので私は燈和の遊び

によく付き合った。必然的に、この頃の私にとって友達と呼べる存在は燈和だけであった。


 小学生に上がる前には私の苗字は「沢田」から「村井」へと変わった。「沢田」は戸籍上父親だった男の苗字、「村井」は私の母親の苗字である。私の両親は離婚したのだった。

 離婚した理由は、私が戸籍上の父親だった男とは血の繋がりがなかったからだ。母親は籍を入れる前から別の男と関係を持っており、成長するにしたがって顔の似ない私に疑問を持ち、調べたところ私の血の繋がった父親はその男だということが判明したため、戸籍上の父親だった男は私と母の前から消え去った。それと同時に私が保育所に預けられることもなくなった。恐らく、経済的な理由で。

 離婚後、母親はその男と暮らし始めたが、その男は働きもせず一日中家の中におり、機嫌が悪いと執拗に私に暴力を振るった。まだ幼い私には自分を防衛する手段はないと思い込んでおり、ただひたすらそれに耐えていた。

 そして、それは起こった。その日、その時家には私とその男だけで母はどこかをほっつき歩いていた。男はその日は始めから機嫌が悪く、朝から私に殴る蹴るを繰り返した。そしてその暴力はエスカレートしていき、ついに台所から包丁を取り出した。

 せっかく再びこの世に生を受けたのに、私の命はここでまた終わるのか。そう思うと私は自分の無力さが悔しくて仕方がなく、反射的にその男に対する憎悪が一気に燃上がった。

 男が包丁を私の体に振り下ろし、その刃が私の体に触れる直前のことだった。私は反射的にその手を引っ掻くようにして右手で振り払った。所詮は小児の力だ。力負けして切られるのがオチだろうとは思ったが、悪あがきをしたのだ。

 だが、


 ガキンっ…


 包丁が壁に当たり、金属音が部屋に響いた。何が起こったのはすぐには分からなかった。だが体に一切痛みは感じられず、自分は難をのがれたのだということは分かった。

 目の前を見てみると、男の右手の甲から先は欠損しておりそこから真っ赤な新鮮な血液がぼたぼたと溢れていた。見てみると、床には男のものと思われる肉片と指が散らばっていた。

 続いて私は自分の右手に視線を移した。一部は見慣れた人間のものではなく、親指、人差し指、中指は肥大し鋭い鉤爪の生え、それらとその付近の手の甲には黒い鱗が生え、そこに男の血液がべっとり付着していた。それは紛れもない、私の前世の姿の一部であった。

 「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああっっっっ!!!!!」

 耳を貫くような男の叫び声で我に返ると、私は急いで立ち上がりトイレの中へと駆け込んで内側から鍵を閉めた。もちろん用を足すためではなく、邪魔をされずに自分の身に起こったことを観察するためだった。

 自分の右手を改めて見てみたが、やはり見間違いではなく、そこには私の前世、龍の手の一部があった。しかし左手や両足は人間のままであり、どうやら無意識のうちに右手の一部を変質させてしまったようであった。

 少しすると、何もしていないにも関わらず、みるみるうちに鱗は無くなり、爪も短くなり、血液は付着したままであるものの元の私の右手へと戻っていった。

 この時、この瞬間、私は魔力というものが存在しないこの世界においても自身が魔力を使うことができるのだということを悟った。

 「どうしました!?村井さん!!何があったんですか!?」

 どうやら隣人が先ほどの叫び声を聞きつけ、家の前にまでやってきた。

 私は少し躊躇ったものの、トイレの水で右手の血液を洗うとそのまま水を流し、玄関のドアを開けた。

 入口の前に立っていた隣人に、トイレに入っている間に男が急に叫びだし、見たところ右手が何故か欠損していたと、何が起こったのかは見ていなかったと説明し、そして警察を呼んでくれと頼んだ。

 少しして警察と救急車がやってきた。私は隣人に説明したことをそのまま警察に説明したが、男は私がやったと言い張った。私を化け物だとも言った。確かにその通りではあるが、この世界に生まれてまだ5年弱の私にそのようなことができるなどとは警察官たちは当然信じなかった。

 また、私の体には男によってつけられた無数の痣があり、日常的な虐待も明るみに出ることとなった。さらに、警察が部屋の中を捜索したところ注射器と覚醒剤が出てきたことで、一連の出来事は幻覚を見た男が自身で起こしたということに結論づけられ、男は逮捕された。

 ついでに母も覚醒剤を常用していたことが発覚し男と一緒に警察に逮捕されたため、私は母の弟、すなわち私の叔父の元へと預けられることとなった。

 母がよく家を空けていたのは生活費と覚醒剤の購入費を稼ぐために売春をしていたからだと知ったのはそれからしばらく経ってからのことだった。

 

 自身に魔力があることが分かって以降、私はほとんどの時間をこの世界での魔法の使い方について追求していった。というのも、この世界では私が前にいた世界とは同じようには使えないことが分かったからだ。恐らく、この世界にはそもそも魔力という概念が存在しないため、私の体が本能的に魔力を使うことを制限しているのだと推測を立てた。

 また、それだけではない。明らかに、前世の龍だった時に比べると、使える魔力の量は激減していた。以前は無限に等しい量を保持していたものの、生まれ変わって以降魔力を行使する練習をしていると、1日も持たずに魔力はそこをついてしまうのであった。

 私の元居た世界での魔力の主な用途は「無から有を作り出すこと」である。だがこの世界ではそれが不可能であったため必然的に「有から有を作り出す」という使い方を中心に追求していった。厳密にいえば「無から有を作り出す」ことも不可能ではなかったが、使える魔力の量は限られている上、これを行うと魔力、体力、精神力を凄まじく消耗し失神してしまうこともあったため極力行わないようにしていたのだった。

 叔父の家へと預けられてからはそれなりに普通の生活を送ることができた。だが全てがうまくいくというわけではない。

 叔父は私に対して愛情を持って接してくれたが、叔父の妻には嫌われ、冷たくあしらわれることが多かった。

 それが悪いことだとは思わない。むしろ当然のことだとすら思う。叔母に言わせれば、自分とは血縁関係は無い上、犯罪者の息子などできる限りは関わりたくはないだろうし、ましてや金なども掛けたくなかったのだろう。

 「おい、いい加減言わしてもらうが、テツの飯だけ明らかに差をつけるのはやめろ。」

 ある日の夕食時、叔父が叔母に対して言い放った。その日の献立は私はコロッケと白飯だけであったが、他の4人はハンバーグを食べていた。

 「いや、いいんだよ。ご飯をちゃんと食べさせてもらえるだけでもありがたいから。だから、喧嘩しないで。」

 これはもちろん本音であったが、実際は魔力を用いて少量の食物で効率よくエネルギーを産生する術を習得していたため必要以上に食物を摂取する必要がなかったからということもあった。

 「それじゃあ、私の分、少し鉄兄ぃにあげるね!」

 「あっ!私も!私もあげる!」

 そう言うとまわりころびは私のコロッケの乗っている皿にハンバーグを一切れずつのっけてきた。

 この一歳下の双子は叔父の娘、すなわち血縁上は私の従妹であり叔父と同様、私に対して優しく接してきてくれた。

 「はっはっはっ。廻と転は良い子に育って俺ぁうれしいよ!」

 「全くもう…」

 叔母はこの状況をやはり良くは思っていないようであった。だが優しい叔父と従妹たちの存在は以前の私の生活からは比べ物にならないほど居心地の良い空間を与えてくれた。


 小学生となっても相変わらず私は本を読むことを好んだ。特に読んでいたのは図鑑の他、生物の体の仕組みや生態を事細かく記した科学書であった。さらにそうして取り入れた知識を応用し、人目に付かない場所で密かに魔力を使って自身の細胞を変質させ、自身の体で模写することに没頭していた。

 あの時、あの男に殺されそうになった時に私の腕が以前の姿になったのは単純にこの世界の生物の攻撃に関する知識が殆ど無く、本能的に脳が覚えていた前世の姿を模したのだろう。つまり、知識を取り入れれば取り入れるほどその分模写のバリエーションも増えていくと考えたのだった。

 私が生まれたこの世界のこの国は比較的平和ではある。私のこんな能力などあっても使う機会などは無いだろうとは思う。だが自分の持っている能力を知り、それを磨き上げることに意味が無いとは思わない。それに、私は実際に命の危機に一度遭遇している。ならば、自身を防衛する手段を、敵を攻撃する手段を持っておいて損はないだろう。


 中学に上がり、より専門的な形で授業で学ぶことでこの世界で私の使う魔力に制限を掛けるものの正体を知った。



               質量保存の法則



 1774年にフランスの科学者ラボアジエ博士によって発見され、1908年にドイツのランドルト博士及び1909年にハンガリーのエートベシュ博士により確立された、この世界の、全宇宙的に成立すると考えられている、物質の変化はその構成要素である原子が組み換えを行うことによるという「無から有は作り出せない」という法則である。

 厳密にいえば通常は無視できるレベルであるとはいえ、エネルギー収支等も考慮する必要があるので必ずしも成立するものではない。逆に言えばこの法則を無視するためには膨大なエネルギーが必要となるということでもあり、私が無から有を作り出そうとした際すぐに魔力を使い果たしてしまうことにもある程度納得ができた。

 その他にも様々な化学法則や物理法則に触れ、それらを理解することがこの世界において私が魔力を使いこなすヒントになるのだと判断し、今度はそれらに関する書物を読み漁ることに没頭した。つまり、中学に上がっても私は図書室に入り浸っていたのだった。

 「鉄志君は相変わらず本を読むのが好きなんですねぇ…」

 私が放課後図書室で書物を読んでいると、決まって燈和がやってきてこうして話しかけてきた。

 叔父に引き取られて以降、小学校は別のところに通っていたため燈和とは会うことは無かったが、叔父の家は元の家と同じ町内にあり、進学先の中学が同じだったのである。そして入学式で私の姿を見つけ、燈和が教室にまで乗り込んできたことで再会を果たしたのだった。

 私のことを覚えていてくれたことは素直に嬉しかった。だが、わざわざ教室にまで乗り込むことはないだろう。私はそのようなことを言葉を柔らかくして言ったが、燈和としては私がある日突然引っ越して目の前から消え、それ以降音沙汰がなかったことに対して不満があったようである。幼少期に1年と少し一緒にいただけでその後何年間も没交渉だったというのに、何故ここまで私に執着できるのだろうか。不思議でならない。

 取り敢えず、後でゆっくりと話をしよう。そう燈和に言い聞かせ、自分の教室に戻るように勧めると彼女は渋々と教室を後にした。この出来事のおかげで私は入学早々かなり目立った存在となってしまった。

 その日の帰り道、私は燈和にこれまでの経緯を伝えた。両親が離婚したこと。母親が逮捕されたこと。その後は叔父に引き取られていたこと。これらを、なるべく柔らかい表現で。

 「辛かったんですね…」

 そう言うと燈和は私を優しく抱きしめてくれた。

 実際のところ私は別に過去の出来事を辛いとは思っていなかった。むしろ、自分の中にあった魔力に気付くことができたため良かったとすら思っていたのだが、ことを荒立てる必要もないのでそのまま何も言わずに燈和のことを受け止めた。

 それからというもの、燈和は事あるごとに私に接してくるようになった。休み時間、昼休憩、放課後、そして休日にも暇さえあれば私に会いに来た。

 流石にここまでくれば燈和が私に対して好意を持っていることには気付いた。だが、精神年齢が数百歳という私にとって燈和は娘、とういうよりも孫娘のような存在に感じてしまい、また、はっきり言ってしまうと燈和の私に対する愛情は少々行き過ぎていると感じることもしばしばあったため、私にはそういった感情はこの時点では芽生えなかった。

 「鉄志君はどうしてそんなに小難しい本ばかり読むのですか?中学校の図書室に置いてあるのが不思議なくらいに思うようなものを」

 私の目の前に座った燈和がそんな疑問を投げかけてきた。

 「どうしてと言われてもな…。この世界にある、様々な法則や現象を知ることで俺自身が生きやすくなっていくと思うからかな?」

 「なんかそれ、中二病臭いですね…」

 中二のお前が言うな。大体、自分の持つ魔力をうまく使いこなすために書物を読み漁っていると馬鹿正直に答えるほうがよっぽど中二病臭いというのに。

 「だったら、鉄志君は物語ももっと読むべきですよ」

 「どうしてそうなるんだよ。」

 「物語だって決して無から有を作っているわけではないんですよ。誰かが見つけ出したいくつもの事実からヒントを得て、それを膨らませて今まで誰も見たことが無かったものへと形を変えていくことで作られていくのです。そしてその作られたものを読んだ人がまた新しい物を作っていく。つまり、一つの物語の中には人類のこれまでの発見と発想がたくさん詰まっているんですよ。」

確かに燈和の言う通りだ。物語を面白くさせるには説得力がなければならない。その説得力を引きださせるのは紛れもなくこの世にある事実だ。その事実とはもちろん私が追い求めているものもあるだろう。さらに言えば、物語の中にある作者の考えや想像の中にも魔力を使いこなすヒントとなるものがあるかもしれない。それは事実だけを載せている書物を読み漁ったところで必ずしも得られるものではないだろう。

全く。こんな簡単なことにさえも気づかないとは。私にはやはりまだまだ成長の余地があるということか。

 「?どうしました?何か私、鉄志君の気に障ることでも…」

 一人で考えを巡らしている私を不審に思ったのか、燈和が不安そうな顔で声を掛けてきた。たかだかこんなことぐらいで不安になるとは、ちょっと思い込みが過ぎているのではないのかと思う。

 「いや、ま、燈和の言う通りだと思ってさ。俺も色々な視点から物事を見ないといけねぇな。せっかくだからなんかおすすめの本とかあったら教えてくれよ。」

 私がそう言うと、分かりやすく燈和の顔がぱぁっと花咲くように笑顔へと変わった。私に関わっている間の燈和の顔は何かと忙しそうだ。

 「それじゃあさっそく図書室にあるもので探してみましょう!そうですねぇ…まずは筒井康隆でしょう?それに、京極夏彦なんかも…」

 どうやら燈和の中の何かのスイッチを押してしまったらしい。これは長くなりそうだな。


 この頃になってくると私の体にも変化が起こり始めた。第二次性徴である。

声は低くなり、背もぐんと伸びて筋肉も付くと、私の体は男らしく体が出来上がっていった。

 この時期から私は魔力を使う練習の他に筋肉、体力をつけるトレーニングも併せて行うようになっていった。それに伴い、嗜む書物も物理学、化学、生物学の他に筋肉トレーニングや格闘技に関するものの比率も増えていった。

 生物が行う戦闘の基本は筋力を使った肉弾戦だ。その基本を押さえておいて損はないだろう。そのように考え始めたトレーニングだったが、これが思わぬ発見につながった。使える魔力量はどうやら自身の体力にある程度比例しているらしく、トレーニングを行っていくうち、使うことのできる魔力も増えていったのである。

 そしてもう一つ。体が出来上がっていくと同居している叔母からの差別が無くなっていった。恐らく、私からの復讐が怖いといったそう言った理由であろう。私自身はそのつもりは一切なかったのだが、叔母の私を見る目は明らかに侮蔑から畏怖へと変わったのである。

 叔母は何一つ悪くない。だが私という存在は彼女の人生を少しずつ狂わせているのかもしれない。そのように考え始め、私は中学を卒業したらこの家から出ていこうとこの時期に決心をした。

 叔父や廻、転は相変わらず私に優しく接してくれた。特に双子姉妹は暇があると私の部屋に来て話をするほどに懐いていた。

 「鉄兄ぃ~~~~!!!!」

 「お兄ぃ~~~~!!!!」

 「どぉっ!!??」

 部屋で腕立て伏せをしていると双子姉妹がいきなり私の上に圧し掛かってきた。

 「お前ら…!!腕立て中は…マジでそれ止めろ…!!背骨が…いかれちまう…!!」

「いや~ん、鉄兄ぃ怖~い」

 「んもう!こんな可愛い女の子たちにそんな怖い顔しちゃだめだぞ!」

 全く反省する素振りが見られない。礼儀を欠きすぎではないか?いや、ここは彼女たちの家であって私の家ではないから別に礼儀正しくしている必要も無いのだが。

 「ていうかさぁ。そんな筋トレばっかして楽しいの?」

 「それか小難しい本読んでるだけだしぃ?アニメとかマンガとかゲームの方がよっぽど面白いじゃん?ほら、switchやろ!switch!」

 「何を楽しいと思うかは人それぞれだろ。いいから早く降りろ。重くて動けん。」

 「ならこのまま続けてみぃ!普通の腕立てじゃ普通の筋肉しか付かんて!!!」

 「そうそう!『ロッキー』みたいなやつやんないとスタローンみたいにはなれんぞ!」

 「いや別に俺はスタローンを目指しているわけじゃ…」

 私は言いかけて、ふと燈和に言われた言葉を思い出した。


 『物語の中にはこれまでの人類の発見と発想が詰まっているんですよ』


 その言葉通りなら、それは書物という媒体だけではなく廻と転が好むマンガ、アニメ、ゲームや映画などにも当てはまるのだろう。今まで私はどこか心の中でそれらに対し「下らないもの」と決めつけ見下し、見向きもしなかったが、広く多角的な考えを取り入れるならばそれも改めねばならんな。

 「ぬぉ…おぉぉ…おぉぉぉおおおおっ…!!!!!」

 「「きゃーっっっ!!!」」

 床に掌を突いた状態で折りたたまれた肘を伸ばし体を浮かすと、双子姉妹は楽しそうな声を上げながら私の上から転げ落ちた。

 「ふぅ…。よし。そこまで言うなら見るか。ロッキー」

 「えぇーっ!何でここでロッキー!?」

 「そもそもうちにロッキーのDVD無いよぉ!だからスマブラやろ!スマブラ!!」

 「…俺スマブラ分かんねぇんだけど…」

 「ならこれを機に始めればよい!!」

 「ていうか鉄兄ぃはもっとゲームの楽しさも知るべきだよぉ!!」

 そう言うと姉妹は私の手を引っ張りテレビのある居間へと連れて行った。先ほど自分の中に現れた考えを思い返し、こういうのもいいだろうと私は素直に双子姉妹に従った。

 

 その後も私に備わる魔力の研究や実験をしつつ、自身の身体を鍛え、燈和、廻、転の勧めるものを嗜み、彼女たちとともに人間として何一つ不自由ない生活を続けていった。

そして中学を卒業して叔父の家を出て行き、さらに一年が経って私は今年17歳となった。



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